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理解不理解

……う、うぅ…………ひ、ヒドい目にあったぁぁっ…………


 もう、なんていうかアレ、まだお兄さんやお父さんたちとの、七十二時間耐久鬼もどき――鬼に捕まったら文字通り半殺しにされるようなものに、ごっこを付けるのは何かが根本的に間違っているような気がするのでもどき――のがマシな目に…………あぁぅぃ……思い出したくない忘れろ忘れるんだ。

 あんなにあんな目に合いながら、未だ五体満足な親譲りの肉体に呆れを覚えつつ、酔っ払いさん以下の足取りで、歩いても歩いても曲がり角に辿り着かない廊下を進む私。

 解放され、何故か広大な廊下に一人きりなのかといえば、私にもわかりません。窓から射す茜色から、精々今が夕暮れ時であることくらいしかわかりません。

 大魔王、もとい深裂さんに強制連行されて、三回目の気絶から気がついた時には、この長い廊下に逆さ吊りされていたのですよ。

 幸いにも、天井に設置されていた吊すための鎖は古っぽかったらしく、ちょっと我を忘れてもがいたらあっさりと引きちぎれ、重力の従僕たる私は一メートル近く先の、何故か剣山がびっしりと設置されていた床に顔面から着地することができました。

 ちょっといたかったです。マジメに恐かったです。まる。

 それはさて置き……さて置くのはどうかと思いますがそれ以上に目を逸らしていたいのでさて置き、ここはどこかなのか。

 月城のお家ということは、廊下の色合いや建物の頑強そうな造りで分かる。

 けど、かって知ったる月城のお家といえど、広大なお家です。

 三つあるという中庭にも、まだ噴水があるやつと花畑がキレイなやつの二つしか通されたことがありません。

……もう一度言います。

 ここは、どこでしょう?

 長い長い廊下、人影も足音も私のしかない、静かな空間……まるで、本当に私一人しか存在しないような錯覚。

 だんだんと心細くなっていく中、どこからか侵入してきた風のせいかはたまた不可視なナニカが、廊下の細長い天井にぶら下がる豪奢な電灯(ランプ)が小さく揺れ、カタカタがたがた……


「……だっ、だれかいませんかあああああーっ!?」


 あまりの心細さにあっさり決壊した私は、半泣きで絶叫しました。


「はいー?」


 そして返事は即座、背後から若い女の人の声が扉を開けるような音と一緒に聞こえました。

…………ふぇ?


「あ、鈴葉ちゃん?」


 振り返った先で目が合ったのは、見覚えがある。月城とはまた違った魅力がある笑顔を浮かべたメイドさんの姿がありました。



「――それはまあ、なんというか災難だったね」


 うって変わった状況改善。見知った二階階段への道すがら、身に起こった事の片鱗(へんりん)を説明すると、本気で気の毒そうな、同情以外の何ものでもない眼差しで見られました。

 なんだかちょっと、同情って新鮮だなーとか思ってしまうあたり不幸慣……いやいやなんでもありませんよー。


「あっ、」


 受け入れられない事を頭振りながら掻き消そうと試みていた中。

 肩を斜めに並べて歩いていた泉水さんが、唐突に真ん前の真正面に進み出ました。

 真正面から見ても、やはり小柄で幼く見える泉水さんは、悪意や他意など不純物の見当たらない、魅力的な笑顔を浮かべています。

 何でしょうか、何故そんな笑顔?


「ごたごたしててさ、ちゃんと面を合わせる機会も無かったから、今言うね」


 そう前置き、困惑する私をよそに、ぺこりと頭を下げ、後頭部を見せてきます。

……って、ええ??


「ありがとう」


 その正体不明の姿勢からつぶやかれた言葉を解するのに、数秒の空白を要しました。

 その間、遠くでカラスさんが何ものかを威嚇する声が遠くから聞こえてきます、どうでもいいですねはい。


「……はい?」

「あの時、メッちゃんを止めてくれて、本当にありがとう」


 メッチャン? 止めた?

