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投入

 ――絶望。


 それは、人によって定義が異なるものだと、どこかの本に書かれていました。


 ――絶望。


 例えば栄光を掴みかけた英雄が仲間に裏切られ、僻地に追いやられた末に暗殺されるとか、最愛の妻や子供を意味も無く惨たらしく殺さたりとか、名君がその名声を妬んだ兄弟から謀殺されたりとか、お父さんから飴を手渡されかけた直前にその飴を本人に食べられたりといった、望んでいたを絶たれる事が、絶望。


 ならば、私にとっては――


「――往生際が悪いぞ、下僕」


 月城が、いっそ慈愛に満ちたように一見できる、上辺のみと解ってはいても頬を染めざる負えない、綺麗や可愛いといった言葉が概念的に敗北しそうな、そんな風に微笑みます。

 ただしいつも通りの尊大な口調と絶対的なまでの威圧感に存在感、さらには両手で持つ"ソレ"のせいで、色々なものが致命的に台無しです。

 "ソレ"は、私にとっての絶望の具現なのですから。


「いやだよういやだよういやだよう!」


 月城の家の部屋の隅っこでそれに脅え震え許しを乞おうと、それは自然なのです。人は絶望にか弱く、特にチキンな私はソレに対して、完全無欠に敗者なのです。


「何時までもそのままではいられまい。ほれほれ、今出てきたら頭を撫でてやるぞ下僕よ」

「うーうー」


…………だっ、騙されませんよ?

 月城のイイコイイコなんて、えとそんな……あーうー、でも嫌だあああああああああ!!

 首をぶるんぶるん振る私に、月城は嘆息するように語りかけます。

 悪魔の囁きってこんな感じなのかな。


「既に晒した事であろう? 何を今更恥じる事があろう」

「その手の羞恥心が無くなったら人として大切な何かが終わるよ!」

「気にするな。俺様は気にしない」

「だよね! 何故ならそれするの私だもんね!」

「――鈴葉?」


 ――背筋が凍るような温かい矛盾した声音に、思わずゆっくり顔を上げ、ホラーかサスペンスの小説主人公か被害者よろしく、得体の知れない何かに恐怖しているように、ゆっくりと振り向きました。


「イヤ?」


 万人が見惚れると断言できる可愛いとか綺麗とか通り越した微笑みで、年相応にあどけなく首を傾げながら、天使さまの祝福のようなソプラノボイスで童女のように愛らしく問い掛けてきました。

 ――ただし、その目は一切笑っていません。


「――イヤ?」


 ――好きな女の子に、今まで見たことがないくらい可愛らしく脅されながら、フリフリのエプロンドレス両手に目だけ雄弁に"着ろ"と迫られる……それは、結構な絶望だと思いました。


 絶望のあまり、思わず天を仰ぎます。シミ一つない、月城のお家の広い天井でした。

 嗚呼、ゴ●ブ●さんのように天井を這えたらば……

 危険な領域の現実逃避を始めた私の耳に、月城の足音が――


「――燐音様、こちらに居られましたか」


 割り込んできたのは、太く低い男の人の、事務的な第三者の声です。

 その声に月城が止まり、私自身も聞き覚えがある声。確か以前、私がじょそぅ……アー・ヤツパリオボエテナイヤー。ダレダロナー?

 と思考が人格保護に回り、体は反射的に目を向けたその先、やっぱり見覚えが無い、私より頭二つ分以上大きな体躯に、黒いスーツにサングラスをした、見かけの割に雰囲気が優しい黒坂 樹さんで……いや誰デショウネー?


「樹か。丁度良い。貴様が帰ってきたという事は奴も」

「は、侍女長に引き渡して来ました」

「いらん、それより――」


 あれ、月城? ナンですかその内緒話風の耳に口寄せて! おおおお女の子がそのいけませんよなんかえとそれ!

