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だべり話


 薄い電子の燐光。狭い密室に響く駆動音。無機質な空気。

 四方が機械で囲まれた空間に安息を覚えるのは、やはり眠っていた場所が関係しているのだろうか。それとも――



『そちらの話もまとまっているようだな。アルカ』


 既存技術の外にある技法で精製されたモニターは、その向こう側の――接続先――帝国・中央国間にある開きを感じさせない鮮明さで、眉間をこねている美貌の友人を映している。

 音声はスピーカーから響くが、それは正しくこの友人、月城 燐音の声。


「見ての通りだ。花火というのは私も観賞してみたいからな。マグナ共々密入国させてもらう」


 本音の本音を云うと、全く興味がないというわけでもないが割とどうでもいい。

 しかしマグナとのイベントというのが捨て置けん。

 密入国のところでモニターの向こう側の友人が更に眉をしかめたが、お前にされるのは心外だな。


『よくも国守の前で密入国とか言えたものだな』

「それはお前が言えることか? 発覚しない、隠し通す嘘は事実となるのは常識だろう」

『違いない』

「………………」


 あっさり認め微苦笑を浮かべる友人とは対象的に、物凄く何かを言いたそうにしているマグナが、うなだれながらも私たちをジト目で見上げ回した。

 害は無いが鬱陶しい。と、体長二メートル超、全身超合金にしては破格の軽重量、二足歩行可能な番犬に踏みつけさせた。

 骨が軋む音とくぐもった悲鳴は些細な事である。


『近況を整理したいのだが』

「良いだろう」


 といってもこっちは中央国の東門近辺が焦げたり抉れたり地形が変わったりで半壊しただけ、さしたる変化は無いのだが。



「――そうか。其方に彼の錬金術師が出現したか」


 しかも科学災害(バイオハザード)をも治めて。

 性質を聞く限り、人里どころか生態系に深刻な影響を与えそうな代物。

 ――地形修復者は、世界の守護者じゃないか? 突飛な仮説を口にした男を思い返す。

 そう言えば彼の男も今は東に居るのだったな。

 これは偶然なのか?


