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割に合わない

 ――本当の所を云えば、交戦を避けるべきだ。


 殆ど対処法が無い、頭のキレる異能力者。勝算が無い訳ではない、だがリスクが高すぎる。割に合わない。


 ――が、強盗紛いの真似を仕掛けてきた上、俺様の下僕たちまでをいたぶった挙げ句、陳腐な脅迫を口にする芥屑の機嫌を伺い、見逃すなど出来よう筈もない。

 それに、懐に入れようとしているものの最低条件くらい、守ってやる度量は有る。当然な。


 ――手駒、配置、伏線、伏札に、持札……まあ、悪くない。

 枷のはめられた白濁の焔(ディープ・ホワイト)を撃ち破る程度ならば、なんら問題は無い、が……真の問題は……分の悪い賭けになる。


 ――さて……



 下僕たちに押し付けた直後、陳腐でセコいとは思うが、不意を突いた俺様の発砲から開戦。

 先程の白焔を防いだ際に、修復が完全ではないがため、更に欠損したヤタノカガミの破片を一時注入した銃弾は、ベクトル焼却の異常に適応されることなく、異能力者の病的に白い頬を、薄皮一枚ほど裂いた。

 白濁に混じる、朱。

 驚愕と憤怒と傲慢に歪んだ白い瞳と目が合い――着弾を安堵するより早く飛んできた白焔を、俺様を抱えていた静流が反応し、危なげない回避。――に見えているだろうが、実際は違う。

 本当に銃撃が通ったという、動揺。

 欠片とはいえ、能力発動中の真なるオリハルコンを、保持適格者でもない異能力者が受けた事による、精神力減少。


「――チィっ!?」


 それらの要因によって、威力も範囲も落ちたろう己の異常に、舌を打つ異常者。

 指示を出す。連携、絡手、そして切り札。

 それら無くして、現状での打倒は不可能。

 異能の白焔の前では、軍勢も竜も能力者も錬金術師も、驚異になりえない。そしてその破綻している精神は、大量破壊・虐殺で壊れるものではない。まさに、触れる事すらできない災害。


 ――只一つ、その異能を殺す概念を除いて。


「――錬金術師二人、」


 厳密に云えば片方は素質と技が少しあるだけで錬金術師では無いのだが、どうでもいい。早さを優先し、続ける。


「目眩まし投下!」

「了解です!」

「はいはいっと」


 何もかもが対照的な応答の後、空気が抜けるような音と、噴出し空気中に広がっていく濃い灰色の煙を、尚も動きを止めない静流の胸の中で確認。異能力者が、灰煙に覆われていき――


「――――アジな真似しテんじャねェぞ糞塵どもぉ゛!!」

「――伏せろ!」


 とっさに指示を飛ばしたのは俺様ではなく、静流。

 視界が閉ざされ、異能力制御に若干の乱れがある以上、確保対象(メグリ)を巻き込む可能性を避ける為、意識が有り、立っている人間にのみ当たる大雑把な角度で薙はらうような白焔を放出するだろう。

 ――読みはドンピシャ。

 床にダイビングしつつ、俺様を床と衝突させない為に微妙な回転を加えるという離れ業をやっている静流の胸の中、蒸発した灰煙と、消し飛ぶ木造建築の壁と中央階段――射程は短いのか、表面を灼いただけに止まっていた――を確認し、脳と体が回転する浮遊感と、腹ただしい程にふくよかな胸に身を任せる中、目まぐるしく反転する視界。運動神経が理解に追い付くより早く、静流は再び同じ体勢で走っていた。

……多分、ブリッジをするようなダイビングの最中、砲撃を交わしたと確認し、脚を床に叩きつけ、宙返り。そして無音で着地し、そのまま最高速で走るという人外に値する業……だとは思うが、さっきまで四肢に穴が空いていた病み上がりの癖に無茶をする。

 と、破損したままのヤタノカガミで異能力の砲撃を受けた際の、ダメージ・フィードバック――不完全な異能殺しにより、頭を鈍器で五、六回ほど殴打されたように吐き気がするほどの痛みを面に出さぬ自分を棚に上げている間に、異能力者を中心に螺旋の形でじわじわと近寄る静流は、やがて鈴葉の近くに寄っていく。

