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シロクロ

 燐音様の、寝室。

 必要最低限の家具が揃えられ、機能性を重視した、誰も少女の部屋とは思わないだろう。機能的で、色彩に欠けた部屋。

 しかし所々、隠蔽するようにシーツからはみ出た小さめな抱き枕や、目下から受け取ったという少女的デザインの寝具など、よくよく見れば可愛いらしいものが目につく。

 窓は無い。

 比較的、広大な月城邸の中心近くに位置しているためだ。

 それは今、単純に外界の稲光を妨げ、防音性にも優れた部屋は、屋敷の主を守護するように秘匿するように、激しい雨足に紛れ時折遠くで響く遠雷の怒号じみた地響きを、幾ばくか小さくする事に成功している。


 再び、遥か遠くで遠雷が響く。


 重い空気が振動する。


 言葉は、まだ無い。


 燐音様は、ベッドに腰掛け…………雨や戦闘で汚れた衣服を着替え、質素な黒いワンピース姿そのまま力無く俯き、ベッドから垂らす細い脚も、微動だにしない。

 錬金術師たちがせっせと溜めた電気を消費する電灯の光が落雷と消えて久しく、俯かれた燐音様のご尊顔は、暗く、伺えない。

 儚い姿。

 そのまま、闇に呑まれ同化して、消えてしまいそうな――


……何を考えているのやら。


「――どう、思う……?」


 普段とかけ離れた、微かな声音。

 しかし、この私が燐音様の声を聞き違える筈がない。

 沈黙を打開するきっかけを発した主に従う私は、僭越ながら問いを返した。


「どう、とは?」

「……状況から見て、奴の――白濁の焔(ディープ・ホワイト)の背後に居る者は……誰、と思う」


 ――らしくない。


 真っ先に浮かんだ言葉を飲み下しつつ、別人のように沈んだ燐音様のお言葉を汲み取ろうとして……


「……貴様も、よく知っている」


 思考に移った私を汲み取ってくださったか。燐音様は、仄めかすようなヒントをおっしゃられた。


 ――知っている……よく?


 そもそもの違和感。


 燐音様は――精神力が強いとか、達観しているとか、純粋にお強いとかそういう上地を抜きにしても――泣けない。


 自身がどれだけ傷つけられようと、どれだけ悲しまれようと、負の感情に見まわれようと――涙を流せない。


 なのに、あの場で、泣いた。

 前提を覆して、涙を流した。

 結果、追い詰めた異能力者をみすみす見逃してしま……予測、されていた? 計略、全て、枯れたハズの涙を流す程の、


 背後の、者――――!!?


 いる。

 確かに、一人。


 燐音様と、深い、とても深い繋がりがあり、私も良く知っている。そして異能力者を掌中に置き、そしてあの場を誘発させ――必要性はまるで解らないが――それを打開させるだけの、計略とカリスマと異常の持ち主。


