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余談

 ――泉水という貴族の家は、他の貴族たちに嵌められ、没落しかけているどん底の弱小貴族である。

 その泉水の当主は、けっして頭は悪く無いものの、貴族でないとしても善良で甘っちょろい、齢五十半ばの老紳士であり、燐音様との面識もある、今の体制を快く思っていない少数派の、まともな貴族らしい。

 そんな泉水の当主が、没落しかけにも関わらず二人の孤児の姉妹を養子にとったのはつい最近のこと。

 その姉妹は、当主が養子にとる以前から目を掛け支援を惜しまなかった。当主の友人の忘れ形見だったそうだ。

 孤児の姉妹を、それも片方は産まれながらに重い病を患った者を養子にするというのは、経済面及び生活面は当たり前、それ以上に状況を悪くすることになる。

 具体的に云えば、他の貴族から、偏見から来る反感を買う。そこから悪意を以てちょっかい出される事は想像に難しくない。

 これは燐音様に取り入ってもらう事である程度は解消されるだろうが、反面燐音様に取り入ったと余計大きな所から目を付けられる可能性が高い、逆効果な一面もある。

 それを読めない愚か者ではないだろうが、それでも姉妹を養子にした理由。

 産まれながらに病を患った妹の方が、衛生面でも健康面でも、最早過酷な孤児の生活に耐えられる容態では無くなっていたからだそうだ。

 治療の為の高価な薬を定期的に入手する事はできない。

 けれど多少は清潔な空間と医者ならば用意できるからと、善良で甘っちょろい貴族は、二人の姉妹を引き取った。

 数日後、妹の足りない治療費を稼ぐ為、どうしてもと言うならと義父に紹介された、割が良く信用のおける所に、泉水の姓を貰った健康な姉は、月城の家に働きに出た。


 ――それが、俺の知らされていた泉水の事情の全てである。



「――でもあれはそれだけじゃないよ。燐音様のあの言葉だって、」

「……月城以前の自分を知っているのだな、か」


 燐音様は、前の当主に……頭を弄くられて、前の記憶が、過去になればなるほど曖昧になっているらしい。

 ならば、月城の家に来る以前があるとすれば、他の貴族か、それとも平民か孤児か、奴隷であったとしても――不思議ではない。


「……それで?」

「うん、それで舞ちゃん、話せる状態じゃなくなったの。燐音さまも、表情には出してなかったけど、動揺してたんだと思う、それで」

「おひらき、か」

「うん……大丈夫かなあ」



 不必要なまでに似合うエプロンドレスを着こなす同僚が、男かどうか疑う以前に性別を誤解するだろう細い肩をさらにおとす。

 心配、といってもそんな状態なら燐音様の傍にはあの侍女長が居るだろう。泉水舞の方は知らんが。


「しかし、そんなデリケートなことを俺に話して、問題は無いのか?」

「ううん、まあ(イツキ)君は言っちゃダメな事解ってる人だから。それに特務隊の一員だし、重要事項になりそうな感じだから」


……ということは、泉水舞が一級の護衛対象に成りうるという事か。

 しかしどうでも良いが、二メートル近くある俺を、君付けは如何なるものだろう。

 女装好きの可愛いもの信者は、二十センチ程度の開きはあろう厳つい俺を見上げ、あそれとと少女のような高い声で付け加え、微笑む。


「雨衣ちゃんにも教えてあげてね。大好きな燐音さまの事なら、きっと知りたいと思うの」


 瞼に思い浮かぶは、近接戦闘のみに才覚を持つ、出来が良いのか悪いのか判らない、まだ年若いながらも無愛想な弟子の顔。

……お節介な奴め。

 という以前に、従者が同僚の、主に対する思慕に助力するのはどうかと思うのだが。

 サングラス越しの胡乱な目線に気付いたか、同僚は白々しい笑顔で誤魔化すように手首を軽く振った。

 それで誤魔化せるとは思ってないだろうに。


「……他の同僚にも知らせるのはどうかという事項を、俺やお前の私情で馬鹿弟子に洩らす訳にもいかんだろう」

「正当な理由が必要なら、樹君、あなたも雨衣ちゃんを気にいっているでしょう?」

「それとこれとは話が別だ」

「うふふ、否定しないんだね」


 一々様になる笑顔を深め、二重瞼を愉快そうに細めた。

 何が言いたい?


