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ただ者ではない人

 場所は月城邸一階、曲がり角から曲がり角まで三十メートルはある、掃除の行き届いた窓際の通路。

 何故それが分かるかといえば、あたしがさっきまでここを掃除していたから。

 バイトや普段の生活で会得した家事スキルは伊達ではない。それはもうピっカピカ。

 まあ閑話休題(それはさておき)


「たちあいにん?」


 そうだよー、と相変わらず間延びしたソプラノで、先ほどあたしを呼び止めた司さん。

 たちあいにん、と聞き慣れぬ単語を復唱した。

 ここ二日間、どこかに出向いていたらしい彼女……もとい彼の服装は、相変わらず性別があってないのに異様なほど溶け込んでいる感のあるメイド服。若干煤けているという事は、その服のままどこかに行っていたということだろうか。

 底の知れない人だ。


「立会人っていうのは、決闘とかの間にはいって成り行きを見届ける人の事だよ」

「…………決闘?」


 存在しないはずの毒気すら根こそぎ搾りとられそうな表情のまま説明をされ、再びオウム返し。

 いや、今度は意味わかんないとかじゃなく。

 争い事とは縁遠そうな――あくまで外見と雰囲気的に――この人から、あんまり連想できない単語。

 決闘。


「決闘って、まさか司さんがやるの?」

「うん。それで待ち合わせた場所に向かってたんだけど、途中でタマちゃんが鈴葉ちゃんくわえちゃってね。遅刻なの」


……何かいま、お魚加えたどら猫に困ったみたいな感じで吐かれた内容に、不可解なものがあったような。

 なに、鈴葉くんが猫に噛まれたからなんなの? いや、くわえたって……うーん?


「それで遅刻は確定しちゃった以上、私一人じゃあ相手方に難癖付けられると思うから、立会人として付いてきてほしいんだ、舞ちゃんに」

「へ? え、なんであたし?」


 巨大なドラ猫が鈴葉くんをくわえていき、それを絶対に間に合わない速さで追い掛けるリッちゃんの姿を妄想している最中。思わず言った後で、失礼な発言だったかなと口を押さえるも、司さんは普通に気にしてないのをあらわすように笑い。


「舞ちゃんが最適だからだよ」

「最適、って?」

「だって、舞ちゃんかわいいじゃない」


……いや、ほっそりした手を頬にあてて可愛らしく笑われても、前後の意味は繋がりませんよ。


「まあ、あまり深くは気にしないで? ただ単純に、相手方が可愛いもの好きなだけだから」


……なるほど、司さんの同類か。

 あたしが……その、可愛い、かどうかの有無はとりあえず置いといて。相手方が、あたしに可愛いと言ってくれる司さんの同類なら、確かにあたしは仲介者になれるのかもしれない……でも、考えてみればそれ以前の問題として、


「そりゃ、司さんの頼みなら構わないですけど」


 出会って数日だけど、この人には両手の指じゃ足りないほど色々世話になってる。ややアレな人だけど、その優しさや人柄の良さは本物だと思う。

 だからできる事なら、頼みごとくらい聞いてあげたいんだけど……


「でもあたし、まだお仕事が残ってるんです」


 手元のほうきとちりとりを眺め、まだこれから曲がり角の先を掃除しないと、身振りで説明するも、司さんは笑顔を崩さず。


「それなら大丈夫。通常業務よりは私の権限の方が優先されるから」


……薄々感じてはいたけど、本当は結構エラいのかなこの人?

 報告は必要だけどね、お願いだよーと付け加える司さんに確信を深めつつ、何やら追従する方向性になっているのを悟る。いや、拒否するつもりもないからいいんだけどね。


 んで、偶然出会った見知らぬ同僚さんに正当なサボリ報告をお願いし、ところかわって月城家二階。

 空や辺りの敷地、放物線を描く山々まで一望できる展望台が設置されている庭園。

 この屋敷は本当に何でもありだと思う。


「……それで、こんな所に来てどうするんですか、司さん?」


 ビュービューと風が吹き抜けあたしの短めな髪が垂直に流されるここは、展望台の一番上。

 高空からの風音で聞きにくいかとも頭を掠めたけど、そんなことは無かったようで、司さんは人のいい笑顔を貼り付けたまま。


「あそこに、山が見えるよねー?」


 間延びした声で指差した先、放物線を描く風景の中、一際大きな山脈がある。

 若干登頂部が白いのが特徴的な、雲に届きそうな勢いの、高い高い山。

 確か、ちゃんと名前もあった筈。有名で、帝国の街中からはだいたい観れるから割とポピュラーな、名前は……名前…………ふっ、ふ…………ふ、なんとか山?

