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悪友の過去と現在




 ――あたしには、子供子供した見た目に合わず、ドケチで意地汚ぉて料理上手で、童顔幼児体型で割合騙しやすい悪友がいる。


 そんな悪友と、あたし、メグリが出会ったのは、割と前の事。



 まず自慢じゃないが、あたしはそれなりにスタイルがいい。肌は褐色だが、胸はあるし顔も悪かない。粗野だが色気があると言われた事もある。


 そんなあたしの身分は、不法滞在者で文無し寝床無しの、浮浪者やった。

 ま、少数民族――それも根絶しかけとる民族の出じゃ、仕方ない事やが、問おう。

 そんな在ってないような身分、というか負のサイドに属する美少女が、欲に凝り固まり、貴族以外を同じ人間と見ない貴族(雄)の目に止まったらどうなる思う。

 碌でもないコトになるだろうは確実やろう。それは流石に勘弁願いたい。

 されども頼れる身寄りは無く、都会の住民は辺境の少数民族を蛮族呼ばわりして、基本的に仕事もくれん。そも人から避けられる。偏見や人種差別ってヤツやな。

 そりゃ、読み書きもできへんけどさ。

 腕っ節に自信は有るが、それはあたしの部族全体の特徴である、武器を持っている間だけの腕っ節。それ以外は、ただの脆弱な女でしかないんよ。

 何が言いたいか言うと、素手での取っ組み合いじゃ、男にゃ勝てんねん。


 そんなこんなで、腐った豚貴族の手下に追われ、負傷しながらもなんとか逃げ延び、走り回った疲労と空腹の余り、その辺の八百屋から食料を掻払った直後のコトや。


 その、後に悪友となる、童顔幼児体型のお人好しと出会ったんわ。




「――ッまぁてぇエエエエエエエエィ!!」

「だああっ、ひふっほぃひゅーひ!」

「トマト食べながら逃げるなあ! この盗人野郎!」

「野郎ひゃうわ!」


 子供みたいな声で怒鳴り続けるソイツは、どうにもこうにもしつこかった。 付かず離れずの距離で、絶叫しながら何時までも追っかけてきて。負傷した上に疲労が重なっているとは云え、自信があった体力が底を尽くまで追っかけられて。八百屋で万引きした夕暮れ時から街中を駆けずり回り続け、夕闇が完全に闇に染まる頃、路地裏に入って数秒後、その童子のような少女に取り押さえられたんやった。



「ゼェハアゼェハア……さあ、捕まえたぞ!」

「ひゅー、ひゅー…………」


 息を乱し、汗だくで力尽きるあたしにのし掛かる少女に、返せる言葉も無かった。何故なら疲れ過ぎて。

 最早、幼児体型を退ける気力も体力も残っちゃいなかったんや。


「さあさあ豚箱で臭い虫を食べたくなかったら大人しくするんだよこの野郎」


 飯やのうて虫かいな。厭にリアルやなあ。

……しかし元気やなこのガキ。

 もう声に張りが戻っとる。慣れとるあたしでも、まだ虫の息やってのに。

 脇腹掠めた怪我のせいとしとこか。


「さあて、先ずはやおねさんの所に謝りに行こうか。そんで弁償だ」


 やおねさん……あの八百屋の関係者かな。なんや、あんたの知り合いの店やったんか。

 それで偶々居合わせたアンタが、あんなしつこかったんか…………うわ、運悪う。厄日やないか、今日。


「取り敢えず、いくらもってるのかな」

「……ない」


 うわ、我ながら嗄れた声やな。

 喋る内容もアレやし。


「うん?」

「金がありゃ、セコい万引きなンぞするかいな……」

「うわ、お姉さん真面目に文無しの方だったんだ」


……何故にそこで驚くねん。

 それともなんやアレか、タンに困らせたろとかのやんちゃ嬢や思うて追ってたんか。


「あー、ならやおねさんのお野菜は?」

「なんの為にあたしが、逃げながら食ってた思とんねん」

「……知能犯なのか意地汚いだけなのかな……」


 多分両方やな。どっちにしろ物品返品は物理的に不可能やで。流石に嘔吐物やら排泄物やら口にしたないやろ。


「いっそ清々しいまでに開き直ってるねこの掻っ払い」


 開き直れんで、やってられるかい。


「……むー、じゃあどうしようか」


 年齢がつかめない子供(ジャリ)臭い声で、マウントポジションとったんが唸りをあげた。


 その時、路地裏の先の男と、目が合うた。


…………うげ!?


