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ままならないもの

 ――突き出された握り拳を払い、その手で掌底。それは交わされ、放たれた上段回し蹴りを――粗いな――反らし、下がった頭部に肘を入れる。

 命中。

 当たってどうする莫迦者。


「――ッが」

「鈍い」


 肘で揺すられ幾ばくかの脳震盪、といった手ごたえ。

 僅かな静止、致命的な隙。そこに、先ほどと同様に加減した掌底を入れる。

 訓練所全体に響き渡る、破裂音。

 手応えから受け身は取れたと判断するも、目測で五メートル程後退、いや倒れた……


「……何をやっている、雨衣」

「――く、う」


 いつもより大分早く沈んだ莫迦弟子がうめき、よろめきながらも立ち上がる。

 その茶色がかった黒目は、いつものそれ以上に細められていた。

 浮かぶ感情は、焦燥。

 嘆息し、ズレてはないサングラスを指先で玩ぶ。

 推薦された焦り、力不足、欠けた本来の右腕への不安、といったところか。若いな。


「もう一度、」

「何度やろうと無駄だ。頭を冷やせ愚か者」


 客観性を失い、動きはより雑に直線的に。

 司からの話を伝えた途端にこんな調子。冷静そうなのは表の面だけ。案外でなくともコイツは直情型だ。


「ですが、」

「……雨衣」


 珍しくも口答えしてきた莫迦弟子に、有無を云わさぬ視圧を送る。

 それに開けた口を閉ざし、僅かな沈黙。目を伏せ、拗ねた子供のような――子供だが――表情(かお)で、再び口を開く。


「…………了解」


 完全に納得していない様子。

 その態度に腕を組み、少し思案。


「何を焦る」

「……指示には従います」

「俺は何を焦っているかと聞いている」


 大まかな見当はつくが、こいつの口から吐かすべきだろう。

 師からの命からか、根は素直な少年。

 少し口ごもってはいたが、やがて口を開く。


「……俺は、早く使えるようにならないと、いけません」

「主の、燐音さまの為にか」

「はい」

「惚れた女に良い所を見せたい、過大評価されたい、か。解らんでもないが」

「?! そんなことではありません!」

「落ち着け。どちらにせよ主だろう」

「――っ、ですけど……」


 深刻な表情を一変、頬を染めて年相応の少年のような仕草。

 図星を突かれた程度で狼狽えるな。口下手な俺如きでそのザマでは、口の上手い司の良い玩具だぞ。


「しかして、それは焦燥。雑念だ。使えるように成りたければ、中途半端な雑念は捨てろ」

「……解っては、いるんです」


 振り払えぬ一念にうなだれ、湿気た顔をする莫迦弟子。

 解ってはいても、できない。まあそんなものだ。誰しもが燐音様のようには、な。


「――樹さん! 言伝持ってきましたー!」


 湿気た空気を掻き消す、弾んだ少女の声と、訓練所の扉を跳ね開ける音。

 視線を向けると、息を乱している訳では無いのに赤く上気し緩んだ頬、翠の瞳に浮かぶは、輝かんばかりに年若く青臭い歓喜。月城家製の、防弾防刃性に優れたエプロンドレスを着こなす、月城に仕える侍女。

