錬金術師は告げる
――異端・異能力者と呼ばれる者は、この世界において、最強の魔物である竜種族並みか、ある意味それ以上に恐れられている化物だ。
ま、異能力者にもピンキリがあるのは余り知られていないが。
それでも――最も低レベルとされる部類の異能力者でも、超人とも呼ばれる辺境の能力者との間には、明確な格差がある。
既存の銃器の中でも火力や精度の高いモノならば人間でも打倒できる飛竜と、既存のどの銃火器を幾ら酷使しようと傷一つつける事すら難しい竜のように、亜竜と、純粋な竜種の間にある明確な壁と同じように、人間の規格外でありながら、明確な格差が、壁が存在する。
異能力者は、能力者のワンランク上の存在と考えて、差し支え無い。
――だから、異能力者である俺様の下僕が、東部最強の能力者、ベーオウォルフの少女を瞬殺しようと、なんら不思議ではないのだ。少なくとも、力量的にはな。
――打って変わって静まり返った空間。
さして広くない階段前にて、特に高揚も低下もしていない、自分自身の自然な心音を聞きながら、粉々になった何か。床に突き刺さるへし折れた刀。続いて床に崩れ落ちたメグリを見た。
何がどうなってメグリが無力化されたのかはまるで目視できなかったが、結果は其処に、文字通り転がっている。少し看てやったが、細かい傷や打撲はあるものの、骨や内臓の損傷は見当たらない。
熟練の武術家に刃向かった素人の末路の様に、綺麗に気絶しているだけだ。
物理的障害は、とりあえず取り除かれた。
しかしメグリへの牽制として、走りながら「今だ撃て」と叫んだが、生きている筈の雨衣や司たちからは、結局応答が無かった。まあそれでも一瞬程度の時間稼ぎにはなったろうが、奴ら、まだ気絶しているらしいな。ふん。
「――とりあえずは命拾いしたものだな。なあおい、そこの錬金術師」
視界の端で鈴葉の手を借り、重傷を負った小動物みたいな足取りで立ち上がる泉水 舞と肩を貸す鈴葉が首を傾げたのが見えた。
そして視界の先では――
「――おや、お見通しですカ。御主人」
特にコレといった抑揚の無い、嗄れた男の声。
わざわざ説明するまでもなく、視界の先、無精髭を撫でながら中央階段の上に立っている、くすんだ白衣越しにもわかる痩せ気味の、見た目三十代から四十代といった、片眼鏡をかけた男。
「――趣味への傾倒は、仕事に影響しない程度。というのが判らん訳でも無いだろう、錬金術師」
――西方の出の錬金術師、グラハム=ノック。
それ程知った男ではないが、俺様の手駒の一つであるメイド長、深裂 静流がとある非合法の反貴族組織に送りこんだ、間者の一人。
しかし、コイツが潜っている組織と、こと交戦まできたというに、内情報告がほぼ無いというのは――裏切りか、それとも。
「いやいや、研究に没頭するとなカなカどうして、難しいもんですよ御主人」
――どう考えてもコイツの怠惰にしか思えん。
飄々と語る錬金術師の顔には、当たり前のように反省の色は無い。間者である貴様が内部報告を怠ったせいで、色々と事態がこじれてしまったというに。錬金術師の本懐は研究だと云うが、それにかまけてその態度とは。
うむ、いい度胸だ。
「――潰して良いぞ、静流」
「了解」
「そんなメタな命令にあっさり頷カないで欲しいなあああ゛あ゛あ゛あ゛!?」
と、角度的に見えないが、予測通り奴の背後に立っていたらしい、四肢と胴体を貫かれていたハズの静流が、奴の後頭部をひっつかみ持ち上げたらしく、二階の床から足が浮いた。
――ふむ、寝返ったというわけでも無いか。裏切りなら、重傷だった静流が、治癒されている訳が無い。
「てカあの痺れ薬をなガされてあっさり復活って、どういう事ですカ?!」
痺れ薬……奴の性格からして大方、これ以上動きまわらんようにと無駄に世話をやいた措置、なのだろうがな。好意的解釈をすれば。
「何を莫迦な。自分で防げない薬物の解毒薬を一通り口内に仕込んでおくのは、常識でしょう」
「そんな常識初耳ですよ!!」
