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地の底ニ風は吹き、相容れぬ者は相対す

 ――いつものように。わたしがひとり、部屋のベッドの上でご本を読んでいた時のことです。


「や」


 突然、人の声がしました。

 女の人みたいな、高い声です。

 なんだろうとわたしは振り向き――硬直しました。


「喋らないでね」


 すぐそこに、一人の、柔らかい空気のような雰囲気の華奢な人が居ました。

 知らない人で、女の人にも見えるし、小さな男の人にも見える。そんな印象の人。

 曖昧な微笑みを浮かべて、中性的という言葉がしっくりくる人には似合わないものが、わたしの目の前にある。

 色は黒くて、ゴツゴツしてて、計算されつくしたような攻撃的なかたちをもつ、人に根幹に恐怖を与えるものを、底なしの暗闇とも連想される筒の中が見えるように。

 ご本でしか知らない、見た事の無い武器が、拳銃がわたしに向られているのです。


「――怖い?」


 その人が口を開いた。

 確認の言葉。

 怖い。

 そんなことはあたりまえだと思う。

 自分の部屋で、見ず知らずの人に、いきなり銃を突きつけられたら。怖いに決まってる。

 体は小刻みに震えてるし、唇は硬直して動かないし、心臓はバクバクいってるし、


「でも君は、これから今の状況なんて、子供騙しにしか思えないくらいコワいことを、辛いことをいくつも体験することになる」


……なにをいってるの?

 なんだろう。この人が言う言葉の端から、何か、わからないけど何か。感じる……


「当然、そのひとつひとつに生き残れる保証もなく、死にたくなるような目にもあう。さて、そこで君に選択肢をあげよう」


 わたしは、まばたきもできずに。ただその人の綺麗な顔と、その手の銃を交互に視界の中心に入れていました。


「――君は、それを聞いてなお生きてたいかい?」

「――え……?」


 わたしは、意識せずに声を出してしまって驚き、自分で口元を押さえる。か細い声だったけれど、わたし自身にもよく聞こえました。

 けれどその人は気にした様子はありません。


「……いま答える必要は無いよ。選択肢をあげるといったからね」


 くるりと、その人は優雅に手元の銃を回転させる。

 底の見えない真っ暗な筒の中は見えなくなり、持ち手がわたしに差し出されていた……


「――この銃を持ちな。それだけで、弱い君でも選択肢を、分岐点を自ら選択することができる」


 その人は、淡く微笑んだまま。


「奪われるか、奪うかの選択が――っと」

「ふぇ?」


 言葉途中で、手元の黒いそれが、わたしの手元に投げられます。


「悪いね。時間切れ」


 その人は、親指だけたてて、


「じゃ、ぐっどらっく」

「………え?」


 怪しい言葉を言い残し……きえた。

 ――目を何度かしばたかせ、確認。

……うん。

 まるで、最初からそこに居なかったみたいに、その人は一瞬にしてわたしの前から姿を消していました。

 夢かなと一瞬頭をよぎるけど。手に残っている、非力なわたしでは両手を使ってようやくな、黒く光る生々しい重しで、それは否定されているの。

 いつもと変わらないベッドの上で、わたしは首を傾げます。

 そういえば、来た時もどこからどうやって入って来たのかな。

 扉は一つだし、開いてなければ開いてもない。窓もないし……わかんないなあ。

 それにあの人、なにが言いたかったんだろう?


「……せんたく、洗濯……銭託――選択?」


 おねえちゃんにもってきてもらうご本の中、何度も出てきた単語。

 意味は、



「………あれ、なんだったかな?」


 うーうーと、応答しない頭を抱えてベッドの上を転がりながら、なんとか記憶を引き出そうとする。おかしいな、おもいだせないよ。

 知らない単語がでるたび、辞書までひいて調べたはずなのに、せんたく、まったく浮かんでこないの。


「――ーう〜〜」

 

 なんとなく、なんとなく悔しくなって。白を基調とした布団の中に潜り込んでくるまる。ごちん。

……なんかかたい、出っ張ったとこにおでこぶつけた。


「うぅー」


 のろのろと頭だけを布団から出し、かたいもの――


「――きゃっ!」


 え、えええなんで布団の上に銃が転がってるの?!