 シェリー=アズラエル。

 東方では珍しい、西方に生まれ、育った少女だ。


「はいっ、これ燐音さまからです」


 早足で近寄り、紙切れを差し出してくる。


「ん、御苦労」

「いえいえ、ってあれ、雨衣も居たんだ?」


 こちらの礼に適当な対応で返し、かなり白々しい動作で雨衣を一瞥。無理に笑顔を押し殺したような、露骨なまでに引きつった不自然な表情。

……何というべきか、これは。


「まーた負けたの、相変わらず弱いのねお子さま」

「…………」

「……なにさ、その目つき。いつも以上に悪っぽいじゃない、生意気」

「……口が悪い同僚に言われたくない」

「なんだと!」

「煩い、少し黙れ」


 構ってもらいたいのか、いつもの要領で突っかかるシェリー。

 機嫌も調子もよろしくない無愛想な相手にそれはどうかと思うが、子供のじゃれあいに口を挟む程野暮ではない。

 それ以上は黙って聞き流し、言伝に目を通す。


「――うがー! それが年上のお姉様にとる態度かあ?!」

「敬うに値する相手ならば、云われずとも相応にしている」

「大体言い回しが爺臭いんだ! 絶対アンタ早く老けるねっ!」

「侍女の身の上で粗野な喋り方は止めろ。主まで低く見られる」

「その主だって言えたような口調じゃないだろ、俺さまとか!」

「――燐音さまを乏しめるなッ!」

「――ッなによ!」

「なんだ!」

「――羽衣、シェリー」


 少し目を放した隙に、額と額をくっつけ睨み合う両者。その背には、対峙する兎と犬の幻影が見えた気がしたが、錯覚だろうと首を小さく振り、声をかけた。

 それに両者共が同時に振り向き、やはり同時に口を開く。


「「なんですか!!」」


 流石は同じチーム。息の合ったコンビネーションだ。

 少しだけ感心しながらも、燐音様からの言伝を人差し指と中指で挟み、二人にちらつかせながら。


任務(シゴト)だ」









 ――……………………


……へんじがない、ただのしかばねのようだ。


………どうも、自室のフカフカベッドの上で、どうにも謎なフレーズが浮かぶ重体……ハズレではありませんがもとい状態の衛宮鈴葉です……


 何を言っているか訳がわからんかと思われますが、力業で谷とか山とかをクレーターに変換する父親さまとか、素手でドラゴンさんを三枚におろせる兄上さまとかとの、ひと月近くに渡る二十二時間耐久実戦組手三セットの後……それで察して下さい。


 あの二人、根本的な体力も人間のレベル云々ではありません。


 というかそんな体力があるのなら、加減とか慈愛とか虐待とか常識といったことのはの意味を辞書でもひいて学んでほしいもんです。


……ああ、もダメ。体中が痛いとかそういうレベルを通り越してなんか気持ち良く眠くなってきたよ……

 と、何か月城から貰ったうさぎさんパジャマにくるまれ、綺麗なお花畑がうっすら見えてきた時。


「――鈴葉、鈴葉?……寝てるのかい?」


……僅かな物音とお兄さんっぽい幻聴が聞こえました。

 けれど幻聴は幻聴なので、気にせずそのまま安楽な夢の世界にうつろひ……


「おい鈴葉、起きなよ」

「……くー、くー」


 聞こえない聞こえない。私寝てるから聞こえないもん。揺すっても無駄無駄無駄ぁ……


「……鈴葉、月城ちゃんが家に着てるんだけど」

「――つきしろがッ!」


 全力で覚醒し、飛び起きました。

 見慣れた部屋の中、月城を求め視線をさまよわせると、見慣れた女の子の威厳と可愛さに溢れた姿は何所にも無い代わりに、胡乱な眼つきで私を見下ろすお兄さんと目が合います。


「……つきしろは?!」

「居間だよ。本当に単純な――」


 呆れたような後半の言葉は、居間だよ、と聞いた瞬間、目の前に人参ちらつかされたお馬さんが如くすっ飛んで退室した私の耳には届きませんでした。



「――月城っ!」

「ん……」


 走る事数秒。

 居間への扉を勢いよく開き、シャンデリアが複数配置できる程度に広い居間の真っ赤なソファに、居た。

 短パンから覗く、白くて細いスベスベな脚を組み、カップを啜る小さな愛らしい凶悪な天使さまのような少女、三日ぶりの月城の姿です。

 ああ、確認しただけでなんか昨日までのストレスが消し飛ぶ感じと、頬が上気するのがわかります。

 入室してまず私が上擦った声をあげ、月城がやや緩慢な動きで私を見上げ、純黒な瞳と目が合います。

 何故か軽く吹き出し嘲笑されました。


「いらっしゃいませ月城。……なんで笑うの?」

「ククッ……貴様、随分少女趣味な寝着を着ているのだな」

「……へあ?」


 月城の不穏な言葉に、私は自分の恰好を見下ろし……うさぎさんパジャマのままでした。

 思考が真っ白に染まります。


「……というかそれ、以前俺様がくれてやったやつじゃな」

「つ、月城のばかあーっ?!」


 半泣きで、先来たルートを逆走します。オトメか貴様とか月城っぽい美声で聴こえたのは何かの間違いと認識して正しませんマイフィルター!?

