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少女の一歩

 ――もう九年くらい前になる。

 あの子との、リッちゃんとの最初の出会いは、今でも鮮明に覚えてる。


 あの日、冥が産まれて一回めの誕生日の日、そして……ホントのお父さんとお母さんが殺された日は、東部ではそう珍しくない桜が咲き始めた頃、曇り空に雨がうっすらと降ってた日だった。

 お家も、お父さんも、お母さんも燃やされて、煤と雨で汚れた着の身着のまま冥だけ連れて必死に走って、走って、走って……もう走れないってところも判らず走り続けて転けて、冥の泣き声にはっと気が付けば、全然知らない薄暗い所にいた。


 ――怖かったんだ、ただ恐かったんだ。赤いチが、アツい炎が、死ぬのが、殺されるのが、すごく、怖かったんだ……


 転倒した幼いあたしは、ひとしきり雨に濡れた寒さ以外の原因で震えていて、冥が泣いていると気付くまで、さらに時間がかかった。

 それでも震えながら、義務感か寂しかったのか、当時親から可愛がられ、あたしより構われて子供らしい嫉妬心から嫌っていた妹を、泣き喚く冥をあやしたの。

 でも、冥はすごく汚れてて、全然あやすこともできなくて、なきやんでくれなくて……その時、すごく酷いことしようとした。いや、したんだ……

 なんであんなコト思い付いたのか、やろうとしたのか……今でもゾッとする。


 ――あたし、目の前がぐちゃぐちゃして、気持ち悪くなって、頭の中真っ白になって……冥の首に、手をかけたんだ。


 そんで、その手を横から掴まれたの。


 掴まれたというには、白くて小さな、幼かったあたしの手首にすら回りきらない細い手だった。

 あたしは最初、呆然としてその手をぼんやり見て、次に手の先を見たんだ。


 ――其処にいるという事が信じられないくらい、わけわかんないくらい神秘的な、可愛いとか綺麗とかいう次元を超えた、小さな女の子が居た。

 雰囲気から着ているものが薄く汚れたボロ布とは思えなくて、すごく神々しく見えて、雨で濡れ、ちょっと汚れた長い黒髪ですら心をとらえて、少し顔に引っ付いてる髪から覗く吸い込まれそうな黒い大きな瞳は、あたしを咎めるでもなく、留めるでもなく、ただじっと、まっすぐに視ていた。