焔蜥蜴(サラマンダー)の討伐だが。アルカはどう思う』

「あの変質者の提案だ。性能試験以外に、九割方何か在るだろうな」


 恐らく同様の見解だったのだろう燐音が、電光にうっすら照らされた頬をよくよく観察しなければ分からない繊細さで、緩めた。

 世の男性(オス)どころか同性さえ魅了される愛らしさであるのは、数少ないだろう友人である、この私とて認めるところ。だって実際に可愛い。私の感性ですらそう思う。

 しかしてそれはなかなかいただけないと、その変化を予期していた私は、(強制的に)這い蹲っていたマグナの両目を、機械と融合した方の指で突いた。

 お前は見るな念の為。


「ぃぎゃああああ!? 目、目がああああ!?」

「んふぅっ……私は焔蜥蜴(サラマンダー)自体が怪しいと思う」


 苦しみのた打ち悲痛な叫び声をあげるマグナの様に、快感を伴い肌が粟立ち、身震いしながら変な息が出てしまった。

 我ながら取り繕うような台詞に、内容は兎も角としてそれ以外の要因で燐音は顔をしかめる。


『Sっ気も大概にしておけ。流石に見苦しい』

「それは済まなかった。躾ている最中でね、勘弁して欲しい」

「躾て?! 躾てなに!?」


 のた打とうとして、物理的に失敗したマグナの肩に腰掛けた。

 往生際悪くなにかを吼えるのを無視し、更に頭を跨ぎ、このままマグナが立ち上がれば肩車が完成する体勢に。


『それはさて置き、根拠があるのか?』

「だいぶ勘だが、根拠のかけらみたいなものはある」


 こいつら本当に人の話聞かないいい……と頭を抱えたマグナの腕の隙間から垂れた、手入れの痕が見当たらない粗雑な薄紫を一房挟み、指先で弄くる。

 いやちゃんと聞いてるさ。お前の言葉は特に、一字一句逃さず脳裏に刻んでいる。今は取り合ってないだけだ。

 まずは数日間家出してた罰だ。しかと享受していろ。


「先日、」


 圧迫からくる荒い息を、首に絡めた膝足で感じながら、若干火照ってきた意識を燐音(よそ)に傾ける。


「こちらの手駒が、不可解な程強力な魔物と一戦交えた」


 これは変化と云えなくもない、予兆だと推測している。でなければ突然変異か。


『不可解な?』

「相手の見た目は中型のオークだったらしいが、交戦したのはサムライだ」


 サムライとは、能力者の域まで刀剣の腕を磨いた達人の定義。

 東方から広まり、西方にすら名を轟かした時期もある猛者の称号。

 銃火器が蔓延る近今では絶滅種に等しいが、中には銃弾とか見切る輩までいるから侮れない。

 そのサムライなぞを軽く上回る異能力者のマグナなんかも、こっそりサムライ――というか刀剣を扱う専門家全般に憧れ、日夜自身の体を不必要に虐め抜いている真性の○ゾヒストだが。閑話休題(それはさておき)


「彼のサムライの腕前ならば、単細胞(オーク)如き物の数ではない、にも関わらず遭遇したオーク単体を仕留め損ね、自身も手傷を負った。その帰り道にも血の臭いを嗅いだ単細胞(オーク)共に遭遇したらしいが、そちらは何の問題もなく薙ぎ払えたらしい」

『魔物の……少なくとも一個体の戦力が異常に上がっていたと。というか単体でか』

「その一個体を解剖できれば良かったのだが、取り逃したのでそれも叶わん」


 というか群れて行動するオークが単体で出現したこと事態で違和感がある。強ければそれだけで群れの頭になれるだろうに。

 好奇心そそられる対象だが、再発見は兎も角に捕り物の準備がいるだろう。

 その間に、生態系を超えた魔物が"維持"できているかも含め難しいところだ。


『お前が動けば良いではないか』

「却下。躾ている最中だし、今目を離すと女狐共が動く」

「あの、なに話してるか分かんないけど、とりあえずいい加減フェリオゥルだけでも離してくんない……かな?」


 確かに私が番犬(フェリオゥル)を遣えば不可能ではないが、優先順位というものがある。却下だな。


『色惚けが』


 目を細め、隠しようがない呆れを露わにする友人に、笑みを返す。

 わかりきったことだ。私という個を構成する土台と言っていいくらい、わかりきったことだ。

 故にそう返したのだが。


『頬を赤らめて言うことかこの戯け者』


 どうやらこの友人に晒すには照れというものが入ったらしく、どうやらそういうことのようだ。


「しかし、お前も頬が赤いのだが」

『だまれ』


 お互い、色素が薄いから顔色が変わると一目瞭然なのがな。

 友人(わたし)の視線を受け、仄かに頬を染め睨む姿は、無意味にいてもたってもいられなくなる、不安定な魔性とも云える代物があった。ので、


「あああるかさんんっ? なにゆえ瞼をなぜられますかな!?」


 念の為、再び目を潰して置こうかと思ったが、さっと防がれてしまい、伸びた指は頑なに閉じられた瞼を撫でるだけであった。ちょっと残念。















「……なぜ、受けた?」


 秘匿任務ばかりでご無沙汰だった月城家従者食堂の一席にて、ショートヘアをミリ単位で傾けいつも通り言葉少な過ぎて微妙に足りない口で問うてきたのは、地味に優秀なのにいつもいつも物静かな同僚、あずきだった。


「なぜ、って?」


 対応して首を傾げたのは、シチューを口に運んでいた私ではない。

 今回の特殊任務で、つい先程同じチームを組む事に内定した、そのよしみで同席しているアホっぽい幼女――じみて小さくあどけない少女、泉水 舞である。

 しかしあずきは、首を同様に傾げたままの彼女には取り合わず、眼鏡の奥の静かな半眼を、迷わず此方に向けてくる。

 それにおどけて笑い、手元のシチューをかき混ぜたりなんかしながら。


「いや、きまぐれだけど」

「……ユア」


 うわ微塵も信じられてない目だ。微妙に傷つくね。嘘だけど。

 いやまあ、確かに私らしからぬ行動だたヨ?

 志願性が強かった、焔蜥蜴(サラマンダー)討伐の任務に志願したのはね。

 んでもそこまで気になる所かなー?

