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焔蜥蜴とその上位互換


 焔蜥蜴(サラマンダー)の巣になっているというほこらみたいな洞穴は、火口のある山肌の近くにあった。

 地盤を貫いた岩山を、緩やかながら地下方向にくり貫いた入り口は狭く、ほろ暗い。いや、ここらが昼夜問わずちょっと暗いのはデフォルトなんだけどね。

 中に気配はしないものの、一応見張りを警戒しながら脚を踏み入れ、最初に異常を感じたのは嗅覚。

 吐き気がするような、実際、舞ちゃんなんかは退場もやむないほどの濃厚な――死臭。

 流石にこれ以上は慣れてない子を進めさせられないと、雨衣ちゃんとシェリーちゃんに舞ちゃんを頼んで、場慣れしているユアちゃんを伴い、じっとりと熱気を放っているのに、冷気をも感じる洞穴に足を踏み入れた。

 昼間だというのに薄暗いどころではない無明の洞穴内は、松明(たいまつ)が使い難いだろうくらいに狭い。というか上幅が無い。

 小ぶりなカンテラが照らす光が洞穴の岩肌を撫で、自然本来の色合いとは不自然な艶を曝す。


「……血だ」


 人の赤とは違う魔物の血も固まれば黒ずむ。まして低湿高温の火山洞穴、凝固する時間は早い。

 更に奥へ、ユアちゃんにサインを送りながら慎重に、しかし手早く進む。


「――っ」


 熱気からくるものとは違う質の汗が顎を伝い、零れる。姿勢を低く、そして気を張っていたためにすぐ気づいた。

 最初、それは溶岩かと思った。しかしカンテラに照らされたそれは、嗅覚と総合して違うとわかる。

 最奥ではないだろう、精々が中腹あたりかな。洞穴の道程半ばあたりに、夥しい量の血悲惨に飛散し、地に固まった多数が沼のように滴ってる。

 更にその周囲には、


「…………うわ」

「……一匹や二匹じゃない」


 食い散らかされたような魔物の残骸。

 乱暴に千切られた手足に、尾に、頭……全てが焔蜥蜴(サラマンダー)一部(パーツ)。枝分かれした奥にも、ひょっとしたらまだあるかもしれない。

 ――一つの仮説を思い付く。

 個として、種から頭抜けた魔物は、種として馴染むのか?

 何らかの原因でそうなってしまった個の魔物は、己より圧倒的に劣る大勢の同種をどう見るか――?


「……共食い?」


 同じ仮説に行き当たったのか、口元を抑えたユアちゃんが気持ち悪そうに呟く。

 その時。


「――っ!?」


 背筋に悪寒が走る。経験からくる直感が感じるのは、濃厚な――

 反射的に対応する間もなく、洞穴という閉鎖空間では、致命的な揺れが発生した。







 地震にも等しい揺れが、辺りを震撼させた。

 しかしソレを眺めているしかできなかった私達は、ソレが地震などという天災でない事を理解している。

 岩盤が崩れた。崩落は一瞬、呆気にとられるくらいの刹那、司さんとユアが入っていった洞穴は崩れた。

 それに哄笑をあげるような低い咆哮、すべてに対する威嚇音にも似た音を静かに確かに奏で、四脚歩行の赤黒い岩塊が――ギザギザした歯をちらつかせながら、焔蜥蜴(サラマンダー)がこちらを視た。

 睨みとも観察とも違う、下を見る目。蛇のような縦に開く、金の瞳孔。

 魅入られたように、背筋が凍る。


「……ちぃっ!」


 真っ先に雨衣が舌打ち、突撃銃(アサルトライフル)をぎこちなくも素早く構える。刹那にして発砲、雷光のような弾幕音。

 次いで鉄板を雨粒が叩くような虚しい音、多分効いてない、そんな直感が生じる音。

 一拍遅れで震える肩を鼓舞し、私も手持ちの火器を構えた。

 単発では無理でも、弾幕を張れば焔蜥蜴(サラマンダー)の外皮はいずれ貫ける。

 ついで視界の端の舞を焚き付けようとした口を閉じる。

 気付けば舞も引きつった面で、小型のショットガンを構えてる――って、


「――っあれ、あれ?!」


 引金を弾いてはいる、弾いてはいるんだけど……!


