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窓の無い塔

 ――転移方陣奪回は、恙無く終了した。

 その概要は、なんというか、あまりに豪快な単騎強襲だった。

 立てこもり、携帯火器はおろか固定火器で唯一の侵入路を警戒する敵に対し、その背後の内壁を打ち壊し、強襲……

 意表は突けるだろう。

 その内壁は'理解の塔'の、対物ライフルでも傷ひとつ付けられない稀少金属(レアメタル)、模造オリハルコン製の絶対防壁だったのだから。

 それがまさか、斬り刻まれるとは思慮の外だったのだろう。

 私もそうだ。

 我々、月城家使用人部隊も、一応の援護はした。

 だが、殆ど彼――ヴェルザンドの蒼魔が、独りで殲滅したようなものだった。


 ――流石は、戦争を停めた英雄の片割れ。

 やはり、途方もない化生らしい。


「――それを、ホムンクルスの顔面を蹴り砕いた者が思って良い事かは、判断が分かれる所だろうよ」


 声に振り向くも、誰も居ない。


「……それは嫌がらせか? 深裂 静流」


 とげとげしい声に、今度は首をやや下に傾けてみる。

 そこには、妖精のように小さく可愛らしい少女が居た。より具体的に云えば、私より頭二つ分以上小さな少女だ。

 ついでに云えば、協力者で、私より上の立場の少女。

 何か、心の内を読まれた気がするのは、気のせいでしょう。


「申し訳ありません、アルマキス=イル=アウレカ様。体格に差が在りすぎて気付きませんでした」


 色々と不自由が多いだろう部分を刺激したかもしれない非礼に、誠意を以て頭を下げます。

 口調と脳内語りを統一させたのに意味はありません。


「いや、女でそれ程の図体になると色々と不都合も多いのだろう。気にするな」


 と、素敵な笑顔を浮かべられる。こんな時、彼女の二つ名を思い浮かべますね。


 悪夢の妖精。


「いえ、お気遣い有難う御座います。アルマキス様はお優しいです。スタイルばかりの私とは逆に、心は大きいのですね」

「ふふ、それは過大評価というものさ。私の心の広さなど、お前の肩幅にすら劣るよ」


 く、くふふ、何やら唐突に笑いが込み上げてきました。後、無性に赤くてネバい、鉄の味がする液体を浴びたい気分です。


「うふふふふふふ」

「はははははははは」


 彼女も同様だったのでしょうか、華やかに笑い合います。うふふ。あら可笑しい。

 なのに何故でしょう?

 私の同僚達は、極寒の地に、裸同然で放り出された一般人のような表情で、全員遠巻きになっているのは、どういう現象なのでしょう。

 皆目見当がつきません。


「――お前とは、いずれ腹をわって話さねばならんらしい」

「――そのようですねぇ?」


 この状況下では無理ですしね。

 一刻も早く地上に出て、むの……重傷者を病院に叩きこまねばなりません。

 奪回が成った今、地上直送の路は拓けました。

 しかし、転移方陣で一度に送れるのは一人のみ。

 逃走経路であり、絶好の狙いどころでもある転移先に、伏兵が居ない保証がありません。

 そんな中、特別ゲストであり、我らの主のご友人であり、悪夢的なまでのキレ者。

 アルマキス=イル=アウレカ様は 言いました。


 ――私が理解の塔に入って半刻経ち、何の連絡もなければ、中央国(ヴェルザンド)軍部に、賢人会襲撃の報を、私の名で送るよう信頼のおける者に言ってある。と。



 つまりは、軍部の者が転移方陣から姿を現せば伏兵を突破してきたと考えていいでしょう。中央の軍部は少数ながらも精強で知られていますし。

 それまで待ちの状態なのですが、状況は予断を許していません。


「――敵、A地点より襲来! 数は六!」


 警戒に当たっていた雨衣が警鐘を鳴らします。

 さしたる間を置かず、反対側からも。


「び、B地点からも襲来! 数は――多数不明!」


 ふむ、同時侵攻ですか。

 拠点が固定された以上、狙われ易くなるのは道理。先の奪回戦とは逆、完成に攻守が入れ替わったのです。


「――前方は私一人でいい。番犬を使えば、どうとでもなる」


 確かに、報告にあった貴女の番犬なら、一人の方がやりやすいでしょう。

 私は頷きを一つ返し、皆を見渡します。

 互いの牽制の弾幕が張られる中、私は口を開く。


「――アルマキス様はA地点に着く」


 場の全員に伝わるよう、息を吸い、手を大仰に振り上げる。


「各員、配置に着け! 燐音様と負傷者達の為、此処は死守する!!

