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お兄さんと、一緒〜陰謀編〜

「――あ、月城ちゃん?」


 見覚えのある後ろ姿に、私は殆ど意識せずに声をかけた。

 艶やかな黒髪を揺らし、こちらに振り向く。

 相変わらずの美少女の、強い威厳とか迫力に満ちた瞳と目があった。

 ほっそりと閉じていた唇が開く。


「おや、優理(ユウリ)か」


 年上の男を、家名じゃない方で普通に呼び捨てる月城ちゃんに、苦笑する。

 嫌な訳じゃあ無い。

 けれど、妙に威厳が在るから自然で、本当に私の方が年上なのか、判らなくなってしまう。



「奇遇だね。何を読んでいるのかな?」


 ここは図書館だから、本を読むのは不自然ではないけれど。一応、世間話の一環として聴いてみた。


「中央国の錬金術法則書。最新版だぞ」


…………


「……また、難しそうなのを読んでるねえ」


 この子は、いつも難しそうな大きい本ばかりを選んで読む。

 それも、パラ見しているとしか思えない速読で。この小さな体に、どれだけの知識が詰まっているのか。


 ――完全記憶能力者って、凄いなあ。


 とは思うけれど、絵本を読んでいるのが似合いそうな外見五歳児が、人を余裕で殴り殺せるであろう大きさと厚みを持つ本を高速で捲り続けるのは、かなりシュールな情景じゃないかな?


 と、そうだ。

 月城ちゃんと云えば。


「そういえば、家の弟が、しばらく君の家に世話になるとか言って、昨日から帰ってないんだけど、迷惑掛けてない?」


 私の言葉に、月城ちゃんは、何処かいつもより偽悪的な笑顔で。


「ああ、下僕の事ならば、問題無い、心配するな」


 そっか。

 そう、安心できた直後。――あ、下僕の事はスルーね。弟も、満更じゃ無さそうだし――月城ちゃんは、さらに続ける。



「きちんと侍女(メイド)として、教育している。後、中央国(ヴェルザンド)まで連れてくから、ひと月は帰せん。その積もりでな」


――……は?




 ――中央国・ヴェルザンド。


 ここ東の帝国(ステイト)と、その最大敵性国家――現在は停戦中だけど――である北西の皇国(ヴルダ)を挟んだ所に在る。

 世界(アズラルト)最高の錬金術師達の派閥本部を有する、世界(アズラルト)で最も錬金術及び経済面が盛んな、王無き民政の、されど何所よりも平和な中立国である。


 ――以上の説明文が、脳裏に明滅する。


 待て。


 頭の中で、スイッチを入れる。


 入れ替わる――只の私から、


 ――貴族、衛宮(エミヤ)家嫡男として。


「――どういう事です、月城 燐音」


 冷たい声で、貴族・智恵の国守、月城家の現当主に、その双翼の血筋に名を連ねる者として、問い掛ける。


「智恵の国守が、武力の国守子弟を連れ、中立に行くなんて。血迷いましたかっ?」


 年若い、大国の要人が二人。

 それも、私も預かり知ら無かった、つまり非公開、非公式の月城による独断行動。

 それで中立とは言え、友好国ですらない他国を訪問するなど、言語道断。

 どのような混乱を招くか分からない上、さらに。


「確実に皇国(ヴルダ)が動く」


 奴らは、常に国守を警戒しているのだから、各国に潜入している密偵(スパイ)が、他国訪問なんて大きな動きを報告しないわけがなく。それによって罠が張られ、襲撃の危険に曝される。