「っのぉバカあ! 安全装置(セーフティー)を、」


 安全装置(セーフティー)を付けたままというポカミスをやらかしたお子様は、はっと気付いた風な表情を一瞬だけ見せて――強ばらせた。


「――っ、しーちゃん危なあああい!!」

「――っッ?!」


 反応できたのは、偶然というより奇跡に近い。

 銃身とハイスペックメイド服の裾を灼いた、炎息(ファイアブレス)

 進行上にあった何かが同じく、焼ききられるでなく蒸発する音を尻目に、大型のカエルみたいな跳ね方で、高く高く、天井が在ったなら衝突しそうに天高く跳躍する焔蜥蜴(サラマンダー)

 こいつ……普通じゃない! 焔蜥蜴(サラマンダー)はそんな好戦的じゃないし、そもあんな跳躍ができるくらい機敏でもない!

 足場になっていた崩落地が陥没する中、雨衣の命中精度低いながらしつこい銃撃を効いてない風に、空中で口を開け――


「くっ」


 再び炎息(ファイアブレス)

 とっさながら危なげなく回避した雨衣の代わりとばかり、足場が炎熱に撫でられ、蒸発するような音をたてて溶解させる。次いで私らの方にも……牽制か? でも威力がオーバーキルにも程がある!

 私と舞、雨衣の間に、如何なる異形か地面を陥没させず――というか物音すらたてずに着地する焔蜥蜴(サラマンダー)。ギョロりとした縦開きの瞳孔と目が合い、ほんの一瞬の膠着。


「――はああっ!!」

「――んんっ、のおおーっ!!」


 雨衣が反対側で咆哮し、舞がショットガン片手に駆ける。

 って素人が突っ込むなああああ!? と制止をかける間など既に無く、驚いてる間に俊足を生かした舞が、人間的というよりはメイド長的な動きで焔蜥蜴の伸縮式前足をかわし――掴みかかってくる指先を更にかわし、外しようがない至近。


「でぇりゃあああああああああ!!」


 雄々しく叫びながら、ショットガンのトリガーを引く舞。

 安全装置問題はクリアしたらしく、吐き出された対甲殻用として破壊力に特化した散弾が、散発する前に目標に着弾。

 鉄塊を(ハンマー)で打ち付けたような轟音。

 さしもの焔蜥蜴(サラマンダー)もたまらずよろめき、発砲した舞が反動で反対側にすっ飛ばされる中、


「――あああああっ!!」


 一拍遅れ、舞同様に焔蜥蜴(サラマンダー)の迎撃を回避したらしい雨衣が――角度的に見えないけど多分、状況的に――対焔蜥蜴(サラマンダー)用の切り札である錬金術アイテム、炸凍弾を投げつけた。

 推測は当たり、瞬間的に弾け解放された膨大な冷気が、暴風のように吹き荒れ、辺りの岩肌を撫でる。受け入れざる苦手を直撃した魔性が、くぐもった悲鳴をあげる。

 人間が受けたらば、高い確率で命に関わるだろう強制冷却。火口という砂漠以上に暑苦しく、まして溶岩上を走行できるという対熱性は折り紙付き。しかしその逆、対冷性はマイナス!

 しかしいかな相容れない性質のものでも、強靭な魔物。仕留めるには至らない。

 ――しかし、動きは止まった! そして高温が基本な外皮に、低温を加えた今なら!


「舞、もう一度斉射!」

「はっ、はいぃ!」


 素早く立ち上がる舞を横目に、隠しポケットに括られた自動拳銃(オートマ)を抜き、三点バーストにスイッチ、既に装填していた弾丸を吐き出す。

 獲物を夾んだ向こう側で、雨衣も銃撃を始める音が聞こえる。

 それが二秒ばかし継続して――


「――ーー〜っっッ!!」


 人ならざる咆哮と共に滅茶苦茶に放たれた熱光線で中断される。

 照準も何も無く吐き出された恨みじみた破壊は――火口の山肌に直撃した。


「んなっ?!」


 竜の破壊光線(ドラゴンブレス)かと錯覚する程の渾身の閃光は、どれだけの岩盤を削ったのか。

 出来上がった空洞は、直径にして人がすっぽり、舞なら二人くらい入れるかもしれない大穴。

 膨大な冷気によって若干冷えた空気が、その空洞から吹きつく熱波で打ち消され、土煙で上書きされる。

 異様な臭いもするし、まさかヤバい所まで貫通してるんじゃあ……と、そんな感じの穴に吸い込まれるように飛び込み消えた焔蜥蜴(サラマンダー)を、雁首揃えて呆然と見送るしかなく。


