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再会

「料理長、オセロ盤を」

「はいはい」


 月城の鶴の一声で、何故か調理場の奥に存在していたらしい長方形のそれを持ってくるのは、えらく若々しい――というより、私らと大差なく見えるくらい幼い容姿と、不釣り合いな姐さん的しぐさが特徴的な、月城家が誇る料理長さん。

 話の経路を聞きかじっていただけあってか、素早い対応です。

 かくて円形テーブルの中央に配置された四角いポピュラーなオセロ盤には、何故か一面アトランダムに並んでいる白黒の丸。

 明らかに勝負後の片付け未遂です。どうもありがとうございました。

 配下の怠惰に眉をしかめているだろう月城と一緒に白黒を分け、オセロ盤の凹みに入れ、さらにはハンデを――オセロにおいて不可侵領域である四隅を――承り。

 私は白、月城は黒で。ワンサイドゲームの始まりです。

 で。


「雑魚が」

「つ、月城がイジメるんだよううう……」


 すべての白黒を打ち終えた盤面は、不可侵領域を除いて全部真っ黒でした。

 まあ、月城と頭脳戦をやるはめになった段階で予測のできた帰結ですが、こんな陰険なやり口をすることないじゃないですか……


「さて、約束には従ってもらうぞ」


 ――そも、何故このような盤戯を唐突にはじめたかといえば、これまた唐突な月城の申し出によるものです。

 いわく、オセロでもやろうか、からはじまり。

 ――で、俺様が勝ったら一つ……ん、イヤだ? そうか。ならば当分貴様とは口を聞かん…………おい、土下座することはないだろう。そして泣くな。勝てば良いのだ。貴様が俺様に勝てば、俺様が貴様の命令を一つだけ聞いてやる。ん? ああ、何でもだ。抱擁(ハグ)だろうがドレスだろうが……ああ、どうせ俺様が勝つからな。まあ、いきり立つのは勝手だが、分かり易い莫迦(ヤツ)だな――


 というわけで、いつぞやのように賭けオセロをやらざるおえなくなった成り行きがあるのです。まる。


「……現実逃避に過去を振り返るのは勝手だが、そろそろいいな」

「あーあー、聞こえない聞こえない!」


 麗しい死刑宣告を聞き逃すべく、テーブルの上で耳をふさぎ首を振っていると、


「料理長」


 何か、月城の可憐な唇がそんな形に動き。直後。

 背後からの万力が、両腕を耳からひきはがしました。


「衛宮の坊、かわいそうだけど約束だ。観念しときな」


 遮るものが物理的に取り外された私の聴覚が、外見によらぬハスキーな声をとらえます。

 かつて、某メイド長さまを組み伏したともされる伝説の料理長さんの声と腕力を相手に、絶望が胸を支配するのはまた道理。

 そんな私の様を見て、なぜか呆れたような月城は、大仰に溜め息を吐きました。


「やれやれ、かわいそうとは何事だ」


 湯気のなくなった手元のブラック珈琲(コーヒー)に、ミルクと醤油となんらかのシロップを次々にブレンドしつつ、


「鈴葉に悪いこと、だとは限らんだろうに」


 菜食主義であり、悪食家でもある月城は、深緑色に変貌した元珈琲を優雅にすすります。

 そして一息いれると、宵色のお目目が改めて私を見つめると、わずかに湿った唇を鷹揚にひらき。


「さて命令だが。貴様、当分家に泊まれ」


……………………はい?


「俺様の家に、しばらく泊まれと言ったのだ」


 命令された内容を理解するのに、しばしの時間が必要でした。

 呆け、次いで湧いたのは困惑。そしてそれを覆い尽くすような――

 え、あれ。お泊まり? 月城の家に? あの、玄関先で待ち構えているだろう竜殺(ドラゴンスレイヤー)お兄さんの元ではなく? 月城の?? 月城の!?