 そんな私の見苦しい嫉妬の念が通じる筈も無く、なんか私そっちのけで相談する二人。

 なんか真剣そうな雰囲気なので私は依然部屋の隅っこに座り込み、うさぎさんハンカチを噛んで、涙を呑みながら見守るしかありませんでした。


「じゃあ樹、そいつのも頼んだぞ」


 何やら月城が耳元で囁き、黒坂さんがしきりに頷くという形式の相談は終わり、月城は離れ、何故かこの部屋の出口に向かいます。


「……はあ、しかし何故女装を?」


 そんな月城の小さな背中に、黒坂さんが不吉極まる単語を投げかけ、それに月城は、ドアノブに手を伸ばしながら私を一瞥して、


「念の為と、嫌がらせだ」


 そう言ってドアノブを捻り、退室していきました。

…………嫌がらせ?


 て言うか月城、どこに行くの?


 呆然と首を傾げる私の肩を、いつの間にか近寄って来た黒坂さんが叩きました。


「……用事ができた。コレを着ておくように、訊かねば貴様の女装姿の写真を貴様の父に渡す、だそうです」


…………あの、お父さん、に?

 あの、なんかそういうおもしろおかしいこと大好きな……


「――う、うわああああああぁぁぁん!!」


 ――最悪、あの滅茶苦茶なお父さんにかかれば、普段着がヒラヒラスカートか、常時女装になる!!


 床につっぷして泣き叫んでも、選択の余地は、ありませんでした。


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――む、ぐ……


 脇腹に異様な異物感にも似た激痛、体中に倦怠感。


 かつて、任務中に散弾銃(ショットガン)を脇腹に受け、内臓破損に大量出血という時の、師匠に背負われていた時と似たような痛み。


…………なんだ? 状況は、確か……!!


「――ッ」

「あ?! ダメだよ! まだ寝てないと――」


 思い出し、身を起こそうとした直後、子供のように高く慌ただしい声が制止を促し、手を添えてきた。

 身に染み着いた戦闘訓練の賜物か弊害か、それに条件反射で拳を握ったが、敵意は感じない。


「……だれ、だ」


 我ながら、かすれた声で問い掛ける。というかよく見ればそいつは同僚の、月城家の侍女服を着ているが……薄い金髪に、幼い顔立ち。健康的にほどなく日焼けた肌に、お子さまのような体格。その素朴で純朴そうな翠色の大きな瞳は、何やら陰っているようにも見える。しかしやはりこいつの顔は、見覚えがない。


「あたしは、舞。泉水 舞」

「……お前が?」


 キョトンとでも擬音がでそうな顔で、童女のように首を傾げる泉水 舞。

 会うのは初めてだが、確かに家に滞在させて混乱が出てはマズいからと、侍女服を着せていたとは聞いているが……確か同僚と同い年の筈。なのに微塵たりと年上に見えん。


……待て。同僚?


「――同僚……シェリーはどこだ」

「シェリー……シーちゃんのコト? え? なんであなたが知って?」

「シェリー=アズラエルは俺の同僚だ。それと、お前が居るという事は……ここは何処だ」


 俺の詰問口調の言葉に、泉水 舞は目をしばたかせ、再度首を傾げながらも口を開く。


「ここは、泉水の……あたしの家だけど。え? シーちゃんと……同量??」

「いや同僚だ。俺は九咲 雨衣。シェリー=アズラエルと同じ――待て。泉水の……屋敷?」

「疑問符出るほどボロくないもん!」


 いや、この掃除の行き届いていない、微妙に古い造りに家具一つ見当たらん寂しい部屋……否定はできんと思うが、論点はそこではない。泉水の屋敷、だと……

 確か、俺は合成獣(キメラ)らしき、猪鬼獣(オーク)魔獅子(ライオネル)を混ぜたような怪物と交戦し……同僚を庇って、負傷した筈……

 それで何故、誘拐された筈の泉水 舞と泉水の自宅に……っ!?