 短く小さい悲鳴をあげて、わたしはベッドの端の方に下がる。その時に、そのあぶないのが布団に覆われるのを見きゃうっ!


「――……いたいよう……」

 

 あたまから床に落ちた……さかさになった視界が霞みかかる。

 目の中があつい。

 でもないてなんかないもん。

 けどどうしよう。

 身動きがとれない……

 うーうーうめきながら、手足じたばた。

 あたまいたいようぅぅ……

 なんてことをやっている最中。

 

 ――きい。という、扉が開くこすれる音。


 ――あ、扉が開いた。

 そして、さかさの視界のなか、めが合います。


「……何をしているのですか?」

「きはらせんせいぃ〜〜たすけて〜〜」

「……はあ」


 吐息のような了承を返し、片眼鏡(モノクル)をかけた、錬金術師のお医者さんがわたしに歩み寄ってきて、助け起こしてくれました。


「ありがとうございます。きはらせんせい」

「いえいえ」


 頭を下げるわたしに、せんせいは曖昧な笑顔。


「良いものを拝見させてもらいました。私としては、この手のハプニングならば手放しで大歓迎ですよ」

「……?」


 首を傾げます。

 このせんせいはやさしいけれど、よく意味のわからない事を言うの。

 例えば診察の時。

 ではまず、これを着用してくださげぶふぁあと、黒いひもを差し出してきたり。ちなみに最後のはメイドの静流さんにきりもみ回転される時の絶叫です。

 脳の検診の時には。なんでかねこさんのつけみみと白いふわもこを手にしていて、マイおねえちゃんに、このいじょうせいあいしゃがあって……あれ、マイおねえちゃん?

 だれだっけ??


「――どうしました、燐音クン」


 せんせいが気遣わし気に伺ってきます。燐音、リンネ、りんね……わたしの、名前。

 

 ナマエ、なまえ。


 ――あたま、いたい………ぶつけたから痛いとかじゃなく、内から、中がかきむしりたくなるくらい痛い。

「燐音クン。……これは――」


 ――せんせいがなにか呟いた、その時、何故か思い至った。


「……せんせい、」


 内側が暴れるような、激しい頭痛をこらえ、わたしは何日も水を飲んでないような、かすれた声を出す。


「――選択肢って、なに?」


 わたしの言葉に、せんせいは笑っていた。

 目は、前髪で見えなかった。


「それは、君には有り得ないものですよ」









 ――睨み合う間の、張り詰めた空気。

 数瞬の静寂は、些細なキッカケで砕け散る。

 間合いを詰め、剣を振るう。蒼い、螺旋の軌跡(いっかいてんはん)が描かれる。

 斬撃が見切られたかは解らんが、手応えは無く、目視できたのは紙一重の回避と、薄ら笑い。

 突き出される異形の右腕。

 交わすまでもなく、蒼炎を内包した剣ならば、斬れる。斬った。血しぶきが舞うより速く、半月状に開かれた男の口元に、蹴りをいれる。

 ――ブーツから伝わる、人間とは思えない硬質な脚応え。

 重量も人間のそれを超えているようで、軽く後ずさりよろめくだけに留まった。

 右腕を切断されても、ダメージを受けた様子はなく、ブレスを放たんと口内が発光。

 ――後ろにはリンネが居る。

 この男の言動からリンネに命中(まきぞえ)はないだろうが、ゼロではないしスズハも居る。

 迷いは一瞬。即座に制御開始。剣を持っていない掌に、蒼炎を球状収束。放たれる、思いの外細いブレスに、蒼炎を叩きつけ灼く。蒼炎が灼き灰にするものは、物質だけにとどまらない。

 ブレスの灰が舞う中、男は浅くしゃがんで手を――床に付けた直後、おれの足下が崩れ、続けて錐の形に変化する!

 錬金術の形状変換か!


「――にゃろっ」


 ブレスの灰から足場になる大台に変換。軽く蹴り、全身を前方にねじ込む。先のやりとりでわかった事。


 ――テメエは、蒼炎でも即死にはならんだろ。


「この距離なら!」

「――ふむ」


 気合を吐きながら、前方の狭い範囲に、バケツで水ぶっかけるように蒼炎を放出した。

 直後、蒼炎が対象に届く直前。男は錬金術で模造オリハルコンを錬成、阻む壁を展開する!

