精神攻撃
直立不動というのはなかなか疲れるものだ。何せ立ったまま姿勢とか変えたら駄目なんだから。
呼び出された案件とは全く関係ない事を考えながら、吐く事はさすがにできない溜め息をかみ殺す。これまたなれない作業である。
「そうか」
私とは何ら関係のない案件――シェリーと舞の使用人同室での騒動の顛末は終わったらしい。私は半分以上聞き流してたけど。
結局、なんやかんやでうまい事いったらしい結果に、厳かながらもどこか満足気に頬を緩ませた燐音様は、何度か頷いた。
ちょっと小動物みたいで可愛いと感じたのは私だけじゃないはず。
「それで雨衣。シェリー。何か言いたい事はあるか」
「すいませんでした」
ちらりと、先ずは軽く頭を下げたシェリー。次いで、最初から燐音様に視点を向けられている雨衣を見た。
私は雨衣より身長が低いが、体勢的に見下ろす形になっているのが微妙な感じである。
所謂、土下座な体勢の少年は、面白くもないのに微妙に笑えてきそうな顔をしているのか。
いっそ執務机をはさんでいなければ燐音様のスカートの中か生足でも覗く気なのかと邪推が浮かんでしまう程の低姿勢。
まあこの朴念仁にそんな甲斐性も度胸もありはしないのだろうけど。
と、どこぞのツンデレ少女の愚痴を茶化した事のある私は思う。
「この度は、私めの不始末で御身に負担を掛けてしまい、」
「御託を聞く耳はない。従僕の不始末の責任をとるのは主の役目でもあるのだ。処罰を下すのもな……というかいい加減頭を上げてシャキッとしろこの馬鹿者が」
長々としたカンペが欲しい台詞を遮り、うっすらと殺意を纏いながら徐に砂国モデルの半自動拳銃をちらつかせるメイド長を片手で制しながら、了解と返し立ち上がる雨衣を認めると、燐音様は処罰とやらを言い渡す。
「九咲 雨衣。シェリー=アズラエルの両名に二月の減給と、焔蜥蜴討伐の任を与える」
「了解しました」
「……はい?」
イエスマン雨衣はさしたる疑問を挟まず受領し、巻き込まれた普通ツンデレのシェリーは頓狂な息を吐いた。どちらかと云えば後者が良識的な反応と云えよう。普通だし。
「減給は分かりますけど……何で焔蜥蜴を?」
小首を傾げながら当然の疑問を口にするシェリー。
なにせ、縄張りに近寄らなければこれとった害の無い魔物の討伐任務なのだから。メイドに。
その横で、「司さん、さらまんだあって何?」とか泉水 舞に上目使いで聞かれてむっつりとにやけている女男はどう考えているのか。
「黙って聞いてなさい。説明にも順序というものがあります」
「ぎょっ、御意ぃっ!」
メイド長の殺意にあてられたシェリーは、やはり良識的な反応を返した。長いものにはまかれろ。ちょっとばかり理不尽であろうとも。
「ま、処罰はそんなところだ。次、舞」
「あいっ」
名を云われ、雨衣とシェリーに代わって前に出る泉水 舞。
その対外的な行儀はかなりぎこちない。完全に着られている感漂うエプロンドレス含めて、愛嬌とでもとれば良いのだろうか。メイド長からめっちゃガン付けられてるけど。
あの燐音様をリッチャンなる愛称で呼び、更には贔屓されていると専らな噂の泉水 舞だが、その度量は果たして。
「よろこべ、舞」
「あははははー」
「誰が笑えと言いましたか」
言われるを曲解して渇いた声で笑う後ろ姿は大変に馬鹿っぽかった。大変な馬鹿っぽかった。
メイド長から突き刺さる眼力か、慣れないだろう対外的作法をしようとしてるせいか、後ろ姿からも無理してるのがありありと判る。
「まあいい。見つかったぞ」
「? 何が、ですか?」
ちょっと目を覆いたくなるくらい――実際、私の隣に来たシェリーはそうしている――ひどい敬語もどきは、下手な貴族なら気分を害して手打ちとか色々ありうるかもしんない。
しかし基本的に寛容というか、身内にはあまちゃんな我らが主は特に気にせず――あるいは後で釘を刺す寸断なのか知らないけど――続ける。
「冥を治せる可能性のある、唯一の錬金術師だ」
「…………っ、本当!?」
敬語も作法も無く、執務机まで突撃する舞。それをやめんかああああとど突いて止めるシェリー。どす黒い暗器を片手に舌をうつメイド長。
あはは、騒がしいなあ。昔を思い出すよ。
「先方の気まぐれだ。焔蜥蜴の討伐が治療以前の診察の条件だそうだ」