「ところで雨衣ちゃんの"右手"はどうかな?」

「……錬金術に関する事項は、お前の方が詳しいだろう」

「そうじゃなくて、接近戦の師匠として見て、出来はどうだったの?」


 穏やかに問われ、つい最近のリハビリを回想する。

 重心が崩れ、動きのキレも速さも以前と比べるべくもないが、アレを鋼鉄と判断するならそう悪くも無いだろう。根性は認めるが、慣らしが必要だな。


「まだまだだな」

「どれくらい?」


……ふむ。

 期間か、大体憶測に近いが。


「……ひと月前後だな」


 俺のそっけない言葉に、同僚は少女じみた微笑を深めた。


「それなら、雨衣ちゃんは近々特務隊に配属されるよ」

「正気か?」


 特務隊とは、侍女長・深裂静流を長として、燐音様が秘密裏に選抜・設立した精鋭部隊の事だ。

 燐音様から最高位の権限を与えられ、公にしてはマズい重用事項、燐音様の無理難題に対応する役割を持つ。

 生半可な神経と肉体、覚悟で務まるものではない。まして、利き腕を失ったばかりの若人に。

 鋭い視線を送ったつもりだが、奴はそれでも微笑を崩さない。


「大丈夫。雨衣ちゃんはあの"塔"で、正しい情報を一部知らされていなかったのにしっかり対応してたよ」

「それ自体が特務隊の適性試験だったらしいな。俺は知らされてはいない」


 作戦上で個人への情報操作をそんな理由でやるとは、気にいらん。

 事後承諾というのが尚気にいらん。

 土台が悪い訳でも簡単に死ぬ鍛え方をした訳でも無いが、それが弟子の生死を分けたかもしれんのだ。


「それは私も後で聞いたの」


 微笑を消し、神妙な顔で同僚。


「けど、静流さんたちの想定よりも危ない状況下で生き延びたのは事実で、雨衣ちゃんはその中で燐音様も認める結果を掴んだの」

「……利き腕を潰したがな」


 本人からすれば自分のミスだそうだがな。損失は損失だ。


「うん、其処までやって戦力落ちたから昇進は無し、はあんまり。そう思ったからこそ、燐音さまは新しい"右腕"の図面を自ら引いたの。錬金術をかじってる私の意見まで聞いてね」