 えっ、なに? 何のコトですか?

 わけのわからないコトでお礼を言われ頭を下げられ、基本小市民な私がうろたえないはずもなく、意味もない言葉の切れ端が口を吐きます。

 そんな状態の私に、不思議そうな表情で頭を上げた泉水さんが、くりくりっとした愛嬌がある瞳を合わせてきました。


「あはは、そんな照れなくても良いのに」


 屈託も嫌みもない笑顔。

 ですが、私にお礼を言われる覚えはありません。そんな屈託のない笑顔される程の人間じゃあないのです、私は。

 何か言わなきゃ、誤解を解かなきゃとは思っても、口先は意思に反してなかなか動いてくれません。


「――ーアンタ何やってんだ!?」


 まごついてる間に、背後から大きな声が掛かりました。

 泉水さん共々驚いて振り向くと、歩いてきたT字廊下の分かれ目付近に、肩を怒らせ眉を吊り上げたメイドさん、シェリー=アズラエルさんの姿。


「アンタはっ、部屋から出るんならあたしを呼べと言ったでしょうが!」


 怒鳴りながらも自分の耳元をちらつかせるアズラエルさん。

 そのお耳につけられているのは、特殊な呼び鈴の音のみを補聴できる、錬金術の補聴器(イヤホン)です。


「しっ、しーちゃん……いや、でもさあ」

「でもじゃない! そうやって昨晩も一人で迷子になってたクセに!」


 うぐ、とうめき声が背後から。

 この、帝国のお城並みに広大なお屋敷で迷子になるのは仕方ない気がしますが、口にはしません。こわくてできません。怒りこわいヒステリーこわい。


「全く、アンタが迷子になって怒られんのはあたしなんだから、ちょっとは――」

「まあまあシェリーちゃん。心配だからってそんな怒らないの」


 唇を尖らせて不機嫌に続けるアズラエルさん。本気で怒ってないことはその表情からなんとなく、怒られ馴れてる感性で分かるのですが、だからどうということもできません。

 そんなアズラエルさんに、微笑みながらなだめの手を差し伸べたのは、T字廊下の角から現れた、同じくエプロンドレスを身にまとう柏木 司さん。


「しっ、心配ってそんなんじゃないですよ! って頭撫でるなーっ!?」


 頬というか顔を赤らめ叫ぶアズラエルさんは、自分の頭をとろけそうな笑顔で撫でる柏木さんの手を振り払いました。

 相変わらず、漫才のようなやりとりがうまいなあと口を半開き。


「っ、アンタも何笑ってんだあ!?」


 眉を先以上に吊り上げ赤面させたままのアズラエルさん、私の方を睨みつけてきました。

 一瞬、私が言われたのかと思いましたが、目線の角度と私の背後から聞こえてきた余裕のあるソプラノがそれを否定します。


「あはは、シーちゃんってばかわいいねー」

「んなッ?!」


 女の人以前に子供のようなソプラノヴォイス泉水さん。余裕がある返答に息を詰まらせ、顔どころか耳まで赤面させるアズラエルさん。

 かわいい云々は正直、私も同意見だけど、これは言わない方がいいなあ、と私は思ったのだけれど。


「でしょう! 舞ちゃんもそう思うよねぇ?」


 先程手を振り払われた人が、何故かひどく嬉しそうに頬をゆるませ、本人の代わりに同意を示しました。


「うっさいうっさいうっさいィ! だれがだーッ!!」


 とうの本人はと云えば、人間の限界を連想させる赤面っぷりで首を振り、


五月蝿(うるさ)い」


 横手から掛かってきた冷たい声で、その動きを止めました。

 新手の声の主は、柏木さんが姿を表したのと同じ曲がり角、そこから静かに姿を表しました。

 端正な顔立ちに黒い髪、黒いスーツ姿の……九咲 雨衣さんです。


「何を廊下で騒いでいる。耳障りだ」

「……なっ、なんだとぉ」


 冷たい声に、一歩後ずさりながらも虚勢を張っているような睨みをぶつけるアズラエルさん。


「う、雨衣さん? その、腕……」


 緊迫した空気をよそに、うろたえたような泉水さんの声が背後から。

 腕? 一体なんの――と視線を傾けて見て、卒倒しかけました。


 腕、腕ががらんどうですかすかすか――く、くくくく九咲さんの片腕が無いい?!