「――まさか、この屋敷、占拠されているのか?」

「っ、なんでわかったの?!」


 分かり易いリアクションを……

 しかし、となると……同僚があの合成獣(キメラ)から逃げられてないと仮定――同僚の腕前に負傷した俺の存在を考慮すれば、可能性は高い――すれば、俺共々捕まり、協力を避けるため、また互いに人質に使え、尋問や拷問がやりやすくなるため、別所に離されていると考えられる。

…………仮定が当たっているとすれば、相当に悪い状況だな。


「……ならば、同僚と合流すべきだな」

「なんか一人で納得してる……」


 状況整理していたのが気に入らなかったのか、うなだれ、簡素な絨毯をつつく泉水 舞をなるべく視界に入れないようにし、自分のダメージをチェック……脇腹に包帯?

 血止めの応急処置……誰が?

 視界を巡らせると、俺の傍らに中央国製の救急医療セットがあった。

 これで応急処置したのかと納得するも、何故こんな所にという疑問符。人質は生かして措かないと意味が無いからか?

 だが合成獣(キメラ)が居たという事は、それを調整・使役する錬金術師も居る筈だ。

 なのにこの半端な措置……それに何故救急セットが此処に転がっているのか。というか包帯の締めが妙にキツいというか効率的でないというか、何か素人臭い巻き方だが……


「この包帯は誰が?」

「……あたしとメッちゃん」


 なにか、気絶する少し前に見た同僚と似たり寄ったりの不機嫌そうな声が返ってきた。

 誰かは言うまでもなく、この部屋には俺と泉水 舞しかいない。

……しかし、メッチャン? 誰だ。同僚(シェリー)と同じ西方出身者か?

 というか、この部屋には二人しか居ない筈……


「誰か他に、この部屋に居たのか?」

「あたし以外に友達のメッちゃんが居たよ。でもトイレやー、って騒いで、んで見張りの大男連れてトイレ行ったの」


…………そんな事で監禁場所から出すとは……単純に人質の扱いが破格と見ていいのか?

 しかし、楽観は危険。それに……


「泉水 舞」

「……なに?」

「脱出する。手伝え」

「――できるのっ!? ってそんな傷じゃダメだよ!」


 息を吐き、なるべく安心させるように真面目に言ったつもりなのだが、気付かれたか。


「そんな事を言っている場合ではない。最悪、同僚が……シェリーが、壊される」

「……壊される?」


 馴染のない単語に――少なくとも人間に対して――訝し気に眉を顰める泉水 舞。


「情報を引き出す為の、拷問も有り得るという事だ」


 負傷した俺より御しやすい、または単純に女性だからと判断された可能性。

 ――その場合、無視できないくらい悲惨な結末が予測される。


「しーちゃん、が?」

「ああ。あいつも月城家侍女の端くれ。搾るだけの価値はあると判断するのが自然……」


 でなければ人質が既に確保されている以上、わざわざ俺を拉致する必要が無い。同僚まで捕まっているかどうかは、可能性が高いだけの憶測だが、楽観をするつもりは無い。最悪を常に頭に入れろと、主も言っていた。


 拷問は、果物から果汁を搾る作業のようなもの、らしい。

 果物は捕虜、果汁は情報に置き換えられる。

……専門の訓練を受けた、或いはそういったイカレた嗜虐主義の搾る者にとっては、搾った後だろうと前だろうと、搾られる果物(ニンゲン)の意思など、どうでもいいものだろう……だが、そもそもソレをさせるつもりはない。


「――あいつは、お前のことを友と言っていた」


 泉水 舞の目を真正面から見据え、語る。その内容にだろう、ただでさえ大きな翠の目を極限まで見開き、動揺していた。

 もう一押し、だと思う。現状を打破する為には、使える物は全て使い、協力者は可能な限り募る必要がある。


「――シェリーを助けたいなら、家を占拠から解放したいなら……協力しろ」












 ――一切の光明なき、人の心を浸食し蝕むような、自然の闇では有り得ない、ねっとりと纏わりつくような闇があり。

 一人の小さな小さな少女が、細くか弱い手を伸ばす。

 闇の中にして、ひどく自然な、どうとでもないような表情。灯りひとつ見えない纏わりつくような闇があるだけの無明のただ中、風が吹けばそれで倒れてしまいそうな少女は、それでも尚其処に立っていた。