 ――それ位、さして頭の良くない私にだって読める筋書き。


「誰よりも聡いあなたが、それを解らない筈――」


 語りかけながら、言動が尻すぼみに成っていく。月城家の幼い当主の表情は、動かない。

 どの段階からかは解らないけれど、気づかない位に小さかった違和感が、大きく鎌首をもたげる。

 疑問符が、頭にまで昇っていた血液を首から下に流していく……


 冷静になった私は、バツが悪いけれど、頭を下げて、謝った。


「――まあいい」


 そう、一言だけ返した月城の当主は、唇の片端を少しだけ吊り上げ、儚げな外見とは正逆の、不敵な薄い笑みを浮かべる。



「賢人会」


「……何です、それ?」


 記憶を漁って診たけど、知らない単語だった。


「五年に一度、」

 月城の当主は、不敵な笑みを濃くし、語り始めた。

中央国(ヴェルザンド)主催で開かれる会合だ。開催地は、主催国。各国の名だたる学者や発明家、錬金術師といった知恵有る賢人達は、粗方招待されている。

要は、聡明な者同士で実のある談義を通し、相互知識の交換と補完を――ーって所だろう。

すくなくとも、表向きはな」


 そこで一旦区切ると、小さな肩を軽くすくめる。


「まあともかく、この会合には、当然俺様も招かれているのだ。そして無論、皇国(ヴルダ)方面からも呼ばれるだろう。なれば、俺様が赴かんわけにもゆくまいよ」

「……成る、程」


 確かに、経済・技術方面で他国の追随を許さない、中央国の方からの知識交換の場に招待されていて、しかも、敵国の者も招かれるであろう状況下。

 智恵の国守たる月城家の現当主が出席しないとなれば、事は帝国と国守の貴族の沽券に関わる。

 その前では、招かれた彼女が幼子である事や、遠出に向かない虚弱体質者――産まれながらに基本的な運動の出来ない、筋力や体力が殆ど身に付けられない体質――である事すら、拒否する理由にはならない。


 彼女は、衛宮家(わたしたち)と同じ、'国守'の貴族――帝国を守護する為の、権力者なのだから。


 彼女の、月城家当主としての判断は正しい。


 しかし、彼女の静かな言葉の裏に感じる、私と――いや、私の父とも並ぶ程の、'国守'貴族としての認識と覚悟、責任意識……

 その上で、リスクとリターンの秤に、自身の生命――暗殺される危険性が跳ね上がる事を理解した上での判断…………それを、この年で……?


 背筋を冷たいモノが伝う感覚は、けして気のせいではないだろう。


 ――其処まで、徹底出来るものなのか…?


 未だ十一に成ったばかりの、幼い少女が――


「実は、今回の中央からの招待は、俺様個人にとっても都合が良いのだ。そう、色々と――な」


 見ないに済めば越したコトの無い暗く黒くドロドロしたモノを幾重と視てきたような眼で口元を歪ませ、クツクツと抑えているみたいにワラウ小さな少女に――言い知れぬ悪寒を感じた。

 眼前の、友人である筈の美しい彼女が、何か異質な、得体の知れない悪魔に見えた気がして――


 頭を振るい、妄想を散らす。

 なんだ、それは。


「どうした、顔色が悪いぞ……?」


 訝しげな、けれど何処か気遣う色も感じて取れる声。ほら、彼女はちゃんと、人を見れる。


「……なんでも無いです」


 一言返し、再び気を引き締める。義務を見せた彼女に、これ以上不様を晒す気は無い。


「事情は把握しました。道中及び到着後の、襲撃と暗殺の危険。それで、護衛として私の弟、鈴葉(スズハ)を連れて行くのですね」

「――はっ」


……何ですか。その、不出来な生徒を見る先生みたいな目に、蔑みをブレンドしたマイナス熱視線は。

 抗議の視線を返すも、気付いている筈の月城家当主は、大部分が地面に埋まっている巨岩の如く、微塵も揺るがない。


「判ってないな、優理。良いか?

俺様が招かれた場所は、'平和'な中央国(ヴェルザンド)だぞ?

そんな(トコ)に、呼ばれてもいない武力の国守嫡男の弟を連れていってみろ。ボンクラ共を無用に刺激するだけ。無為だ」

「いや、あなたから言ってましたよね?