「……義腕だ」


 うろたえるわたしたち二人をよそに、身体の一部を欠いている本人はつまらなさそうに嘆息をこぼしつつ、一言。

 それに何故か表情を悲し気に歪めるアズラエルさんが視界の端に。


「あっ、あのね。雨衣ちゃんは――」

「……俺の腕は、以前から無くなっている」


 取り繕うような柏木さんの言葉を、まるで続けさせないように敢えて遮るように口をひらき、暗い口調で、自分の事情を語る九咲さん。


「お前たちが二日以前に見ていたのは、紛い物の右腕だ」


 ――沈痛な台詞に、吐き捨てるような声に、場が静まりました。


 私も一応、武術を学んで(強制的)いるから、よくわかること。

 武術においての腕は、というより肉体の一つ一つが、とても大切なパーツです。

 そのどれか一つ欠けるだけで、指がひとつ欠けるだけでももう、脚の運びに呼吸の仕方、気の巡らせ方の全てが違うと云われているとか。

 武術の使い手にとって、一日一日の修練は当たり前。

 毎日が身体の一つ一つを鍛え、汗を流し血を流し骨を錬磨させ、肉体と精神に積み重ね学ぶということ。


 だから――肉体の欠損ということは、今までの毎日積み重ねてきたそういうコトを――半分無くした、ということ。


 それは、一体どれだけの喪失感なんだろう。


 九咲 雨衣という人を、私は詳しくは知らない。

 そもそもあまり交友が在るわけではないし、はっきりいって苦手な人。

 いつもいつも、私にコワい目を向けてくるから。

 私は、この人が苦手。

 でもその喪失感は――なんとなく、共感できるような気がしました。


「……貴様に同情の眼差しを向けられる覚えは無い」


 伏せられていた面が上げられ、いつもより鋭くコワい眼差しと目が合いました。

 それはもう、チキンな私が息を呑み、小さい悲鳴をあげながら近くに居た泉水さんの後ろに隠れるくらいに。


 ……あうう、やっぱりこの人こわい…………


「……そうやって貴様は、貴様はッ」

「う、雨衣さん落ち着きなよ。相手は女の子じゃない」


 苛立ちや憎しみのこもった声に、泉水さんはなだめようと試みてくれまし、た……って女の子?


「ソレは男だ」

「……はぇ?」


 九咲さん、ソレってなんですか。

 そして泉水さん、何故そんな不思議そうな声を出されるのですか。

 確かに今、エプロンドレスを着せられている上、薄い化粧まで施されていますが、私は男ですよ。

 しかし泉水さんはこちらを信じられないような、愕然としたくりくりお眼眼で振り向いた後、救いを求めるように正面に首をさまよわせ、


「……舞、言いたい事は解るけど、前例(コレ)を見な」

「シェリーちゃんシェリーちゃん、あまり人を指差しながらコレとか言っちゃあ駄目だよ」


 泉水さんの小さい、けれど子供の私よりは大きい背中の向こうから、聞こえてきたアズラエルさんと柏木さんの声に、薄い金色の短髪が、無理やり納得した風に揺れます。


「……シーちゃんは、女の子だよね?」

「ッたりめーだあああああ!!」


 何か、色々と伺うような泉水さんに、言っちゃあなんですが威勢の良い少年のような勢いで、アズラエルさんの声が叩きつけられました。







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