だろうな。俺様も初耳だよ、『裏』の戦場の常識。
と言うかその言い方だと、盛られても素で効かん薬物が在るように思えるのだが……在るのだな。貴様。
「――痛いです痛いです割れる潰れる?! 真っ赤な果実とか握り潰せそうな握力を有能な錬金術師の頭脳に向ケるのはどうカとこの野蛮人っ!」
「誰が野蛮人ですか失敬な。果実を握り潰した事などありませんよ。勿体無い」
「現実的意見どうも! でも成人男性を片手で鷲掴みぶら下ゲるのちょっと現実的違いますですよメイドちょー!?」
ふむ、いい感じに壊れてきてるな。存外と精神的にヤワな奴だ。
「……因みに、頭蓋骨や顎なら握り潰した事在りますが」
「――だーずーゲーでー御主人ー!?」
殺される殺されるまじ圧殺される、と半泣きで喚く無精髭の男は、相当に見苦しいものだな。
そうは思わんか、下僕よ。
「……はあ」
……なんだ、つまらん返事だな。ツッコミだけはそこそこのキレが有ったクセに、らしくない。
やはり、即席で伝授した月城式精神制御法は、中途半端も中途半端なようだった。まったく変な風に作用しやがって……
「……ええぇっと、止めなくていい、のかな?」
眉をよせ、困ったような童顔を此方に向ける疲れ果てた舞に、肩をすくめて返した。
「体罰とは、割と適度に必要な措置だと思うのだ。特に、頭に変の字がつく生物にはな」
意味が解らないのか、鈴葉共々首を傾げる舞。
――物質の構成を見通し弄くれる、真理の探求者・錬金術師は、その大部分を変態が占める。それは我が友人、アルカが立証した、憂うべき事実だ。
黒いテカテカした昆虫の仲間たる変態は、不必要なまでにしぶといと相場は決まっているのだ。故に半端な加減など必要ない。
「――割れる割れる割れる割れる潰れる潰れる潰れる」
「ねえ、骨が軋む音が悲鳴に混じって階下まで聞こえてくるんだけど」
「問題無い。どうせ頭蓋の一つや二つ、予備くらいあるだろ」
「ちょっとちょっと御主人、貴女は僕を一体どこの何様と思ってるのカ一言伺いたい?!」
「変態」
「即答!?」
貴様如き半端な変態など、その一言で十分だ。
「……よくわかんないけど、容赦無いな――ッつつ」
「あ、すみません……脚大丈夫ですか? 全く力が入ってませんけど」
大丈夫大丈夫、でもスイマセンと、完全に体重を鈴葉に掛けている舞。その、特に酷使しただろう脚は――
ふむ。只の脚の筋繊維酷使……かと思っていたが、少し毛色が違うな。痙攣すらしていない、となると、『眼』が必要か。
「――おい静流、変態を潰すのは後回しだ。まず負傷者共の容態を診させる。措置はそれからだ」
「仰せの侭に」
何時もの平坦な声色の中に些かの不満を隠したような声で応じ、変態から手を放す静流。床に足を付け膝を着く変態。
「――た、助カった……と言っていいのカな?」
それは貴様の働きと態度次第だな、変態。
「――いやはや、筋繊維や脚の腱ぶっちぶちどころじゃないねうん。始めて診たよ、こんな症例」
なんかお医者さんみたいな白衣を着たおじさんが、あたしの額をペタペタ触った後、少しだけ驚いたように、訳のわからない事を言った。
「……はあ」
「電気信号を送る脳の回線ガ、ちょっと下半身部分丸々途絶えてるんだよ。ちょっとした下半身付随に該当するね」
…………下半身……フズイ……?
あれ、リッちゃん。なんでそんな目を見開くの?
なんかちょっと、不安になるんだけど。
「えっと、下半身フズイ、ってなんですか? 治るんですか?」
「多分ね、人体におケる脚の運動限界を遥カに超えた動きで、驚クほど一遍に筋繊維やら腱やらガグちゃグちゃに千切れてるんだ。そコから一度に来る過剰な信号カら、意識と身体を保護する為、信号ガ根絶したんだと思うケど或いは――」
「御託は後で聞いてやる。それより治るのか?」
質問に答えてるのかいないのかさっぱり解らない講釈を、リッちゃんが苛立ち気にぶった斬る。
――って治るのか?
え、えぇ嘘。そんな事聞かれるくらい酷いのあたしの脚?!