 該当する者を一人、一人だけ、知っている。


「――……まさ、……っか」



 乾いたものが、意図せずとも口を吐く。

 しかし、有り得ない。


 有り得て、有り得て良いはずが、無い。

 それでは燐音様は、燐音様は燐音様燐音様燐音様リンネサマリンネサマ……


 困惑と、思考のループ。


「……そうか」


 凍り付いた私の様子を、闇そのものより暗い瞳で覗き見て、溜め息のような絶望のような、


「お前も、か」


 観念にも似た同意を、吐いた。


 ――遠く、地響きと轟音が落雷を伝える。


 しかし、密閉された闇の空間に、光は、無い。


 いや、とっくの昔に……燐音様は……


 ――ナラバ、セメテ――













 ――人間じゃないほォの虫螻(ムシケラ)や糞鳥がけたたましい鳴き声をたてる、緑豊かな辺境。

 それ以上に喧しかった魔物共を薙ぎ払い、血肉地形諸ともに跡形無くした更地を進み。

 雨風も防げないだろう、石造りの寂れキッた、後一歩程で瓦礫になりそオな廃墟。予め定めていた合流地点にたどり着く。

 雨足が激しく、落雷すら発生しかけていた帝都付近から遠く離れた、せいぜいが曇り程度の天気の下、辺境の元人里。


 ――ソコに、世界観がたいがい違う、上品ぶって崩れた瓦礫に座っているのは、オレよりも頭一つ分ほど小せェ、女。

 子供ではない、女だ。

 女は、今気付いたように。薄暗い廃墟から、廃墟の外に居たオレに、影よりも際立つ闇色の瞳を向けてキた。

 冷たい視線。

 何か、人間とは根本的に何かガ違うような視線。

 そんな視線を向けたまま、女は、善人のような笑いの皮を被り、口を開く。


「あら、おかえりなさい。冬夜」

「ルせえ糞アマ」


 ムカつく程悪意が見えない、年齢もまるで解らねぇ笑顔の女に、害した気分を隠すことなく吐き捨てた。


「あらあら、反抗期かしらねぇ。お母さんちょっとショック」


 言葉の割にこたえた様子が無く、見え見えの芝居で悲観にくれる女を忌々しいと殺意で以て睨みつける。

 無論だが、この糞女(クソアマ)と血縁関係は無い。


「……で、首尾はどうです?」


 流石に無為とはわかっているだろう。直ぐに面を上げ、艶やかに微笑みながら――しかしその闇色の瞳は、ゾクゾクする程に冷たい。

 それに気圧されぬように嘆息で我を保ちつつ、


「首尾も糞も、全部、片ッっ端からテメぇの思い通りだヨ」

「そうですか。では、あの子は?」


 この女が、親しみってヤツを込めてあの子とか云う奴は、一人(イッピキ)しか居ねぇ。


「月城 燐音なら……テメェをほのめかされて泣きはしたが、逃げやがらなかッた」


 ――ちっと前の情景。

 白焔をちらつかされ、自分と腹心だけは逃げられるかもしれないタイミングで踏みとどまり、腹心を静止して見せた、異常者。

 "殺してはいけない"自分が、異能の範囲内に入れば、大した威力は出せないとフンだ判断。

……ちっ、アソコで踏みとどまりやがるから、精々放火くらいの熱量に抑えざる負えんかった……加減なんざ得手じゃねぇッてのに。畜生。


「そう。ふふふ、そうかぁ」


 ああ゛、満足げに肯く糞アマもムカつく……血筋、ッてぇヤツか……?


「ッたく、何ンなんだょテメぇは……途中から全ッ部思い出したぞ、テメぇ――いつの間に、オレの頭ン中弄くりやがった」

「ふふ」


 不適な笑みに、思い出すのは……さっきの妙な感覚。

 決められた手順がその都度で頭に再生され、結果、腹に刃物と神器を押し付けられた窮地を脱出する事に成功した。

 存在自体"忘れさせられていた"銃器(チャカ)での不意うちだの、能力者への扇動だの諸々……オレじゃ考えつかねぇ、その場その場の小賢しい機転に満ちた行動だ。

 そうだな、確か……月城 燐音の、らしくねぇ、さんざ潰してキた人間(タダ)のガキみてぇな涙を見た辺りからか。

 全部、テメぇの指図に従ってた気がする。いや、それ以前も要所要所で云う通り従ってやってはイタが……全く異質な感覚。あらかじめ予定されていた事を、無意識に行わ"されている"よぉな感覚。


