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ダメだこいつ

『――それで、実際のところどうなんだ』


 発光するつるつるした壁の向こう――確か、もにたーとかいう、遠く離れた場所の絵とか書物のような文字列を見ることができる装置とか。

 それ越しに、数時間ぶっ続けの平謝りと説得の末、ようやく過労か人恋しさかなんかで失っていたっぽい正気を取り戻したアルカは、どこか詰問口調でそう聞いてきた。


「どう、って?」

『たかが女装くらいで逃げるなどと、お前らしくない』


 一体おれはどれだけ過大評価されているんだろう。もしくわ単純に馬鹿にされてるのか?

 つーかたかがって、犬耳とか水着とかおれの醜態とかを、たかがって……


「逃げ出した本当の理由――まあ、女装ライブが嫌だというのも本当なんだろうが、決定的な動機、キッカケだよ」


 ややへこみかけたおれに、リンネのフォローらしきものが耳に入る。

……あー、いやまあ、やっぱり……ごまかしきれないかなあ?


「いや、まあ……動機っていう程でもないんだけど――」


 頬を掻きなが、ぽつりぽつり仕方なく説明をはじめた。






 ――それは中央国首都の大公園で、日課である鍛錬をこなしていた時。

 しとしとと陰気な小雨が降りしきる、とある日のこと。

 あの時は急に降ってきたから、簡易の屋根がある公共のプレハブで雨宿りしてたんだ。


 ――だーれ……だ?


 んでそのプレハブでぼけっとしてたら、どういうわけか目隠しされたんだよ。

 人影はなかったし、気配もなかった筈なのに……一瞬背筋が凍ったけど、直ぐに顔見知り犯行と思い至ったよ。聞き覚えある声だったし。





「――(サク)? 朔だろ?」

「……ん」


 後ろからしがみつくように目隠ししているっぽい少女の名前を呼ぶと、小雨の雨足に負けそうな返事が返ってきた。

……あー、びっくりした。また暗殺者かと思ったよ。

 剣士の端くれとしては失格な安堵を吐きつつ、度々諜報活動で遠くに出向く、小柄な身内に向き直り、頭を軽く撫でた。


「おかえり、朔」

「……ただいま。マグナ」


 なんか、懐いた相手にすり寄る小動物みたいな仕草で身を預けたまま、さらに柔らかく華奢な体をこすりつけてくる。

 寡黙な朔のコミュニケーション手段。

 さすがにちょっと恥ずかしいんだけど、しばらく離れている事が多くて寂しかった反動なのか、ちゃんと相手しないとすごく寂しそうな顔をする。だから断ることもできず、大体こんな対応。