鈴葉を連れて行くって」


 適切な筈の私の突っ込みにも、動じた様子はない。


「俺様は、露骨な戦力と判別出来ない、されど解る連中には解りきった、俺様の手駒を連れて行く積もりだが」


 月城の手駒、というと、戦闘訓練を受けた使用人、侍女や執事たち――じゃあ、弟は連れていかない……なら私の苦言本当に只の無意味な早とちりだったんじゃないかっ!?


 くっ、なんかニヤニヤ笑われてるし……


「俺様は、十一の小娘で、その上なんら自衛能力を持ち得ない虚弱体質者だ。ちょっとばかり大人数の使用人を同行させたとして、なんの不思議が有ろうよ……?」


……相変わらず、イイ性格している。自分の欠点すら逆手に取って優位に立つとは。


「流石は、月城ちゃんだね」

「当然だな」


 おっと、ついつい元の口調で誉めてしまった。

 私もまだまだという事かね……?


「所で、君の手駒達は、どれだけの――例えば、敵地から君を連れて脱出できるだけのモノなのかい?」


 私が問い掛けると。

 月城ちゃんは、私が見たことのない類の、大切な宝物を自慢する時の子供みたいな穢れ無き笑顔を魅せた。


「ああ。全員が火器一式扱えるし、素手でもトロール級オーク位なら、あしらえる連中だ」


 固まった。

 確か、トロール級オークと言えば、コブリン級オークの倍は巨大な魔物で、火器を装備してなきゃ、それ以外で武装した騎士でも高確率で負ける相手だ……


「――ちなみに、この図書館の外を張り、この会話に聞き耳起ててる密偵共の包囲網形成から処置までが、今回の手駒達の任務だな」



「――は?」


――いるの?


 いないと思っていたのか?


 アイ・コンタクトを成立させた直後。

 図書館では禁止されている大きな物音が複数――椅子が勢い良く倒れる音、本が落ちる音、人が走り出す音、他色々――この読書スペースで、ほぼ同時に聴こえた。



……密偵?


「――静流(シズル)、状況は」


 鷹揚に口を開いた月城ちゃんに応えたのは――誰かを足蹴にしてる、切れ長な、鋭い感じのする黒い目の、女性にしては高い背丈と男性的な顔立ちが特徴的な、黒いスーツ姿の美人さんだった。

 その美人さんは、月城ちゃんに一礼して。


「は。この場にて聞き耳を起てていた癖者八名。内訳三名はこの場で捕縛。他五名は網の方へ逃走しました」


 そう、ハスキーな声で報告を終えた美人さんは、私の方を視た。より正確に言えば、私に絞められて気絶している特徴のない青年を視た。


「流石は衛宮家の'竜殺し'様。見事な手並みですね」


 いや、なんかこの人が月城ちゃんの方に殺気だって突っ込んで来たから、反射的に抑えちゃっただけなん……

 力加減、間違えたかな?

 泡吹いてるし……



「八名か。思ったより、釣れたものだな」

「そうですね」

「あのー」


 納得した風に頷き合う主従関係らしき二人に、私は遠慮がちに声をかけた。


「どちらさま?」

「――これはすみません。申し遅れました」


 美人さんが、軽やかな動作で私に歩み寄り、女性にしては大きな背丈。大体、私の目の位置とほぼ同じ身長を、三分のニ位にまで折り曲げ、一礼してきた。


「私は、月城家に仕える侍女の長を勤めさせて戴いている、深裂静流(ミサキ シズル)と申します」

「……は、はあ。衛宮 優理です……どうも」


 慇懃丁寧な自己紹介にどもりつつ、とりあえず、とっさに私も名乗っておいた。


「いや、名乗りは不要だろう」


 月城ちゃん。私は、こういう手合いの、一見して礼儀正しく、底の知れない感じの濃厚な女性は苦手なんだよ。



 ところで。


「月城ちゃん。此処で網張ってたという事は、私が今日、此処に来るという事を知ってたんだね……?」

「ああ、鈴葉から訊いた」


 月城ちゃんは、私の怒気が篭もった声に怯えた様子もなく、即答する。


「――それで、衛宮家嫡男との密会という餌を、密偵という魚にチラつかせる事を思い付いたのかな?」


 私に了解もとらずに。

 そう思った瞬間、胸の内を、酷くドロドロして冷たい、直視し難いモノが溢れ出した――


 ――それ、利用っていわないかな?


