認識の違い
――其処は、寝室。
簡素で無機質な、殺風景と称するに足る一室に窓は無く、明かりは天井に吊されたシンプルな電灯一つ、家具は最低限。
そんな寝室。
小さなベッドが一つ、またその決して大きくないベッドの上に、年若い少年と少女が二人、折り重なるに近い体勢で、少年が少女を上から見下ろしていた。
「――じゃ、入れるよ」
少年の高いのにやや低く抑えたような声に、少女は少しだけ肩を震わせる。
少年の棒が、少女の小さな穴に入れられた。
堪えるように小さく呻く少女を見つめ、少年は年の割に手慣れたやり口でやや曲線を描く先端を動かし、弄くり、擦り弄くり回し擦り付けほじくり返し思う様撫で回し出し入れする。
少女は、真っ白な肌を上気させ、少年から与えられる刺激にやや乱れた息を整えようとしながら、少年に咎めるような目を向ける。
「ぅぅ……まぐな、何かいつ、もより、ら、乱暴――はぅうっっ」
少年が無言で少女の中にある豆みたいな突起物を突っつく。
「――ゥんんっ!」
「動くなって」
少年の下に横たわる少女が、少年から与えられる刺激に苦悶の呻きを吐き出しながら汗ばむ体を身悶えさせると、直ぐさま上から見下ろす少年が片手で押さえつける。
少年は大柄というわけでは無く寧ろ小柄に近いが、それ以上に少女の体躯はひどく白く華奢で、儚いとさえ形容できるだろう。だから幾ら少女が暴れようと無駄だった。
「――痛い、ぞ」
「……ごめん、でもアルカが動くからだよ」
「うるさ――ふぁぁっ、!」
少年は、囁きにも似た悲鳴をあげる少女を押さえたまま少女の豆のような突起物を先端で突っつきまくる。角度を変えたり擦ったり、強弱を付けたりして何度も何度も。
少女は、断続的に続く刺激に宝石顔負けのブルーアイを大きく見開かせた。
「いっ、ばっ、ばか! らんぼ、すぎぃっ、るっ」
「いやもうちょっと! 何週間ぶりかだからえらいカチコチになってるの、アルカも判るだろ?」
「お、おまっば、ばかあっ!」
少年の言葉で、少女は羞恥に耳まで真紅に染まる。か細い非力な拳が少年の腰に叩きつけられた。当然のように止まらない少年。
「ん、もうちょっと、ん、あ」
「――んンンンッッ!」
ビクビクと、侵入された少年に目標達成された少女の肢体が微痙攣する。
少年はそろりそろりと、達成感を味わうように少女から引き出し――
「――わー、ほら見てみアルカ! スゴいデカいぜお前の耳糞!」
「……デリカシーの無い奴め」
多忙であったが為に、何週間かぶりのマグナによる耳掃除を片方終え、アルカはマグナの膝の上で気だるげな息と共に悪態を吐いた。彼女は割と敏感なのだ。
それを気にした風も無く、マグナは機嫌良さそうに微笑み、艶やかな髪を撫でた。
アルカの切れ長な目が、飼い主に撫でられた猫のように細められる。
先までは時折、拗ねていたように唇を尖らせたりいつもより荒々しく耳掃除をしてたりするマグナだが、大物を手にした途端にこれだ。あどけなさが残る童顔に無邪気な気配と相俟って、子供のようにしか見えない。
「じゃ、ふーやるよー」
「はいはい――、――――っッッ!!」
マグナが仕上げにと小さなアルカの小さな耳穴に顔を寄せ、息を吹きかけた。
いい加減に返事をしながらも、雪のように白い頬を先以上に朱に染め、普段あまり動かない表面も、何かを堪えるように身を震わせるアルカ。
「はい片方終了ー。じゃ、も片方やるよ」
マグナは晴れやかな笑顔で、自身の膝に乗る少女に先を促す。
彼にとって、基本的に愛想の無いけれど可愛い妹みたいな少女のこんな感じの世話は、いつもの事だ。
少女が少年の吹きかけで耳まで赤面していようと、膝枕の際に左右問わず体勢をわざわざ逆にしてまで少年の方に顔を向けていようと、いつもの事なのだ。
故にマグナはまるで気にしない。
そんなこんなでもう片方の耳掃除も終了し、仰向けにベッドに寝転がるマグナは、唯でさえのほほんと緩んだ顔をさらに緩め、口を開く。
「しっかしアルカ。耳掃除くらい、自分でできるようにならないと」
「……何故かね」
「彼氏とか出来た時に大変だよー」
そのマグナの真上、同じ体勢で重なるよう寝そべるアルカの表情が、にわかに引きつる。
「…………虫螻に、」
「女の子がそんな単語使っちゃいけません」
「…………有象無象に興味は無い」
急にはっきりした、どこかお父さん的、というよりはお母さん的な有無を云わさぬ強制力に、アルカはなんとなく抗う事が思い浮かばず素直に言い直す。
「なんでー? アルカ可愛いのに」
マグナは、指して何も考えてないように思いついた事を口走る。
「…………だからだ」
マグナからすれば微妙に不思議な間を置き、