「なんだってやるよ! 冥が治るんだったら、なんでも!」
「そういうと思っていた」
人参をぶら下げられた飢餓馬が如くいきり立つ舞に邪笑する燐音様。様になってるなあ。悪い表情。
「あ、しつもーん」
誰でも気になる事だろうが、それを確かめるべく手を挙げる。
色々と質問してみたが、何やら奇妙な制限がしかれているらしい。
「……泉水 舞は兎も角、九咲 雨衣……何故?」
あずきが丸眼鏡をいじりながら、眠たそうな目元をしかめている。
確かに、一応診察対象の身内だからとかでかなり強引に通らなくはないかもしんないけど、雨衣はまるっきし無関係なハズだ。
「理解できない、という点では最初からだけど、何かきな臭いですね」
「雨衣に関しては一応の理由がある……静流」
そこらの女よりたおやかな手を口元に当て首を、薄い金髪を揺らす司さんの言葉を否定はせず、それよりとメイド長を促した。
「はい」
メイド長が取り出したのは、赤黒い、変な物である。
鉱石みたいにゴツゴツした形状、メイド長の手のひらよりは一回り大きめなサイズ。何故か儀礼的な短剣が突きたった、謎な赤黒い鉱石っぽい物体。それが執務机の上に置かれる。
「雨衣。貴様を実験台にと所望だそうだ」
剣呑な台詞に、怪訝な顔をする者に、表情を険しくする者と、面々の反応は真っ二つである。因みに私は後者ね。
「曰わく、破損情報の残滓を読み取り、適合させるという。短剣はその封印だそうだ」
「……えーと?」
首を傾げる馬鹿の代弁者、舞。燐音様は取り合うように肩をすくめ、姿勢を正した雨衣を指差す。
「つまり、短剣を抜いて触媒を破損箇所に――雨衣の場合は右肩へ直に付ければ、触媒は右腕"らしきもの"になる」
「……右腕に、ですか」
「……らしきもの?」
雨衣とあずきが疑問を口にする。さもありならんね。
なにせ元が胡散臭い物体で、右腕になるである。
「おそらく機能的には完全な右腕もどきなのだろう。確実に憑いてる余計か過剰な機能の詳細は装着後に流れる情報粒子で解るらしい……一応取り外し方は聞いているから、とりあえずやってみろ、雨衣」
「……はあ」
当たり前だが、困惑した風にメイド長からブツを受け取る雨衣。
「ではまず、脱げ」
「は?」
「はい?」
当たり前を要求するような我らが幼主に対し、真っ先に体をこわばらせたのは、まあ言うまでもないが言った当人でなければ云われた当人でもない。
まあそーだよな。右腕もどきになるというなら、素肌に、直にくっつけなくちゃいけないよな。
というわけで、雨衣少年のすとりっぷしょうと相成り。
「あうあうああういあうえああ゛あ゛あ゛」
「シーちゃん、どしたの。大丈夫?」
「舞ちゃん舞ちゃん。シェリーちゃんは乙女なんだから、おかしな反応じゃないよ」
いい感じにぶっ壊れながらも、面を覆う手のひらから覗き見る視線はとある一点から反らされないあたり、確かに乙女だなあとは思う。ウチの妹にも見習って欲しいもんである。
しかし雨衣、なかなか良い体つきしてるじゃん。
腕が片方無く、欠損箇所をカバーする義腕接続部の存在が若干マイナスではあるけど、肉付きのバランスが良く、細身なのは無駄をこそぎ落とした感じ。しかも闘技奴隷だった名残か、任務でついたものだろう傷跡が、余計に野生動物に近付けている。ちょっとした威風を感じた。
あの黒坂 樹の師事を受けていただけはある。
「……ユア、はれんち」
良きものを観賞する権利は誰にだってあるっさ、あずきちんや。
だからそんな、往来で裸踊りするおっさんを見るような目で見ちゃいやん。
「ん、では司、接続部を外せ」
そして異性のアレコレに関心が湧かない年頃なのか性質なのか性癖なのか、特に反応を見せない燐音様。
若干居心地悪そうに面を伏せる雨衣を流し、司さんを促した。
あの接続部は、神経を義腕へ繋げる為にある。つまり破損箇所に対する蓋になっているわけであり、それを取り外すという事は――
「……ちっ、血留めに失敗したらごめんね、雨衣ちゃん」
「嫌な前置きを……」
錬金術師が錬成し、錬金術師に取り付けられ接続したモノであるが故に、錬金術師に取り外させるのがベターである事は当然である、が。
自称かじった程度の錬金術師である司さんは、果たしてその行程をまともに終えられるだろうかね。かね?
