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電撃戦 下



「――えー、それでは。あたしが出稼ぎに往くに当たって、冥やお義父さんの世話はメッちゃんに任せる――というには不安で仕方が無いので、せめて料理だけでも一夜漬けしよう会開催ー!」

「わー、ぱちぱちぱち」


 広いのか広くないのか微妙な調理室に白々しく木霊する長い口上に、ものっそい棒読みで口だけの拍手をくれたのは当のメッちゃんのみ。というかこの、特に何時もと変わりない泉水家調理室に居るのは、パジャマ越しにエプロン纏うあたしとメッちゃんだけなわけだけど。

…………


「それじゃ早速調理に取りかかろ」


 若干の寂しさと、実際の時間の少なさから、あたしはそう素早く切り出した。


「センセ、質問質問」

「はい、なにかなメッちゃん君」


 ふざけてる感丸出しのメッちゃんが、棒読みで元気良く挙手してきた。それに、孤児院時代に読み書きを教えてくれた先生を真似て答えるあたし。


「センセはなんでそんな無意味にクソ長い帽子してはるんですかー?」


 先生ではなくセンセとか、相変わらず妙な発音をするね。

 しかし無意味にクソ長いとか失礼、いやさ失敬な。コレは料理店なんかで一番料理が上手い人がかぶる、料理長の証、称号なのだよメッちゃん君!

 と人差し指たてて、以前バイト勤めしていたレストランの料理長がごとく熱弁する、かつての下っ端。


「じゃあなんでそんな称号がこんな辺鄙なとこにあるん?」

「知らない。なんかその辺に転がってたから拝借したんだけど。てか何気に人の家を辺鄙とか言うな」

「……しょぼい称号やなぁ」

「あーあー、聞こえない聞こえない」


 耳を塞いで首ふるふる。回る視界の端に、悪戯っ子の笑みを浮かべる悪友を見た気が……


「それとついでに、センセはなんで生徒より背も胸も無いんですかー?」

「やかましいよデカ胸!!」


 八重歯剥き出しニヤニヤ笑顔で、犬さんエプロン越しにもはっきり判る、ふたつの丸い脂肪の塊を誇示し、すらっと長い身長であたしを見下ろすザ・悪友。

 胸がなんだ背がなんだ! スタイルがいい奴に、幼児体型の苦しみが分かってたまるか!