 ふん。解っているようだな、静流。

 一言、どさくさまぎれに指示を出しただけで理解。流石は俺様最高の手駒だ。

 胸中で賞賛しながらも接近のタイミングを計り、下僕の聴覚も鑑み、小声早口で指示を出す。


「――鈴葉、理解しているな」

「……ぇえ?」


 この馬鹿野郎。人格が変わったところでその様か。間抜け面を晒すへたれにいつもの失望を覚えつつ、必要な事を囁く。


「何の為に説明してやったと思っている」


 ――何故、俺様がさっきの挑発で、奴の能力概要をつついたと思っている。

 ――無知な貴様に、奴の能力概要を伝える為だというのに。

 交錯の最中、そのまま手と手を合わせそうな得心の顔を見せる下僕。今ので漸く理解したか。


「あ、はい!」

「よし、合図と同時に突撃。ベアーハッグ」


 ――ってええ゛!?


 動揺するへたれの声を無視し、上半身分だけ灰煙からクリアになった視界から覗く白を視る。こちらは移動を続け、あちらは不動。相対的に縮まっていく距離。

 やがて、白い目と目が合う。人の領域を超えた異常の、威圧感。白蛇を思わせる、粘着質な迫力。

 しかし其処に宿るのは、笑ってしまう程に俗物じみた感情。人間が人間に向ける感情の一つ。悪意。

 見慣れた、何処までも接し慣れた、生の人間の情動。

 ――そのようなものに、何故いまさら脅える必要があろうよ?

 悪意と不快感と圧迫感を一笑にふしながら、改めて小型拳銃(デリンジャー)の玩具じみた口径を、災害とも災厄とも呼ばれる異能力者に向ける。

 少なくとも目は笑わず、自分の異常に触れなかった脆弱な鉛玉に警戒を強める異常者の姿に滑稽と呆れを覚えながら、その異常者にも聞こえるように語り掛ける。


「何故、初弾を外したと思う?」


 この期に及んで口を開かれた事に訝ったか、白い眉が微動した。

 下手に頭のキレる奴は――嵌め易いものだな。

 隠す必要の無い嘲笑を浮かべながら、その気になれば帝国の帝都面積半分程共々に、一瞬にして俺様たちを消せるだろう異能力者に、続ける。


「俺様、射撃はあまり得意ではないのだよ」

「……は、虚弱体質で頭でっかちの糞チビは、ちゃちィ玩具でもマトモに(あそべ)ねェってか?」


 まあ、貴様相手に高性能照準機器を使用できず、外したのは事実だ。

 素養、訓練時間、経験。便宜上は人と呼べるモノの頭を撃ち抜いた経験はあるが、それだけ。

 射撃を独力で命中させるには、技術は元より何もかも不足している。そも撃った弾が奴の頬を掠めただけでも運が良い。そう、俺様ではな。

 引きつったようなまがまがしい白に、笑みを返す。


「より有効に扱える者の手に渡すのが良いというのは、玩具も武器も同じだとは思わないか」

「あぁ? ――ッ!」


 返答を待たず、構えていた小型拳銃を、放り投げる。無論、異能力者ではなく、


「――司! 受け取」

「阿呆かョァ゛!」


 俺様の指示半ば、宙を往く玩具じみた鉄塊が、冗談みたいな白焔に狙撃され、音も無しに蒸発する。

 ――思惑通りに。


 反則じみた能力を持つ自分を傷つける事が可能な、数少ない要因だ。それが無造作に放られたとあれば、そりゃあ放っておく訳がない。危険度の低い各々への集中を散らしてでも排除するだろう。頭が良い判断だ。