 ――つ、月城にこんなん見られてしまった!

 どうしようどうしよう既により恥ずかしい女装姿を見られてるてかさせられた気もする訳だけどどうしよう?!


「……この、おバカ……」


 自分のお部屋でクローゼットをひっくり返してる中、お兄さんの呆れかえった嘆息が聞こえました。ほうっておいて欲しい。様々な意味で。


「――いらっしゃいませ、月城」

「ククっ……ほれ見ろ、先のは無かった事にしてきたろう」

「わー、すごいねリッちゃん。言った通りにリピートしたよ」


……せめてこれ以上触れられまいと足掻くも、汲み取ってくれる月城である筈もなく。見知らぬメイドさんとの話題と談笑の種にされました。


……てか居たんだね、月城のメイドさんも。

 月城しか目に入らなかったけど……私やお兄さんと似た薄い金色の髪の、そう年の離れた風には見えないメイドさんに、見られてたんだよね、アレ……


「……もう、およめさんにいけない……」


 床に手を付け、絶望に打ちひしがれていると、何やらうろたえたような声が聞こえました。


「……えーと、およめさんて」

「関わるな、舞。手を懸けるとヘタレワールドに取り込まれるぞ」

「リッちゃんリッちゃん、本当にこの子と友達なの?」

「違うな。そいつは俺様の下僕だ」


……まあ月城だしね。いまさらながら月城らしいよ下僕とかうんあはははは……

……ってあら?


「……アレ、リッチャンてなにかな?」


 東方の一部民族に伝わる主食、ちゃんこなべの亜種でしょうか?

 でも意味が解りません。ちゃんこなべなど何処にも無いのに。

 面をあげ、不可解な疑問に首を傾げます。


「ああ、俺様の事だ」


……ああ、月城・燐音だからリッちゃ…………

……謎、不可解といふ氷は月城があっさり解凍し、溶けてできた驚愕といふ大量の水に、即座に精神的呼吸困難に陥りました。


「スモ、」

「スモウレスラースシクイネエだ? 意味が解らんぞ下僕」

「なんで解るのリッちゃん?!」


 とっさによぎった謎な台詞の先読みとは流石月城。逆にそこに驚くメイドさんの方が私ビックリ。

 そして意味が解らんのは私とて同じだよ月城。


「月城が、えとなに、リッちゃん? なんの暗号文? それとも新手の呪いの言葉か、大魔王とか邪神復活の呪文的ななにかでせう?」


 混乱しきって、月城・メイドさんを交互に見る。

 メイドさんは首を傾げて、月城は呆れ半分怒り半分に目を細めて私を見ている。


「……リッちゃんというのは、その昔俺様とこいつ、泉水舞が共に過ごしていたからだという。その時の呼び名だそうだ」


………………


「………………は?」


 私のような凡人の、想像の限界を超えた発言にしばらく意識がトんでました。

 てか、え?

 なになにどういうこと? ぽくわかんない。


「不思議なことではない。俺様の素性は謎だ」


 したり顔で月城は語り、カップをすすりました。

……確かに月城は、月城のお母さんが急に死んじゃってから、いるって判ったらしいけど、だからってそんな……

 疑惑の目を向けても、月城の表情は変わらない。

 視線を移す。

 居心地悪そうにエプロンドレスの端を弄くる、なんか街中でよく見掛けるような、そんな容姿と雰囲気のメイドさん。


「……本当、なんですか、えと、泉水さん?」

「え?……なにが?」

「いやあの、昔一緒に住んでたって……」

「――うん、そうだよ」


 嘘を付いてるとは思えない純朴でいて神妙な顔で、泉水さんは頷きました。


「……その時の事、リッちゃんは覚えてないみたいだけど」

「はい? 月城が?」


 そんなバカな。

 月城は、完全記憶能力者――一度見聞きした事は決して忘れない、そんな体質もちなのに……?