 怒りに震える(エネルギー)を、包丁片手に、眼前の帝国人参にぶちまけるあたし。


「――おおっ! 人参があっちゅー間に斬殺された?!」

「斬殺ってなにさ! というか次、メッちゃんだよ」


 驚嘆しながら料理慣れしてないことを露呈させる、人聞きの悪いメッちゃんに愛用の包丁を差し出す。


「えー、めんどーねん」


 やかましいよ居候。働かざる者にほかほかご飯及び寝床は在らずだよ。


「えー、つかあたしらの部族、メッチャ武器の類の扱いが上手いねんで」


 ぶーたれた口調で、割と美人さんなのにそれを台無しにするアヒルさん唇に尖らせる悪友を、コメカミ押さえつつ白い目で見る。


「いや、それがどうしたの。武器とか今関係無いし」


 正論な筈のあたしの言葉に、メッちゃんは馬鹿にしたように人差し指をちっちっちっと自分で呟きながら揺らし、

「甘いで、マイ。武器いこーる刃物に鈍器。つまり、」

「つまり?」


 そこまで料理がイヤなのかなあと首を傾げるあたしに、メッちゃんは大きな胸を張り、自信満々威風堂々に語る。


「包丁だってフライパンだって、あたしが使やあ立派な凶器なんだよっ!!」

「な、なんだってー!?」


 ――ってんなワケあるかー! と怒鳴りつけた後、後悔するのはすぐだった。

 使い古された包丁で、まな板に添えられた大根ごと、まな板を切り刻まれ、お鍋に穴を空けられて半泣きになったのは。



「――この馬鹿太郎! あたしはあんたをそんなんに育てた覚えはありません!」

「いや、あたしも舞に育てられた覚えは無いんやけど」

「びえェーっ!! ゴンマカ三郎太が、アブラハム中谷がー!!」

「……まさか、そのまな板と鍋の事かいな、ソレ?」


 愛用の料理セットの成れの果てを抱き締め、奇異の目を向ける腐れ悪友を睨む。ちょっと引かれた。構わず思いっきり指を差す。天井を。


「よくも我が輩の可愛い僕をやってくれやがったなこの蛆畜生虫めがね?!」

「……アカン、なんか余りのショックにかわいそうな風に錯乱しとるし」

「がおーー!!」

「いやがおーて、うお、ちょ、噛むな! 咬むなこのボケマイ!?」


 飛びかかった先の事は覚えていない。

 ただ、次に目を覚ました時には、よりいっそう散らかった調理室の床に涎を零して寝こけていたのだ。

 そんなあたしの枕元には――いや枕なんてしてないし床だけど――メッちゃんが機嫌取りの為に狩ってきた、食肉としては申し分ない森林熊(フォレストベアー)の大量の生肉と、バツが悪そうに器物損壊について謝ってきた返り血まみれのメッちゃんの姿。

 とりあえず、悪友の殊勝な姿に微笑み、あほかあああああと一発ぶん殴ったあたしを、誰が責められるだろう。




 ――そんな悲惨な思い出残る調理室で、今、戦闘とも云えない戦闘は終わった。

 扉を開けさせ、不意を突いた雨衣さんが、銃を使うまでも無く、三人の男を素手で沈黙させ、拍子抜けするくらいあっさりと、終わったんだ。

 多少大柄な男の人がぶちまけられ、お鍋やらお皿やらが割れたり散らかったりした、心なし何時もより暗く見える調理室。

 その隅っこで、嗚咽を吐きだして泣いていた。顔を腫らして、所々汚れて乱れたメイドさん服のまま、涙と鼻水でくちゃくちゃになった顔で、自分の戒めを解いた雨衣さんにしがみつく、シーちゃん。


「――うえっ、エっエエエエん!! うい、ういイイイィっ!!」

「……ああ」


 ああて、いやそれは無いでしょ、雨衣さん。

 流石に、泣いてすがりつくシーちゃんに対して、抱き返すなり優しい言葉をかけるなり他に在るだろうに無愛想な返事だけは無いだろうと声をかけようとした時。シーちゃん救出の最大の功労者から、肩に手をかけられやんわり制止され、動きを止めるあたし。


「あ、えと」


 端正で、男の人なのか疑わしいくらい、綺麗――といよりはかわいらしい顔が、東方ではポピュラーな、けれど見慣れたそれとは何か違う気がする白っぽいさらさらな金髪から覗く大人びた、けれども大きな瞳、緩やかに上向きの曲線を描く薄い唇、それら全てがのほほんとした微笑みを称えていて、ちょっと場を忘れて見惚れてしまった。

 けれども場違いなような場違いじゃないような巨大なリュックと、優し気な雰囲気にまるで合って無い黒い上下スーツを見て、現実に引き戻される。

 どこかで見たような気もする感じの、雨衣さんよりやや小さな、それでいて女性的に華奢な体格の男性が、私を優しげに見下ろしていた。


「そっとしてあげてね。二人ともが安心して、気が抜けちゃったんだよ。狼藉を働かれた様子もないし」

「そか、間に合って良かった……ですね」


 間に合った……間に合ったんだ、よかった。本当によかったね、シーちゃん。


「あはは、無理に敬語なんて使わなくていいよー、舞ちゃん」


 上品に、というより心のキレイさが滲み出た声で笑う。

……なんだろ。やっぱり聞き覚えがあるような声に喋りかた、雰囲気……うーん。


「あの、ところでお名前は?」


 数十秒くらい前、あたしの口に手を当てて黙らせ、さっきのメイドさんと似たような対応をする雨衣さんは、この人の名前を呼ばなかった。そのままなし崩し的に、この人が声真似で男たちの仲間を装っておびき寄せて、そこを雨衣さんが――って流れで、名前すら聞く間がなかったんだよ。


「あ、自己紹介遅れてごめんなさいね。私は、柏木 司(カシワギツカサ。月城のお家でも会ってるけど、名前、言ってなかったよね」

「……ふえ?」


 会ってる?