 挟範囲といえど拡散させた蒼炎では、模造オリハルコンを灼くには至らない!

 高度な物質ほど理解し、変換するのは難しい筈なのに、くそ、模造といえオリハルコンをポンポン錬成できるとは、錬金術師としてもそうとうデキルらしい。


「――ハああああああああッ!!」


 次に、男の絶叫が聞こえてきた。阻む壁の真上から、男の影が伸び……


「――ンな?!」


 男の背に、先までは無かった蝙蝠に似た翼が生えてて、高速で飛んでいるしかも右腕がもう再生してるし!?


「驚く暇はありませんよお、英雄サんッ!」


 皮肉と共に飛んでくる光の束。

 剣で斬り払うも次に――散弾のような勢いで、先の尖った小さな赤黒いものが無数に飛来してくる!

 しかも、この範囲は!?


「――うあああああっ!!」


 叫び、降り注ぐぶつを灰にしながら、出せるだけの全力で範囲に入ってるスズハの下にいき、範囲の外に居るリンネの方に蹴飛ばす!

 吹き飛んでいくスズハを見届けず、中空からの攻撃に対応。灼きつくす。


「おや、アナタのような化物じゃないんですから。そのように乱暴な助け方をすると、どちらにせよ死んでしまいますよ?」

「――巻き込もうとした奴が言うな!」


 からかうような、神経を逆撫でる口調に怒鳴り返す。

 確かに、普通の人間ならよくて内臓破裂コースの蹴りでどかしたけど、気絶させるつもりで放ったおれの剣の腹を顔面で受け止めて無傷だったスズハだ。あの位でめげるような奴じゃない!

 声の主を視界に捉える。基本痩せ形の三十前の男は、今や翼を背に飛行し、眼も腕も人間のそれではない。破壊的吐息(ブレス)まで吐く。

 竜種の混成……合成獣(キメラ)ととればいいのか? 知性、てか意識はあるらしいけど。


「そこです!」

「舐めんな!」


 弾丸じみた突撃をかわす――すれ違いざま、奴の再生した右肩を切断し――その切断した右手の中、何かが握り潰されたような音。

 ――直後、空間が暴炎に飲まれた。



「――ふむ。炸焔丸でも死にませんか。能力的に、炎耐性でもあるのですかね?」


……ちがう。体に蒼炎をたぎらせてる間は、大部分の攻撃を遮断し灼く。体に纏うに限り、攻防一体の接近戦向け能力。けどさっきのは、ちと貫通した。


「……げほっ」


 咳き込みひとつ。とっさに飛び退いたものの、一瞬で大きな部屋の半分以上を火に飲まれ、あちこち焦げてしまった。

 リンネと、一緒のスズハは無事。野郎もしっかり範囲外で悠々とこちらを実験動物の観察よろしく眺めている。長い前髪から覗ける、縦に開いた瞳孔と相まって、蛇を連想させる嫌な目つきだよ。木原八雲(きはら やくも)


「……?」


 なんだ?

 木原八雲の口元が、小刻みに動いている。

 ――ッまさか?! 

 嫌な予感、時間を与えるわけにはと脚に力を込めた直後。木原八雲は、自分の右肩を……引きちぎった?!


「なっ」


 そのまま投げられた異形の右腕は、無数の先が尖った赤黒い肉片に空中で分解し、凄まじいスピードで飛来してくる。先の攻撃はこれか!