「……にっ、逃げた? このっ」

「追うんじゃないよ舞」


 拳銃を構えたまま、猛り身を震わす舞の肩を叩く。

 直情傾向が強い上に脚が速いコイツが先走れば、止めてやる術はない。

 追撃するにも一方通行で崩れやすいだろう道筋。生き埋めならまだ良い方だろう。

 んな危険をおかす気は、微塵も無い。


「今はそれより二人を」

「! そうだ、ユアに司さん!」


 周囲の警戒は雨衣に任せ、暴落した焔蜥蜴(サラマンダー)の洞穴を見る。

 多分、隣に急斜面をえがく山肌からの降下。その着地点であった洞穴は、完全にぺちゃんこになっていた。

 少しばかり不安になる。これ、やばくね?

 舞なんかは最初からそう思ってたのか、もう泣きそうな顔。

 なにせ、何がとは言わないけど普通に潰れてるとしか思えない有り様だしなあ。

 でも、


「……あの同僚がこの程度で死ぬとは思えん」

「これこの程度なの?!」

「だね。でも重しは退けてあげなきゃやばいかも」

「ええっ、シーちゃんまでぇ!?」


 あの二人をよく知らんないからな、あんたは。

 この状況でも、最悪生き埋めくらいでなんとかしてるでしょ。

 しかしさて……生き埋めなら掘り起こしたげないといけないけど……どかすってもコレ、相当だよ?