「奇遇……なのか? こんな所で会うなんて」

「……帰り、マグナ見えたから」


 それで付いてきて、気配消して目隠しか。

 諜報活動のスペシャリスト、"忍"の技能だから仕方ないんだろうけど。途中で気付かない自分にちょっとがっくりだ。

 朔の薄い桃色の髪を撫でながら、溜め息を吐く。

 それに反応したのか、いつもは趣味の悪いお面を付けて隠している顔を上げる朔。

 頭一つ分に近いの身長差と、寄りかかられてゼロになった距離の関係から上目遣い。

 濃い金色の目は、人間のそれとは違う、蛇のような縦開きの瞳孔。

 人から恐怖を受けていたというその目だけど、今はくすぐったそうに半分閉じられていて。少なくともおれからはとても可愛いらしく思えた。


「……マグナ」

「んー?」

「あのね」


 そっからいつものように唐突に聞かされるのは、取り留めのないどうでもいいことから、洒落にならない国家機密まで。多種多様な国外の話題。

 おれはそれに、合いの手とツッコミ。二・八くらいの割合で応答を返す。

 口下手な朔が、それでもたどたどしく話してくれるのはとても嬉しい。気軽に旅なんかできない身分になったから、おれとしてもこういう刺激は楽しい。

 そんな中でも、諜報活動の一環で耳に入れたという、とある帝国の農村の、お祭りのこと。


「――ハナビ?」

「うん……なんでも、地元の錬金術師が発案した伝統工芸で……夜空に花を咲かすとか」

「いや、どこに根を張るんだよ。空にって」


 未だ晴れない曇天を見上げながら、想像してみた。

 夜空に……咲く、花。

…………やっぱりどう考えても種子の段階で落下していくような。まさか土壌ごと浮いてる分けないし……うーん。


「本物の花じゃなく……配列と色彩、分量などを工夫した火薬を上空に打ち上げる。その時の爆発模様が、空に咲く花のようだと……だから花火」

「空で爆発? なんか物騒、てかすごいアイディアだな」

「きれいだった」

「あ、観てきたんだ?」


 正直、ちょっと驚いた。

 朔は基本的に素直ないい子なんだけど、毒舌というか、誉め言葉とかをめったに口にしない。

 諜報活動――情報を仕入れ統制する活動。暗殺だってそう珍しいことじゃない、裏の仕事。

 物心ついた頃からそれに手を染めている朔は、感性が……ちょっと荒んでいるから。

 だからこういう、綺麗とか素直な賞賛は、懐いてくれてるおれにでもなかなか聞かせてくれないこと。


「……試作品、遠目で。花火は、近々行われる村祭りの、催しものだから」

「観たいの?」

「……うん。でも、その日、駄目」


 また諜報任務があるから。と、どこか悲しそうに語る朔に、おれにまで沈痛が伝わってくる。

 うーん、どうだろ。なんとかしてあげたいけど……国外だしなあ。


「朔、なんか策はあるのか? どうにか観たいんだろ?」

「……手伝って、くれる?」

「当たり前だろ。それにというか、わかってんだぞ。こういう展開を期待してたから、祭りとか花火とか口にしたんじゃないのか?」


 ん、ああそうか。自分が口にしててはじめて合点。

 おれ、ねだられてたんだ。


「……ん」


 朔は、少しだけ恥ずかしそうに下心を肯定した。

 ずる賢くとも、こういう素直さは美徳だと思うし、なんかやっぱり可愛いとも思う。

 だからじゃないけど、期待には応えたい。妹分のおねだりを聞くのは兄貴分の仕事だ。


 それからおれは、湿っぽい匂い漂う小雨が止む直前まで、打ち合わせをした。

 謀術やら姦計やらに長けたアルカに相談はしたのかと聞くと、それはコレからという返事。

 しかしこの作戦で十分だろうとも朔は言う。

 要は、任務の一環で再びその村に立ち寄れればいいとか。

 しかしそんな任務あるのかときけば、無けりゃ作ればいい。と朔が以前遭ったとかいう某ロリコンさんからの受け売りを語った。

 作戦の要は、おれが時期を見計らって中央国から脱走。監視はその際に振り切ること。

 一応英雄とか呼ばれてるおれが消息を絶てば、自動的に捜索する任務が諜報員に付け加えられる。それは立派な大義名分になる。

 そしてグルである朔以外に捕まらないようにして、最終的に朔がとある村でおれを発見。

 ゴタゴタは発生するだろうけど、時期を見計らって帰還すればよし。

 という作戦(スジガキ)


