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そして役者は集う


 どうも。想い人に女装を強要され、


「……はっ」

「…………づぎじろ゛ーー」


 その姿を鼻で嘲笑われて落涙する者です。嗚呼、なんで涙ってしょっぱいんでしょうね。


「泣くな。そんな事より外出するぞ。身を屈めろ」

「……なんでさ」


 前後の関連性が解らないよ月城。というか女装姿(こんなかっこ)のままこれ以上地元を出歩きたくないよう、と彼女の家の玄関隅に三角座りで視線を合わせず微妙に拗ねて対応してみる。

 それに別段堪えた様子の無い月城は、あっさり応えました。


「おんぶだ」


 目をしばたかせ、意味もなく姿勢を正し、昆布?

 さながらシュークリームからカスタードを抜いたような間抜けた声で聞き返します。

 何を云われたのか理解できませんでした。何を論点にしていたのかも忘れていて、それが月城の策略と気づきません。


「おんぶだ。乗せろと言っている」

「犬とお呼びください」


 月城のその、すべらかで白い頬が微妙に赤らんでいるような感じに、照れているように見え……

 それに高速で背中を見せ、月城の低身長でも届くように屈みました。

……いやだって、おんぶですよ? おんぶなんですよ月城がわたしに月城の華奢な柔らかい月城が!?

 そんな邪念に満ちているといえなくもない思考で、蝶々にとまられるのを待つお花さんのような心境でドキドキしていると、唐突に柔らかい衝撃が背中を打ちました。お人形さんを投げられたような、そんな僅かな衝撃と重み。鼻孔を刺激する、仄かな甘い香り……名状し難いナニかに頭と体と心と腕と脚と諸々……要は全身が痙攣しました。


「形式的に聞くが、重いか」

「………………あぅっ」


 はっ、微妙に恍惚としていたら月城に耳引っ張られたよ。いやあなたの力でやられても、猫さんにのし掛かられる程の痛みもありませんですはい。


「え、なになに?」

「俺様の体重はどうかと聞いているのだ」

「体重? いや軽すぎ。信じられないくらい軽すぎ。うん軽い」


 月城はその気性と計算高さに合わず、体重について三回言ってしまう程華奢で、羽毛を全身に括ったら飛べるんじゃないかなと思えるくらい激軽いのです。

 って何でほっぺたつねるのさ月城。軽いって、女性に対しては褒め言葉でしょう?


「……さ、走れ下僕」

「……え? どこに?」


 誤魔化されたような話題の転換ですが、元々の軌道に戻った気がしないでもありません。しかし、この胸を染めるイヤな予感は。


「泉水家。方向は指示してやる」



…………え?


「……街中を走れと?」


 この女装した格好で?

 予感は――というかわすれていた懸念は的中した模様。嬉しくともなんともありませんが。


「そうだ。貴様の方が圧倒的に速いだろ」


 ――この後、泣いて駄々をコネるも月城に通じる筈も無く、――貴様、俺様に怪我させといて、何のペナルティも無しに済むと思ったか? ――という月城の脅しに、とある中央国での出来事を――体の弱い月城の腕を引っ張って逃げ出し、腕を痛めさせさらなる危険にさらした事を思い出し、私に反論する言葉は無くなりました。




「――気にするな、待機していて良いぞ」


 聞き取れるかどうかといった僅かな小声で、背中の月城がそう囁いたのは、何故か不自然なまでにここから進みたくないなあ、と猛進する足を止めるまでの刹那的観念に襲われ制止し、背中の月城に首を締められ手綱を握られたお馬さんがごとく再発進した直後の事。


「え?」

「いや、貴様じゃない」


 不可解な発言をごまかした月城は、私の背中から降り、私の前に小さな小さな背中を向けて立つと、眼前の木造建築を雄々しく見上げます。

……驚天動地レベルの柔らかさと軽さが背中からなくなり、一抹の寂しさというか何ともいえない喪失感を感じたのは内緒ね。


「着いたな」


 月城が語る、噂の泉水家です。

……ところで毎度の事だけど、月城は何しに来たんだろう。泉水家――あ、あの泉水さんを連れ戻しに来たのかな。

 行くぞと、それきり黙って歩を進める月城に、私は何故ここに、女装した上で急いで連れてこられ……あれ、私が乗っけて……?