「構わん。最悪、失血死になる前に、短剣を抜いた触媒を接触させれば良い」
流血沙汰を感じさせる燐音様に、可愛いを信仰する信者の目が変わる。
「……雨衣ちゃんにそんな痛い思いをさせる積もりはありません……成功させるよ」
一同が固唾を呑み、主にシェリーが祈るような面もちで見守る中。
可愛い顔立ちとは相容れない、上空から獲物を定める翼獅子のような光を刹那に宿した司さんが、幾度か複雑に指を動かし、構成が完了したか、やおらいくよと合図を送り――特に流血なんて事態は起こらず、雨衣が神経を引き剥がされた必然的な痛覚により、軽く呻いたくらいで錬金術の処置は終わり。
「よし次。封印を抜いた触媒を当てろ」
片腕ではやりづらいだろう雨衣に代わり、司さんが封印とかいう短剣を抜き――触媒とかいう赤黒い物体が、脈動した。
「わひゃっ!?」
悲鳴をあげてソレを取り落とす司さん。
やたら水っぽい音がして、執務室の床を転がり……はせず、数拍だけカーペットに粘着質っぽく張り付き、心音に似た音をたて元の形状に戻り、不気味な脈動を続ける。
「…………」
沈黙。「なんじゃそりゃあーっ!?」とか絶叫した舞はさておき。
あまりに生々しい不気味さに、ほぼ全員が生理的に引きつった表情を見せた。
「……ぅぐ」
そんな中でも予想外な所、執務机をはさんだ先にちょこんと座る怜悧な美貌が、おぞけを抑えるような苦悶に染まり、嘔吐を堪えるように口元を覆っている。
「燐音様?!」
「……なんでもない。気にするな」
明らかに皆とは違う反応に、真っ先に対応したメイド長。この世の終わりとばかりの余裕の無さであったが、そこにツッコミをいれるものは居らず。
肩に掛かった忠臣の手を要らぬ世話と払うように片腕を振るう燐音様。
しかし、ただでさえ白過ぎる顔を青白くさせた幼主にそう言われて引き下がる神経の持ち主は、この場に存在しなかった。
場は一時騒然とし、特に病気を通り越して人格の一部と認識されている領域で主命なメイド長とか、忠犬の名を欲しいままにしている雨衣とか、ちょっと涙ぐんでいたりする舞とかを主に、ちょっと目もあてられないくらいな勢いで気遣われるが。
「……だから、気にするな。ちょっと……それが予想外に気持ち悪くて、戻しそうになっただけだ」
弁舌にも長けた燐音様らしくもない、下手過ぎる言い訳。惨殺死体を見てもほぼ無反応で済ませた神経の持ち主が、そんなヤワなワケがない。
とりあえずそういう事で済まそうとしているのがありありと判る。
「……話す気はないみたい」
沈痛そうに、女性的な撫で肩を落とす司さん。話す気がないなら何言っても無駄。
納得できないまでもしようがなく、それよりもと事態は推移する。
何せ相手は燐音様だ。空気くらいは誘導される。
「――ぐっ……あ」
神経を切断された時とは比較にならない苦悶に顔を歪める雨衣。
そりゃそうだろう。うじゅるうじゅると鉱石みたいだった触媒なるモノは半液体みたいにたゆたい、ぐちゅげちゅと不気味に雨衣の破損箇所を侵食していく。
不定形の魔物が、獲物を取り込み溶かして食すにも似た情景。
放心――皆が呆然としてその異常を眺め、やがて子供っぽい声が打って変わって平静な面をした幼主の名を呼んだ頃合い。
不定形が形を成す。流動は止まり定着し、不可思議は決着を付けて更なる不可思議を産んでいたのだ。
いや、結論は前もって聞いてた通りなんだけどね。
「腕?!」
「なんか生えたーっ!?」
「うわあ……」
そう、腕である。
ちょっと前から隻腕であったハズの忠犬少年は、幽霊でも見るような面もちでその腕をしばし呆然と見つめ。
振るい、振り回し、きちんと人間的な五本の指を開き閉じ、鉤爪状にしてさらに手首を捻って握ったりして――神経は完全に繋がっているらしいねどーも――どういうわけか、健康的に日焼けた上半身と同じ色合いの、シンメトリーな腕を確認し。