 その少女には、美を表すありとあらゆる形容が当てはまるようであり、まるで当てはまらない美辞麗句になり果てる。

 そんな何かを超然とした纏う空気が、彼女自身の誰もが認める天上のような容姿と相俟って、誰もが少女を少女と認め認識するだろう。


「――ヤタノカガミ」


 そんな存在感の極致を、霊気や幽鬼の如く放出しながら。伸ばした手をそのままに、命令を下す暴君のように、或いは天命を下す天使のように、小さな少女は世界を揺さぶる言霊を放つ。


 ――それでも、"ソレ"は少女の力ある言霊に応えない。


「……来い、ヤタノカガミ」


 少女の口元が素晴らしい角度につり上がる。同年代で泣かぬ者いないだろう迫力の、言うならば怒り笑い。


「……ぷりぃず、ヤタノカガミ」


 ぞんざいに吐き捨てるも、やはり何も起こらない。

 少女は、つり上がった自分の細い眉を揉み、何かを堪え世を呪うように嘆息した。


「…………お願い、来て。あなたがいないと、わたし……」


 少女は今までの態度を一転させ、目を潤ませ祈り拝み懇願する巫女のように儚く、清らかに言霊を紡ぐ。


 刹那、無明の暗闇に太陰が――月が浮く。


 そう、それは正しく夜に浮き、暗闇の中、道を照らす月である。

 鏡のような丸く薄い形状の、所々ひび割れ欠けたような、そんな月の出現を見て、祈りをたおやかに行った少女は――


「――をいコラ」


 その月をひっつかみ、その辺の、照らされた床に叩きつける。

 先程までの態度を一変、青筋をたて鬼や悪魔もかくやというすわった睨みをその"月"に浴びせ見下ろしていた。


「……何故に神器(キサマラ)は、草薙といい、こうもアレなんだ」


 明白な侮蔑と僅かな自嘲を込めた呟きに、月光放つ、地に落ちた――落とされた"月"が、抗議するように月光を明滅させるが、何かをこらえるように天を仰いでいた少女に一瞥されると鎮まった。


「……なんか貴様……まあ良いか。急いでいるのでな」


 呆れたように疲れたように嘆息しながら、少女は自分の頭より僅かに大きな"月"を拾い、両手に抱えて前に向ける。

 すると、"月"の灯りが先の闇を照らし、光を鏡で反射したような、一筋の"道"ができる。

 それを、フラスコ片手の実験者か観察者のような目で見て、整った唇の両端を偽悪的なまでに吊り上げ笑う少女。


「……資格は健在、機能も回復したようだな。さて」


 口元に白い手を当てていた少女は、両手を"月"に戻し、暗闇の中、一筋の道に歩を進める。少女しか居ない静寂は、少女自身の足音で静寂ではなくなる。

 やがて少女が、ある一定の境界を越えた時。

 "月"と少女が闇から分断され、闇が、月明かりに裂かれ蹂躙されていた闇の残滓が完全な闇に戻る。


 月が消え、日のささない、完全なる静寂に満ちた暗闇。

 

 それは、先程まで月明かりに照らされ、少女が居た分、余計に暗く静かに感じるだろう空間。


 


 ――まるで、少女自身の行く末を暗示しているような――




 暗闇に居た少女は、歩んだ先――境界線を越えた先で、"月"を両手で掲げる。

 先とは質の違う無機質なだけの闇は、人工的な電光により消えさり、辺りがクリアになる。


 ――そこは、機械で囲まれた円形状の一室だった。


 部屋の半径は、大人が二人程縦に転がれるくらい。

 円形部屋の中央には、少女が掲げた金色の"月"が重力を無視して浮遊し、その下には、幾つもの平たい突起物で構成された操作盤と、その更に中心には銀色で四角い、少女が二人くらい入れそうな金属製の箱のようなもの。そこから幾つも延び、その先、部屋の周りには幾つもの、本当に凄まじい量の、いくつもの紐を束ねたような細長い、この世界(アズラルト)では余り知られていない先史文明の機械接続機器、コードと呼ばれるソレが、それこそ無数に、部屋の外周の床を覆い隠して、少女の腰くらいの高さまで積もっていた。