……あり、なんかちょっと味変わってね? このシチュー。


「……おしえてくれない?」


……いやまあ、そこまでして隠す程の理由(もん)じゃないけど……苦手なんだよねー、内面とか晒すの。んでもごまかされたりはぐらかされたりする相手じゃないし……

 って、ちーと苦笑してる間に視線が増えてるし。

 あずきに加え、当事者の(おこちゃま)とシェリー。

 何かあんたら、そんなに人の動機が気になるか? いやまあ逆の立場なら間違いなく似たような事するだろーけどさー。ちぇー。


「まあ他ならぬあずきちんの嘆願だし。答えるのもやぶさかにあらずーっても大した理由じゃないんだけどネ」

「ならさっさと答えりゃいいのに」


 ノードレッシングサラダを口に運びながら、あずきばりの半眼な生意気ツンデレ・ザ・シェリーがぼやいた。うっせーやあぃ。


「いやねー、私にも妹がいるんだよ。双子だけどさー」

「え」


 僅かに驚いた顔を見せる、つかこれしきで驚いてどーする、確かに双子はレアだけど、百面相すぎるぜい舞ぽんや。話題を振ったあずきちんの色即是空空即是色っぷりをみたまい。

 ところで、何故ゆえあちしは皆にどうでもいい動機を披露してるのでせう?

 いやいいんだけどさー。


「つーても舞ぽんみたく切羽詰まった感じじゃなくてねー、私同様ピンピンしてんだけどサ……」

「舞ぽんて」

「なに、喧嘩でもしてるの?」


 男勝りな(硝子細工仕様)シェリーにしては、わずかにやーらかい言い方である。気遣ってんのかね、ツンデレなりに。ツンデレゆえに。


「いやいや、仲違いと言いますかネ。今まで二人きりで頑張ってきたのにさー、って」

「そう、なんだ……」


 あー本当にさ、仲良かったんだよ?

 双子だし、姿も性格も性根も境遇も鏡写しみたいでさ、一族が皆殺しにされて故郷灼かれて、さる国の暗部で馬車馬扱いされても、二人きりの身内で片割れだから、同じだから、寄り添い合って生きてきたんだよ。でもなー。

 冗談半分に言えない事をシチューの具と共に飲み下しながら、頭ん中で要約した内容を、あれこーだっけ?


「変わっちゃったんだよネー、あいつは」

「変わった?」

「そ、以前は私と同じく仕事一筋ながら遊び心溢れたお子様だったのにサ」

「いやそれは仕事一筋とは言わんだろ」

「とにかく何やかんやでさー、同じだと、双子だし、片割れで身近で、も一人の自分だと思ってたわけよー」

「……ユア?」


 何故か訝し気なあずきは気にならず、手元のシチューを煽る。なんか独特な味だけど、癖になる感じ。

 ってかあり、なんか勝手に口が動きやがりますよ? ひやへゃひゃ。


「んでもさー、あいつがさー」

「あいつが?」


 舞ぽんが興味深そうに覗きこんでくる。いいなー、舞ぽんはかわいいからさー。でもうちの妹はなー。

 ってあれー、なに考えてたっけ?


「親子くらい年離れた元上司の尻追っかけってさー、やんなっちゃうよまったくー」


 ちくせう、たしかに副長閣下はロリコンで童顔でツンデレでロリコンで腹黒ないいロリコンだったけど、うー。

 女とか身内とかの絆は脆いっ!

……だからかな、舞ぽんと妹ちゃんの間柄がちょっと気になったのは。


「……それはまあ、なんというか」


 形容し難い、コーヒーかと思い口に含めれば醤油だったような面を見せるシェリー。

 対照的に薄い唇尖がらせ、同調したようにうんうんと頷く舞ぽん。


「あー、解るよユアさん。あたしだって冥が知らないおじさんを好きになっちゃったらどうしていいかわかんないもん!」

「おー舞ぽんわかるかい? 男ができたら姉なんか基本ポイ捨てなんデスよ、ちくせうがーっ!」


 わびしいわーっ!


「合ってるか合ってないか微妙な同調の仕方だな、あんたら。てかそれより、」

「……ユア、酔ってる?」


 あいー? 酔ってませんヨー。下戸なんスから、あるこーるなんて飲めまっしぇーん。

 けらけらほがらかに笑う私に、一同どころか食堂中の視線が集中した気がした。生ぬるい、ねばい感じ。

 あれ、朔ちんじゃあるまいし、何時の間に分裂なんか覚えたのかな、あずきっち。


「…………だうと」


 五、六人に増えたあずきっちズが、まるで「だめだこいつ」とでもいいたげな無表情で、一斉に小さく首を振るった。

 怪奇現象が発生する中、厨房の扉が開かれる。


「――おーい、ごめんよー! 当番の子が間違(しく)ってシチューに酒いれちまったらしくって――ありゃ、ユア? なんだいあんた、久々に見たと思ったら顔真っ赤じゃないかい」


 あるぇ、チビ料理長殿まで増えてーら、あひひひゃひゃ!