 失礼と分かっていても首を傾げてしまうような疑問。だってあのお屋敷では、あんまり人と会ってないし……こんな特徴的な人、忘れるとは思えないんだけど……


「あははわかんないかー、やっぱり他の人の印象が強かったからかな。忘れてるのも無理ないよ。格好も違ったしねー」

「どんなですか?」

「エプロンドレスだよー」


 ニコニコニコニコ。

 そんな擬音が付きそうなくらいな笑顔のまま、即答してきた。


……えぷ? …………メイドさんの服?


 一瞬混乱して、自分の今の格好――何故か月城のお屋敷でシーちゃんに渡されたメイド服を見、視、観……

 あのお屋敷で見た、唯一の良い印象な笑顔を思い出す。

 司さんみたいな、のほほんとしながらも素敵で、可愛らしい笑顔。


「…………あの、まさかあの時の、あたしを案内してくれたメイドさん……?」

「うん、そうだよー」

「――オトコオオオオオオオオぉっ?!?」









 ――火器を発砲されるより、銃を照準されるより、武器を構えられるより、テキに認識されるよりハヤク、可能な限り疾く。

 二匹目の合成獣(キメラ)を仕留めざま、視界を反転。私から奥、向かい合わせの扉が両方蹴り開けられる音、それぞれからポピュラーな自動拳銃を持ったテキ、二つ、それを視界に納めたとほぼ同時、スローモーションに見えるテキの頭を、距離が有った為にそれを詰めながら、手に持つ双刀を最低限の動作で投擲。

 刹那の判断すら赦さぬ間に、有象無象のテキは揃って眉間を貫かれ、崩れる。

 誰かが叫び声をあげた。

 開けられた扉の中、尻餅をついた男が一人、更に奥、気配が多数。向かい合わせの扉からも複数。双刀を死体から引き抜き、連中が行動を始めるより、疾く、身を屈めながら片方の部屋に突撃。

 そのまま銃を構えられるより早く間合いを詰め、擦れ違いざまに首を二つ落とす。

 こういう乱戦で銃は同士討ちの可能性を濃く孕み、扱いづらいだろう。次。

 先の先をとり、撃たれるより攻撃されるより認識されるより早く、速く、疾く。最短最速で銅を斬り裂き、眉間を貫き、首を落とし、先を動きを機先を制し続け、血潮と死を撒き続ける。


「――ば、化物」


 そして最期にそうありきたりに叫んだ女は、それが今生最期の言葉となった。




「――他愛無い」


 占めて合成獣ニ、戦闘員六、傭兵モドキ七。コレで敵性占拠勢力の総てだと云う。銃を使うまでもなく、話にならない。

 それら全てを一分とかけず斬殺した二振りの仕込み刀の血を払い、なんの損傷も見当たらない刀身を品定める。

 満足のいく仕上がりと言える、模造オリハルコンの刀身を滑らせ畳み、その鞘に――柄に収め、掌からはみ出る程度の大きさの柄を、再び袖に収容。


「さて」


 解体された人体が転がる廊下を踏み越え、無造作に進む。泉水邸の間取りは把握している。行き先は、泉水家の養女、泉水 冥の寝所。対象の保護、救出も命令に含まれる。間を見て投入されたろう樹が、対象を保護できているか。未達成ならば援護する。燐音様からの命令。何がどうあろうと完遂せねばならない命令。


 阻む者は、根絶やす。





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