 とかく、推測を重ねるしかありませんでした。いつものごとく。










「――ぃイィヤアアアアアアアアアアアッ!!?」


 ――な、なに?!

 今、自分から抱きついた雨衣さんを、奇声をあげながらバックドロップで投げ飛ばしたシーちゃんとユニゾンした、絹をさくような悲鳴は一体?

 というかシーちゃんも何してんの。

 雨衣さん、ピクリとも動かないんだけど。


「今の声……鈴葉ちゃん?」


 豪快なバックドロップを恩人に決めたシーちゃんが、頬を染めておろおろ挙動不審するのをよそに、あたしの横に並び立つ、男なのに或いはあたしより可愛い顔立ちをした司さんが、横目から見ると眉をひそめながら聞き覚えのある名前を呟いた。

 スズハ……? どっかで聞いたような名前。どこで……?


「シェリーちゃん。私ちょっと、舞ちゃんと悲鳴の方を見てくるから、雨衣ちゃんを看てて、ついでに気絶した連中を見張っててね」

「あ、ハイです?!」


……解ってるのかなあという脊椎反射的な早さで、両手で間違った敬礼をするシーちゃんであった。


……ところで、なんであたしも云われるままに追従してるんだろうね?

 先来た通路を逆走しつつ、そんな素朴な疑問を感じるあたし。


『――そりゃ、舞が流され易いからやろ』


 心の中で、どういう訳か蝙蝠羽生やして露出高いカッコをしたメッちゃんが、そう囁きかけて…………何イメージしてんだ、あたし。てか人の心の中に住まないで欲しいよ、悪友。


…………メッちゃんと言えば、どしたんだろ。大にしても、長いトイレだなあ。

 ひょっとしたら便秘かな?


 ――などという悪友への心配は、次の曲がり角を抜けて、飛び込んできた余りの光景に、思考共々キレーにぶっ飛んだ。


 場所は、泉水家の出入り口からも見える、中央階段。

 その真ん前に、胴体から大量の血と内臓を出して、それでも小さな唸り声をあげ、床に伏したまま前脚をぐちゃぐちゃに振り回して暴れるバケモノ。そしてその前、出入り口のところに、倒れたスカートっぽい生地の端――女の子?!

 あのままじゃ危ない!


「――前に出ないで舞ちゃん!」


 朗々とした声が、その迫力でとっさに駆け出そうとしたあたしの脚を止める。

 っ司さん?!


「なっ」


 思わず振り向いた先に、絶句する。

 そこには、明らかに質量の減ったリュックを捨て、片足をかがめ、長大な銃身を構え、でっかい照準器(スコープ)を覗く司さんの姿。


 狙撃銃(スナイプ・ライフル)


 精密な長距離射撃に特化した、狙撃にしか使えない、高性能な照準機器と長い銃身をもつ、長銃。

 その銃口は、空恐ろしい漆黒は、疑いようもなく、あのバケモノに向けられていた。


 ――銃声(パシン)


 瞬きの間に、司さんの華奢な体が、長大な銃の反動に小さく揺れ、遠くで、肉が硬いもので弾かれるような、イヤな音。


 司さんが、のほほんとした優しげな人が、その凶器の引き金を引いたと気付くのに、少し時間がかかった。








 ――模造オリハルコンの仕込み刀と、只の警棒で鍔迫り合いの状態。

 有り得ない状態。初太刀で警棒を斬り落とし、弐の太刀で首を落とそうとしたのだが、


 何故斬れない。たかが警棒を、合成獣(キメラ)さえ斬り裂いた刀で、何故。

 眉をしかめ、不可解な抵抗をみせる、とみに蛮族に見られる褐色の肌をもつ障害に……とある可能性を思い至る。


「――ベーオウォルフの生き残りか」


 詰問に、引きつった薄笑いを浮かべ、少なくとも某風の異能力者よりは素直な反応を示した。


「――見て判らへんの?」


 ふむ。


 挑発じみた返しに、確信する。

 特定の状況、条件次第では厄介な相手。ベーオウォルフだ。


 かつての少数民族、ベーオウォルフは、武器を扱う一族。

 武器を持たねば只の人間だが、一度武装すれば、銃を持たない人間がどう足掻いても勝てない魔物を只の木槌で撲殺、果物ナイフで斬殺できるまでになる。

 身体能力及び、手に持つ武装の強度強化。さらにその武器の技能付与。

 そういった能力者は、辺境の民族の中には稀に存在し、異能力とは傾向が異なるとされるも、特異な能力。

 ベーオウォルフは、その辺境民族の中でも大陸東部最強とされた、今は亡き戦士の部族。

 その残党の女が、相対している相手。

 

