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対面



 これという山がなければ谷もなく、顔も知らない人の誕生日パーティーは幕を下ろしました。

 心から祝っているのは果たして何人居るのか。

 権力と欲望とどす黒い諸々が渦巻く、帝国貴族社会の側面を皮肉気に呟いた月城はいつもの月城です。

 夕暮れを越えた通りは薄暗く、ちらほらと等間隔に建てられた街灯と、細い月の明かりが頼りの道をかたかたことこと。

 しっかり舗装されている道と、乗り心地を追及した馬車の組み合わせは揺れも少なく、なかなかに快適な道のりでした。

 そして真っ先に到着したるは、生まれた時から見慣れた我が家。最近兎さん形に空いた屋根の穴はこの位置からは見えないのが素敵です。気休め的な意味で。


「お兄さん、お兄さーん」


 薄暗い家内を小走りに、暗い所は余所でもお家でも怖いので電灯を点けながら、最近ニンジン好きになったお兄さんの姿を探します。

 玄関から広間を通り、最近破損してしまった階段を十段ほど跳んで越え、二階に。

 さてスイッチ一つで灯りを点けて、と……あれ。

 廊下の奥のほう、明るいですね。ついでに何か変な音がしますし。


「……お兄さんー? あ、お父さんでしたか。ただいまと今晩はです」


 廊下ですれ違い様、会釈もしましたが応答はありません。というか視線さえあいませんでした。

 しかもどういう気紛れかと観察すれば、先日大穴が空いた二階の床を補修しているもよう。

 すトとぉントかとぉンと、金槌に見立てられた人差し指が釘を叩き、鉄板をはさんで石造りの床を貫通する音がどこか物悲しく、横目に見た広い筈の背中は妙に煤けて見えます。

 これは多分、毎度のようにお母さんにこってり叱られたのでしょう。

 あの月城にまで傍若無人呼ばわりされるお父さんが、あんな意気消沈して似合わない真似をするとか、それくらいしか見当がつきません。

 適当なあたりをつけながら、そんな事よりもと月城に頼まれた兎さんの姿を探します。


「お兄さんお兄さんー……あ、お父さんに聞けば良かった」


 私の部屋を通り、丁度良いからすぱぱっと手早く着替え、再び捜索に出たところで、その盲点に気づきました。

 月城に待ってもらってて急いでたからでしょうか、普通に気付きませんでした。

……まあ、いいでしょう。会話が成立するかなって状態に見えたし。


「お兄さんお兄さーん、どこー? おにーさんー、うーさー、うさにーさあーん」

「……ぃ」


 冷静に考えれば、畜生化が進むお兄さんが聞いていたならキツい折檻が待っていそうな発言ですね。我ながら。

……しかしはて、いま何か聞こえたような。

 耳をすまし、足音を潜め、サイレントタイムに突入です。

 地震や異能という災害により発生した被災者を捜す折、被災者自身が出す物音を聴き分けるという処方。

 以前読んだ本に書かれていました。

 それを自宅でやるという現状に疑問を覚えないでもありません。

 しかし残念ながら、東方における災害の化身みたいな家主が、大工さんの真似事をしているようなお家です。

 それもまたやむを得ないのでしょう。きっと。


「――ぐ」


 おっと、サイレントタイムのおかげで、今度ははっきり聞こえましたよ。

 これは……あっち、書庫ですね。お父さんの活躍で大半の貯蔵量がなくなったものの、書物好きなお兄さんの奮闘でそこそこ復元しつつある……ああ、なにかオチが読めてきました。





「で、本棚と中身(ハードカバー)に埋もれ、無様に目を回していた小動物を発見した、と」


 その時に、どこに埋もれているのか気付かず、一度だけ踏ん付けてしまったのは内緒の話。


「それで、気絶したまま連れてきた、などとは言わんだろうな。騒がれでもしたら、事だぞ」

「あー、う……」


 確かに、お兄さんの目が覚めた時に、妙な閉塞感がある暗闇の中にいたら……いや、いきなり大規模破壊は、流石に無いと思いたいですが……


「ま、了解もなく連れ出した段階で言える事ではないか」

「だ、だって……月城が急げって言うから……」

「事後承諾には変わりあるまい。ま、弁明くらいはしてやるよ」


 うう、説教かな、折檻かなあ……

 緑色のリュックの中、蹄が路を叩く音に負ける程度の寝息をたてるお兄さんが目を覚まさないのは、幸いなのかそうでないのか。

 悲観にうなだれる私には分かりません。


「あの、燐音さま。兎の話なんですヨネ?」

「盗み聴きする暇があるのなら、しっかり手綱を持っている事だな、ユア」

「……長生きの秘訣は、聞かざる言わざるってか。あいあいわあってますよ、御主人様(マイマスター)