「……はっ」
「は?」
吐息のようなうめきに、舞がお子様っぽく小首を傾げ。それにも構わず、
「はは……っ、はえた……! 俺の、俺の腕ぇ……っ」
歓喜である。懐から見ても断言できる純度百の歓喜に、雨衣は涙を流していた。
失っていた大切な身体の一部を取り戻した暁光に、目を灼かれたような勢いで涙を流す。
……以前の義腕とは打って変わったこの反応。それ程の馴染みだというのか。
生暖かい空気が充満した場で、冷静にそうあたりを付ける。
「ふむ、そうまで本物に近いとはな」
ひとしきり感動を味わうのを待っていたのか、燐音様が平坦な口を開く。既にさっきの姿はなく、何かの間違いであるかのような平常通り。
「さて、得体の知れない知識が頭に浮かんでいる筈だが」
「え……あ、はい。ありがとうございます燐音様!」
何をどう誤解したか、涙を拭いながら勢い良く頭を下げる雨衣。
「……おい」
「俺、これからも頑張ります! 貴女のために」
上気した頬に朗らかな笑顔。なんかこう、嬉しさが限界を超えたせいか理性が吹っ飛んだ状態。そんな感じなんだろうか。
なんとはなしにちらとシェリーを見てみると、うちの妹を思い出す面をしていた。えらく複雑そうな、男が絡んだ時の女の面。
「いい加減に戻ってこんかこの戯け」
成立しない会話に頬をうっすら引きつらせ悪態を吐きながらも、しかし獲物を前にして飛びかかろうと気張る肉食獣みたいな気配で一歩進もうとする殺戮のメイド長を留め制する唯一の手を伸ばす燐音様。お優しいこって。
で、結局あずきの拳が雨衣の顎をえぐることで漸く正気に戻り。
幼主の斜め後ろあたりから聞こえた気がする盛大な舌打ちは全力でスルーしたい所だ。
「――確かに、この"腕"の特異能力と性質の詳細が、何故か頭に有ります」
顎をさすりながら、雨衣が納得してない風にわけのわからんことを言う。
しかしその不可思議に我等が幼主は頷く。予定調和の余裕か。
「使用と同時に、きちんと最適化された情報粒子がインプットされる、と言っていたからな」
「じょうほうりゅーし?」
聞いた事のない単語に、一同を代表して好奇心が強そうな舞が問う。素直に聞ける特性って便利だな。
「情報の塊だ。神器の具現時や、遺跡の設備や遺産なんかで極稀に確認されている。生体――人間が解るように翻訳と整理がされてなければ脳を食い潰す毒だが、両立して最適化されていたなら即座に情報を頭に刻める」
「……なら、雨衣のそれは先史遺産?」
意味を解するのに苦労している半数をよそに、あずきは涼しい顔で確信をつつく。
いくら何でも人腕になるようなもんが神器な訳無いし、だとするなら同じ非常識の塊で、使用用途を調べる事すら難解な希少品を可能性としてあげるだろう。
鉱石みたいなのが人腕になるようなアイテム、錬金術師にだって錬成不可能だろうから。
錬金術師は常識を弄くる者。
故に錬金術師は誰よりも常識に縛られている。
――弄くる対象が変わるなら、弄くる指先だって覚束ないだろ。んなに器用じゃねーからな。
知り合いのハゲ錬金術師の言葉が頭に浮かび、
「いや。あいつは自作だと言っていた」
だから、あっさりと常識を破壊する台詞に、割とビックリした。
「……っ……本当?」
「詰まらん嘘を口にしてどうする」
自身の常識が揺らいだ事実にか知らんが戦慄くあずきに、燐音様は愉快そうに口元を歪める。
「なにせ、生きた伝説。錬金術師の眉唾神話――地形修復者が創った試作品だそうだからな」
「呼びましたか?」
唐突に少女が現れた。
位置としては、執務室に立ち並ぶ、メイド長ほどの背があるタンス群の傍ら。
――というか私の真横からだ。
何も存在してなかったハズの空間てか密室、本当に唐突に現れた第三者。