 デカい岩山が粉々に砕けて、地下がどれくらいなのか知らんけど結構沈下しててさあ……細かい石片になってるから時間かければなんとか――

 とか頭を掻きながら岩山蹟に近づき、


「――っ、二人共待ってーっ!!」


 唐突な、しかし切羽詰まった舞の絶叫に、雨衣共々脚を止めた――直後である。


 ――高熱というにも馬鹿馬鹿しい逝かれた焔が、魔物の住処であった崩落地に突きたった。

 どれだけ凄まじい余剰熱か、爆発みたくふざけた熱波が高温の風圧となり、それだけで踏ん張る隙もなく吹き飛ばされる。浮遊感。吹き飛ばされた。

 思考停止な数瞬の間に、硬く熱い地面に転がり落ちる。月城のメイド服の頑丈さは折り紙付き、せめて顔を守っておけば爆風で飛ばされても負傷の危険は少ない。

 スパルタ訓練にそった動作が無意識にできたのは行幸。

 しかし、なにがなんだかわからない、混乱。


「――どっ」


 汗が滲む高温とは別の緊張の中、舞が引きつった声を出す。

 ――遠く、羽ばたく翼の音と、存在が潰されそうな圧迫感が迫る。


「ドラゴン!?」


 ――打倒不可能な天災の名に呼応するように、比喩でもなんでもなく、大地を揺るがす咆哮が轟いた。







 一番最初に気付けたのは、きっと只の偶然。

 遠く、しかし視界の先に映る、蝙蝠に胴体が生えたようなシルエットが、火口から噴き出す噴煙の傍らに"在る"。

 それだけで何故か――目が合ったと感じ、アレは何かと考える前に、体中に悪寒。

 死ぬ。死ぬ、殺される。

 警告とも言えない予感が頭に響き、声をあげる。

 気付いてない二人の名を呼び――天を衝くような裂光が、司さんとユアの居た場所を穿つ。

 熱が、音が、地が弾けて、シーちゃんと雨衣さんが、手放された銃火器が、そしてあたしも、玩具みたいに吹き飛ぶ。

 しかしある意味不意打ちでもなかったから、あたしだけは地を転がりながらも直ぐに身を起こせた。

 視界に映っていたのは現実離れした光景、冗談みたいな破壊がもたらしたクレーター。

 其処に降り立つ、赤く赤く、紅い巨体。何で着地に音がしないのか不思議でしょうがない、圧倒的な巨躯。いっそ現実感がないくらい威圧的な存在。

 焔蜥蜴(サラマンダー)森林熊(フォレスト・ベアー)飛竜(タマちゃん)が可愛く見えるくらい大きくて刺々しい威容は、ざっと何十メートルだろう。

 体格の半分以上を包める蝙蝠の羽に、さっきの焔蜥蜴(サラマンダー)をスケールアップしたようにゴツい腕から伸びる爪、所々トゲみたいなのが突き出た紅い表皮。

 さっきの焔蜥蜴すら余裕で捕食できるだろう、二本の牙が突き出た顎に、あたし達を見下ろす縦に開いた金の瞳孔。


 ――ドラゴン?!


 あたしが叫ぶのに反応したような咆哮が響く、響く、跪けとでも言いたいようにこれでもかと響く。

 鼓膜が破れるんじゃないかという心配をする暇もなく――優しい先輩と仲良くなったばかりの姉仲間を葬った仇とさえ思う暇もなく――巨体が息を吸った。


「――穴だ、今すぐ逃げるぞ!!」


 それがさっきみたいな攻撃の前動作だと直感しながら、逃走ルートを観る。

 穴――雨衣さんが叫んだ穴、確かに人は通れるけどあの巨体は通れない穴、焔蜥蜴が開けて逃走した穴は――都合がいいことにあたしたちが吹き飛ばされた近くにあった。

 シーちゃんが止めるくらいリスクはあると思う。崩落に挟み撃ちの可能性、けれどこのまま竜と相対するか普通に逃げ去るよりは、かなりマシなルート。

 雨衣さんは既に走っている。呆けてどこかを見ていたシーちゃんの手を引き、後五歩くらいで穴に飛び込める。

 けれど――と再び災厄を見――無理だと直感。

 あたしが全力で駆ければ二人が、そうでなければ三人ともが、跡形もない。

 さっきの威力を考えて、防ぐ手段があるとも思えない。

 ――なら。

 迷いは無く、決断は一瞬。それが生死を分ける事を、あたしは既に知っている。

 地を蹴る、全力でありながら全開でない、微妙な指向制と加減。初足で最高速、限界を超えた二の足。

 歩けば十掛かる距離をそれで埋め――速度を緩めず、二人に体当たりした。

 当たり前ながらあがる悲鳴、ぶつかった反動も利用し、反転、その場を一瞬たりととどまらず――二人が穴に転がり込むのを確認しながら――飛び退くと、二人が居た地点に太陽が降る。よし射程外! これで二人は助けられた!

 次いで真後ろから、冗談みたいに熱く激しい熱波。

 エプロンドレスのスカートが捲れ――風圧で更に、予想外に加速。って早過ぎ?!

 姿勢を制御できず、とっさに伸ばした手のひらが、前転のそれよりも遥かに勢いよくぶち当たる。

 ――っッたああああーっ!?

 声にできない悲鳴、着地は出来ず、横転。

 直後、気分を害したような躍動を感じ跳ね起きる。握り締めた手のひらにあんまり感覚が無く、ちょっとぬるっとしたけど無視し――反転。

 降り注ぐのは、目を剥く位の機敏さで迫る巨体の爪!


「にきゃぁぁあああああーッ?!」


 叫びながら最大瞬発力で跳び退く。回避成功。目標を外した爪は地を抉り、あたしの身長の倍くらいのところまで土砂を巻き上げる。なんという大迫力。

 引きつる視界の端に、溶解して塞がった穴が見える。シーちゃんと雨衣さんは――司さんとユアを含めて、無事を祈るしかない。


「ってそんなよゆうないかもだけどおおおおお!?」


 更に降りかかる、かするだけで死を避けられない巨爪をかわしながら反転・巨大な岩盤じみた感触の竜腕を蹴り、地に向け跳ぶ。

 着地して敵に背を向けたまま、更に地を蹴る。

 逃げるアテはなく、味方も無ければ勝ち目もない。

 だから全力で、だからこそ全開で、死なない為に命を賭けて、巨大が圧力が災厄が死ねと振りかざそうと、関係なく。


「――逃げる!」


 脱兎の如く!


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