「――お、居たぞおい! 蛮族の女だ!」


 あたしを追っかけていた腐れ貴族の手下が、下っ端臭い仲間を呼ぶ声をあげた。


……ほんま、厄日やな。今日。


 嘆息しようと状況は良くならん。

 あたしは以前、武器を持ってへん――というか、持っててコイツらぶちのめしてもその場しのぎなだけ。暴力沙汰なんぞ起こしたら、それをネタにより大きなトコからの手が入り、結局は捕まって、より悲惨な結末になるやろう。

 そして其処から逃げようにも、残念ながらもう足腰立たへん。助けを呼ぼうにも、ド腐れ横暴貴族に好き好んで関わろう奴はまずおらんやろうし、こないな暗がりなら尚更……なんやら視界が、精神的に真っ暗になっていく気がした。疲れからは別の息苦しさから、吐息を吐く。


「……ひょっとしなくても、追われてたの?」


 あたしの上のが、子供(ジャリ)っぽい声に僅かな硬さを孕み、そう問うてきた。

 複数のチンピラっぽい声が徐々に近づいて来る中、緊張を紛らわす為にも努めて張りのある声で、それ以外なんに見えるん、と答える。


「じゃあ、逃げなきゃ」

「逃がすと思ってンのかあ……?」


 馬乗りになっとる少女が引きつった息を吐く。

……それもそか。手下の野郎、銃を出しよったし。


「ガキ、痛い目を見たくなきゃ、その蛮族をそのまま捕まえてろ。そうすりゃテメェは見逃してやる」


 身動きを封じ、自分らは安全圏から銃を突きつける。見本通りの脅しやね。


「……言うとおりにしたりや」

「え……?」


 なんや呆気にとられた声だして。

 こないな詰まらん事で、アンタみたいな間の悪イお人好しが怪我する必要ないやろ。ちっとでも安全っぽい選択、選びや。


……ま、連中に捕まったトコで、いよいよとなれば暴れてでも――


「――このお姉さんを、どうするつもり」


 ちょ、何聞いとんのアンタ?!


「……あ? テメェが知ってどうするよ?」

「……そだね。あたしが聞いて何か理由を知っても、関係ないよね」


 どこか硬い、挑発じみた色を含んだ言葉を吐きながら、そいつはあたしの背中から退き、


 動けないあたしを、俗に云うお姫様抱っこで持ち上げた。

 なんや、アンタなかなか力有るなあ…………


「「……は?」」


 僅かな空白の後、異口同音に、あたしと下っ端が困惑の声をあげた。


「――このお姉さんはね、」

 どこか抑えた、ナニかを堪えるような声で、少女は続ける。

「掻っ払いなんだよ。あたしのお野菜盗んだ、掻っ払いなんだよ!」

「……いや、何を言ってる?」

「弁償もまだしてもらってないんだ。このお姉さんは、あたしがいただいていくよ!」



 ――まあ、そないなくそ戯けた発言を聞いた瞬間、死を覚悟したわ。

 相手、銃構えとんで? しかもこの娘はアホやし、段々と人集まって来よるし。あたしは碌な身動きできへんし、この娘はアホやし。あとこの娘はアホやし。


 けどまあ、なんというかこの娘の逃げ脚は、尋常やない代物やった。


 人間かどうか疑わしい、想像を超えた逃げ脚により、結果として、あたしもアホな娘も助かった訳やけど。


 それが悪友、後に泉水姓を名乗る舞というアホとの馴れ初めなワケや。


 そしても一人。


 アホで、殺しても死にそうに無い上に最下層区域(スラム)に文無しで放り込んでも適応し生き延びるやろう舞とは、全くの逆。

 病弱で、いつも寝床に籠もり咳ばっかしよる、色白で線がうすく小っこい、おとなしゅうて人見知りしぃで、庇護が無けりゃ確実に一日でくたばるやろう雰囲気の、まんっま小動物みたいな手間の掛かる子供。


