賭け事後の新属性?
若干加筆修正しました。
その昔、私がまだまだ世の中を知らない、無垢でやんちゃな、けれども少しずつ様々な要因や因縁で汚れ汚され大人に生っていくお年頃さんだった頃――要するに、私の年齢の桁が二つになって久しい、うららかな日のこと。
あれは――あら、何やら回想シーン特有の、もやんもやんした煙とか雲みたいなアレ。
想像していただけましたか?
そのアレが、どこからともなく流れてきました。どうやら長い永い過去シーンに移行するらしいです。それは――
ってあれ、え。もう――
見上げる空は、ところどころにほうきぐもが見られるも雨曇りの気配まるでなしの、陽気な晴天。
そのうららかな晴天に照らされ、ここ、簡素な白い四脚テーブルと長椅子に、日除け雨除けできる程度のテラスから一望できる、手入れの行き届いた広い庭の緑や青といった自然の風景は、とても心和ませてくれます。
「――い」
……やたらドスのきいた声が聞こえたので、反射的に振り向きました。
すごく華奢な、可愛い――という言葉が押し負けて屈服してしまいそうな、わたしと一つ違いとは思えない位小さな女の子です。
触ったら折れてしまいそうなほっそりとした四肢。
首筋から上にかけて垣間見える、処女雪の様に白く、きめ細かい肌。
彼女の黒いロングストレートには、少しだけ猫みたいな癖が有るけれど、すごくサラサラしていて綺麗です。
少しだけ細められているけれど、可愛らしいはずの大きな二重の黒い眼は、彼女の存在感に依り強烈なまでの個を宿していて、視るもの全てを射竦ませ、同時に魅了させるだろう魔的な物があるのです。と、経験者は語ってみたり。
ともかく、そんな美少女の条件に沿って存在しているような、というより美少女という言葉は彼女から生まれたのではないでしょうか。時代を遡る錯覚すら引き起こす、まごうことなき美しく可愛い少女。
ただし服装は、外を駆け回る男の子風紺色短パンに、簡素な薄地の白Tシャツといった素肌を惜しげもなく晒すという、性格が垣間見える豪快なスタイル。
そんなアンバランスな彼女はテーブルを挟んでわたしの対面に座し、手元のコマを無感動に弄っている最中。
あ、目が合いました。
相変わらず、夜を思わせる綺麗な目です。
「……何をジロジロと見ている。貴様の番だろう、速やかに処刑台への歩を進めろ、下僕」
可愛らしい、視た者全てをそう思わせ植え付け魅了するだろう外見(除・服装と態度)から、誰が想像できるでしょう。普通に下僕呼ばわりです。
平然と上から目線で、同年代だろうと目上だろうと隙あらば毒を吐く、これが彼女。
あっ、でもそういう彼女じゃなく……ケホン。
自称・わたしの主にして、友人モドキ。
月城燐音という、いろいろな、それはもう多種多様な意味でスゴい人なのです。
「あ、あはは……ごめん、ちょっと現実逃避してて」
反射的に下手で謝り、テーブル上に配置されたチェスの磐面を見ます。
戦況は変わる筈も無く、月城のコマはほぼ無傷。
対するわたしの陣営は、女王さまを含めた過半数が謀殺され、虫の息以外の何物でもない、目を覆い隠しながら白旗揚げたくなるくらいに悲惨な状態でスが……なんかもう、続行する意味が無いような……
「貴様、得意技の現実逃避も結構だが、自分から言い出した内容も忘れたか? 其処までボケだったとはな」
あうう、と月城に意地悪く指摘された箇所に呻き。ニヤニヤしたサディスティックな笑みは助長されます。
少し前のわたしは、何を考えて月城にチェスを挑んだのやら……
後悔に頭を捻り、現実逃避では(たぶん)ないけど思い返します。
――確か、チェスで兄さんに積算十連勝して、舞い上がっていました。おざなりな態度が疑問ではありましたが、勝ちは勝ち。お父さんもよく言っています。
それで、コレなら月城にも勝てるかもと、ちょっとはいい所を見せられるかも……とか考えて、月城に挑んで。
何故か月城の口車に乗らされ、あれよあれよと賭け勝負する事になって……
んでわたしが勝ったら――凄く恥ずかしかったけど、月城に、たまには女の子の服着てくださいそれで一緒に遊んでって言って……
んで、負けたら…………バカかわたしは?!!