「犬とお呼びください」

「よし、三回回ってワンと鳴け」


 三回回りながら三回ワンと鳴くと、何故かはたかれました。















 ――そこは、湿度の高い樹海の中では珍しく、ぬかるんでない場所。

 泥土の変わりに、膝の上あたりまで伸び放題の草が茂りまくっている。

 樹海の、人工的に開かれた場所――司さんがいう目的地には、元は人が生活していただろう朽ちた建築の成れの果てが坦々と並んでいる。

 手入れされなくなって、住人がこの樹海の開けた場所から退去してどれくらい経ったのか。

 比較的日光の当たり易い場所だけに、あたりには草木が生い茂り、石造りの家を覆い隠し、侵入不可能なところもあれば、転々と錆びて崩れたところもある。

 ――廃墟。

 まだ、銃火器が発展していなかった暗黒の時代。

 凶暴な魔物たちの侵略で崩壊した人里のひとつだと、司さんは語った。


……というかこんな、心霊スポットに成りそうな辺鄙(へんぴ)かつ不気味な場所で待ち合わせってどうなの?


 特異な神経をしているらしい片割れの先方は、既にこの廃墟に到着してたらしい。

 いやあたりまえか。こっちが遅刻したって話だし。

 鮮やかな赤色の髪に、すらっとしたスレンダーな体躯、それらにあまり似つかわしくないくすんだ色、下の黄色い上着が見えるくらいズタズタなマント姿。

 荒くれものに近い格好だけど、綺麗な色白い肌の顔立ちは整っている。

 だからか、頬の中あたりから縦真一文字に描かれた歴戦の傷跡がひどくアンバランスな感じ。だけどなんか、どっかのメイド長さんと違って、怖いのではなくかっこいいと感じることのできる雰囲気。

 そんな女の人は、不機嫌さを押し殺そうとして失敗したように引きつった表情のまま仁王立ち、無音の廃墟に脚を踏み入れたあたしたちを睨む。


「――遅いよ、司」

「ごめんなさい、キャリーさん」


 ハスキーな咎めに、少女じみた高音が謝罪した。

 銃撃戦が始まるかもと身構えていたあたしが拍子抜けするくらいに、普通な対応。

 いや、安心するとこだけど。


「で、そこの子は?」


 ちらと、朱色の西方人チックな細い目が、あたしを一瞥する。


「お話した子です。そちらは?」


 微妙な距離で相対したまま、司さんは相対する人と同じように、目線を傾けた。

 なに?

 気になって、斜め前に立つ司さんの視線を追ってみると、廃墟の壁にひっそりと佇む人の影があった。それも二人分。


「説明したろう、わたしの義弟だ」


 簡潔な説明は司さんに向けられたもの。

 弟。というけど、姉弟にしては遠目から見ても、思っちゃなんだけど、二人ともあんまり彼女に似てない。

 片方は吊り目がちな、なんかその昔あたしをよくいじめていた孤児仲間と似た雰囲気の、やや大柄な――少なくともこの場では一番上背で、あまり見ない着物を着こなす、黒い短髪の男。

 もう片方は、ちょっと鈴葉くんに似た気弱なイメージに、少し垂れながらもきれーなパッチリお目めをした上、華奢な体格を動きやすそうな緑色の服につつむ、やや女の子みたいな外見。キャリーというお姉さんよりはるかに色白な少年。