 いくら痛みはなく再生しようが気色悪い攻撃方法。

 嫌悪感に眉をひそめつつも、先程と同様にすべてを灼き払い――


「――きゃあっ?!」


 高い、かわいらしい女の子の悲鳴。

 一瞬、誰のだかわからなかった。

 弾けるように悲鳴の主を見ようとして、言葉を失う。

 居たはずの二人が、リンネとスズハが、いない。愕然とするのも一瞬。居たはずの場所には、大穴が口を開けていた。

 誰が見ても、答えは一つしかない状況。

 呆然と立つ視界の端で、何かが発光した気がした。

 無造作に払う。

 ブレスか。

 そんなことはどうでもいい。


「――リンネっ、スズハあ!!」

「おっと」


 おれが再起動し、大穴に向かうのと。木原八雲が大穴を錬金術で補修するのは、全くの同時だった。


 ――マグナ! 貴様は木原を――

 

 塞がれていく大穴の中から、リンネの声が聴こえた気がした。

 即座に、閉じられた穴を再び空けようと剣で切り刻み。


「―――ッッ!!!」


 しかし一瞬で再構築された元穴を見て、感情が致命的に荒れた事を悟る。

 蒼炎を完全に制御しきれないレベル。

 異能力。

 人間が人間を外れ、世界(アズラルト)を侵す力。蒼炎もそのひとつで、特に精神の変化、在りように敏感。そんなものを、こんな乱れた精神状態で、リンネとスズハがいる可能性が高い所に放つわけにはいかない。

 詰まるところ、それは、


「追跡は、不可能……クソっ!」

「ま、伏せたカードに気付かず対処できなかった。君の敗因ですね」


 隠しきれない愉悦を滲ませた声だ。

 煮えたぎるものを堪え振り向き、木原八雲を見た。


「……リンネとスズハをどうするつもりだ」

 

 木原八雲は、おどけたように肩をすくめた。


「燐音クンをどうするかは、既に宣言したじゃないですか」


 碌でもない事をする気だ。


「スズハは」

「興味ありません。いや……」


 木原八雲は間を空け、笑ってみせた。心根が腐りきった者特有の、歪んだ愉悦に満ちた笑み。

 大多数の西域や東域の貴族に、中央(ここ)のお偉方が見せる自分の欲望に汚れきった類の笑みだ。


「その子、燐音クンの従者ですよねえ? なら、燐音クンの前で――ひゃひっ、そうですね色々処置すれば、彼女はどんな音色で鳴いてくれるでしょうか?! ハはひヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッ!!!」

「――お前、リンネをなんだと思ってる」


 おれの問いに、木原八雲はひとしきり笑い続けた後。


「――ありきたりな問いを投げかけますね。最強の異能力者の一角が」

「リンネとは今日初めて合った。スズハに至ってはまともに話すらしてない」


 まともな答えなんて期待してなかったから、おれが口を開いた。


「でも、スズハは暴走しながらも必死だった。リンネは強かった。解るか? リンネは、全く戦う力を持ってない、ただの口も態度も悪くて意地っ張りで皮肉屋で幼児体型な体の弱い女の子なんだ。なのに、初めて合ったおれしか頼れない敵地の中、一言も弱音をはかずに歩けなくなるまで歩いて、おれに体を預けて、敵と戦って、血を被って、おれの力を見ても皮肉って、」


 段々と、自分で何を口に出しているのか解らなくなってきた。

 でも、感情に任せた濁流は止まらない。止めるつもりも無い。


「それでも、リンネは震えひとつ見せなかった。傷だらけで無力な身に銃弾ばらまかれても、敵に突撃しても、わけわかんない奴らに出くわしても。此処に、お前に遭遇するまではな」

 


 一瞬。


 こいつをリンネが見ただろう瞬間。リンネは、確かに一瞬だけ、震えたんだ。あの、気丈で弱みをみせない、意地っ張りなリンネが……!

 私怨なのか義憤なのか怒りなのか焦燥なのか憎いのか泣きたいのか悲しいのか苦しいのか、ぐちゃぐちゃで判別がつかない感情を込めて。おれは、木原八雲を睨む。


「お前は、リンネを壊したいんだろう」

「そうですよ」

「おれは、リンネとスズハが笑ってる所が観たくなった」

「そうですか」

「お前は、それを邪魔するんだな」

「私は燐音クンを(こわ)したいですから」

「木原八雲」

「はい」

「おれはハッピーエンドが好きだ」

「私はバッドエンドが好みですね」

「相容れんね」

「相容れませんね」

「木原八雲」

「はい」

「くたばれ」

「そちらが」


 次の瞬間、おれと木原八雲の中間点で、一筋の今までにない強力なブレスと、圧縮して放出した蒼炎が衝突、空間が、破裂した。

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