「――鈴葉、信じているぞ」


 まぁ、頭や機転の良し悪しが、そのまま良し悪しの方向に進むとは限らんという事だな。


「……ッ!」


 合図と同時に息を呑む音。そして、


「――アアアアあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー ッ ! ! !」

「――ンなっ!?」


 玩具みたいな小さな脅威に向いた、一瞬の注意。

 散逸した視点、集中、警戒心。

 ほんの瞬きする程の、一瞬程度の間。

 それは、衛宮の異能を継いだ一人である鈴葉が突くには、十分過ぎる程の間だった。


「――ッな、にぃ……考ェてぇやがるァ!?」


 怒号と白光。

 間を突こうと不意を突こうと、ベクトルを焼却し、自らの能力源に使う異常の前には、只の人間も同じ異能力者も同じ。ベクトル焼却の白焔は、貫けない。

 そういう思考の絶叫と、ついさっきの行動。間違ってはいない――が、完全な正解でもない。


「……ぅぐ」


 ベクトル焼却の白焔に覆われた白い異能力者に抱き付くような体勢でベクトルが停止し、白光の度に異能の焔に灼かれながら――その体勢、雪深 冬夜の動きを阻害する形で踏みとどまる衛宮――いや、伊崎 鈴葉。


「……テメぇ、離れやがれ糞やラァ!!」


 苛立った声。不快を発する、災害が怒り哮り――只の人間。いや、竜を含む、まともな生物ならば接触するだけで蹂躙される他ない白い災禍。

 白い焔。白い異常――ベクトルを焼却させる異常はどうしようもないが、大量破壊の異常ならば、衛宮の異常に拮抗する。

 そして、災害を一身に食らう事を前提に歯を食いしばることで……精神力を保てている"伊崎"鈴葉ならば、


「……ぐぅぅぅッ!!」


 耐えられる。

 しかしそれだけ。ベクトルが焼却される以上、倒せはしない。攻撃は受け続けているワケだから、長く(すうびょう)と保たない。

 ――それだけで良い。


「ちィっ! 何かんがエて――」


 白濁した異常が、吼える。

 枷をかけられ、草食獣にくみしかれた野獣のように、肉体の自由共々プライドを蹂躙され、動揺を押し込め怒りに腰を据えた渾身を放たんとする者の声。

 その間に――一秒から五秒と経たぬ間。

 俺様の考えを正しく理解しているらしい、俺様の忠実な侍女長は、足音を立てない走行の角度を変え、より鋭く、疾く、翔る。

 ――そして、更なる白光と同時。

 到達。指示をとばす。体勢と視点がぐるりと蠢き、浮遊感を感じるより早く、異能力者との相対距離が縮まり縮まり、縮まる。

 口を開く。

 白濁した異常が死角(こちら)に振り向き、倒れていく下僕の姿を認め、



「ヤタノ、」


 驚愕に染まる表情を睨み据え、


「――ッテメェ!?」


 尚も君臨する災害に、向かって吐き棄てるのは(コトダマ)

 突き出すのは、脆弱で非力で矮小な、生身の右腕。


「――カガミ!!」


 その条件下で叩きつけるのは、壊れかけの異能殺し。

 

 ――つい最近、とある詳細不明の神器もどきと対消滅したヤタノカガミ。

 如何な不滅の金属・オリジナルオリハルコン製だとしても、自己修復には時間が掛かる。当然ながら今現在、完全とは程遠いスペックしか引き出せない。

 さらに先の白焔を受けた衝撃で、あちこちにひびや綻びが出来たところ。

 特に、直に受けた箇所。ほんの小さい破損だが、中央に――細身の剣ならば辛うじて貫通できそうなくらいの――風穴が空いてしまったのだから。

 これでまた、修復までの期間が延びる。

 全くもって、割に合わない。


 せめて、貴様の首をとらんことにはな。


 伸ばした腕の先、ヤタノカガミを展開。

 其処を、


「――はあアアアアアアアアッっ!!」


 ――俺様に追走してきた深裂 静流が、ベクトル焼却の異能を殺したヤタノカガミを――俺様が一言だけ呟いた命令の通りに――貫いた。

 その、割れた多鏡面に移されているであろう白濁諸ともに、模造オリハルコンの刀身で以て凶暴に穿ち、緻密に風穴を射抜き、駆けるように貫きながら。


「――な、ァ゛……?!」

「ふッゥ!」


 勢いのまま、鮮血が飛ぶよりも、中空でバランスを失った俺様が床に突っ伏するよりも早く、誰よりも強者の足元を掬う事に長けた侍女長は、自分では到底打倒不可能な異能力者を、木造の床に磔た。