 あれ、なんかどっちも……いやでも、そんな筈は……

 じっと見入っていると、元の頭数が少ないが故に直ぐ気付かれ、殆ど同時に見上げられた視線ふたつと目が合った。


「……うちの義弟(おとうと)たちに何か?」

「え」


 あんまりまじまじ見合っていたからか、二人の保護者の注目まで浴びてしまって、反射的に一歩後退り。


「あ、いやあの……」


 意外にも穏やかな大人の視線に晒され、少しばかりの空白。

 迷い、しかし、気になる。なんか見覚え……どころじゃない、この感覚。

 間違っているかもしれないけど、知りたいという衝動が勝った。


「あの、間違ってたらゴメンナサイ」


 前置き、少しばかり前進。司さんの斜め前あたりまで草を掻き分け歩いて、じっと二人を、弟だという二人の少年を見る、観る、視る。

 少年の片割れ、大柄なほうも多分、あたしと似たような表情をしている。もう片方は眉をひそめてあたしと片割れを交互に見ているが…………やっぱり、似てる。


「もしかしてお前……舞か?」

「ひょっとして、そーくんにこーくん?」


 ――決定的な確認の台詞は、互いに同時だった。

 え? と色白い子……こーくんが目を丸め、自分であたしの名を呼んだそーくんが驚愕に目を見開く。

 そんなあたしの視界は、歪んでいた。


「……ほんとに、こーくんとそーくん、なの?」


 意図せずこぼれた言葉は、込み上げるものでくぐもっていた。

 目頭が熱く、込み上げてくるものがたまらなく、いてもたっても居られない衝動が、あたしを支配する。


 ――あえた、会えた、逢えた……また、あえた!


「え……ま、舞姉さん、なの?」


 こーくんの戸惑いの声が引き金になったみたいに――気付けば走り出して、二人に跳びついていた。

 随分近くから悲鳴が聞こえるけど、聞こえない。聞こえないもん。


 ――宗介(ソウスケ)に、(コウ)。略してそーくんにこーくん。あたしはそう呼んでいた。

 たちの悪い貴族のせいで離れ離れになって、会えなくなってしまっていた筈の、同じ孤児院で育った家族。

 死んでしまったと聞かされていた二人が、生きて、また……!