 舞の妹、(メイ)や。


 最初は目も合わせへんかったけど、今ではそれなりに懐いてくれとる。比較的に無菌室で育ってきたせいか、見た事無いくらいに純真で、素直で綺麗な性格した、ちっと羨ましいちみっこや。そんなやから、姉にあたる舞のアホは、冥に対してそれなりに過保護や。

 まあ身寄りが亡くなったっつーさかい、仕方無い事かも知れへんけどな。


 ま、この姉妹は揃って仲の良い友人みたいなもんで、今では貴族の養子の身分。

 しかし、冥の奴が病気でヤバなってきたさかい、頑なに拒んできたらしい、貴族にしてはめっずらしいお人好しからの養子話を、当時厄介者でしかなかった、悪友(あたし)も一緒にじゃないとやだ――て条件出すんやから、あん時は笑い転げたわ。踏まれたけど。

 流石に蛮族を貴族の養子にはできないと断られてたけど、こっそり居候ならオーケーて。こんないい加減な嘘つきに、手前らどんだけお人好しなんなら。


 ――ま、そんなこんなで屋敷の居候、姉妹のダチやってる身の上としちゃあ、そこが占拠されたとあっちゃ放っとけんワケや。



……例え、仲間(ツレ)であったとしても、な。



 トイレに行くという名目で舞の軟禁部屋から出たあたしは、隣に付いてきた名前は知らんが、ゴっツい顔の知ってるおっさんを睨む。


「――冥の奴は、無事なんやろな」

「専門家が診ている。お前が思うような真似はしてないさ」


 専門家……あの得体の知れん錬金術師かい。

 しかし、お前が思うような真似はしてない?

 ――は、お笑い草やね。自分でも虚しい、乾いた声で低く嘲笑う。


「……は、そりゃ予想も期待も裏切るっちゅー事か?」

「我々の目的は一致している筈だ」


 目的……目的。その為にあたしは、帝国(ココ)に来た。


 やけどもなあ、

「目的"だけ"はなぁ。その過程、手段は相談も無しに進められてるみたいやけどね」


 泉水家(ココ)を占拠するなんて、全く聞いてへんのよ。

 あれよあれよと云う間に、この組織の――反貴族勢力のタカ派連中が武装して雪崩れ込んでくるは、出稼ぎに行ってた舞は気絶させられて連れ込まれるは……どないせーっちゅうねん。

 流石に、貴族の養子ん成った舞の奴にも……この組織に入っとる事話せんしなあ。

 とりあえず落ち着かす為に軟禁部屋に同行したものの、舞は暴れるは人質……いや、敵さんの構成員らしき奴は増えるは。手が五、六本生えたとしても回らんっちゅーねん。

 誰か、せめてあたしに事態全て説明せぇや。舞や冥を大貴族やったか超貴族やったかの人質にする、とか此処はその潜伏拠点にするとかいう、ふざけた事しか聞いてへんで。


 しかし下っ端に説明を要求しても仕方無し。

 ならば責任者(アカサ)のやつは何処だと問えば、まだ帰還してないと。

 ならば今回の作戦概要を知る他の奴はー? と胸ぐら掴んで笑顔で問うと、あの一定以上近寄ると襲いかかる合成獣(キメラ)が鎮座する階段の向こう、冥の病室にいるという引きつった表情での返答。

 合成獣(キメラ)はその性質上、主以外の命令は聞かず、また難解な命令もできん。

 つまり、合成獣(キメラ)の主が命令を解かない限りあそこを、二階に通じる唯一の階段を通ろうなどとしたなら合成獣(キメラ)に八つ裂きにされるという……

 イラッとキタので八つ当たりに仕込み警棒で軽く小突き、頭血を流し気絶したのでヤバいと思い、苦心して屋敷の裏にこっそり棄て、証拠隠滅完了。


 なに、敵に襲撃された事にすればいいんや。そう言い張っとけば。


 木造二階建てのボロ屋敷を細目で見上げながら、いっそあの合成獣(キメラ)を逆に八つ裂きにしたろか……?