「――諸々の事情でな。どうにも幼少期になるにつれ記憶が曖昧になるのだ。五歳未満となると、完全に暗幕だな」

「「……どゆこと??」」


 わけわかんない月城の説明に、同時に首を傾げ異口同音にさらなる説明を求める私と泉水さん。

 それに大きな二重おめめを半分以上伏せた月城、呆れ半分諦め半分な嘆息を零す。


「……俺様は、ちょっと昔に頭打って、それ以前の記憶がなくなった。そう解釈して構わん」

「「……ぅええ!!?」」


 ちょっとぞんざいな言い回しが気になるけど、記憶がなくなったって?!


「それ大変じゃないの月城!?」

「そうだよリッちゃん大丈夫!?」


 ソファから立ち上がって詰め寄る私と泉水さんに、月城は無表情を装った大変微妙な表情で、貴様らと呟きます。


「だから、昔と言ったぞ。精神的に気色悪くはあるが、特に問題は無い」

「いやでもっ!」

「黙れ、鬱陶しい」


 投げやりとも取れる月城の発言に、真っ先に反応したのは泉水さんだ。というか血相を変えて、最後の鬱陶しい発言で歯を噛み締め犬歯剥き出し。


「リッちゃんは、冥や孤児院のみんなの事も忘れちゃったの?!」

「――そうだ」


 怒りながらも、どこか泣いているような訴え。

 対する月城は無情に、けれどいつもよりわずかに何かがズレた即答をしました。

 それに気付かないのか致命的なショックを受けたように顔色をなくし、愕然とした泉水さんが、脚から力抜けたようにソファに倒れました。


「……あたしは、リッちゃんが誘拐されてから、リッちゃんのコト一度だって忘れたことない。七年間、ずっと。冥だって」

「――資料によると、冥というのは舞、貴様の妹の事であろう。面識があるとは覚えが無いが、難病を患っているとかで、治療に大金が必要らしいな」


 しぼりだすような、虚ろに呟き出した泉水さんに、月城は偽悪的なまでに淡々と述べます。

 まるで、あらかじめ決めてた台本を読むような、そんな感じ。なんとなくだけど。


「それで、結局どうするのだ。金が必要なら、死なない程度に相応の仕事を回してやる。なんなら専属の錬金術師を手配してやっても良い。高くつくがな」

「…………っ」


 月城のいつも通り高圧的な言葉に、何か剣呑なものが混じってる気がするけど、どうしよう?

 泉水さんはなんか肩が震えて俯いちゃったし……それに私は、オロオロして中途半端に突き出した手を行ったり来たり……

 そうこうしてる内に、泉水さんが面をあげました。

 涙をポロポロこぼし、泣いていた。


「……何故泣く」

「…………リッちゃんは、変わっちゃったんだね」


 月城の問いに、泉水さんは曖昧な表情を浮かべます。

 笑っているような泣いているような、悲しんでいるような悼んでいるような怒っているような、破裂する寸前のような慟哭しているような、ひどく曖昧で危うい、ぐちゃぐちゃな表情。

 そんな表情を穏やかで人なつこそうな顔に浮かべ、月城を見ました。

 月城は、険しい顔していました。


「――っ、ごめん、なさい……!」


 泉水さんは叫びながら立ち上がり、それを静止することが思い付かず思考停止している間に足早く走って近くの扉を開け、どこかに行ってしまいました。


「……えっと、」

 なんとなく居心地が悪くなって、頬を掻きながら、ソファに座る月城見ました。

「追わない、のかな……?」

「焚き付けた俺様が追ってどうする」


 優雅だけど、どこかぎこちない動きでカップをすすり、月城は無表情で口を開きます。


「それに奴が求めているのは"リッちゃん"という弱い幼子だ。俺様では、ない」

「……でも」


 ――月城は、昔そうだったんだよね。その、そう呼ばれてたんだよね?

 そう思いはしても、月城の目に、なんとなく口にはできなかった。でも月城なら、私の考えくらい解るはず。


「鈴葉、」

 月城の、眼。

 すごく真剣で、怖いほどに真っ直ぐで、圧倒されるくらいに深い漆黒。それを反らすことも反らさないことも頭に浮かばない私に、月城はなんでもないように、唇を動かす。

 唯、当たり前の事を語るように。

「人は、変わるものだ」

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