「……ビンゴだったみたいね」

「そうですね」


 二人に抱きついて嗚咽を零す中、後ろから満足するような声二つが聞こえてきたけど、気にする余裕はなかった。
















「燐音様。御報告が」


 と、聞き覚えどころか耳の奥にこびり付いて夢に出るような声が、私の背後、後頭部の上あたりから聞こえました。


「何だ」


 テーブルを挟んだ対面、白黒駒争奪戦(オセロ)二戦目のハンディ、白の不可侵領域を次々に拡大させていく月城は、一瞬だけ私の真上を見上げ、直ぐに視線を戻しました。


「は」


 何やら流れるように一礼したように空気が揺れます。

 確認はできません。

 例えばホラー小説とかでも、何やら滂沱の冷や汗が流れる中、不吉な気配を感じ恐る恐る振り向いた先に待っているのは、絶望以外にないのですから。

 ホラー小説の端役じみた心境など知ったことかむしろ踏み潰してやんよ的スピーディさで、背後に立っているだろうホラーの親戚的存在は続けます。


「雨衣とシェリーが帝都の商店街前で、商店を巻き込みながら殴り合いの喧嘩をやらかしました」


 えらくバイオレンスな報告に、不機嫌そうな顔と西方生まれのメイドさんの顔を回想しつつ、うっかり振り向き見上げますと。遠隔まで冷凍するような視線に見下ろされました。

 骨の髄から頭の真ん中まで瞬間的に凍り付くような感じがして硬直、胃を痛めつけます。思考停止。


「そうか」


 あらかじめすべてを予測していた賢者のような、悪く云えば老成し達観したような月城の声が、どこか遠くに聞こえました。


「被害額は?」

「商店の雑貨品や食料品をはじめ、共用設備や店舗の設備など。およそ――」


 平坦に告げられた被害額は、私の三カ月分のお小遣いが一蹴されるほどの金額でした。何をやったのでしょう、あのお二方は。


 ――しかし貴族ならば、払わないという選択肢もあります。

 総ては従者の暴走と切り捨てることも、または開き直ることもまた黙認されます。

 ようは踏み倒すわけ。

 貴族の権力は理不尽なまでに強いですから、民主主義ではない帝国の平民は、貴族の横暴に意見することを基本的に許されていません。

 それを利用するという手はあります。私のお父さんのように。大勢の貴族たちのように。

 ですが、


「……喧嘩した馬鹿ども双方の給料三割カット。弁償金は、とりあえず俺様の口座から出しておけ」


 月城は、そういうのが嫌いです。

 正当でない訴えならば、気にいらないものならば、いくらでも踏むにじるでしょう。

 ですが、筋の通った訴えならば、


「確保は済んでいるな? なら、処罰の細部は成り行きを訊いた後だ。大まかに想像はつくがな」

「了解」


 例え自分が不利になろうと、きちんと聞いてあげるという――今の帝国においては――当たり前に立派なことができる人。

 すごく頭が良いのに、すごく権力を持っているのに、それに溺れず人の話にきちんと他の誰かへ耳を傾けることのできる、すごい人なのです。

 しみじみした私が勝手に微笑むなか、メイド長さんが私の背後で他のメイドさんに指示を出し、


「それともう一つ」


 まだ報告は終わっていない、とメイド長さんはつなげます。


「何だ」


 まだあるのかとでも言い出しそうなやや不機嫌っぽい声音で先を促す月城は、手元の元コーヒーをすすり。


「真中の中型犬が家出してきました」

「ぶ」


 オセロ盤と、私に噴射しました。


 ――ぎゃぃあああああ!?!


 くさっ、まず?! なにこれ?! 顔に付着した途端に尋常じゃなく臭ああ゛あ゛あ゛あ゛!?


「……奴が?」

「はい。遭遇した者が別室に通しました」

「……たく」


 顔に少量ながら付着した液体は瞬く間に鼻の奥、喉の奥、眼球の奥に侵入。お父さんから溶岩ぶっかけられ、マグマに落下しかけた時を彷彿とさせながらも方向性がまるで違う刺激に、助けを呼ぶことすらできません。

 椅子から転げ落ち、床を転がり苦悶する私をよそに、暗黒の主従二人はなにやら深刻そうな話を続けながら、席を立ちました。


「何をしている。貴様も来るのだ」


 月城月城、苦痛と悪臭にのたうつ人に対しての第一声がそれですか?