 紛い物の人間擬きに、我々月城家使用人の恐ろしさを、とくと知らしめてやれ!!」

「「イェス・サー!!」」


 皆の復唱が空気を振動させる。

 戦意高揚は成功した。

 ホムンクルスがどれだけ存在するか判らず、消耗戦は目に見えている。状況は不利だ。しかし、持ちこたえてみせる。


 そして、防衛戦が始まった直後。

 塔が、揺れた。



 

 

 駆ける、捜す、敵を斬る、捜す、繰り返し……


 嘆息する。憂鬱だ……

 階を三つ降りた所、未だ襲撃対象は見つからない。

 見つかるのは、火器を持ったホムンクルスだけ。

 それらは、見つかる度に斬り捨てて来た。

 斬るのはイヤだし、血は苦手。殺しはキライ。そういう、我は消えてない。

 けど、もう、随分前にそういう拒絶反応は堪えられるようになった。

 いま、返り血を浴びてない個所を探す方が難しい位に血まみれだろう。赤ネズミだ。

 ――新たに出会したホムンクルスの、人間と変わらない急所を斬り、絶命させる。

 肉や骨を断つ感触、手応え、他者、自分じゃない誰かの、命を奪った瞬間。

 覚えろ、記憶しろ、頭に残し、忘れるな。取捨選択の結果を。

 おれは、選択して君たちを殺したんだ。


 ――私の友達を救って欲しい。


 少なからず疲弊した体を奮い立たせるように、妹分の言葉を反芻させる。

 きっとあいつは、アルカという奴は、ほくそ笑みながら、計算尽くでおれを煽る為に洩らしたのだろう台詞。

 アルカは、そういう奴。

 そういう悪賢いことができる奴。でも、きちんと相手を選ぶ奴。

 悪女の素質が満点なんだ。あの歳で、人の心理、性格を利用する術を理解している。

 それを解っていながら扇動されるおれもアレだが……

 兄代わり兼仲間として、あいつの将来が死ぬ程心配だ。

 訊いた話じゃあ、おれが今助けに行ってる少女も、アルカと意気投合した仲らしいが――大丈夫だろうな、その子も。色んな意味で。

 

 なんて思考に沈んでいたせいだろうか、ふと気付く。


 ……此処は、どこだろう……?

 道に迷ったらしく、先に自分で付けた目印を、再び目撃した。

 どうやら、この難解な迷宮には、右手の法則が通用しないみたく。

 さて、どうしようかと云うと。


 ――ごめんなさい、先人さん達。

 

 胸中で塔を創造した錬金術師達を拝み謝り――壁を斬り裂いて進む。

 非常時なんだ。ごめんね。


 同様の事を何回か繰り返し、やがて下りの階段に到達する。


 ――結構探したが、いなかった。次の階だろうか――

 

 そう思って、下りの階段に足を乗せた時――


 総ての壁が、足場が振動し、塔が、揺れた。


「――なんだ?! 地震――いや」


 揺れの直後、すぐさま鳴り響く通信機。

 これにかかってくる相手は、アルカしかいない。

 直ぐに通信機を取り出し、受信のスイッチを押す。


『――南西に走れ。早く!』


 すぐさま怒号が打ち付けられ、鼓膜が振動する。

 内容は、指示。

 声色にかつて無い焦燥感を感じたので、念の為従いながらも、何故かと問う。


『今のは外壁が破壊された衝撃。奴は、塔から飛び降りる気だ!!』


 ――外壁、ってアルカが、内壁より頑丈に造られてるっつうてた?!

 さっきのは、それを破壊した時の衝撃――て、そんな事してなにをしようってのさ?


『塔から手っ取り早く脱出する為だろう。二百階から飛び降りた所で、竜種以上の身体強度を保つ衛宮が傷を負う筈もない――だが、連れられた燐音の方は』

「ヤバいじゃないか!? はやく急いでなんとかしないと――」

『肯定だ。よってお前も、直ちに指定方位の外壁を破壊。外壁を伝って対象を襲撃しろ』

「お前いっつも滅茶苦茶云うなあ!!」


 反射的にツッコミをいれながらも思考する間は無く、全速力で疾走しながら、眼前に迫る内壁を斬り取り進み――

 緩やかな曲線を描く、内壁とは思えない厚みが見てとれる、目当ての外壁らしき障壁が視界にうつる。

 ――あれを破壊、いや、おれの場合は斬り崩さなきゃいけないらしい。

 通信を切り、懐にしまう。

 覚悟を決め、剣を両手で構え、疾走の勢いを殺さず。


「――うっだああアアあアアぁァァァッ!!」


 ――突撃!!





 ――浮遊感。

 最初に見えたのは、蒼い空。

 続けて、物凄い風の流れを全身に感じる。

 紐不在のバンジー・ジャンプ。

 体が竦まないわけがない。

 震えを噛み殺す。


 平静に。


 視界を下に廻すと、遠くて分かり難いが、人らしき影を見つけた。

 んな所に居る以上、対象に他ならない。

 しかし、相対的に、普通に自由落下していたのでは、絶対に追い付けない。

 

 ならば。


 外壁を、強く蹴った。


 加速を得て、顔面の筋肉が引きつらせながらも、急速に人影に迫る。

 やがて、肉眼で見える距離に。

 ――エプロンドレス姿を強風にはためかせた小柄な人が、それ以上に小さな五歳児くらいの黒い人影を抱いて落下していた。

 速度を落とさず、剣を片手で構えたと同時。


 生気を感じさせない、虚ろな蒼い目と交錯した。

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