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望むもの



 ――鈍い音。

 放物線を描くこと無く、弾丸のような垂直で飛んでいく、女の子の格好をした男の子。鈴葉くんは、頭から無機質な壁に鈍い音をたて衝突。

 そのままずるずると床に落ちていく。


 ――ああ、私が避けたばかりに――じゃないい!?


「ちょ、なんで投げるの?!」


 人を!


「……貴様が案ずることは無い。まだ従者(メイド)爆弾が残っている」

「それまさかあたしのことじゃないでスよねェ?!」


 能面じみた無表情が被害拡大を宣言すると、爆弾扱いされたシーちゃんが当然ながらおののき慌てて、しかしどこか腰が引けてるツッコミをいれた。


「黙りなさい、使い捨ての爆――」

「貴様が黙れ。話が進まん」


 能面も真っ青な無表情を通り越した感があるメイド長の言葉がぴたりと止まる。

 恐るべし、威圧感のあるリッちゃんヴォイス。

 しかしそれ以上に恐ろしいのは、年端もいかない子供や同僚を垂直に投げる馬鹿力と、それを躊躇なくやってしまう非情さと非常さを合わせ持つこの人か。


「舞、鈴葉を」

「あ、はーい」


 リッちゃんに促され、さして段差の無いベッドから降りる。

 とてとてと、かわいそうな感じに突っ伏する鈴葉くんに歩み寄り、腕を回し反転させて前に抱く。

 体格はあたしとそう変わらない上、見分けがつきずらいけど流石男の子。


 流石に、リッちゃんよりかは大分重い。

 けどメッちゃんよりは軽いなあ。

 体格……いや、きっとあの胸に集まった余分なだぶだぶのせいだ。そこだけダイエットすりゃあいいんだよ、あの馬鹿メッちゃんなんか。メッちゃんなんか……


 ――もやもやぐちゃぐちゃが、ちょっと再燃した。




「――さて、仕切り直した訳だが」


 ベッドの上に腰かけ、膝に鈴葉くんを抱いた――つまり、昨日と同じ構図のリッちゃんが、鷹揚に宣言した。


「まず、舞。貴様、俺様の下で働くか?」

「え、うん」



 今後に関して重大だろう問いかけの返事を返す。

 何故か、背後の空気が一瞬硬直したような気配。


「軽っ!?」


 それを打破したのは、どういうわけか驚きと呆れが入り混じったようなシーちゃん。

 首を傾げながら目を合わせたシーちゃんは、吊り上げた眉をひくひくさせてる。


「あっ、あのなぁ……本当に分かってんの?」



 分かってるよ、シーちゃんがあたしを心配してくれてるってことは。

 昨日、シーちゃんが説明してくれたこと。

 "月城"の、メイドさんのお仕事。怪我や危険どころじゃなく、死ぬ、かもしれないんだよね。

 危ないお仕事……というか、相当危ないことに手を染めているリッちゃんに荷担するというのは、うん。


「要は、性悪貴族か盗賊から金品強奪して堂々と名前を名乗るより危ないコトなんだよね?」

「…………」


 無言であたしの後ろの方に白い目を向けるリッちゃん。何故だろう、性悪貴族と盗賊は大差が無いハズだけど。


「いッ、いやいやいや!? あたしゃちゃんとその天然バカたれちゃんに説明しましたよ!? 本当!」


……ダレが天然バカたれちゃんかシーちゃん。


「ぶーたれてないでアンタも止めろおおおっ!!?」


 何故か、メイド長さんに首根っこひっつかまれ扉の方に引きずられるシーちゃんが、絶叫した。

 絶叫していた途中で扉が開かれ、その向こうに姿を消し、重厚には見えない扉が閉じると同時、あらゆる音声が途絶える。

……数拍の沈黙。


「……ねえリッちゃん、なんでシーちゃんはあの人に連れてかれたの?」


 さすがにシーちゃんの生命が不安になり、問うと、


「急用だ」


 えらく簡潔でそっけない返事が返ってきた。


「ものっそい顔色悪かったんだケド」


 青を通り越して、シーちゃんの髪の毛と同じ紫色だったんだけど。しかも、無理やり引きずられてたような……


「なに、奴、というかこの月城家の中でも、静流を相手に"アア"ならない奴の方が珍しい」


 反論の余地が無い。あの人の、人を惨たらしく殺そうとしているとしか思えない眼差しや怨念を擦り込まれた身として、反論できない。

 てかなんで初対面から数日しか経ってないのに、そんな濃いイメージが定着してるんだろう。


「気にするな。それより、」


 リッちゃんはベッドに腰掛けたまま、太ももに乗せた鈴葉くんのさらさら髪の毛を、犬猫にでも接するような手つきで撫でた。


「話を続けるぞ」


 心癒される光景。だけど、リッちゃんの黒い瞳が向けられている先はあたしで、その瞳は、


「俺様の下で働くということは、俺様の従者になる、ということ」


 真摯……虚実も虚勢も赦さない、見極め見抜き見通す――真っ直ぐなあの頃のようで、あの頃とは違う、とても綺麗な眼。


「従者である以上、服従は当然。俺様が危険に手を染めている以上、従者も染まってもらう」


 ――理解しているか?


