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兎と狼のダンス


 決別は告げた。

 最早、悪友と交わす言葉は無い。

 無言で、数歩分は離れていた間合いを、一足跳びで詰め。

 一呼吸にも満たない間に、血のこびり付いた片刃を振るう。

 その瞬間まで、背きたくなるくらいに真っ直ぐな目を見て、見合っていた。

 その目に、先の狗共に振るった峰でなく刃を、敵に、舞に、敵に。

 何かが軋むような感じを振り払うように振り抜いた刃。何の反応も返しも無い、普通ならば絶対に回避が間に合わない筈のタイミング。


 しかし刃は、何者も捉える事無く、空を斬る――

 ――刹那の横目に、視た。


 只の横っ跳び(サイドステップ)。しかし尋常を超えた初速と疾さで、間に合う筈が無いタイミングで回避を初め、あたしの踏み込みを交わしていた。

 更に踏み込み、追撃。刃を突き出しながら、突進。しかしコチラ以上の疾さで、敵は遠ざかっていく。しかし、此処はさして広くない。完全な間合いの外に逃げられる前、コチラ以上の疾さで壁にぶつかる――ことなく、どういう足運びやら体重移動をしているのか、ほぼ無音で壁に足を着け。直後、明らかに衝突ではないタイミングで、木が砕けるような音。そのまま全く勢いを殺さず、それどころか更に加速した上でジグザグにブレ、あたしの真横を通過。

 交差したと認識した瞬間、反射的に得物を振るったが、捉えられず。

 ――相手に僅かでも攻撃の意志が、殺意が在れば、返しの刃が入ったであろう。


 けれども一定の距離を保ったまま逃げるだけの、まともな交戦の意志が無い、自分より速い相手に、刃を突き立てるコトは、難しい。


 ――そや、敵の……舞のコト考えたら、性格的にも能力的にも当然の戦法。


 逃げ回るだけに――そのまま追いつけへん。

 悠然とした翠の目に、先程以上の距離を置かれた。

 鉄の味がする口の中、歯を噛み締める。

 昔、野兎に逃げられた時に似た、けれど否なる苛立ちが胸でくすぶる。

 しかしふと、敵の表情を観察していて、気付く。

 兎……まるで、――狩猟(ハント)。そうだ、例えば野生の兎は、弱い故に中小の魔物や人間に広く狙われる小動物。だけど脱兎の勢い、二兎を追う者一兎も獲ず、なんて言葉がある位、素早く狡猾。仕留めるには――コツが必要。

 狩猟、狩り……そうだ、狩りならば、じわじわと獲物を弱らせ削っていけば良い。良いんや。邪魔者は、獲物は、仕留めなな。

 歪んだ思想で思い至ったと同時、木造の床を踏み抜く勢いで、蹴る。

 身に流れる、ベーオウォルフの血。あたしの誇り。一族の誇り。武器を振るい、敵を打ち破ってきた戦士の血が。常時では考えられない程の瞬発力を、反射神経を、身体能力を、血のたぎりを引き出す。

 引き出せる最速で突撃しながら、獲物目掛けて得物を滅茶苦茶に、しかし的確に急所を狙って振るう。しかし、逃げに徹した獲物は後ろに跳ぶ。スピードを落とさず更にこちらも踏み込むと、相手も全くスピードを落とさず、後ろ向いたまま――直角に曲がった。

 疾いだけでは説明できない、完全に物理ナンタラをシカトした動き。曰わく、過酷極まる孤児生活を、妹連れて逃げ続けて編み出した歩法とか。さらに火事場の馬鹿力の要領で、人間かどうか疑わしい脚力も併用し、複数の銃弾に狙われても逃げ切るという、馬鹿げた代物。

 ――しかし、限界はある筈。それも手早く。

 床を蹴り、目標を定め、追いすがる。

 こうすれば、相手も走らなければならない。斬戟そのものは避けられても――息吐く間もなく攻め続けりゃ、消耗は避けられんやろ……!

 単純な構図。捉えられないなら、捉えるまで追い回す。あたしの足腰たたな成るんが先か、あんたの脚が潰れるんが先か。

 ――たぎる血に、ドロドロに煮えた怨念に身を任せ、目的を果たした先にある情景を思い浮かべないように、気を吐く。


 ――根比べや。











 

 

 

 

 

 

