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道程


 無言、沈黙、静寂。

 得も知れぬそれを成す空間は、何時ものそれとは趣――というより方向性が違っているな、と思った。


「……ふむ」


 その主に該当するだろう燐音様は、手に持ったソレを眺め、弄くるでもなく何かを納得したように頷く。

 鳥の子を模したソレのサイズは手のひらに収まる程度だが、幼児体型を極めたような燐音様には些か大きすぎるようで、両手に挟み角度を変えて回し鑑賞している。

 粗末な造りのソレは玩具そのものであり、唯一の機能はと云えば水に浮く程度。それも被災時の浮き輪に相当する代物である訳がないサイズだ。玩具だし。

 しかし燐音様はどういうわけか、かれこれ五分。延々と玩具(ソレ)を無表情に、しかし舐め回すように鑑賞していた。

 声を掛けるのもはばかられる、時折思い悩むようなうめきが混じる、不可思議空間。燐音様の寝室。

 呼ばれたのにほったらかしにされている現状、自分はここに居るべきなのだろうか。というか何故此処にいるのか。

 素朴な疑問が浮かび始めた頃。


「……静流、あずき」


 寝室のベッドから、ようやく玩具に集中していた顔を上げ、部屋の入り口で立ちっぱなしだった私とメイド長に声をかけられる。

……どうせ待たせるなら箱でも用意してもらいたかった。


「居残った貴様らには、地下への備えを担当してもらおう」

「……地下?」


 突飛な発言を口にした瞳は、相も変わらぬ闇色。

 反論を許さず我を押し付ける、緩やかでいて苛烈な侵略の色。


「重要な区画は異能力者でも破壊できんことは実証されているが、それ以外からの侵入は不可能じゃない」


 淡々とした天井の灯りが何とはなしに眩く、不快で、眼鏡を弄くり紛らわす。


「……地下からの襲撃が有り得ると?」


 そんなモグラじゃあるまいし。

 異能力者ならば有り得ない話じゃないけど、広大とはいえ大陸全体から見れば一握りな、ここの地下に侵入されるなんて……

 いや、居たな。衛宮や国ですら知らない月城家の構成に詳しく、戦力があって理由もある者が。


「なに、根拠に乏しい勘だ」


 此方の考えを見通したように、何故か黄色いアヒルもどきの玩具を頭頂部に鎮座させた燐音様は、悪どく笑んだ。

 私的にはシュールな光景だなと思うだけだったが、メイド長は鼻血を吹き出した。汚い。

 しかし、思い起こせば衛宮弟の停泊に、中央の英雄達の招待……地下襲撃を見越しての備えか。

 少なくとも、信用に足る異能力者が地上に居れば、月城家最強の駒であるメイド長を安心して――本人の感情はさて置き――地下に回せる。

 英雄たちは兎も角、確実であった筈の衛宮弟は何故か帰省し、消息が途絶えているのが懸念ではあるところ。

 しかし、勘か。

 主が口にする以上、その勘を確たるものに近づける材料があるのだろう。

 しかし結局は只の勘と片付けられる事であり、外れる公算も大と。衛宮を公的に、極秘にでも――呼べない理由は、そういう所か。


「何か言いたそうだな、あずき」


 覗き込んでくる深淵の色に少し目を奪われながらも、意識して平静を努め、首を振る。


「……いえ」


 わざわざそれを細かく聞いて理解できる程頭の出来は宜しくないと自覚してるから、掘り下げはしない。

 私は従者だ。

 主に従うのが、従者の仕事である。


「ま、質問がないならそういう方針でいく。あずきは今からでも地下に回した人員と警戒にあたれ。少しでも妙な予兆があれば、錬金術師と泉水 冥を連れ、総員で退避せよ」

「……それが目的と?」


 地下襲撃までして、本丸を落とす術が無いなら採算が合わない。

 いかな異能力者と言えど、不安定極まりない地盤を一撃でぶち抜くことは崩落的な意味で出来ない。一度空けた穴が崩れてしまえばすべておじゃんなのだ。如何に地盤や土そのものを灰も残らず消してしまえる白濁の焔(ディープ・ホワイト)といえど、相応の手間暇と慎重さが必要なはず。

 異能力者という規格外な力を持つ人格破綻者かその予備軍をそんな風に使用するからには、相応の成果がある筈だ。でなければ身内は納得しないし、そもそもやる意味事態がない。