 リッちゃんは、言外にそう語っていた。

 理解……理解かどうかはわからないけど、片棒を担ぐということ、そして、身を賭けるリスクがあるということは、わかってる。


 ――だけど、あたしがリッちゃんの傍に居るためには。

 あたしがまた、冥やメッちゃんと笑い合うためには――


 思惑をのせて、意志を込めて、見返し、首肯した。


「――貴様は、俺様を裏切らないと誓うか」


 台詞から、眼差しから、声から。

 なんとなく――リッちゃんは今まで、誰に、どれだけの人に裏切られてきたんだろう。

 ふと、そう思った。

 あたしは……信じていた悪友に裏切られた。完全にそうと決まったわけではないけれど、結論ではない、今の結果はそう。

 あたしはそれで、心がぐちゃぐちゃして、前も後ろも立っているのかも分からなくなって、心が体がバラバラになってしまったような……衝撃を、衝撃やショックという言葉がバカバカしいくらいに、ショックを受けた。

 信じていた人に裏切られる……というのは多分、そういうこと。

 人の心が感受できる許容量を超えた、人が壊れる原因の一つ。



 ――――完全に壊れてしまった"ソレ"は、最早それ以上に壊されはしない――が――


 ――リッちゃんの言葉や、行動や、目を視ていると、何故か、ずっと忘れていたひねくれ者な院長先生の言葉を思い出す。


「――あたしは、」


 リッちゃんが、手を差しのべてくる。

 細くて、白い、ちょっと触れただけで壊れてしまいそうな、綺麗な手。 差し出されて、あたしが取れなかった在りし日の残滓と重なる。

 けれどその手は返されない。まだ"あたし"を聞いていない、と、無言で静かに雄弁に訴える、小さな手。


「……あたしは七年前のあの日。リッちゃんの手を取れなかった。助けを呼ぶ声に応えられなかった」


 何か、言っている言葉とは違う言葉が思いつく。

 けれど思いつきそうで消えて、何を言いかけたか。忘れてしまう。

 そうやって逃げる。

 人は忘れることで、考えないことで逃げて、自分を守るから。

 きっと、たぶんいまは、今はまだ。

 あたしは言っちゃいけないし、あたしには言えない言葉。

 代わりに口にするのは、本心。


「もう、貴様の()る昔みたいに、とは言えないぞ」

「わかってる」


 今、言葉にすべき言葉。


「だけど、繋がりが消えたわけじゃない」


 記憶がある。繋がりがある。思い出が、一緒に歩いていた過去が胸の中にある。

 どれだけ今が変わろうと、その過去(むかし)は消えない。


「思い出の残滓(ざんし)だけを引き摺る者に、用は無い」


 だけどリッちゃんは、その過去を否定する。

 古い思いだと、吐き捨てる。


「貴様は、七年前に救い損ねた少女を今度こそ自らの手で救い――拭い難い過去を、失点を無かった事にしたいだけではないのか?」

「…………それもある、と思う」


 嘘でも偽りでもないあたしの言葉を、リッちゃんは正確に、暗くて弱い部分を見抜く。

 あたしも人間だ。

 誰だって、打算をどこかで考えている。

 そうしたいために、そうでありたいがために、誰もがズルい一面を抱えいて、必要に応じて活用させる。さらけ出したくない暗くて汚くてじめじめした一面を、大なり小なり、誰もが。



「だけど、」



 ――それだけじゃ、ないんだ。


 繋がりというのはとても揺らぎ易くて、とても千切れ易い。

 ちょっとした嘘やささいなキッカケですごく揺らぐし、どうしようもない不幸や理不尽なんかで、あっさりと粉々に壊されてしまう。

……孤児院のみんなとの繋がりは、そうやっていくつもいくつも千切れて、ぐちゃぐちゃになって、あっけなく壊されてしまったから。

 だから、わかる。

 なにより、大切な人への、とても破られ易い、壊してはいけない、当たり前な思いが、あたしのなかにある。


「あたしは、」


 どれだけ揺らいでも、どれだけ迷っても、どれだけ逃げても――結局、あたしの芯はコレなんだ。


「わらっていたい。みんなと、いっしょに」


 繋がりを、大切にしていたい。


 ――それは、孤独からの逃避だよ。


 むかし、先生はそう言って笑った、あたしの芯。

 現実よりも自分と自分の世界を見た言葉だ、と笑った。

 ――しかし、


「――愚直なまでに清い欲望、か」


 欲望あってこその人間だとも、先生は微笑んだ。


「良かろう」


 リッちゃんは、女性にも男性にも見える先生に似た、見惚れるほどキレイな表情を浮かべ、


「泉水 舞。貴様の芯たる欲望、貴様の力共々に。我が、この月城 燐音が迎え入れよう」


 シミひとつない手の甲を、軽やかに翻させる。

 本当の意味で、本当に手を差し伸べられたのだ、と気づくのに時間がかかった。


 そして――あたしの次の行動は、決まっていた。

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