 ――ミカナ、ミカナミカナ…………


 ――みかなおねぇちゃん――


 子供のような甘ったるい、舌っ足らずな声。脳裏に明滅する、フラッシュバック……


 ――褐色の肌の……少女。

 屈託なく笑う、誰かに似た目をした少女…………


 ――そこまで。

 そこまでで、記憶の回想は途切れた。

 気付けば、青臭い意気を吐く、幼児体型の腕の中だった。

 其処から……割と最初から、コイツらの会話を、狸寝入り交えて聞いていたが。


 まあなんだ、コイツら、揃いも揃ってイタすぎる。

 コイツら――メグリと舞の関係は、思慮にいれるまでもなく、対話を盗み聞いただけで推し量れる。

 互いに互いを必要としている、得難い存在。


 だのに、そうまでして傷付きたいか。友人と相対してまでも俺様が憎いか、メグリ。


 ――ったく、どいつもこいつも……と云うべきか。


 過去最大級のフラッシュバックによる、思考の白濁に甘んじている暇も無いらしい。

……ふん、まあ良いさ。俺様の腹は決まった。

 薄目で明けた視界は、高速で行き交う。その移り変わりの激しさたるや、目測でだが、鈴葉やマグナにおぶさった時観ていた移ろいを凌駕しているかもしれん。

 薄目で理解出来ただけで、壁を足場にしたり、全くスピードを落とさず垂直に曲がったり、動きが止まった次の瞬間には視界がとんでいたり。俺様を横に抱いた上で、だ。

 なんというか。人間を超えているとかいうレベルではない。

 しかし、少し考えてみればある程度納得がいくであろう。

 野垂れ死にや追い剥ぎ、いざこざによる殺人など、そう珍しくない過酷な孤児生活を、病弱な妹を背負った上で、今日まで生き延びてきた理由の一つが、コレか。

 あの噂は、概ね真実だったらしいな。

 しかし、状況は悪い。まだ甘さが残っているのか、それとも頭に血が昇り過ぎているのか。

 少なくとも、舞に有効な人質()は、そこらに転がっているというに。それで、舞の脚は確実に止まる。それでメグリは目的を果たせる筈だ。それはそれで一つの、ごく小さい蜘蛛の糸じみた可能性を自記しているのだがな。

 ま、どちらにせよ長続きはせん。

 辺境の民が、過酷な環境や魔物の脅威に対抗する為、傾向進化していった、或いは何らかの神秘的な――錬金術による科学の発達により、衰退していった超自然的な能力を磨き上げていった、辺境の能力者という超人。

 それの一端、東部辺境民族最強の戦士、ベーオウォルフの少女から、逃げ一辺倒とは云え多少保っている舞は、超人(それ)の祖になれる存在に、至りつつあるのかもしれない。

 だが、明らかに人間の限界を超えた運動なのが問題だ。異分子であり例外である異能力者でもない、少なくとも、脚の筋肉が異様に発達している風でもなかった、脆弱な人間である舞だ。

 ならば、脳に設けられたリミッターを切っているのだろうという仮説が有力だが、それならばそう長く続いていい道理がない。

 リミッターは、ヤワな人間が自滅を防ぐため、無意識の内に仕組まれた自己防衛機能。それを必要に応じて外せるという、俗に云う火事場の何とか力現象の誘発させる技能ならば、何人か前例が居る。皆、局地的に出せる瞬発力は希少であり、間違いなく強力であったが、それは必要以外に外してはならない類の、両刃のもの。

 つまり、短期決戦ならばともかく。同じ以下の条件では、土台の整った能力者に勝てない。


 少なくとも、現状ではな。


 更なる問題は俺様だが、薄目しか開けられない狸寝入りしている状態では、戦況判断がし辛い。薄目に開けた視界と、聴覚から捉えられる風切り音――どちらも現状の命綱である舞の高速移動の弊害で、断片的にしか情報収集できないが、大まかな戦闘情景は推測できる。

 場所は変わってない、泉水家の中央階段前。

 勝負方法は俺様を殺すか殺させないかの、鬼ごっこだろう。

 さて、戦闘能力の無い俺様の命運は、一見して舞に委ねられているような構図だ。が、甘んじていたら俺様は死ぬ。彼我戦力比は前記の通り、覆らん。兎は素速くとも、狩猟に長けた狼に対し、有効な牙も爪も持たない。弱肉強食の理。


 ――だからこそ、策を弄する。


 計略が、智恵こそが、単純な弱肉強食に抗する、覆す武器に成りうるのだから。


 メグリには悪いが、このような辺鄙な場で殺される訳にはいかん。


 ――プランは有る。


 伏せ札も……返せるかは、賭けだな。

 伝達方法は直接接触による、一方通行の精神感応。一撃決められたとて、強制覚醒できるかは俺様次第。前提としてその隙が作れるかどうかは――眠れる兎次第だ。



「――は、……はっ……はぁ、はあっ」


 さて、案の定に舞の方は息が切れてきたな。薄い胸の心臓の鼓動が、ヤケに煩い。過度ストレスに緊張状態が、慣れない戦闘運動に筋繊維の過負荷を加速させる。

 武器を振るう独特の風切り音は、未だ健在だと云うのに。

 しかしまあ、薄目を開けて位置を確認したところ、悪くない配置。舞の消耗的にも良い頃合いと云える。


 ベッドは、俺様の命。そして――この茶番劇の、終幕。


 ――俺様のミスで誰かが泣くのは気にくわん。まして、他人とは思えんコイツらが……というのは、余計腹に据えかねる。


 ――さあて、往くか。


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