 ――しかしはて。ベーオウォルフの……何故だ。


 ――確か、泉水家に居候の名目で一人……


「――なにボっとしてんねん!」


 燐音様の機嫌に関わるかもしれない考え事をしていた鍔迫り合いの最中、唐突に放たれたショートフックを無手の左手でそらし、続けざまに荒事慣れを伺わせるスムーズな足払いを特殊皮製ブーツで受け止め、僅かに重心がズレたところを――本命であろう、首筋を狙った警棒の一振りを、しゃくり上げた右肩で受ける――フェイント。右肩を上げるモーションそのままに、手首をひねり、相手の利き手を突き刺そうと仕込み刀を調整し突き出し――


「――ぬぇあ?!」


 奇怪な叫び声と共に、警棒の軌跡がズレ、仕込み刀と衝突。その隙に間合いをとられる。


 ――凌がれた。


 大した反応速度。

 そして、単純な武器の扱いの上手さ。


「……油断ならんな、アンタ」


 それは此方の台詞、と言いたい所だが……


「――解せませんね」

「あん?」

「御哉 恵理……」


 相対する奴の眉が微痙攣した。

 蛮族の出に、家名など存在しえない。ちゃちな偽名だろう。その程度の詳細くらい、此方でも把握している。蛮族で、ベーオウォルフの女など、そうそう居るわけもない。さらに反応と合わせ鑑みても。

 コイツは、私が情報として把握しているあの、泉水家居候――御哉 恵理で、間違いない。


「しかしはて、何故に泉水家居候のアナタが、テロリストに組して?」

「……なんのことや! あたしゃ只の」


 誤解に対し、本当に怒っている風に一見できる。大根ではないようだ。


「――何故、私が先手を撃ったと?」


 御哉 恵理が、不可解そうに眉をひそめる。


「私は、敵味方の判別も無く始末に掛かる程、愚かでは無いので」


 ――まず、御哉 恵理は、私とは逆の方向――死体が転がる通路の側を見た。

 そして直ぐに私の居る反対を見て、確認し――微弱な殺気を放ってきたのだ。

 まず、武装集団と関わり合いの無い、只の居候ならばしないだろう反応。斬殺死体を見て吐くか怯えるか茫然とするかといった通常の反応でなく、そんな対応。というか、斬殺死体を見て直ぐに行動できる、その時点でマトモな神経をしていない。まして、怒り、殺気を向けるなど、まず考え付くのは――斬殺死体と、何らかの繋がりがある者。


 敵。


 それらの理由から、高確率でそうであると判断、先手を撃ったのだ。

 しかし、それがあの、御哉 恵理とは。


「――もしや遥か以前、貴女が泉水 舞と接触する以前から、この占拠の計画を?」


 無くはない可能性だが、それにしては脇が甘い気がする。我が主ならば嘲笑で返し、穴を指摘するだろうこじつけ。

 つまりコレは、反応を観察するための揺さぶり以外の、何ものでもない。

 御哉 恵理は仕向けた方向に進み、表情を歪ませ、崩す。

 思惑は当たったが、


「――違う!!」


 しかし想定の範囲より、反応は顕著だった。

 目つきは先以上に鋭く、犬歯は剥き出し、ギチリという歯がすれる音。

 そして、尋常ならざる――明確で率直で混じりっ気も嘘偽りようの無い、殺意。

 血が湧き、肌が泡立ち、目を反らせず、指先が痙攣し、舌の根が渇き、頭の隅が痺れ、――歓喜に、心が踊る。

 互いが互いを阻む、故に敵。

 

 生の感情を剥き出した、避けられない闘争。


 だから、仕方無い。


 とっさに言い訳が浮かぶほどの、身震いする程の気配。

 そんな殺気に、自然に緩む口元から、我知らずに言葉が出た。


「――久しぶりに、殺し甲斐がありそうだ」


 その小さな一人言を皮切りに、どちらからとなく距離を詰め、殺陣が再開された、その時だ。


 ――けたたましい、聞き覚えがある不愉快な絶叫が、階下から響き渡ったのは。





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