表現したくない悲鳴をあげてしまったのは多めにみてもらいたい。
「……何者ですか?」
皆を代表し、恫喝にも似た低い声を――どこか不思議に引きつった感じがあったのは激しく謎だが――メイド長。
対する少女は、ふわりと――メイド長をはじめとした全員の視線を受け止めた上で、柔らかく微笑んだ。普通人たるシェリーが場も忘れて感嘆の息を吐くそれを、私は――
少女の顔の角度が僅かに傾き、一目で極上と解る長い長い髪が、ドレスにも似た法衣をさらりと撫でる。
「あら、わかりませんかしら?」
上っ面は上品かつたおやかな笑み。同じ絶世がつこうにも、燐音様やリーちんとは質の違う透くような白い肌に、瑞々しい桜色の唇が、同性として嫉妬すら覚える絶妙な孤を描く。
「いや誰だ」
何故か、その燐音様の声はいつもの鋭さに欠け、問うというよりは納得したくないような響きを含んでいた。
私と殆ど変わらぬ背丈年の瀬で、メイド長よりでかいんじゃね? 的な胸の張りに、黒いグローブに包まれた二の腕があたり、体格上規格外な質感が歪み変形し揺れる。
……あの質感、まさか、本物……だと?! バカな!?
「貴女にそう言われると、とても悲しいわ……のだ」
「「っ?!」」
悲しみに満ちた表情――素人目から見たら、腹立つくらい美麗な容姿とスタイル相俟って間違いなくそう判断されるだろうが、違う。
あれは私と似た……だから解る。悔しいが、私より役者が上な面だ。
しかし何だ、小声で意味不明な事を呟いたが、それにメイド長と燐音様と司さんが目を見開いて動揺と驚愕を露わにしている。
暗号か? ……ノダ、の・だ、野田? わからん。
「……なんの道楽だ。それとも衛宮の誰かにでも頭かち割られたか。錬金術師」
極上の黒束を不規則かつ小刻みに揺らしながら、何故か盛大に引きつった頬を隠せてない燐音様。
なんだ、彼女の存在がそうさせているのか。あのメイド長と司さんも似たような感じだし、何者?
って、んん。錬金術師……?
そうだ、そういえば燐音様は何を言い終えた後、何を言ってこいつは現れた?
「うふふ。まあ半分くらいは正解ですね。それより」
たおやかな手に持つ、翼の欠けた双頭蛇の杖をゆったりと微動させながら、視線を傾ける。
ケリュケイオンの……そうか。こいつが……あの。
「はじめまして、月城家の戦士さん。私の創った試作品、お気に召したようでなによりですわ」
視線は、雨衣が――否、その腕"らしきもの"に向けられていた。
当人である雨衣が浅からぬ驚愕に目をむき、何か無意味なことを口にしようとするが、それより早く、少女の形をしたナニカは言う。
「炎精杖S壱・義肢型。御存知でしょうが、それは焔蜥蜴に対してそれなりに有効な性質を持ちます。良き戦果を」
言い終えた段階で、ひどく聞き慣れた音がした。
それは、話をしていた外見少女の眉間に、黒い穴が空いた音。
まあ、銃声だった。
どういうわけか血も中身も、何も飛び出ぬまま、緩やかに倒れていく錬金術師。
「静流。話の腰をへし折るな」
「すみません。余りに凄まじい精神攻撃だったので」
「キツかった事は否定せんが……」
視線傾ければ、砂漠の屈強な外殻を保つ魔獣共を駆逐する為に開発された砂国型の重厚な拳銃が硝煙を吐き出している。
それを保有するに相応しき威風の女傑は、呆れた風に肩を竦める魔性の美貌の傍ら、悠然優美に佇んでいる。
写真でも撮ったら結構良い出来なんじゃないだろうか。タイトルは"殺人直後"で。
誰もが言葉を無くす、致命的に色々ズレた主従の会話に誰かが息を呑み。
「先日の蛮行といい、酷い仕打ちをなさいますこと。嗚呼、酷い」
不幸を嘆くような鈴鳴り声に、事態を知らぬ者達が――雨衣とシェリーと舞とあずきが――凍り付いた。
つかそもそもがズレた相手である事を認識すべきだとは思う。