 では本丸以外の目的は何か。タチの悪い嫌がらせかとも考えたが、それなら下からくるよりもっと手軽な方法がある。

 今の所、月城家しかその存在をかぎとれていないのに、疑惑を余所にまで広げてしまう手は無い。

 もし存在を知らしめられたら燐音様的には色々マズいものもあるだろうが、それはお互い様であり、またその場合にも堂々と公表したりすればいい。お偉方への人脈や弱み位は持っているだろうし。

 結論は、対象は現状日陰者として終始している。

 そして日陰者が動き、奇天烈な手で襲撃なんてかけるからには、繰り返すが明確な目的があるハズである。

 その目的は、希有な病状にふせる泉水 冥だと、燐音様は判断しているようだった。

 地下に置かれた数多くの資材でも、対象だけが知りうる何かを奪いに来るというあり得る仮定でもなく、半死人の少女。何故?


「あちらからすれば、(メイ)(マイ)を取り込む餌になる。あちらに渡ったメグリの最大の離反要因であり、情けをかける唯一の対象である舞を取り込めば、問題は多少なりと改善される」

「…………」


 人員の補強に、戦力の切り取り。動揺も誘えはするし、わからなくはないが……なにか違和感がある解答。その違和感が何か解らない、不快な感覚。

 

 それを読心したように、燐音様は肩をすくめた。


「ま、本当に来ればの話だ。あまり思い悩む必要はないぞ」


 鳥人形を頭頂部に乗せたまま起立する燐音様の、言い訳じみた誘導に、素直には頷けない。

 確かに、本当に来ればという前提での想定。

 だが、主の勘である。

 未来予知にも近い采配を繰り返してきた先代――現在の警戒対象――と較べて遜色ない手口で勢力拡大を続けてきた燐音様である。勘といえどバカにはできないし、実際対策さえたてているのだ。

 対策の一端を担う身としては、来るという前提で構える他無い。


「しかし、鈴葉の奴はどこに連れてかれたのかね」


 確かに、単純戦力としては――ひどく限定的にせよ――彼の力は得難い。

 愚痴るのも無理はないと思いつつ、報告をば。


「……現在、消極的捜索中」


 任務で散っている人員に、任務のついでそのままに探されている衛宮兄弟。

 衛宮弟の成り行きを考えれば、衛宮兄にどこかへ連れ回されていると判断した方がいい。

 そして半日以内に大陸一周できるという異能力者、衛宮の足取りを掴む事は容易ではないと同時に単純ではあるが、やっぱり難しくもある。

 大規模破壊でもやってくれれば発見は容易だが、純粋に雲隠れされたら掴みようがない。


「たく、だから俺様が匿ってやると言ったのだが。あの馬鹿」


 頭頂部の玩具と同調させたように、僅かばかり唇を尖らせ愚痴っぽく語る主の雰囲気に、ふと思い付く。


「……淋しい?」


 疑問を口にした直後、下から突き上げるように、しかしどういうわけか迫力は感じない目で睨まれた。深淵はどこにいったのか。

 しかし忘れがちだが、この主は幼い。

 それを思い出させる睨みだった。


「……ノーコメントだっ」


 無表情で素面だが、長い髪に隠された耳を覗いてみたいと、何とはなしに思う。女装趣味の可愛い信者じゃあるまいし。

 そんなことをすれば、何故か私の後頭部を鷲掴みにしたメイド長から、潰される可能性が濃厚だからやらないけど。

 生命の危機に瀕した私を見とがめてくれたか、ほんの僅かに面を膨らませた気がする燐音様は、扉の前の私たちにそこを退けとジェスチャーを示す。


「どちらへ?」

「わからんか」


 鷲掴んだまま速やかに身を退けたメイド長の問いに、ラフな短パンに黒いティシャツという、よく見る庶民着の燐音様は、あまり見ないアヒル口の玩具を王冠のように乗せたまま、言う。


「風呂だ」

「お供します」


……コンマ単位での返答と、人の頭の上で鼻血噴きのコンボは止めてほしい。メイド長。


















 道すがら、唐突に響くものがある。咆哮――獲物を定めた獣の雄叫びが耳を衝く。

 見れば、その主の住処である森と人が作った道を隔てた境界線で発せられ、地響きに近い荒い足音が柔土に雑草をにじり、人間に倍する魔生が爪牙を立てて突進してきて――刹那に轟く渇いた音と共に上顎を吹き飛ばされ、一瞬の静寂。