 頭文字ふの山を指差し、その名前を思い出せないあたしに、司さんは補足する。


「あそこの反対側のふもとで待ち合わせの予定なんだよー」

「遠っ!?」


 あれだけ巨大な山……ふなんだっけ山は、確か帝国(ここ)から、地形や魔物の問題をスルーして馬車でかっ飛ばしても一日はかかる距離だとか。しかもなに、その反対側だと?


「ち、ちなみに約束の時間って」

「さっき確認した時計からだと、あと三十分。遅刻だよー」


 はい、どう考えても尋常じゃない大遅刻です。つーか到着するのに三十分どころか、三日は掛かるんじゃあないですか?

 のほほんと恐ろしい規模の遅刻をやらかしたエプロンドレス姿の青年は、素知らぬ風に笑顔を保つ。


「大丈夫大丈夫、タマちゃんはもう喚んだから」

「たまちゃん?」


 何、またタマちゃん……猫がいったい何だって……


「あ、ほら来た来た」


 わけもわからず云われるまま、指先の誘導に従ってほぼ真上を見上げると――


 雲がかった遥か上空、一面の青と白と、その極々一部、小さな翠色が混じっていた。

 翠は滑るように移動する。青空を悠々と翼を翻し、威嚇的外観のまま、我が物顔で風に乗る。

 空を飛ぶ、といっても鳥や虫のそれとはまるで違う、硬質な顔が、鋭利な牙を見せるように顎を開く。鋭利な歯。

 ――ようは、ギザギザな歯並びが見えるくらいまで降りてきたということ。

 顔から、先に棘みたいなのがついた長い尻尾まで、翠色のトゲトゲしい鱗に覆われた、攻撃的ながらどこか刃物みたいに洗練された印象の外観。

 両腕と一体化した翼は、人間の倍以上はある体の半分を占めるほど大きく、風を受けて雄々しく広がっている。

 見据える縦開きの眼孔は鋭く、その偉容と相まって、絶大な存在感。

 トカゲにトゲトゲと蝙蝠(コウモリ)の羽を付けて大っきくした姿に似ている、とは思えても心の底からは決して思い込めない、トカゲなんかとは根本が違うと断言できる威圧感。


 ――飛竜(ワイヴァーン)


 世界最高峰の飛翔速度を誇るという、あたしですら知ってる竜種族の端くれ。


「紹介するね、舞ちゃん」


 大口を開けて呆然と見入るあたしの耳を、全く動じてないマイペースな声が揺らす。


「この子が、タマちゃん」


 ――クォオオオオオォォォ…………

 にこやかな紹介、それに呼応するように耳の奥を揺するような鳴き声をあげる……タマチャン。


「……た……たた、たまちゃん?」


 ここここの飛竜(ワイヴァーン)が?

 口にせずともこもった諸々は、厳つい顔を近づけてきた飛竜の頭を撫でる司さんの姿によって吹き飛びかけた。なにこの絵柄? 美少女と野獣……いや色々違う! つーかこんなのになんて名前付けてんだこの人?!


「タマちゃんに乗せてもらえば、目的地まであっという間だよー」


………………、そをゆー展開かあああっ!!?