 危険な思考になる。ついでに無造作に放置されとる木造梯子を見下ろし…………


……あ、これなら二階の窓に跳び移れるんやね?


 いそいそと二階の窓下に梯子を立て、それに手をかけた直後。


 ――断末魔じみた獣の叫び声が、泉水邸に木霊した。


 聞く者総てに、生理的なおぞけと畏怖を与え竦ませる。生命が死の淵にたたされた時のような……

 そんな絶叫。

 明確な意図も意味も解らんが、尻に火を付けられたみたいな焦燥に駆られた。

 既に立てかけられた梯子に脚をかけ、一気に駈け上がる。



 そんで硝子窓は閉じていたんで、殴りつけて割ろうとしたら――


「――っつお!?」


 反動でよろめき、崩れかけた姿勢と足場をなんとか立て直しつつ、内心で驚愕する。


 防弾硝子?!


 ビクともしない窓硝子と、若干赤ぅなって地味に痛む拳骨を見て一瞬そう思ぅたが、こないなボロ屋敷に有る訳ない。ならば……あの錬金術師かい!?

 拠点防衛の為の補強になんかしよったな。仕事の早い、けど今は裏目や!

 こっから玄関までは周り道……ここを突破すれば、冥の病室まで近い。

 ――?!


 悲鳴、やと? 男……組織のヤツか。ならやっぱし襲撃か! はよ往かんと……メイがっ!

 遠回りをしている時間は無い。素手は無理、なら――折りたたみ式警棒を手元に滑らせ、力技(コレ)で、イケるか?!

 警棒を――得物(エモノ)を握った途端、力が湧く。体の奥底が、何か別の所に繋がったような感覚。

 戦士の一族、ベーオウォルフの血筋。

 伝説に名を遺すオウガ殺しの、その力。幾度となくあたし自身を助けた、戦鬼の力。


 一度だけ息を吸い、吐く。


 そして――殴ってもひび一つ入らなかった硝子窓は、呆気なく粉々に砕け散り、二階の廊下に散らかる。

 梯子を蹴り、空いた窓から二階に跳び入る。見慣れてきた木造建築の二階廊下。


 ――ま、非常時なんや。器物損壊は堪忍してや、(ケチンボ)。そん変わし、冥を護ったるさかい。


 内心で謝りながら硝子片と年季のはいった床を土足で踏みにじり、二階の突き当たりに位置する廊下から中央に走り――


 ――ッ!?


 廊下に沈む多数の仲間(ツレ)の、成れの果て。

 絶叫しかけた口を噛み締め、視界を回す。


 冥の病室の中に入ろうとする、見慣れん長い黒髪、メイドのような服の後ろ姿――が、此方に振り返りもせず袖を振るい――

「――のあぁっ?!」

 高速で飛来してきたちっこい何かを、反射的に警棒で叩き落とす。


……あぶな、アブなあ!?


「――ほう」


 ハスキーな、小さい囁きなのに、聞き逃しようの無い何かを宿す声が耳に浸透する。

 気付けば、半身であたしを視……んな生易しい物やない、鋭く重く、暗い眼光を、あたしという"障害"に向け、突きつけている。

 尋常を超えた迫力に、息を呑む。

 巨大で底知れない魔獣に出会ったような、有無を云わさん圧力。此方の存在が酷くちっぽけに感じるような、本能的な不安、恐怖。


「……何もんや」


 ようやく絞り出したありきたりな言葉は、若干震えたものやった。それを誤魔化すように、掌の、相対する相手には心許ない警棒を握り締める。

 それに、奴は――薄く、唇の端だけで笑ったように見えた。抵抗する獲物を見て、それを悦ぶ狩人(ハンター)の笑み。

 見下す、ムカつく笑み。ハラワタが煮えた。歯を、さっきとは違う意味で噛み締める。



「――阻むか」


 囁き、特に構えもしない奴に、侵入者に、睨を返しメンチをきる。


「――喧しい、其処を退けや」

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