 因みにどこから発光しているのか、部屋全体を満たす光源を放ち続けている眩しい天井も円形であり、少女が悠然と勇ましく腕を組み、佇む四角い台のような足場とコードで見えない足場を除けばツルツルと光沢を放つ壁? まで全てが円っぽい曲線を描いているので、ひょっとしたらこの部屋は完全に球状なのかもしれない。

 そんな不思議な部屋の中心で、少女は(おもむろ)に手を伸ばし、中央の平たい突起物の一つ――エンターと遺失文字で発光する一際大きな突起物を、人差し指で押す。小さな押し込められる音。

 続けて、何かが高速で回り始めるような、駆動音が部屋に反響する。

 ――それに呼応するように、部屋を囲うツルツルした壁が、発光。

 移るように、白から黒へと色を変え、無数の遺失文明文字が下から上へ流れ、やがて。


 ――接続完了。

 

 ――管理者・パーソナルネーム・リンネ=ツキシロ。認証確認。

 

 ――オヒサシブリデスマイマスター。

 

 ――アルカサマカラメールガトドイテオリマス――


 目まぐるしく変わる壁が、それだけの言葉の羅列を――遺失した文明の言語で映しだす。

 知る者は少なく、理解できる者はさらに一握り。そんな遺失した古の言語を、少女は一瞥しただけで理解する。理解し、ある一文の所を見て、柔らかく微笑んだ。


「――ああ。久しぶりだな、九十九(ツクモ)よ」


 ――月城の遺産。

 遺失文明の、滅び失われたハズの超科学(オーバーテクノロジー)

 それが、この東部地方・情報積算総合保管庫(データベース)と名称される、闇を照らし道を拓く"月"の、神器・ヤタノカガミ保持者しか足を踏み入れる事のできないとされる、禁忌とも言える最秘匿領域である。


 少女は、月城 燐音は、無数の突起物――操作端末を操作する。

 すると、更なる駆動音がどこかから響き、壁の映像が一瞬ぷつりと途切れ、まばたき一つ分くらいの間に、再び電光が灯る。ただし、先とは違う映像――

 長い銀髪に蒼い瞳、女性ならば誰もが羨む白い肌に、熟練の人形師が計算しつくしたかのような形の均整のとれた目鼻、ようは、恐ろしい程に整った少女の顔が移し出される。

 燐音は、その少女の――見知った顔を一瞥し、


「……と、間違えた。メールは後だ」


 舌打ちするように呟き、再び操作端末に目を落とすと、たどたどしい手つきで人差し指を順に差し込み、映像を止め、画面を一時切断する。

 

 カタカタと端末を操作する音が十秒近く続き、やがて、部屋の中央から四角い映像が映し出される。

 A・I、九十九(ツクモ)

 そう、遺失文明の文字で映し出された光の映像を見て、燐音は少し疲れたように溜め息を吐く。


『――マスター。どうかなされましたか、溜め息など吐かれて。メンタルチェックが必要ですか?』


 ――子供が何かのフィルター越しに喋るような声が、少女の鼓膜を揺する。

 気遣うような、そんな台詞だった。

 それに燐音は、苦笑して首を横に振るう。


「……いや、何でもない。気にするな九十九(ツクモ)。それより、情報粒子端末を出せ」

『……何故そんなモノを?』

「必要だからだ」


 燐音の返答に、何か考え思考するような沈黙が流れる。それに、燐音が脅すように目を細める。


「極一部、現時刻の情報だけだ」

『でも、私が翻訳すれば』

「そんな時間は無い」


 この先史文明の設備には、欠陥がある。

 情報を積算させ、保護するだけの設備だったのか、その情報を回覧する為の設定・翻訳が必要なのにそれが未熟で一々時間を食らう補助(サポート)AIに、立ち上がりにも時間が掛かるシステム、適格者一人しか入れない過剰なまでに厳重な入り口等々。