 神器全てに備わる異能殺しは発動と同時に、主要部位に接触した全ての異能力を打ち消す。使用者の精神力を湯水の如く対価にして、な。

 つまりこれは、非常に疲れるがだ、主要部位……草薙やエクスカリバーの場合は刀身、ヤタノカガミの場合は鏡面。そしてこの場合、主要部位に、異能力者自体が触れているという場合は――その間だけ、異能力の発動自体を阻害ないし無効化させる事ができる。

 種としては、そんなもの。


 ――チェスのような、或いは将棋のような綿密な経路を辿り、鈴葉の丸焦げと俺様の消耗という最小限の対価で、成し得た――


 と、浸ってる間に落下した筈だが……何だ、この柔らかい感触は……

 木造の堅い反動でなく、落下の衝撃を殺すような柔らかい感覚に不可解を感じ、ついと指を這わせ感触を確かめる。

 やはり木造ではない、ゴムのような感触……

 ふと心当たりを思い付き、視線を巡らせると、尻餅ついて苦笑いする錬金術師の横、微笑みながら床に片手を添え、あいた手を軽く振る、珍しく女物の服を着ていない可愛いもの信者の姿。

……物質構成の、遠隔錬成か。(ツカサ)のレベルではできない高等錬成の筈だが、底力か。まったく、ワケの解らんところで……


「――可愛い貴女が傷つくのは、世界の禁忌に値しますから」


 起きながらに寝言を語る変態はさて置き。

 ふらりと二本の脚で立ち上がり、一歩踏み出した。

 片刃の剣が、杭のように腹部に突きたち戒め、白濁にぶちまけられたような朱を噴き出す、完膚無きまでの負け犬を見下ろした。


「――詰みだ、白濁の(ディープ・ホワイト)


 ま、こう宣言しても差し支えない、ということだ。現状は、な。

 一筋二筋と赤糸を垂らす口が、片端だけ上がったのを見届け、俺様は更に口を開く。







 

 

 

 

 

 

 

  





「――………………アイツ、ぜってぇ頭おかしい」


 建築物の屋根の上を走りながら駆けながら、自分を棚上げして呟く。

 大体にして、彼の第二世代異能力者サマだ。世代を重ねていく毎、血が薄まるように弱くなっていく異能力者の性質から、後天的を抜かしたら、最強の異能力者といって差し支えない、化物。

 同じ先天的異能力者のオレですら、遠くから気配を感じるだけで震えが止まらない始末……いや、武者ブルイの類だぞ?

 大体、第五世代のオレと、第二世代のアイツとの差は、ドラゴンと、絶滅危惧種のコボルト並みの地力差があると思うんだ。だからガタガタ震えて悲鳴をあげようと、ダンナの名を呼びながら毛布にくるまって………………まぁ、してても不思議じゃねぇだろ。 ともかく、遠くから能力越しに感知しただけで解る、悪意に満ちた異形だ。流石に対峙したいとは微塵も思わない。

 そんなのに、喧嘩売るは挑発するは罵倒するは……精神力云々じゃなく、なんかもう似たような異形なんじゃないか?

 しかもシェリー=アズラエルの親が、異端審問官だ?

 よくそんなハッタリを……まぁ一応、只の時間稼ぎの一貫……開かれた扉や窓の風から屋内盗聴していたオレへの指示――武力の国守への連絡と到着待ち……か? 本当に?

 解らん。

 つーかアイツの考えに追従できる奴っているのか?

 ――ってかそれより、腹減ったな……


 色々、埒にもならん事を考えながらの、衛宮への知らせを下っ端の連絡機関に伝えた帰り道。

 ふと、閉ざされた視覚に替わって発達した別の感覚が、大気の変化を捉えた。


「……雨か?」


 んだよ、今朝方はほどほどに日差しがあったってのに。って、段々と雨音が増えてくし。あー、下の方からもウゼェ一般人(カタギ)共が一つ二つと騒いで……あー、殺したい。一人くらいこっそり……でもバレたらダンナに怒られるしなァあ……割に合わねぇよ、それ。

 理性と野性に葛藤してる間に、雨足は段々と強くなっていく。


「…………あー、こりゃ結構降るかもな」







 

 


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