「チェック」
正面から兵士に討ち取られた最後の騎士の勇姿を見届け、わたしは脳内で自らを罵りました。
しかも盤面、王様までヤバイ!
もうとっくに暴君ザ月城の独壇場に成ってるのかもしれないけれど、あの罰ゲームはっ――王様に避難を施しつつ、叫びます。
「いくら月城の家でもメイドさんは嫌なんだよぅ!」
我ながら血を吐くような叫びでした。しかし、通用する相手ではないと心の隅では覚悟していたはずですが、
「良いじゃないか、似合うぞ。俺様が保証してやる。チェック」
なんてこというのさ月城!
不気味な声色と内容に、思わず月城の眼を見て――後悔しました。
猫が鼠をいたぶる時にするで有ろう類の眼でした。
「どうした、貴様だぞ」
チェスの先を促してくる月城に、わたしは、自分ですら情けないと解る声で呻きます。
「わっわら、わたし、男なのにっ」
「気にするな。執事兼任の女装メイドならば既に何人か居る」
月城は、さっき討ち取った騎士を弄くりつつ、惚れ惚れするような微笑を浮かべ、そう返してきました。
……って。
「気にするよ!
何、女装メイドってなんなの?! お近付きになりたくない類の香りがプンプンするんですけど?!」
幾ら、その……当分、月城と一緒に居られるとしても。
女装姿で、しかもそういった事を既に実施中の方々と一緒したくはないのです。
そう思い詰めての渾身ツッコミは月城にしてみれば、猫さんの鼻先に噛み付こうと自棄になった鼠さんにすら至らない行為だったらしく、鼻で笑われました。
「何、と存在そのものを聞かれてもな。定義や概念、存在意義そのもの等を、聴かせて欲しいのかね。なれば半日はかけて講釈する必要が有るぞ、下僕よ」
わけのわからない解釈を口走り、ほっそりした白い手の先の、まっさらな騎士の遺骸を、テーブルの一角、白色の墓場に新たなる墓標として突き立てる月城。 その、あまりの墓標の多さに目眩を覚えつつ、緊張か恐怖かで溜まっていた唾液を喉に流し、苦し紛れにわたしはツッコミます。
「いっ、歪な解釈しないでよ月城!」
それに月城は、テーブルの上に置かれていたまだ白い縦線のような湯気が立ち昇る紅茶を一口だけ優雅に啜り、
――その、キャラに似合わない綺麗な仕草にドキッとしたのは、内緒ね――
それをぶち壊す大仰な嘆息を一つ。 続けざまに、百合の蕾の様な小さい唇の端を吊り上げ、すがすがしいほど堂に入った悪役笑い。
「ならば、俺様の口からは――もうじき貴様が成るべくして成る存在、としか言えんな」
月城の偽悪的な言葉に、フリルの付いたエプロンドレスを着るわたしと、男の人達の似非メイド姿を想像してしまって――
い、イヤアアアアアアァァ?!
余りの悪夢に脳内で絶叫し、それを振り払う様に戦場の白い王様を逃がし、
「チェック・メイトだ」
テーブルに突っ伏したわたしに、月城が死刑執行を下しました……
……ま、いいやー。月城と一緒だし。
腫れただか惚れただかの弱みでしかない結論に行き当たり、そこで思考を止めます。
帝都に聳える城並みに広大な月城邸の、うららかな昼下がりのことでした。