「容姿や名声、地位目当てで近寄る寄生虫などに、毛髪の一本たりと触れさせる気は無い。そういうのは、唯一人要れば事足りる」
「それはそうかもだけど、やっぱり考えすぎ疑いすぎだとも思うよー。そんなだから朔とかリンネくらいしか友達が居ないんだよ」
可愛いという部分を否定しないアルカを、らしいなーと微苦笑しながら、アルカの毛髪どころか体全体を預けられている唯一の少年マグナは、彼女の発言の真意を悟らず、自分の考え感想をそのまま口にした。
当然のように、アルカの表情が凍る。
「……私とこうしている時に、私以外の女の名を口にするな、と何度云えばその低脳は記憶する?」
「いたいいたいアルカいたいごめんって」
某俺様少女よりは虚弱でないアルカと、とあるヘタレ下僕少年より大分頑丈さで劣るマグナ。
だから、鼻の穴に指を突っ込まれて無理やり押し込まれたら普通に痛いのである。
「いたい本当に痛い鼻血出るアルカってば痛い」
「ふん、こっちの手でやらないだけ有り難いと思え」
アルカは今、いつも着ている長い白衣ではなく、外では決して見せる事の無い、白い薄手のワンピースを着ている。
それはつまり片腕が、彼女が先史文明の遺跡で"眠って"いた、普通ではない証が、露出しているということ。
もう片方の生身の白い細腕とはまるで異質。
指先から肩、胸の辺りまで機械が歪に融合したような、腕を模した不可思議な機械。
彼女の体内を通して、脳と直接繋がりがあり、また"番犬"の主たる象徴。
現代の科学・錬金術でも理解不能な、遺失文明のオーバー・テクノロジー。
それが彼女の、アルマキス=イル=アウレカの右腕だった。
「――そういえば、燐音からの情報だが」
漸くたって鼻から指先をどけたアルカは、今思い出したように装って語り始める。
妙な所で聡いマグナが、それに気付かない筈も無い。
「私は、やはり大元のコピーが歪んだ存在らしい」
――それは、以前からアルカが唱えていた疑惑。
自分が、初番と云うなら。他にも"アルマキス"が存在するのではないか。そして私もその他大勢の、"アルマキス"の一つなのではないか。
人間とは、根本的に異なる存在ではないか?
「ふーん、それで?」
それを聞かされ、アルカの不安を全てではないが事前に知っていたマグナは、嫌な疑惑が当たったんだなーと理解する。
だからという訳ではなく、首を傾げながらそれがどうしたんだろうとでも言いたげに唸るマグナ。
「不特定多数の複製の一つに過ぎん、という可能性が、濃厚になった」
「……それで?」
「全く同じ私が複数存在したとしても、お前は私を選択するか?」
「……有り得ないよ」
一瞬、アルカの体が僅かに震えたのを感じるが、それ以上にマグナは自分の想像に蒼白し精神的に恐慌している事を自覚していた為に、フォローする余裕が無かった。
「――アルカみたいな、超越的暗黒腹黒ちみっこドさどがたくさん居るなんて、有りえなげぶおッ!?」
マグナの股間に、無言無表情で仰向けから反転したアルカの膝蹴りが危険な感じにめり込まれた。
悶絶するマグナは気付かない。
まるで変わらない、自然でいつも通り鈍感な少年に、怒りながらも安堵する、複雑な少女の表情に。
「……真面目に応えろ」
「……ひゃい」
「――お前は、私という存在を必要としているのか?」
マグナは知らない。だから首を傾げながら、
「難しい言い回しはよくわかんないけど、それはアルカが此処に居ていいのかって聞いてるのか?」
「――ああ」
――マグナの確認した"此処"とは、異端が、普通とは違う存在が許されている居場所のこと。
アルカはマグナの考えを理解し、肯定した。
間違ってはいないからだ。
アルカが唯一つ惜しみ委ね、執着する此処は、
「そんなの、当たり前だろ?」
自然に返す、大した考えなしの言葉が、どれだけアルカの本質に影響を与えるのか、知らない。
唯一人の存在に、自分という存在をなんの邪気も思惑も、喜ばせようという意図も無く。唯当たり前に必要とされ、肯定される。
それがどれだけアルカを――か、マグナは気付かない。
知らない。
――マグナは、人間の精神を一部欠落させてしまった後天的の異端者なのだから。
「……そうか」
アルカは、対面になったマグナの体に、自分より大きな温かい自分以外の存在に、愛おしいそうに頬を寄せた。
「――そうか」
浸るように繰り返すアルカは、多大な幸福と微量の――に、淡く笑った。
硝子細工のような美しい笑み。
マグナは、それに含まれたアルカの真意を理解していない。
疚しいことなど何も無い!! と、とりあえず叫んでみる。ここから若干フェードアウトするお二方のお話でした。