……何か、馬車の内外でほろ暗いやり取りがあったような。

 気にしないように心がけざるをえない会話が混じる中、単調ながら微妙に速度を速めた月城家の馬車は進みます。

 幸いにして、唐突に目を覚ました兎さんが街中を瓦礫の山に変える、なんて非情事態も無く。

 何事もなく到着した、勝手見慣れた月城のお家。

 相変わらず、男装でもすればさぞ女性の目をひかれるでしょういつものメイド長さんに出迎えられ、寝息が耐えないお兄さんの入ったリュックを胸に、奥に奥に。


「――キ・しゃァああああああああ!!」

「シーちゃん落ち着いて! あずきちゃんに悪気は無い、と思うから?!」

「……ふ。にょろにょーの錆にしてくれる」


…………

 途中、通りかかった訓練室から響く奇声に釣られて見てしまった、言語にし難い不思議(カオス)な光景を脳内から速やかに削除しつつ、進みます。



「樹。よく戻ってきたな」

「は。黒坂 樹、本日帰還しました」


 そして到着した応接室の一つで対面したるは、二メートル近くある筋肉質な肉体を、特注でしょう黒いスーツ姿で着込む男性。

 記憶のそれより幾分か緩い口元、しかしそれでもサングラスをして、姿勢美しくきちんと一礼した彼からは、やっぱり結構な風格と存在感があります。


「ポンコツの凡ミスと、不運が重なった結果を拭わせる羽目になってすまなかったな」

「いえ――」


 所で、黒坂さんの影に寄り添う小さな彼女はいったい……何か、見覚えがあるような。

 あ、あの時の……んー……いや、でも雰囲気が……


「貴様に責は無いし、給料に関しても悪いようにはしない。これからもその手腕を存分に振るうように――以上。行って良いぞ」

「……は? いや、それだけですか?」


 え? もう話終わったの月城?


「報告は緊急でなくば後で構わん。それよりまず、貴様の後ろで固まってるのをどうにか宥める事だな」

「それが傍に居る以上、表に出る訳にはいきませんからね」

「……すいません」


 からかうような月城の笑みと、どこか呆れたような深裂さんの眼差し。

 表情の無い表情はそのまま、しかし僅かに顔を反らしながら踵を返した黒坂さんの横顔は、どこかしら煤けているようにも見えました。



「――あ……あの!」


 そして、いつの間にかこの応接室に出現した、車椅子に座った見目麗しい女の子。

 どこか、そう。未だ寝息をたてるお兄さんの今の種族名を彷彿とさせるような雰囲気。

 それを抜かせば、銀髪青目に華奢な体躯に白衣、目を疑うような美貌。

 見入ってしまったのは、その月城に負けない容貌もあるでしょうが、どこかで見たような外見とのギャップが気になりました。

 や、率直に云えば、月城の友達のアルカさんに似てます。それも双子と見紛うほど非常に。

 でも短髪ですし、根本的な雰囲気がまるで違います。雪の吹き荒ぶ真冬と桜咲き始めた春とか、野草を苅る類の兎と人の首を刈る類の兎とか。それくらいに違います。多分。


「髪を切ったのか」

「……あ、その……ぅ」


 月城が、月城らしからぬ優しい声で語りかけるもこの反応。

 見れば見る程にわかりますが、確実に別人ですね。

 以前顔を合わせたアルカさんの様子は、こう……月城の横に立つメイド長さまが小さかったらこんな感じかなー、という印象がありました。

 今目の前に居る、顔を俯かせて言葉を詰まらせる可愛らしい様子からは、やっぱり類似性の欠片もありません。

 ならば彼女は何者なのでしょう。そして何故にメイド長様の顔が見る見るうちに冷たくなっていくのでしょう。


「ええっと……月城?」

「鈴葉、静流。少し外せ」


 疑問に対する返答は、簡潔な退去命令でした。

 染み着いた下僕根性や将来の性質でなくとも条件反射で従うような、一呼吸前のソレとは打って変わって、というよりは戻った、有無を言わさない声です。


「燐音様……しかし」

「俺様に、同じ事を二度言わせる気か? 静流」

「……は、申し訳ありません。直ちに」


 絶対視している主人の命に、余程何かしらの問題があったのか。一度意見しかけた深裂さん。

 しかし当の月城による、室内の平均温度が低下させたような一睨みで、一礼して下がります。

……なんなのでしょう。何か事情らしきものは感じますが……

 首を傾げながらもお兄さん入りリュックを抱え、能面のような顔をした深裂さんに続き、応接室から退室しました。

 パタンと建て付けよろしく閉じられた扉は、月城邸における標準仕様で、防音性にも長けているのでしょう。話し声も聞こえません。


「……ユア」

「はい?」


 応接室の脇に守衛さんみたく立っていたサイドテールのメイドさんに、無機質な声をかける深裂さん。


「代わります。秘匿性の高い区に、衛宮サマを案内なさい」

「あい、サー」


 それはそれは、横で聞いているだけで心胆寒からしめる声でした。

 それに少しばかり頬を引きつらせただけで、後は普通に応対できるこのメイドさん、ただ者ではないでしょう。


「――ヌなっ、なななんだ?! 殺気!?」


 それは、不穏な気配を小さな体で察知し、リュックから飛び出した兎さんの姿からも明らかでした。


「な、なんだここ……は? え?」


……当たり前ですが、人語で叫びながら辺りを見回すふわもこに、メイドさん二人の視線が釘付けです。


「……」

「……」


 ただ者じゃないお二方と、二本の後ろ足で立つ兎さんの赤目が絡み合い、形成されたるは言いようの無い沈黙。

 不意でしかない遭遇による視線の衝突事故で生じた沈黙は、僅かばかりの猶予をも生みます。

 しかし、どう説明したものなのでしょう。

 脳内の問いかけに答えてくれそうなあの人の姿は、ついさっき出入りしたばかりの扉に切りはなされ、この場にはありません。


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