そもそもが、不老不死だの地形修復者だの錬金術師の眉唾神話だのと、糞戯けた噂ばかりが先行する徘徊伝説。
此方の常識が通用する相手ではないのだ。と。
一拍前まで穴が空いていた、普通に即死級な致命傷が綺麗さっぱり塞がり、女神像のように堂々と立つ姿を見て、私はそう再認した。
ドタマぶち抜かれた位じゃ死なない、か。
「気にくわないからと窓から蹴り落としたり眉間に穴を空けたり、酷いとは思いませんか?」
「そういう事は跡形もなく消えてから言いなさい。存在自体が五感を介する精神攻撃なのですから。正当防衛です」
確かに何度殺そうとしても何故か死なない対象は、結構な精神攻撃かもしんないけどごめんメイド長。あなたが存在精神攻撃云々(それ)を言う権利は無いと思う。いろんな意味で。
「それはそれとして、」
独特な空気間で、常人なら即死な異常を流し――それ以上語るつもりは無いとでもいうように――面を被った得体の知れない何か的な視線を移す。
「どなたが泉水のお姉さんでしょうか?」
「あ、ああたしです」
指名され、上擦った声のお子様が手を挙げる。馬鹿正直な。
「貴女が泉水 舞さんですか。はじめまして、お話は伺っています。何でも、妹さんが魂殻剥離だとか」
「! あっ、あの!」
「言いたい事は解ります。ですがまずは、私の掲示した条件をお願いしますね」
燐音様のようなどこかひねくれたモノでなく、表面的にはストレートな美貌かスタイルの差か。狼狽を続けるお子様を年長の微笑で制する外見少女。
「……本当に、治せるんですか?」
「ふふっ、可笑しな事を仰られるのですね、舞さんは」
ありきたりな祈りにも似たものを口にする舞を、対する外見少女は微笑を深め、笑う。
「いや貴様の存在以上可笑しなモノはこの場に存在してないだろ」
「ですね」
半眼になった燐音様とメイド長が気になるツッコミを入れるが、当たり前のようにスルーされ、
「常識ですよ? 私が治すといって、治せないものなんてないんですから」
「まあ、そうだろうな」
大多数が聞いた事のないものを常識と形容していいのかは疑問だが、燐音様は酷く疲れたように肯定した。
決まりきったことを、認めたくはないが認めざるおえないものを口にするように。
「腐っても、世界最高の錬金術師だからな」
「……なっ、何故そんな錬金術師が焔蜥蜴退治を?!」
シェリーがツッコンだのは確かに真っ当な、誰もが浮かべる疑問である。
焔蜥蜴は火口付近に生息する魔物であり、近寄りさえしなければ害は無く、低級の竜並みの戦力をもっては居るが銃火器が全く通用しない相手じゃない。伝説の錬金術師ともなれば問題なく駆逐できる魔物であり、またわざわざ狩っても採集できる物に大した旨味は無い。
焔蜥蜴を討伐させる必要性が存在しない。
精々が自分の試作発明品の試験か。しかし普通に考えれば弱い。何で焔蜥蜴なんて中途半端な当て馬を。
普通に考えればやっぱり理解できない。
「何故? 理由ですか、そうですね」
変態奇才変質者揃いの錬金術師と見ればそれまでだが、私には経験則と直感からの仮説と憶測があった。
記憶を掘り起こす。かつて所属していた西方の王国騎士団で、その部隊長の一人。滅茶苦茶な暴君で傍若無人な乱暴者のどうしようもない破壊魔で気分屋な隊長。一度会ったら決して忘れられない類の人種。その副隊長共々に。
その隊長が何かやらかした時、さしたる意味も理由も考えも無いように見える滅茶を、主に副隊長に強要強制させる時。たまに言っていた、副長曰わく糞ふざけた理由がある。
……ああそうか。と納得した。何でコイツからはこんなにも最初から違和感しか無かったのか。
だって、女性からして詐欺みたいに整ったザ・美少女な燐音様と並べても遜色ない容姿の癖に。
「だって、面白そうじゃないですか」
私や隊長と同類異質な、愉快犯の匂いがするんだもんよ。