 ぶぁっさんぶぁっさんぶぁっさん、とやたら大迫力に羽ばたかせその場に止まり続けるでかい翼に煽られ、吹っ飛ばされないよう割と必死に踏ん張る中。

 吹っ飛ばされそうなほどに小柄な体格を恨む間もない急な展開に、絶叫しようとしてもできなかった。煽り風が凄くて。




 と、いうわけで。

 未だかつてない程に雲が間近に見える、人生初の上空移動をものの半刻ほどで終え、天を衝く程に巨大な山々のふもと、木々が生い茂り昼間にもかかわらず薄暗い樹海の直中。


「司さんって、竜騎士だったんですか?」


 若い草のかわりに枯れた木片や湿った泥の感触が、司さんに渡された分厚いのに何故かピンク色のロングブーツ越しにねちゃぐち。

 気持ち悪さを紛らわす半分、気になっていたことを先行く先輩に聞いた。


「うーん、ちょっと違うねー」


 竜騎士とは、飛竜にまたがる事を飛竜に許された者。

 飛竜は竜種族。魔物だ。誰もが乗れるわけがない、とその昔竜騎士に憧れていた孤児仲間の台詞。


「私は専門の訓練受けたことないし、タマちゃんとはたまたま気があっただけだし」


 いやあの、あんなすごいのと意気投合できるってエライことだと思うんでスけど。


「大体、なんでタマちゃん?」


 これまたずっと気になっていたツッコミどころ。何故、猫に付けるような名前を、よりによってあの強面飛竜(ワイヴァーン)に付けるのか。


「可愛いじゃない?」


…………むだな質問でした、すいません。

 感情を踏みにじられた棒読みで謝ると、司さんはうふふと乙女っぽく笑う。


「やっぱりねー」

「……なにがです?」

「いや、舞ちゃんはスゴい子だなー、って」

「へっ? ――あっ、わわ!?」


 臆面もない笑顔で、唐突にいわれたのは、慣れない率直な賞賛。

 間抜けな声を出し、視界も足場も悪くはあるけど、そこらと比較しても別段転け易くないところで転けてしまうに十分な理由だと胸中で言い訳を語る。


「ああ! 大丈夫舞ちゃん!?」

「だっ、大丈夫。とっさに服で庇いましたから」


 大袈裟と言えなくもない慌てぶりで駆け寄ってきた司さんの手を取り、立ち上がる。

 この月城家特製のメイド服は、なんか特殊な繊維で編まれたものらしく、転けたくらいじゃ汚れしかつかないし、衝撃も大分殺してくれる。

 あたしは無事、だけど……


「……うぅぅ……汚しちゃったよぅ、あたしの仕事着ぃぃ…………」


 これ、一着しかないのにぃ……


「ああ、泣かないで舞ちゃん!? ほら、それなら私が――」


 司さんまで泣きそうな声をだしながら、ほっそりした女性的な手を伸ばしてきた。

 そのまま、泥とか木クズとかで黒く汚れた箇所に手のひらを当て……どこか真剣ながらも愛嬌が抜けきらない目つきで掛け声みたいなのをあげ、手をゆっくりどかしていき……

 すると、汚れていた痕は、きれいさっぱり無くなっていた。

 言うまでもなく不思議な現象に目をむくも、直ぐにこの現象が何か思い至る。


「……れ、錬金術?」

「うん。異物分解(こういうの)は初歩だからね」

「はへー」


 数日前、初めて見た魔法みたいな現象に目を丸め、汚れていたとこを触る。普通の感触。


「スゴいですね」


 感嘆の念をあげると、司さんはまるで微笑ましいものを見るかのような表情で、


「舞ちゃんのが凄いよ」


 さっきの言葉を繰り返した。


……まっ、またそんなこと言って。意外とぷれーぼぅいなのかな、司さんて。

 凄いとか、明らかにこんな、あたしなんかじゃよくわからない錬金術とかの方がすごいし。


「私が言っているのは、精神的なこと」

「精神的?」

「そう」


 どことなく、大人のような雰囲気でゆったりと肯く司さんは、なにかいつもの感じとは違う気がした。


「舞ちゃんは、雨衣ちゃんやシェリーちゃん、それに私より。静流さんに似てるね」


 ――――上を見る。

 天高くまで伸びきった樹林が太陽を隠し、光合成を阻害し、成長を妨げている。空が見えない、密林。

 右を見る。立ち並ぶ木々はまさしく密林の密度。樹海の木々は太陽光を浴びることが少なくなってどれだけ経つのか、些か脆そうな感じ。木々が腐ったような臭いすらする錯覚。

 左を見る。何か鶏みたいな鳴き声が聞こえた気がして、密林の隙間の先を見通す。さっき司さんに射殺された熊の魔物さんの怨念か仲間かと一瞬頭をかすめたが、こけこっこーは無いだろうと思い直す。これといった異常はない。

 正面を見る。にこやかに笑う、同僚で先輩で女装趣味が異様に似合う似非メイドさんの姿。


「………………うん?」


 なにか、理解を超えたことを(ささや)かれたような……?

 困惑し、理解を放棄するあたしをよそに、司さんは口元に手をあて、クスクスと嫌みが無い程度に笑う。


「あまり言及すると舞ちゃんの良さを損ねることになるから控えるけど、あまり似すぎないで。そのまま、舞ちゃんの良さを大事にしてね」


……よくわかりません。

 けど、メイド長みたくなるな、って言いたいことはわかりました。


「うふふっ、そうだね」


 意味有り気に微笑みながら、あたしに向ける視線はそのままに、小銃がはみ出た小さめなリュックを背負った背中を見せる司さん。


「さ、そろそろ行こ。あんまり遅刻が酷いと、出会い頭に鉛玉を撃たれるかもしれないから」

「え゛?」


 ――マジっすか。

 飛竜のタマちゃんが降り立ったと同時、展望台に置かれていたオレンジ色のリュック内の銃器と刃物、非常食と諸々を点検し、小さめなサイズのリュックに詰め込んでいく段階で後悔していたけど……ああなんかまたぶり返してきた……

 あたしの不安を読みとったか、司さんは大丈夫。と性別上膨らみの存在しない胸を叩き。


「それよりも早く、私があの義弟愛者(ショタコン)を仕留めるからー」


 いつも通りののほほんとした感じで、えらく剣呑なことを口にした司さんを見て。

 かなり深刻に、なんでもありなあの屋敷への帰省の念を抱いた。

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