「そのお陰で生き延びたんだから、良いでしょう?」

「……ダぁレのおかげで、そこまで追い詰められタと思ってンだ?」


 そもそもに、テメぇが奇天烈な指示を出すからだろォが。

 悪びれが見当たらねぇ微笑に、かなり本気で殺意を込めた半眼を返す。

 が、当然のように動じやしネぇ。


「能力者、ベーオウォルフも引き入れられた。私の存在を、あの子にほのめかす事もできた。万々歳ね」

「……能力者、アイツは微妙だろ」

「何故?」


 おどけた表情で、首をわざとらしく傾げる女。何故ッて、テメぇ。


「戦士の一族だカベーオウォルフだか知らネぇが、所詮力と動機があるだけの、カタギじゃネぇか」


 あの場での対応を見てみても、ありゃあ――


「――だから、良いのよ。きっと」


 懸念を余所に、総てを見透かしたようなツラで、女は笑う。

 その闇色の眼は、まさしく宵闇のごとく穏やかな、底がしれねェ深淵だった。


「純粋な子ほどにね、染まり易いの。――あの子も、」


 ナニカヲ回想するように言葉と闇色を閉じ、間をあけて、――闇が、また開く。


「だから当面、心配はいらないわ」


……当面、ネぇ? ま、オレはオレが愉しけりゃァなんデもイイんだがョ。


「それより、」


 話題をそらしながら、女が立ち上がる。

 日光に当たり、あらわになった姿は、相変わらず華奢すぎる体格。整い過ぎた容姿をある程度台無しにする、小さい、けれども明確に異様な額の傷跡。

 陶器並みに白い肌に、上品ぶった無地の白いワンピース。

 それら白を覆うような、長すぎる髪の色は、瞳と同じく宵闇の如き漆黒。

 夜のような漆黒と異様を纏う女は、オレに歩み寄る。

 手が届く距離で、子供じみた体格の女は、親近感ッてのを覚える程に白い手を伸ばし、


「その頬、どうしたの?」


 心底から不思議、とでも言い出しそうな顔で、そう聞いてきた。

…………ちッ。


「……衛宮の野郎だょ……」

「……どういうこと?」


 そんな事はオレが聞きてェよ。



 ――おまえが、……笑うなっ! ――



 ――どういうワケか、オレが放火して高笑いしてた最後の去り際……黒こげにして戦闘不能にしたハズの衛宮のダレか……スズハとかいったか。ソイツに――何か叫びながら、ぶん殴られた結果だ。

 それを渋々と説明してやると、女は訝し気な顔。


「……白焔は?」

「なかったら、首から上が無くなってるトコだろォが」


 ――そう、衛宮の異能力(バカヂカラ)と、オレのベクトル焼却を考えたら、ンな中途半端な結果は、有り得ない。

 オレが異能を使っていなかったら、殴られた箇所が肉塊以下の物体に成り下がるだろぉし、ベクトル焼却が機能してたラ、拳自体が届かねェッつーか、灼いた手応えも在った。オレの白焔は完璧だったンだ。

 だのに、痣というノを多少通り越し、腫れ上がる"ダケ"という始末。

……ナンなんだコリャあ?


「衛宮の、当主じゃないとして……どっち?」


 衛宮にゃ、少なくとも長男と次男がイるハズだが、顔も名前も知らネェぞ。


「スズハとかいう、何故かメイド服着てた奴だ」

「衛宮……鈴葉。次男ね」


 ああ、例の[竜殺し]じゃネぇ方の失敗作(テキソコナイ)か。

 ま、二十代と比べりゃ、体格的には不自然じゃネェが…………なんで女装だ?

 野郎に女好き神器(クサナギ)の保持資格はあっても、具現化するだけの精神力がネぇハズだし。女装の意味ねェ、よな?


「……ふふ、そっかぁ」


……あぁ゛?

 視線と面に怪訝を入れると、顔を上げた女は、外見だけは歳不相応に少女らしい外見にマッチした、単純に嬉しげな笑みを、満面に浮かべていた。


「――見る目があるなあ。さすがは、ふふっ」


 女は、笑う。


 暗質のモノでなく、純粋に、テメぇにとって嬉しいコトを発見したような、澄んだ笑みだった。


 ――だからこそ、より異様な笑みだった。














 ――闇が這いより、蠢いた矢先。


「――上等だ」


 微かな、けれども強い、燐音様の声が発せられたのを、私の耳が捉えた。

 気付けば、燐音様は……最初から、ベッドの上で抱き枕のように抱き締めていた衛宮の小僧を、より強く抱き締め……


「亡霊が、再び俺様の前に立ちはだかるというのなら……」


 闇よりも、純粋に黒い瞳を私に、そして此処ではないどこか遠くを真っ直ぐ強く鋭く見据え、


「――今度こそ、完膚無きまでに粉砕するまでだ


……月城、(ヒジリ)……!」


 ――自分を産んで、壊した――母親(きんき)の名を、自ら口にした。













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