 断末魔さえ赦されない一方的な死という慈悲を受けた魔性の巨体は、濃い紫色の血を噴き散らし、人と自然の境界線にゆっくりと沈む。


「……おかしいなー」


 魔物の死に様に感慨など湧かない。

 我々と同じく進める脚を緩めなず、しかし不可解そうに眉を寄せて呟いたのは、今し方五匹目になる森林熊(フォレスト・ベアー)を射殺した司さんである。


「魔物が随分と殺気だってるような」


 構えていた旧式の――リサイクルとかで持ってきたという猟銃を下ろし、首を傾げた。


「殺気だってるって」


 そりゃあ魔物だし。当たり前を口にしようとしたけど、真顔で首を振る司さんに、止まる。


「狩猟本能とかじゃなく、慣れない危険なものから我を忘れて逃げてるような。そんな感じ」


 人とは異なる血が香る。生命の濃い匂いが、今更ながら魔性の熊の死体からやや歩き離れたここまで届いた。


「危険……」


 翼ある獰猛な上位補食者、火竜(レッドドラゴン)は、私らの目的地であるこの先の火山帯に生息する。

 私らのターゲットである焔蜥蜴(サラマンダー)と同じ生息地ではあるけど、打倒すべきターゲットとは違い、細心の注意を払って遭遇そのものを回避すべき、打倒不可能逃走ほぼ不可能な怪物。

 とは言え遭遇を避ける事自体はそう難しいことじゃない。

 竜種はそこらの魔物以上に、狩時以外は巣窟(テリトリー)から離れない。

 テリトリーに入れば死は免れないけど、テリトリーの位置は既に手持ちの地図に載っている。

 衛宮という竜殺しや材料や未知を求めた錬金術師や旅人なんかで既に踏破されている火山帯は、手探りが必要な未開ではない。

 更には狩時さえわかっている。

 一日かけて一週間前後分の食糧を狩る性質。つまりは出払った戻り、五日は引きこもっている計算。

 しかし何故か火山帯(テリトリー)上空を二、三匹旋回してたのが遠目に見えたもんだから、かなり遠くの平地に乗っていた飛竜(ワイヴァーン)を降ろし、徒歩する羽目になったくらい危険な火竜(レッドドラゴン)。その驚異が薄れたわけじゃない。