 あたしは見返しているのにそうでなく、実際は言いようのないまっさらな黒い瞳に、ただただ呑まれていたんだ。


「――りんね」


 状況も忘れて魅入っていたあたしは、花の蕾のような唇が動いたと認識した後、耳が、雨音に負けそうなくらい儚い、舌っ足らずな幼い声をようやくとらえる。

 それを目の前の女の子が囁いたと気付くのに、当たり前みたいなバカみたいな時間が、少し掛かった。


「――え?」


 間抜けな声を出すあたしに、女の子は微笑んだ。

 とてもとても心惹かれ魅せられる、可愛いのと可愛いのとは違うものが絡んだ微笑み。


「りんね、ぉなまぇが、りんね。……おねぇさん、は?」

「……ま、まい」


 女の子の雰囲気にのまれていた幼いあたしは、明白にどもる。

 それに女の子はうっすら首を傾げた。

 そんな動作にまで独特の雰囲気があった。


「まっまぃ?」

「……っいや、まい」

「まぃ……おねぇちゃん?」

「……うん」

「そっちのこあ?」

「そっち……あ」


 ――地面に転がる、泣きつかれ寝てしまった幼い妹の姿を認める。そして、さっき自分がやろうとしたことも……


 怯え、震えた。


 さっきのさっき、目の当たりにした、"死"に怯えた震えとは違う、けれどより強い怯えと震え。


 わけわかんなくなって、頭の中ぐちゃぐちゃになって、さっきまで出てなかった涙が溢れてきて……あたしは、さっきの妹みたいに泣き喚きながら、妹にすがりついた。


 ――ごめんねごめんね、いたかったよねくるしかったよね、こわかったよね……ごめん、ごめんなさい――


 そんな溢れてくる感情を口走りながら、あたしはまだ妹が生きているという事実を、人の温かさを感じて、むせび泣いたのだ。


「……まぃおねぇちゃんも、まぃごなの?」


 どれくらいそうして泣いてたか、やおら女の子が声をかけてきた。

 あたしは冥を抱きかかえたまま、汗と涙と鼻水と雨水と諸々でぐちゃぐちゃになっただろう顔をあげ、雨水に濡れた幼い恩人の女の子を見た。

 天使のような女の子は、お日様のような眩く無垢で、お月様のような優しく安心する微笑みを浮かべていたんだ。


「りんねもね、まぃごなんだよ」


 陽光がさす中、首を傾げながら差し伸べられた細い小さな手を見上げ見て、気付いた。

 雨は、いつの間にか止んでいた。



 ――それが、あたしとリッちゃんの出会い。



 それから、家がなくなって、お父さんとお母さんが死んじゃって、いく所が無いあたしと冥は、リッちゃんが世話になってるって言う孤児院に住まわせてもらうようになるんだ。

 ボロボロの孤児院で、名前も覚えきれない沢山の孤児(コドモ)たちとの暮らしは、お父さんやお母さんが生きていて、お家があった以前からは想像がつかないくらい大変で危険でツラくて、水も食べ物も足りなくて、何度も挫けそうになった。

 純真で素直で可愛いくて神秘的で、なのに泣き虫で、聡いのにどこか危なっかしくて運動音痴で、新しい妹みたいに一緒に居てくれるリッちゃんが居なかったら、まともに話すこともできない冥を放り出して、逃げていたかもしれない。

 リッちゃんとは、冥と同じ位一緒にいた。二年間ずっと、一緒に暮らしていたんだ……


 ――あの日、リッちゃんが、何者かに連れてかれるまでは……




「――『忘れた』」


 びくり、と台詞の内容に肩が揺れる。


「……えーと、大丈夫?」


 それに気付いたのだろう、シェリーさんの薄い紫髪が前のめりに揺れ、ここ東方では見たことない緑眼があたしを心配するような伺いを宿す。それにあたしは、多分力無いだろう空元気で首を縦にカクカク。


「……だいじょぶ、です……たぶん」

「……ヤバいと判断したら勝手に止めるからね」


 ――優しいメイドさんだなあ、最初に案内してくれたお姉さんといい、年の頃同じくらいなこのシェリーさんといい、優しい人に囲まれて……その辺、ちょっと複雑だよ、リッちゃん……


……でもあのおっきいメイドのお姉さんはすごくおっかなかったなあ。

 それにシェリーさんも最初、奇声をあげて壁に頭突きして頭血が出て気絶された時はどうしようと思ったけど、すぐ復活するし……まあうん。気にしない事にしよう。その辺。


「ありがとう……うん、続けてください」

「ん、……」


 こほんと咳き込み一つ。シェリーさんは今、自分の主からあたしに宛てたメッセージを読みあげているのだ。あたしは自分で読むって言ったのにね。


「『そして、俺様はそんな過去に興味は無い。思い出そうと思い出すまいとな』」


 ストレートな文面。思う所はあるけど、あの時、無力だったあたしに吐いていい言葉などない。


「……『貴様の事など、どうでもいい。勘違いしているかもしれないから語るが、貴様が俺様の前に立つ事になったのは、過去がどうこうではなく、只の偶然に過ぎん。なにせ、忘れていたのだからな』」

「――……っ」


 歯を食いしばって、でも我慢できない、耐える為に俯く。

 弱いあたし。

 弱いままのあたし。

 ――リッちゃんは、変わっちゃったのかな……


「『貴様に何か既視感を覚えたのは事実だから、というわけではないが駒は必要だ。俺様は、貴様の知っている"リッちゃん"とは違う。その上で、俺様の下で働きたいと云うならば』」