「ま、そコらの医療錬金術師程度じゃ対応すら無理な症例でしょうね。脳関連の人体錬成は、医療関係の錬金術の中でも、間違いなく最難解に値しますし」
――まあ確かに全く動かないし反応しないしさっきから痛みも無いしへんだなとは思ってたケド――
「…………ーっうェええええええええええええ!?!」
「……で、有能な錬金術師ならばどうなのだ」
なんか悪い想像以上に悪そうな事をいわれ絶叫するあたしをよそに、リッちゃんはヒドくクールに何かを問い掛けた。内容は、混乱しきったあたしの頭では理解できない。
「僕なら治せますよ、その程度」
…………へ?
「僕、有能ですカら」
さっきの前ふりは何だったのか、白衣を着たおじさんは、飄々とした余裕のある笑みを浮かべていた。
「――治ったー!?」
白を基調としたメイド服の、かわいいロングスカートを翻し、ターンをキメる。
ついさっきまで、全然動かなかったあたしの脚。
白衣を着たおじさんが、ちょっと具合悪そうな司さんの手を借りて、何か変なのを――れんせーじんとか言う――床にチョークで描いて、その中心に座らされて、おじさんがあたし頭掴んで、其処で何分か意識が途切れてる間に、あたしの脚は動くようになっていた。いやめっちゃくちゃ痛いけど、全然動かなかったし太ももを抓っても全く痛くなかったから、痛いのも動くのも凄く嬉しい。嬉しいけどやっぱり痛い。
「でもひゃっほー! ありがとうおじさん!」
「いえいえ……これで許してもらえましたカな、御主人」
あたしに適当に手を振り返し、何かリッちゃんに耳打ちするおじさん。
あ、なんかおっきいメイドさんに引き剥がされた。
「燐音様に近寄るな汚い面を寄せるな。私が個人的に――ぞ」
なんかうっすら聞こえたあたしまで背筋が冷たくなるような声だった。平伏するおじさん。
「スミマセンスミマセン悪気は無カったんですメイド長さま月城サマ」
「鬱陶しい。それより舞だ」
リッちゃんが言う。って、あたし?
「特殊なれども下半身付随ともなれば、錬金術でも完治とはいかんだろう」
「御名答。何とカ狂っていた神経系統は回復させ、グちゃグちゃだった健や筋繊維も、通常運動には支障が出ないよう、筋肉痛は酷いでしょうがある程度の補強をしました。ですが――」
な、何を言っているのか全くさっぱり微塵も理解できない。
救いを求めて雨衣さんとシーちゃんを介抱する司さんを見るも、視線に気付いたらしい司さんからは、優し気に微笑まれるだけだった。
……あー、メッちゃんの様子を看たいんだけどな、自分の事だしなー。
……そういえば、冥は――
「――となると、ちょっとしたキッカケで崩れるのだな」
「はい。全部錬金術で型を着ケると、結果的に脆クなりますカら」
「妥当な判断だ。おい、舞」
「……へ?」
リッちゃんが、小さい肩を尖らせ、人差し指をあたしに向けた。
「暫く運動を控えるように」
え、何で?
「錬金術は万能では無いからな、貴様の脚は、完治した訳では無いのだよ」
……確かに、まだ凄い痛いしね。
「ま、少なクとも脚の筋肉痛ガ収まるまで、歩ク以上の運動は控えて下さい……ま、そうなったらそうなったで、泉水 冥と同じく興味深いケースが看られ――」
「冥、って?」
何で今、冥の名前が出てくるの。
はっきりとしないオゾケを肌に感じながら、恐る恐る訊いた。
それに答えたのは、おじさんでは無く。
「――貴様がこの家の奥に居た、という事はもう既に泉水 冥を看ている筈だが。容態は?」
どこか神妙な口調で、リッちゃんが言う。あたしに答えるでなく応えるように、おじさんを詰問するように問い掛けていた。
「えぇ、彼女凄いですね。あんな症例、僕は――いや、少なクとも有史来カら数えても初めてで在ろう症例に立ち会えるとは、錬金術師として光栄――」
「御託は不要と言っている……泉水 冥は、どうなったのだ」
険しい目をしたリッちゃんを見て、次に、おどけたように緩く笑いながら、肩を竦めるおじさんを見た。
「――泉水 冥なら先程、生命活動を停止しましたよ」
――何でもないように、今日の天気について雑談するようにして告げられた言葉を、あたしは理解する事ができなかった。