「雪合戦の雪を溶岩ですげ替え通せる一族相手に、なにをどう心配しろというのだ」


 誤解です月城。赤竜(レッド・ドラゴン)さんの巣窟(おうち)でそれをやったのはお父さんとお兄さん。私はただ、意味もなく連行され巻き込まれただけなのです。

 月城にわかりますか? お父さんに溶岩で殴られ、気絶してる間に赤竜さんに丸呑みされ、排泄物として解放された私の気持ちが――


「静流。連れてこい」

「はい」


 取り合わぬ想い人の無機質な宣告が、顔面謎な液体だらけになった私の心をより一層深く抉りました。頬をつたう二条どころでないあつい感触がその証拠。

 って深裂さん? あの、首根っこをそんな、鉄とか握りつぶしそうな万力で…………くぺっ――――















「――えっ、へへ……ひさしぶり」


 愛らしくしゃくりをあげながら二人を解放して、自分のしたことから照れくさそうにもじもじする舞ちゃんに対する相手方の第一声は、かようなものでした。


「相変わらず、泣き顔ブサイクなヤツだな」


 それを額面通りに取り、可愛いくないと断ずるのは素人のやること。私には解りました。この少年も、心境的には舞ちゃんと大差ないんだなー、と。

 ふと視線を感じ、キャリーさんと目を合わせる。

 雄弁に語る我が子自慢の目。

 たしかに、さっきから微妙に舞ちゃんから視線をそらしつつ眦を微動させているという素直じゃないっぷり……うん、可愛いね。

 見た目は、侍風の藍色い着物がやや物珍しいだけの、ちょっと目つき悪い普通の少年。

 でも認めざるおえませんね。


「……あいっかわらずそういう事を言う」


 無理に皮肉気な笑顔をつくっているような少年に、舞ちゃんは隠しきれない喜びを滲ませて、表面上は溜め息を吐いた。

 大丈夫だよ、舞ちゃん。

 あなたは可愛い。

 私の生命を賭けてでもそう主張します。主張します。するったらします。


「あっ、あの」


 もじもじと、まるで燐音さまと出会ったばかりの鈴葉ちゃんのような可愛いらしいしぐさで、舞ちゃんよりやや大きいだけの小柄な少年が構ってほしそうに口を噤む。

 むぅ、こちらもなかなかどうして。


「こーくん。目、見えるようになったんだね!」


 キャリーさんいわく、こーちゃんこと昂ちゃんは、その昔――舞ちゃんと出会う以前から、後天的な盲目であったとか。

 まあ、私と同じく可愛いもの信者であるキャリーさん、そのお仲間さんの尽力により、光なき地に光は訪れましたとさ。

 だからいま、何かと云えば。昂ちゃんは舞ちゃんの顔を知らない。ということ。

 最初、舞ちゃんを舞ちゃんと解らなかったのはその問題からでしょう。

 幼なじみなお姉さんの、神々しいばかりの可愛いさをはじめて目の当たりにした少年は、頬を赤らめ俯くという、随分と初々しい反応を見せています。

 白い肌に、赤面というのは究極的な組み合わせだと思われますはい。


「……? どしたの、うつむいたりして」

「いいいいやあのその」


 それをちっとも把握してないだろう舞ちゃんは――いや把握してないからこそいいんだけど――不思議そうに、自分よりはやや背の高い、うつむいた少年を下から覗きこむ。

 結果として驚きのけぞり、前評判に違わぬ運動音痴っぷりで転倒。

 悲鳴をあげた舞ちゃんに駆け寄られ、またもあたふた。

 ああ、かわいいなあ……

 あ、でもやっぱりうちの舞ちゃんが一番ですよ?


「いや、うちの義弟()たちのが可愛いよ」


……キャリーさん。そのお話は後日にしましょー。

 可愛い子ちゃんたちの再会を、私達の(いさか)いで台無しにするわけにはいきません。でしょう?


「……だね」


 お互いに見向きもせず意思疎通を成立させると、意識を完全に可愛い子ちゃんたちに釘付け。

 場面はなにやら、そーちゃんこと宗介ちゃんが苛立ったように嘆息したところ。


「おい、あんまりイジメてやんなよ」

「いっ?! イジメてないよ! あたしがこーくんをイジメるわけないじゃん」

「いや、お前の顔を近付けるだけである種の暴力だ」

「……どおいう意味かくらぁー!」


 一瞬ほど考えると肩を怒らせ、両手を天に伸ばす舞ちゃん。

 それはきっと、舞ちゃんを他の子に近づけたくないんだよー。きっと。

 しかし声はかけません。

 否、可愛い子ちゃん同士の尊い聖域に、その他大勢が声をかけてはならないのです。


「しかしお前……月城のメイドになったのか?」

「……そーだよ。まだ見習いだけど」

「……そうかい」


 まじまじと、上から下まで舞ちゃんを、というよりは舞ちゃんのエプロンドレスを眺める宗介ちゃん。

 それに一歩後ずさりつつ、ちょっとビックリした風になにかと舞ちゃんが問うと。


「馬子にも衣装だな」

「…………?」


 宗介ちゃんに言われた形容の意味を知らないみたく首を傾げる。

 いや、舞ちゃん、馬鹿にされてるんだよ?

 ああっ、かわいい……!

 無知なる愛らしさに私が身悶えしてる間に、昂ちゃんから意味を聞かされた舞ちゃんが、金髪を逆立てんばかりの勢いで怒りをあらわに啖呵をきる。


「おもてに出やがれこの馬鹿ヤロぉー!!」

「ここが表だ」


 木枯らしが吹いたような錯覚が、風化した廃墟の真ん中に蔓延した。


「…………いや、悪かった。無学すぎるちんちくりんに理解できないことを言った俺が悪かった」

「宗兄さんそれ謝ってない!」


 突然うずくまって地べたにのの字を描きはじめた舞ちゃんに、ちっとも謝罪するつもりのない追い討ちをかける宗介ちゃん。

 混迷をはじめた場に慌て、聞くところによると舞ちゃんよりみっつ年下だという昂ちゃんは、青空のような目を潤ませ、おろおろと舞ちゃん、宗介ちゃんと交互に視線を送り。


「ま、舞姉さん落ち着いて。ええっと、そのメイド服、おれは似合ってると思……あれ?」


 そうだね。舞ちゃんのメイド服姿は、小さい子に大人もののぶかぶか服の組み合わせ、みたいにかわいいよねー!