 顔をあげる。当然だけど、文面を読み上げるシェリーさんの姿しかない。


「『その意志があるならば、再び面接室まで来るがいい』……だってさ」

「……、」


 少しの沈黙。

 その中で回想するのは、連れてかれた時の、泣き喚くリッちゃんの助けを呼ぶ声。

 そして、ベッドの上で荒い息をする、小さな妹の姿。

 そのどれもを見ているしかできなかった、無力なあたし。

 拳を握り締め、前を向く。


 ――あたしは、リッちゃんと冥の為に、リッちゃんを探す。冥の病気を治す。あとお義父さんの助けになればと……その為に、月城の家に来たんだ。

 最初のがいきなり叶っちゃったけど……それは喜ぶことであって、悲しむコトじゃないんだ……

 理性は、冷静な部分はそう囁くけど、あたしは……


「――あたしは」

「……あのさあ」


 つかない踏ん切りを無理矢理つけて、口を開く――のは同時だった。

 きょとんとして、まっすぐあたしを見るシェリーさんを、改めて見る。


「君が以前知ってた"リッちゃん"がどんな子だったか知らないけど、あんまりマジにとらない方が良いよ」

「……え、シェリーさん……信じてくれる、の?」


 色々ごちゃごちゃ考えてた時、あたしが一方的に言ってた事だから、あんなこと言ってたリッちゃん以外、信じられてないと思ってた。

 思ってたから予想外。

 予想外だったからこそのとっさに吐いた正直な言葉に、シェリーさんはおおっぴらに広い眉間にシワを寄せ、ジト目になる。


「信じる以前に、燐音さまがそういう反応してんだからさ。信じる信じないじゃないよ、ってか思ったよか冷静だな」

「だ、だってそのー……」


 あたしがなんとなく言葉に詰まると、シェリーさんは気を抜くような浅い嘆息をこぼした。


「ま、いいケド。ともかく、燐音さまの発言は、大概言い過ぎだから。あとあんた年下にしか見えないけど、あたし同い年なんだから。さん付けしなくていいよ」

「……はぇ?」

「だぁかぁら、あの燐音さまってば基本嘘つきなのに変に正直で、ズバ抜けて頭いいのに言い過ぎなところがあるんだっての」

「は、はあ」

「大体おかしいでしょ、どうでもいいとか思ってんなら、あんたの世話にあたしを寄越さないって! あの人は手下にフォローを任すんだよ」


 人差し指突き立て、くだけた感じで熱弁するシェリーさんに、まばたきを何度か。

……あ、ひょっとしたら。


「……ひょっとしてシェリーさん、励ましてくれてるの?」

「……はア?!」


 なんとなく浮かんだ疑問符を口にすると、シェリーさんは頬を赤らめ、ちょっと後退りして目を怒らせ首を横にぶるんぶるん。

 照れてるのかな……?


「な、ぁ、あんたの案内と世話を命じられてるからだよ! あと燐音さまの尻拭いは手下の義務なんだ! 別に励ますとかじゃないから勘違いすんな!」


……口ごもって言い訳がましく言われても、説得力がないなあ。てか逆ギレですか。


「なん、なんだその生暖かい目は?! 違う違うぞなんか色々違うんだからねっ!?」


 ううん、このデコや耳まで赤面して言い訳まくし立てるシェリーさんの姿は、なんだか和むというか、胸のあたりがぽわぽわしてきたよ。


「あた、あたしゃ事実しか言わない! 燐音さまの下りは司さんだって頷いたんだぞ!!」


 司さんって誰だろ? 内心で首を傾げながら、優しい照れ屋さんな友達に、苦笑を返す。あ、さんは付けなくていいんだよね?


「うん、ありがとう。――シーちゃん」

「しーちゃっ!? だれがシーちゃんだ!!」


 あはは、と笑って意味もなく手を振る。

 ちょっと変な人かと思ったけど、全然良い人だった。

 やっぱり、まずは話し合わなきゃダメだよね。

 リッちゃん。







「――というわけで、話し合おー、リッちゃん」

「よかろう」

「早っ!?」


 面接室まで赴き、ツーカーなやりとりを果たしたあたしとリッちゃんに、諸手突き出しツッコむのはシーちゃんだ。


「というわけでシェリー、貴様は下がっていろ。別の任を与える」

「……え、でも」

「樹に伝言(コレ)を。そして樹に代わって雨衣の訓練を監視監修しているように」

「了解! ではっ!」


 口ごもったように見えたけど、雨衣という人の名前かもしれない単語を聞いた瞬間表情が変わり、リッちゃんに紙切れを渡されたシーちゃんは紅潮した頬でニヤツキ笑いながら最敬礼を返した。

 そのまま早歩きと歩きの中くらいの速さで退室していくシーちゃんに手を振り、リッちゃんに向き直る。


 ――七年、なのに外見的にそれ程変わってない気もするリッちゃん。

 けれど、中身は……


 感慨にふけるあたしに、リッちゃんは笑った。同じ心惹かれ魅せられる美貌でも、あの頃の純粋な笑顔じゃない、不敵な、圧倒的な凄みすら感じる、見下ろしてるのに見下ろされてるような強い笑み。


「――場所を変える。行くぞ、付いて来い」

「……うん」


 きびすを返し歩き出す、力強いリッちゃんの言葉に、あたしは頷き、一歩進んだ。

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