……ひゃ?


「ユア!?」


 いっそ気持ち良いくらいの気分が一転。

 ぐるんぐるん回って回って、目が回って吐き気がしてくらくらして、ああ朦朧としてるなあこりゃあ……


「……料理長」

「いや、隠し味程度のアルコール量だとか言ってたんだけどねぇ……」

「完全に出来上がってますけど」

「そこまで酒に弱い奴、初めて見たわ」


 うーうー、きぼちわりいぃ……

 生暖かいような視線に、背中をさする手が誰のものかもわからず、ただただうなされ続けるだけであった。





 おまけ






「――と、いう事があったそうだ」


 朗々と、先日食堂で起こったとかいう小さな騒ぎを語り終えた燐音様は、悪戯っぽく微笑まれた。

 そんな燐音様の御前で、苦虫を噛み潰して飲み干した後のような面をした不敬不届き極まりない男は、僅かに、されど致命的に引きつった頬を訂正するでなく、口を開いた。


「…………それを、俺に言ってどうすんだ」

「貴様の元部下だろう? 気になっていたのではないかと思ってな」

「ソリャアヲ優シイコッテ」


 上辺だけの会話は、白々し過ぎていっそ正直とも云える。悪戯を働く方と働かれる方。

 ああ、私も燐音様になら悪戯されたい……でも以前、寝室を燐音様に放火されたのは堪えた。

 心血を注ぎ、数年かけて集めた大切な燐音様の大切なグッズが「たえられなかった」の一言と遠い目で塵芥と化した気分は、燐音様を狙った暗殺者のべ十余名を血祭りにあげて八つ当たりして大丈夫な箇所を売りさばいても、晴れる事はなかった。

 ああ、燐音様の寝姿写真集にお風呂……思い出したら鬱になる。止めよう。大丈夫だ、私には誠意制作中の第二団コレクションがある。


「なんだ、好かれているというのに嫌そうだな」

「なあ、解ってて言うの止めねえか?」


 嫌か。それはそうだろう、元部下がわずかに混入したアルコール如きで泥酔して、自分に関わりがある痴態を曝されたのだから。

 現在の上司である私ですら恥ずかしい。まったく。


「それで、親子程も年の離れた少女"達"に尻を狙われている元上司。ユアの妹、どうなんだ」

「どうもないからな。そのアブノーマルにしか取れん言い方止めろ頼むから」

「それもそうだな。奥方の前で振る話題じゃなかった」


 細長(ひょろ)い男の腰辺り、黒いコートの端を掴み、人形のように整った白雪を朱に染めて見せる、薄い桜色の髪の――確か燐音様とそう年の変わらない――小さな、小さすぎる童女を一瞥し、苦りきった表情のロリコンに侮蔑を送る。


「……いやまあ慣れてはいるんだ、そういう視線。だが、アンタにそういう目で見られるいわれはねぇぞ」

「どういう意味か」


 軽い害意を込めて問うも、男は人を小ばかにしたような目で私を見て、指の隙間に焼けた鉄を挟みたいくらい憎たらしい笑みを浮かべ。


「上からぶんなド変態鬼畜が」

「良い度胸だ野良ロリコン」


 笑い合い、殺し合う目で対話を交わし。

 戦闘速度で燐音様に一礼し、開け放たれた扉から既に姿を消していた男と童女の後ろ髪を認め、身を翻す。


「なんで顔を合わせる度に喧嘩になる」

「いえ、奴は特にダメですから。生理的に」



 溜め息を吐かれ、留めるを無益と悟った燐音様に答えつつ、退室の一礼。

 そして即座に最大瞬発で踵を返し、獲物を今度こそ狩るべく、足場を踏み抜く勢いで部屋を跳び出た。


「床を抉るな馬鹿者ーっ!」


 っ、すみません燐音様。

 舞い散る石片がぱらぱらと落ちる中響いた我が主の怒声に、畜生の追跡を遺憾ながら断念し、お冠な我が主に向き直った。

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