「……気休めはいいよ、こーくん。シーちゃんにだって、服に着られてるなーとか言われたし」


 自分が口にした発言に首を傾げている昂ちゃんをよそに、舞ちゃんは達人の立脚と産まれたてた草食動物を足して二で割ったみたいな足取りで立ち上がり、ふーと息を吐く。


「幼児体型だの幼稚だのまないただの、どっかの馬鹿悪友に言われ馴れたんだよ」

「まないた?」


 宗介ちゃんが怪訝そうな声音で呟くも、舞ちゃんのある一点に目を留め、納得した風に乾いた唇の端を吊り上げる。


「それはまた、優しい言い方だな」

「はなしてこーくん! この憎たらしい皮肉っ子の奥歯の下の方だけ全部引っこ抜いてやるんだ!」

「やーめーてー!? そんなことしたら硬いものが食べにくくなるよ!」

「いや、ツッコムところはそこじゃないだろう」


 胸部の脂肪不足に関して、かわいらしい童顔や小動物特みたいな体格以上にコンプレックスを抱いているらしい舞ちゃん。

 いたく狂乱した様子で、昂ちゃんに羽交い締めされてもじたばたじたばた。

 大丈夫だよー舞ちゃん。私なんて舞ちゃんより無いし。


「いや、当たり前だろ」


 性別とかいう細かいことを気にするとは、まだまだだねー。キャリーさん。

 見向きもせずににこりと返すと、何故か一歩遠ざかられた。

 かわい子ちゃん同士の戯れは、まだ続く。















 さしもの深裂さんとてなね謎な液体の悪臭には我慢ならなかったのか、顔のパーツがこそぎ落とされかねない慈悲にさらされ、意識白濁。

 気づけばそこは、少なくとも私のお部屋よりは大きな客室でした。

 およそ十人ほどが寝転がれるようなスペースに敷き詰められている、落ち着いた色合いの絨毯は柔らかくはなさそう。

 それは唐突に手放され、そこへ転がされたことで覚醒した意識により、身をもって確信しました。

 余分な家具がほぼ無く、端に置かれた大きくも小さくもないベッドは複数。そこへ添えられた不気味な観葉植物……らしきもの。それに丸っこいタンスが、人工の灯りに照らされ、我々の眼にさらされます。


 部屋には既に、一人の少年が居ました。


 東方の人間には存在しない紫系統の髪はあちこちにはねまくり、手入れの形跡がありません。

 瞳の色も同色、あどけなさと穏やかな、無垢な印象を抱かせる紫水晶のような目は、まっすぐこちらを見ています。

 ベッドの一つに腰掛けている体勢から伺える体格は中肉中背、よりはやや小さめといった感じですか。

 そんな彼の服装は、ボロ着れのような外套(マント)に、旅人を思わせる機能重視ながら使い古されたようなもの。

 脇に置かれた古ぼけた剣などから総合して、旅人の類であることは疑いようが無い、のですが……

 なにか、あったことはないはずの彼に、見覚えがあるような気がするのです。

 何でしょうか、この既視感(デジャ・ヴ)は。


「あ、久しぶり」


 そんな彼は、誰にいったのか知り合い以上へ向けるような、親愛の笑みを浮かべます。

 同性なのに心和むような、明確な理由もなく、不思議と人好きされそうな笑顔でした。


「久しぶり……と、言いたいとこだがまずは、」


 それとは相反する、まるで精神的なストレスを現在進行で受けているような声で、月城は私の前に進みます。彼女の知り合いなのでしょうか?

 あ……ピンク色のウサギさんスリッパの上、すらりと伸びた真っ白なお御脚が……


「おっと危ない」

「ぷき」


 平坦すぎる棒読みを口にしたメイド長さんが、四つん這いになっていた私の頭を踏み抜き、顎を絨毯に叩きつけました。


「すっ、スズハ?!」


 潰されたカエルさんに驚いたような反応。それをどこか新鮮だなあと思う間もなく。


「なぜ、帝国(ここ)に来た」


 踏みにじられる私と、それをやっている彼女の従者さん。それをどうしたらいいのかわからない風にベッドから立ち上がり、困惑の目を送る彼。

 それら全てを豪快に無視(スルー)し、月城は続けます。


「マグナ=メリアルス」

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