襲撃 前編
「――いいか。
貴様は明日、一切口を開くな」
どうも。
先日、想い人にそう言われ、鬱病半歩手前の侍女名、伊崎鈴葉と無断で名付けられていた者です。
今日、中央国ヴェルザンドに偽造パスで入国させられ、健全な男子として習う筈の無いメイドさんの教養を一から叩き込まれて五日目の、うららかなお日さまが顔面丸出しの良い天気な日です。
月城の目的、賢人会という五年に一度のレア・イベント開催当日です。
ちなみに、わたしも使用人という事になっているから同行して護衛しろとの命令……
しかし、わたしこれでも貴族の端くれだったりするんだけどねー……
「はふ〜……」
ため息ひとつ吐けば、幸せもひとつ逃げるというけれど、最早逃げるような幸せなんてわたしの手元には残ってないんだろうなあ。あははははー……
「――現実逃避している間は無いぞ下僕ッ」
激しい月城の叱責に、なんとなく、わたしは自分の意志を伝えようと思いたち。
「わたし銃ヒトり向けるやらあー?!」
――噛んだー!
「、そんな戯れ言を、言って、ぜえ……いる、暇、なぞ、どこにも、――うぐは――、ない……!」
走り始めから五秒と保たず、月城の息が切れ、失速してきてる。
足元は弱々しく、今にもほつれて転けそうでした。
――虚弱体質とは知っていたけど、こんなにも体力が無いんだ……
「だ、大丈夫月城?! わたしがおぶって走った方が――」
「――ッ」
月城は首を横に振るう。
もう口すらまともに動かせ無いらしい……
しかし、そのドラゴンやワイヴァーンのごとく鋭い眼光は、わたしに強く訴える――
――貴様が荷物を背負ったら、誰が連中に突撃するんだ!――
聴き慣れたく無かった渇いた銃声が所構わず鳴り響き、硝煙の立ち込める賢人会開催場所――戦場と化した、'理解の塔'の入り組んだ長い長い通路で 、わたしは、絶叫に備えて一呼吸しました。
「――イぃやらアあァ〜!! コワイイいぃぃッ!!」
わたしの情けない半泣き裏声を皮切りに、銃撃戦がより一層激しさを増す。様な気がしました。それと妙に乾ききった銃声が、耳にこびり付いて反響。
それと殆ど同時に、隣の荒い呼吸が消えた。
月城が、
倒れた。
頭が真っ白になった。
――中央国の象徴のひとつ、高名な錬金術師数名が協力し合って錬成し、三日三晩掛けて完成したともされる、天に昇るが如く聳え立つ、巨大な三柱の塔。
その内一柱'理解の塔'。
その最上階、今回の賢人会会場に足を踏み入れ、俺様が最初に見たものは、重火器で武装した集団に、肉片と化した、他の賢人達の姿だった。
……このタイミングで襲撃される確率は低いと思っていた。
確実性に欠けるから――反面、意表は突けるか。
しかし、鈴葉を連れてなかったら俺様も殺られていた。奴の反射的危機対応能力は、人知を越えている。
多方面からのマシンガン斉射を、両手の防弾性グローブだけで防ぎきるとはな。途中で破けて素手に成っていた筈なのに。
――あれが、衛宮の血筋、か。
しかし、状況は宜しく無い。
最大戦力の鈴葉は、極端に戦闘を恐怖し、酷く臆病な為、反射的防衛本能――例えば、先の襲撃の様な状況理解すら不可能な刹那の間――でしか、その強力な戦力を奮えない。
最上階から地上まで直通の転移方陣は敵に封鎖され、手勢とは銃撃戦の最中、パニックに陥った鈴葉に引っ張られ通常通路に暴走。
俺様の声で――よくあの疲弊した体であれだけ声を張れたものだ――ようやく正気に戻った時には、既に俺様と鈴葉で孤立していた。
――後日、報復を誓った俺様に、何の不思議が在ろうか。
ようやく体力が回復をはじめた時――あくまで体力であり、脚の疲弊と痛みは凄まじく、引っ張られた右腕に至っては筋を痛めたか、激痛のあまり動かない――それまでは、迷路の様に複雑な通路。
各所で銃撃戦を繰り広げているだろう俺様の手駒達――そこかしこから響く種類の異なる銃声から判断――に。
条件反射で武装した人間を無力化できる鈴葉が傍にいる。
以上の要因によって、なんとか逃げ果せていたのだが、その方面に対し、何の技能も持ち合わせていない少年少女二人が、何時までも逃げ隠れできる筈も無く。あえなくy字路で集団と遭遇。
鈴葉が条件反射で三名潰したが、そこで状況を理解してしまい。
「――!!?」
逃走。
「――わたし銃ヒトり向けるやらあー?!」
時折、意味の掴みかねる言語を発する、役立たずと化したヘタレを伴い、右腕と脚の痛みを堪え、武装集団から逃走――というよりは距離をとる。
追撃は遅い。
明らかに自分達より強力なメイド姿の少女が、遭遇と同時に三名を潰し、次の瞬間には銃撃で反撃するも逃走される。
俺様ならば、それの正体を鈴葉と知らねば罠を警戒するだろう状況。
連中も、そう捉えた様だ。
助かった……とは言えんな。
歩くのがやっとで、気を抜けば倒れそうだ。
鈴葉に叱責を入れるのも、喉が……
「だ、大丈夫月城?!
わたしがおぶって走った方が――」
――、それをすれば、鈴葉はどうやって連中に対応するんだ……!
俺様は、気だるく、ゆっくりとしか動かない顔面を強引に動かした。
頭二つ分は大きい所にあるヘタレと眼が合う角度まで上に傾けるのは、苦行以外の何物でもなかった。
濃い恐怖の中、それでも心底から俺様を気遣う、純粋な海原の様なブルー・アイと交錯する――
意志を視線に込めると、海原がより暗い恐怖で濁った――そんなに怖いか?
霞みかかった視界の中、鈴葉が何かを叫んだ。
殆ど間を措かず、辺りから、乾いた銃声がいくつも聞こえた。
――のが、怖いぞ……?
直後、俺様の足元が崩れた。
――疲弊、それとも撃たれた?
わからない。
あちこち痛くて、指先一本と動かせなくて、酷く瞼が重くて――
ふいに、視界が回り、鈴葉の顔が目に入った。
今にも泣きそうな表情で、――の名を叫んでいる。
唇を動かそうとした所で、乾いた音が聞こえた。断続的だ。
鈴葉が動いた。近くで聞こえていた乾いた音が、すぐに消えた。
鈴葉はすぐまた顔を見せた。
今度は、泣いていた。
相反する感情を覚えた。けれど、単調化した思考で、強く、視線に込める。
――やればできるじゃないか。