「……でもそれ、絶対みんなに怒られるな」


 若干の苦笑と恐怖を混ぜながら呟く。

 多分、終わったらみんなに平謝りだなあ……多分、おれの行方不明自体は公表されないんだろうけど。


「まあ、その筋書きだとおれもハナビっての見れるらしいし」


 正直、話を聞いてた時からちょっと興味をもってたし。祭りも普通に好きだ。

 これはおれにとっても役得になるかもしれない。

 できれば、アルカの奴も連れて来たいけど……あいつ、人混みとか喧騒とか苦手だからな。おまけに今の時期、研究とか内政とか悪巧みとかに忙しいらしいし、無理かな。

 でも、おれと朔だけこっそり行ったら……フェアリオウルは勘弁してほしいなあ……


「終わったら一緒に謝ってくれよ?」


 異能力者並みの性能を持つ、アルカの番犬の偉容と威力を思い返しながら、ハナビってどんなのかなとも、やっぱりそれはそれでワクワクしていると。


「マグナ」

「ん?」


 おれの腕の中、甘える小動物みたいに細い体を擦り付けたまま、朔が囁く。


「だいすき」

「ああ、おれもだよ」


 ストレートな親愛の情に、気恥ずかしさ紛れに苦笑を返す。

 外の小雨は、既に止んでいた。甘えつくす朔を待っていたようなタイミングだった。







 ――というつい最近の会話を、所々省く必要のない箇所(甘えている直接の諸々など)を省きながら説明した。

 何故省いたのかは、自分でも不思議だったけど。

 ただ、数年前の気ままに殺伐としていた旅人時代の直感が疼いた。

 何故かわからんけど、話したら惨たらしく死ぬ気がしたんだよ。


『…………すこし、キュウヨウをオモイダシタ』


 何故か設備の駆動音以外の音が消えうせた場で、モニターから背を向けたアルカが、完全なる棒読みで退出を口にした。

 休養? いや、急用か。どっちにしろ、なんでこのタイミングで?


「どこいくんだ、アルカ?」

「キにすルな……タダの雌狐(キツネ)狩りヨ」


……あれ、なんかまた正気失ってね? 口調おかしくなってるし。

 そのことで何か口にするより早く、モニターの絵から光が消えた。

 アルカの長い後ろ髪一杯が写っていた綺麗な色彩が、単調な黒一色になる。


『接続、遮断されました』

「……要は女の為ではないか。このタラシが」


 何故かリンネから結構な剣幕で睨まれた。てかタラシって何?


「まっ、マグナさん? とりあえず、あのアルカさんて人に謝った方が良いと思いますよ? 今すぐ」


 何故か床に女の子座りした涙目鈴葉が、何か今すぐを強調しながら助言らしきものを口にする。

 それに少し考えてみた。

……確かに。女装云々で予定を早めて、それを家出の言い訳にしてたから……ちょっと卑怯でもあったかな。うん。

 それにやっぱりアルカも、仲間外れはイヤだったんだろうか……うーん。


……やっぱし、何の相談もなく置き手紙だけで数日空けるのは、あれかな。おれも悪かった……かな?

 強制女装ライブと数日の家出、なんか天秤にかけるだけ馬鹿馬鹿しい感じが……


「謝るといっても、通信は遮断されている。という以前にあちらのデータベースにいないだろうから、すぐには連絡がとれんぞ」

「あー、いいよいいよ。ちょっと直に謝ってくるから」

「直にって」


 ここ帝国から中央国まで、列車の線路を引いてるだけの距離がある。

 だけど、異能力者の大半にとって、距離はあまり意味が無いものでもある。


「ちょっと中央にもどって、アルカに謝ってちゃんと朔もアルカも連れてくるよ。やっぱみんなでハナビ観たいし」



 それに朔が言うほど綺麗なら、きっとアルカも楽しめる。その手段がやっぱり脱走と不法入国になるのはどうかとも思うけど。

 ――だめだこいつ全然わかってねぇ――と何故かコメカミを抑えて頭を振るリンネ。発言の意味がわからず首を傾げた。


「……行く前に確認させろ。貴様の"要"は誰だ」


 嘆息して、どこか思いつめたようなリンネは、重大で致命的なナニカに気づいてしまった研究者のような顔で、変なことを聞いてきた。

 かなめ……要って、異能力者のアレのことだよな?

 なら、


「わかんない」

「……アルカか、その朔という少女ではないのか?」


 んー……確かに大切な身内だけど、やっぱり妹みたいな感じだしな。

 だから抱き締めたり頭なでたりをおれからしたり、要求されたりしてるんだし。

 そういうのではやっぱり気を許してはいるけど、"要"みたいな極端な依存心とかは無いんじゃないかな、と思う。

 おれなりの心理分析を口にすると、何故かリンネが頭痛を堪えるような姿勢になった。

 どしたん、寝不足?


「……や、大体把握した。事態は相当に深刻だったらしい」


……いやだから、なんのこと?


 




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