「……燐音様が?」


 少なからぬ驚きを滲ませた俺に、神妙な表情のまま瞳に強い意志を宿し、頷く同僚。

……燐音様はいつ眠ってらっしゃるのやら。睡眠不足は発育に影響すると侍女長も……


「樹君は、雨衣ちゃん自身は買ってるみたいだけど、あの"右腕"はあまり評価してなかったね」


……否定はせん。

 後付け模造品の腕と本来の腕を比べると、やはり後者の方が脆いものの、精度も慣れも上だろうと思っていた。

 反論を思いつきはしたが、なんとなく口にだせなかった。同僚はさらに続ける。


「けど、燐音様と私たちとが力を合わせて作り上げた、雨衣ちゃんの新しい"右腕"なの」


…………未知数、か。

 確かに奴自身の精神力に潜在能力も含め考慮すれば……なかなか面白そうな事は認める。


「……良いだろう。お前がそこまで言うなら確かなのだろうからな」


 こいつは、自分が可愛いと思慕した対象を愛で、どのようなことをしてでも生かそうとする。

 燐音様はその最たる位置付けであり、何故か件の無愛想な弟子、雨衣もその対象だ。


「本当? じゃあ私が言った事、雨衣ちゃんに伝えてね」

「構わんが、何故自分で伝えん」


 こいつの習性を考慮すると、先の説明と説得を俺にするのなら、雨衣の前でついでに嬉々と語る筈だ。

 疑問に、同僚はおどけたように肩をすくめた。


「私、これから柳ちゃんと御仕事に行かなきゃいけないの」

「――そうか」


 (ヤナギ)は、こいつとチームを組んでいる、特務隊のメンバーだ。

 となると必然、"仕事"とは特務絡み……今のタイミングという事は、暗殺者の始末辺りか。


「それじゃあ、いってきまぁすネ、樹くん♪」

「……ああ」


 これから血なまぐさい戦場に赴くとは思えない、笑顔で手を振り妙なイントネーションで語る同僚に、気の無い返事を返した。




……何もこんな役割じゃなくてもなあ。

 薄紫の髪のあたしと違って、東方では珍しくもない金色系統の髪のうなだれた保護対象をぼんやり観つつ、気まずいというより重い空気の中、思い返すは最近の"失敗"。


 ――中央の戦場(とう)で、あたしに良い所はなかった。

 だれよりも早く被弾し、年下で後輩の雨衣に庇われ、おんぶでだっこ……挙げ句そのまま気絶。

 点数をつけるなら、限りなく零点に近いだろう戦績。

 生き残った事と、早々に完治できた事は評価できるかもしんないけど……

 しかし、くっ、屈辱だよ!

 半分意識朦朧としてたとて、雨衣におんぶされてたなんて!

 あー思い返しても恥ずかしい恥ずかしい顔が熱いあたしの顔面真っ赤に燃えるぅ!!


……でも雨衣の背中って……案外おっきくてあったかかったなあ………!?!?


 任務(おしごと)中に何考えてんだあたしゃあああああああああ!?!

 危険な思想妄想が浮かび、打ち消し鎮静の為、任務達成の雑念排除の為、近くの壁に頭を軽ぅく全力で打ちつける。ちょっち水っぽい音がしたのは気のせいだろう。

 悪念退散悪念退散、あたしゃショタじゃないあたしゃショタじゃない。


「――あ、あのー……」


 遠慮がちなソプラノボイスに、壁から声のした方に向きなおる。

 何故だろう、視界が赤いし目がしみる。

 赤い視界の中心、よく見えなかったから目を凝らす。

 ソコには、完全無欠に引きつった表情をした、どこか貧乏くさい格好で全体的に犬っぽい顔立ちと雰囲気の、先までヘタれてた少女。

 燐音様に命じられ、あたしが客室に案内してた対象、"現場"にいたあたしを含めた全員に、詳細に関して箝口令がしかれた、ある種のビップ。

 あの燐音さまを"リッちゃん"呼ばわりした、泉水舞である。


「ど、どしたんスか、ぇえーと……」

「ああ、わたし名乗ってなかったね」

「いや、それはそうだけど……」


 口ごもった理由を察し、なんでかクラクラする頭を縦に揺らす。


「あたしシェリー、シェリー=アズラエル。シェリーでいいよ」


 とりあえずタメ口で、同い年だしね。と意識して笑いを形成する。


「……は、はぁ」


……にこやかに挨拶したのに後ずさるとは、どういう了見だ?

 別に、西方生まれ敵国生まれだからって偏見持ちは珍しくないけどさ……


「いやあの、顔面、血だらけなンスけど」

「……うん? 君は怪我なんかしてないでしょう?」


 どこか必死な感じでわけわかんない事を口走る泉水舞に、怪訝な感じで首を捻る。

 するとちょっと泣きそうな目でぶるんぶるん首を振るう泉水舞。


「いやシェリーさんが!」


 恐怖を押しのけるような歯ぁ食い縛った表情で、唐突にあたしの額に触れ……


「――ほら!」


 掌にべったり付着した、赤い液体を見せてきた。


 ――ああ、ソウイエバ壁にあたま打ち付けたんだっけ。


 そう、自覚したのを最後に、わたしの意識は闇に落ちた。

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