 怒気が、殺気に変わった。


 それに、月城ちゃんを庇う形で、私と月城ちゃんの間に入るクールな感じのメイド長さん。

 私の殺気を受けて尚、気丈に振る舞おうとする努力は認めるし、その忠誠心は買うけど、無理はいけない。

 顔面蒼白だし。


「静流、退け」

「…燐音、様。ですが――」

「お前がそこに居て何に為る。

――命令だ、退け」


 ややあって、

「………了解」

 黒いスーツ姿のメイド長さんは、歯を強く噛み締め、最後に私を怨敵の如く睨み付けて、渋々と退きあげる。



「――……」


 或いは、夜闇よりも黒く、昏く、深淵かも知れない瞳は、私の殺気を直に受けて尚逸らされない。

見合う。


「――私を、利用して巻き込んだね?」

「そうだ。貴様なら、巻き込んでいいと思った。そう、計算した」


 この子は――嘆息する。

 全く。

 賢くて悪どいのに、変な所で素直だ。


「何か、言いたい事は……?」

「面倒を掛けて、迷惑だったのなら謝罪しよう」

「迷惑じゃないよ」


 思わず、殺気を緩めて即答してしまった。


「そうか、」


 ――地竜王さえも気圧された殺気に、最後まで脅えを見せなかった齢十一の脆弱な筈の少女は、淡い微笑みを浮かべた。



「――ありがとう」



 ――なんとなく、なんとなく頬を掻く。

 この子は、本物だ。

 本物の策謀家。

 あんな、あんな見たこと無い、御伽噺のお姫様の祝福みたいな淡い笑顔で、お礼なんか言われたら、何されたって怒る気になれない。


 ――そう、言いようのない敗北感に打ちひしがれて居る時だった。


「――つ〜き〜城おー!」


 声変わり前の少年のような、異様に聞き覚えのある声が少女の名を呼びつつ、この場に近付いてくる……


「……何度言ったら解る。呼び捨てるな、貴様は今、侍女(メイド)なのだぞ」

「…うぅ、ごめんねえ……え?」


 月城ちゃん咎める声を出して直ぐ、声の主が姿を表し……

 目が、合った。


「報告は?」

「え? あ、うん。魚は全て網にかかった、て……」

「そうか」


 ――少し長めの、色素の薄い金髪。

 眉は八の字、少し垂れた目元に、困惑で揺れる蒼眼。

 幼い顔立ちには化粧が施され、人工的に白くなった肌は、それでも健康的なものを宿している。

 背丈は私より頭二つ分近く低い、白を基調としたエプロン・ドレスを着こなす、少女にしか見えない――


 私のオトウトの、姿……



「――月城ちゃん。どういうことかな、これは?」

「おや、既に説明した筈だが」

 

 ギギ、と、固まった首筋を無理やり動かし、月城ちゃんを視た。



 ――悪魔の様に、魅力的な笑顔。


「つまりは、男の、武力の国守子弟ではなく。俺様の使用人、侍女(メイド)として連れて行くのだ」


 ――そう、楽しそうに、悪魔の所業を語った。

 

「――えっ、えと、何の話?

ていうか、なんで兄さんが……?!

ね、ねえ、月城ってば。ねえ――」



 ――明らかな被害者を置き去りにして……


 ――なんか、どっと疲れた。精神的な疲労は、慣れない。


「――に、兄さん?! ちょ、何! なんでわたしのこの姿見て何も言わずに帰ろうとしてるの?!」


 その声に、私は、弟を視た。

 そして一言。


「頑張れ」

「なにを?!」

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