 望遠鏡で確認した今はもう旋回はしてなかったみたいだけど……何だったんだろうか。


「んー、リッちゃんさまが言ってた馬鹿強い個体の魔物がなんか影響してんのかねー?」

「貴様、不敬だぞ」


 ふざけているのかいないのか判別が困難なユアの台詞に、先頭を歩いていた雨衣が静かに怒鳴る。

 確かにそこらの貴族に使えば縛り首くらいは言い渡されそうな呼び方だけど……雨衣が怒っているのはそういう理由じゃないだろう。

 怒鳴られた当人は飄々と手のひらを振るいおどけ、大型の荷を背負いゆすりながら歩く司さんを伺うように身をかがめ、後ろ歩きしながら下から覗き込む。


「ツカさんー、もしターゲットがそんなんになってたらどーします?」

「んー。色々推測はできるけど、行ってみないとわからないから、行ってみよ」

「らしくねーくらいアヴァウトだー」

「依頼人は酔狂の塊みたいな人だけど、致命的な事はしないと思うからね。一個体が強いからって、それを倒さないといけないわけじゃないんだし」


 サムライと張り合えるくらい強化された魔物との遭遇。ぞっとしないね。


「……それはそれとして、舞ちゃんはどうしたのかな?」

「……へ?」


 一人を除いた全員がメイド服を着込んだ五人の集団の中、最後尾に居た筈の司さんの斜め後ろ、のろのろと歩いていた脚を止め、先程からどこか沈んだような顔を上げる舞。


「いや、えと、その」


 取り繕うように振られた手に、泳ぎまくりな視線は非常に白々しい。


「最初の魔物の死体を見た時からおかしかったけど、大丈夫?」


 こうやって司さんが気にかけるのは、道すがら徒歩が始まって初めて、でない。

 司さんが口にした最初から、大丈夫か大丈夫かと過保護な親か燐音様に対するメイド長みたく、頻繁に声をかける。

 その度に、馬鹿みたいに怪しい口振りでごまかしていた舞であったが、今回はいい加減観念したのかいい加減うざかったのか。

 何やら様子が違った。


「大丈夫ですって、ただ……」

「ただ?」


 横から神妙とは程遠い表情をしたユアが促し、雨衣と私と司さんの視線を一身に浴びた舞は、薄い唇を意を結したように一度だけかみしめ。



「ただ……森林熊(フォレスト・ベアー)の肉って、癖が強くて堅いけど、おいしいんですよ」

「食?!」


 意表を突かれた。

 あたしゃてっきり、生き物のグロい死体を初めて見て尻ごんでんのかと……素人には結構キツイ筈なんだけどね。


「あははー、意外と舞ちんは面白いねー、食い意地かー」

「違うよユア。あたしはただ、いい食材が転がってるのに、もったいないなーって」


 何その倹約主婦魂か料理人根性!? てか熊だぞ、人間の倍くらいある森林熊(フォレスト・ベアー)だぞ。何日分の食糧だと思ってんだ?


「だいじょぶだよ舞ちゃん。熊さんの血肉は私たちが食べてあげずとも、他の魔物さんが骨も残さず平らげて循環してくれるよ」

「……お前らの対応は、色々とおかしい」


 慰めるように舞の肩へ置かれた女顔負けに細い手。

 その主を眺める私の目は、口元を軽くひきつらせた雨衣同様に真っ白なものだろう。















 ――薄暗い、細長い道。

 奈落に通ずるような、ちりつく圧迫感に、吐き気がするくらいに白く白く白い連れ、ランプ一つで確認できる色彩は、いっそ確認したくもない類のもの。


 はぁ……


 吐いたため息は、我が事ながら情けないものを多分に含んでいた。


「ンだよ」


 もくもくと、旅人が効率を重視し、それ以外を犠牲にして発達したのだろう保存食を不機嫌そうに食らう白い異能力者が眉を寄せ、ため息を吐いたあたしに問うた。つかこの白いの、眼球と瞳の色が似ているから白目で見つめられているような感じで、外見的にもあれやな。きしょい。

 別になんでもないわ、簡素な返事を返すあたしをどう思ったか、それきり興味を失ったように、あたしと同じ栄養補給を再開する、いけすかん異能力者。

 ――そう。これは栄養補給であり、食事ではない。


『食事、みんなで食べるごはんってのはね、お腹を満たせばいいとか生きる為とか、そういうのは抜きにしたことなんだよ』


 ちんちくりんな悪友の言葉を、声も顔も状況も思い返した自動再生。

 長い台詞の内容は判るような判らんような、ガキみたくたどたどしいもの。

 いつもの、はたきたくなるような笑顔。


『ただあったかくてたのしくて、おいしいって。そういうのがごはんなんだよ』


 ああ、あの時はなんか腹たって、ただ何となく認めがたい感情に従って茶化した記憶がある。

 ようわからんが、なんや甘っちい事言うとんな。

 飢餓に喘ぐのと比べれば、ちゃんと栄養のある食糧にありつくだけで幸せというものやろうし。更に余計な手間に味まで求めるなんて、めでたいなあと嘲笑した。

 悪友と出会った間もない頃の事。

 その時の感情は弾みでも、内容は今でも間違ってると思ってはない。

 飢餓と比べりゃ、腹に物が収まるだけマシ。口ん中でちゃんと食えるものを噛めるだけマシ。そう思っとる。

 だのに、


「……マズ」


 冷たくて乾燥して硬くて、不味い。そう感じる。ただの栄養補給で流すのが、やりにくい。食が進まん。つーか食いたない。

 どうしても思い出す。思い出してしまう。忘れたい、忘れるべき、忘れられない、忘れたくない。

 すこし前まで口にしていた、悪友の飯を。もう食べる機会のないだろう、袂を分かち、いや、あたしから一方的に裏切って殺しかけて捨てた、悪友の……


「……あ゛ー、まず」


 これから主に食す事になるだろう保存食を噛み千切り、食す。

 生きるため、いずれ慣れる。いずれ、


『……まぁた森林熊(フォレスト・ベアー)? ……保存に困るし、栄養が偏るのに』

『いい加減機嫌なおしやー、せっかく狩ってきてやったんやから』

『いや話聞いてたのかこのお馬鹿。ていうかメッちゃんが好きなだけだよね熊肉』

『おうよ』

『いなおるなあああああ!』


 こんな幻聴も、聞こえなくなる。

 あの悪友と出会って、家族の、妹の怨声が聞こえなくなっていったみたく、いずれ……

 いずれ、聞こえなくなる。


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