 そんな時間を掛けている暇は無いと、僕まで誘拐されたという状況から判断した燐音は、短く命令する。


「早くしろ」

『……了解』


 人間のような間を挟み、燐音に九十九と命名されたAI――人工知能、情報積算統合保管庫(データベース)運用補助(サポート)用疑似人格は、情報統合積算保管庫(データベース)から、その情報端末を粒子状の淡く発光する光球として、燐音の前――部屋中央の四角い機械の真上、宙に浮くヤタノカガミの境に具現させる。


 主の命には背けない。

 それが、人工知能AIの定め。


「よし」


 燐音は一つ頷くと、微塵の躊躇もなく、光球に手を伸ばし、


『――マスターやめて!』


 それが堪えきれなかったAIが悲鳴じみた制止をあげるが耳に留めず、

 触れた。


 刹那。


「――ッぅくあっっ!!」

『マスターッ!』


 燐音の細く小さな体が、雷に撃たれたように痙攣し、悲鳴をあげて膝をつく。それにAIが、人間じみた絶叫をあげた。



 ――情報粒子とは、過去に積み重なったその地域の、ありとあらゆる情報を――誰が、魔物が動物が植物が無機物が微粒子がどのように在ったか居なくなったか何をしたか等々、それこそ原初から観測され情報として積算されてきた総て――無差別無尽蔵無秩序に集め固めた知識概念を、端末として疑似接触、感応できるように設定されたもの。

 しかし疑似的に接触、感応できるだけで、人間が理解できるような、受け入れられるような概念ではそもそもがないのだ。

 極一部といえど、洪水のような情報の濁流に、(ハエ)程度でしかない人間がそれに同調し、理解しようとすればどうなるか――


『マスター、マスターマスターマスター!!』


 それを嫌と云うほど理解しているAIの九十九は、良くて失神、下手をすれば発狂し、廃人化しかねない情報の洪水を受けた主に、親を案じる子のように必死に呼び掛ける。


「――うるさい……」


 ――月城 燐音が、無愛想に応答した。

 それは、人間の常識で考えたら有り得ない事。

 人間では理解しえない膨大な情報を、繊細で壊れ易い人間の脳が耐えられるハズが無いのだから。

 それは異常とも云える結果。

 AIが即座にメンタルチェック――対象の体調が、平時と比べどうか測ること――した結果、極度の疲労と脳の酷使が看られたが、致命的なものではないという結果に、AIは疑問よりも人間らしい、純粋な歓喜で沸いた。


『マスター! 大丈夫ですかポンポンいたくありませんか頭大丈夫ですか大丈夫ですか?!』

「何度大丈夫と聞いているか九十九……コンディションチェックくらいできるだろう」

『でも、』

「……ちょっと待て、今頭の中を整理しているのだ」

『――了解!』


 身を起こし、胡座をかき額をトントンと指先でつつく、いつもの調子の主に、九十九は生身なら飛び上がっていそうな、歓声のような機械音声をあげた。



「――あの、馬鹿……おい九十九。転送装置(トランスポート)の作動を、座標は――」


 燐音が膨大な情報を整理し、最低限理解した内容は――予想通り、窮地に陥っているのと、無茶をしようとしている僕たちの姿。

 それを役立たずめと吐き捨てるように言いながらも、どことなく優しい声音で、補助(サポート)AIに指示を出し、胡座をかきながら装置端末を叩いていく。


 ――国守・月城家の最秘匿、遺失文明の遺産、データベースの機能の一つ、転送装置(トランスポート)

 それは、文字通りに他者を転送するための装置であり、対応する転送方陣の上に乗った者を一人、或いは精度が僅かにズレるが複数を、特定の地点に――大陸東部に限られる上、片道切符だが、任意の座標に転送――瞬時に移動させる機能を持つ。

 その機能は、例えば中央国の"塔"で、高すぎる最上階への入口として使われている、錬金術で模倣された転移方陣――決められた方陣と方陣を空間的に繋ぐソレより、遥かに高度で再現困難な機能である。

 なにせ、決められた空間範囲内ならば、どこにでも瞬時に、幾らでも対象を送り飛ばせるのだから。


『――了解しました。対象・シズル=ミサキを指定座標――泉水家内部に転送します』

「ああ、次は――」

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