だべり話 四
公共の広場よりも広く、それでいて目も眩むように煌びやかな室内。
過剰な光量の原因は、多種多様な宝石が散りばめられた装飾品や、埃のかけらも見当たらない色とりどりな床模様に、並べられたテーブルに一枚一枚布かれた高級そうなクロス、それぞれが人工の光を反射しているせいでしょうか。
見事かどうかは判別しかねますが、キレイとは素人判断できる旋律が流され。うちではけっして出される事の無い、てかてかとした見た目重視な料理が山のように。
豪奢な、もし落下したならえげつない被害が出るでしょうシャンデリアの下。
これまた煌びやかだったり艶やかだったりな格好の招待客が各々、似たような笑顔を浮かべ、グラスやお皿を片手にお喋りに興じています。
あまり馴染みがないパーティー会場。目がチカチカする会場の空気は、華やかに過ぎて相変わらず息苦しい。
慣れていそうな皆さんはとても……えと、楽しそう?
「ところで、これ何のパーティーなの、月城?」
「篁の子息の誕生日、だそうだ」
パーティー当日という土壇場で、喚ばれてもいない私を強制連行した張本人である月城が、何かのグラスを傾けながら答えてくれます。
上品な紫色のリボンで、ポニーにされた艶やかな髪が可愛らしく揺れました。
その姿――普段ではけっしてお目にかかれない、おめかしした月城のふわふわしたドレス姿の可憐さを改めて眼に入れ、一瞬で色々な事がどうでもよくなります。
ただ世界平和的な、なにもかもを許容できそうな従属感、もとい充足感が全身に。
「知ってたか? 篁のは、愛人の子の一人が、今日の子息と同じ誕生日らしいぞ」
月城は相変わらず精神的な冷や水ぶっかけるのが得意な子ですね。
「……いや、さらっとそんなあからさまな裏情報を云われましても」
「冗句だよ。ただ誰かに口にするなよ、消されるぞ」
パーティーという社交場故に分厚い猫被っていると解っていても、可愛く上品な笑顔の月城。
しかしその口から吐かれるのはいつもの口調。
愛らしい令嬢さんみたいな微笑みであるからして、いつも以上に激しいギャップです。
台詞の内容も含めてどう反応していいかわかりません。誰か教えてください。
「……しかし、人がよってこないね」
「壁の花か、爪弾き者か。慣れてるだろう」
「まあ……そうだけど」
一定間隔のほぼ円形で、私と月城を中心に皆さん離れて楽しんでおられます。
まあ、国守という血統二の次実力主義な重要役職。
最高峰の頭脳と人脈を駆使し、裏で色々やってるらしい月城。出来損ない呼ばわりされて久しくも、まがりなりに戦略兵器扱いな異能力者の衛宮な私。
私自身でさえ、何だかんだで煙たがられているくらいは解りますし、同様の理由でお友達もいません。月城も似たようなものです。
そんな二人がセットで仲良くしてれば、誰一人として近寄ってこない代わりに、イヤな感じの視線ばかりを送ってくるというおかしな状況が形成されるのは、自明と云えるような云えないような。
まあ、私は月城と居れればそれで満足だから良いのですけど。
というわけで微かに聞こえてくる陰口を全力で聞き流しながら、可愛綺麗な月城に向けられる邪な目線を可能な限りカットするのは暗黙な役割。
「そう言えば、兎の調子はあれからどうだ?」
「兎って……」
いやまあ、人目のある中で明言してはいけないのは、流石に判りますけど。
何故このタイミングで? と内心首を傾げながら、最近兎さんになってしまったお兄さんについて、少し気をつけながら答えます。
「そんなに変わりはないよ。ただ、人参が異様に美味しいらしくて……」
人間(?)の時は普通に何でも食べていたのですが、味覚が違うのでしょうか。
兎さんになってからは人参生齧り大好きっ兎と化し、衛宮家の食卓から人参を取り除いたり、ついでに食後はよくおねむに入ったり。
なんだかより動物に近付いてるような、そこはかとない不安が。
「……異能が意識的に――によって逆――肉体に引きずられている? ……少し俺様の方でも診てみる必要があるやもな」
間近に居ても聞き取り難い小声で何かを呟き、何時もより高い位置にある頭を揺らし、黒い尻尾頭を揺らす月城。
それにしても、ドレスで足元が見えないからって、頭一つ分繰り上がる上げ底というのはどうかと思うのです。
歩いてる姿が違和感バリバリでしたし。いつ転けるかとハラハラしましたよ。
「黙れ」
……喋ってないんですけど、私。
「持つ者風情が、持たざる者を見下すな」
「……いや、それはちょっと無理があるような……はいすいません調子に乗りましたごめんなさい」
身長差的な意味で見下ろしている私ですが、下から見下してる目で冷笑されました。
理不尽です。でも反論するような勇気はありません。周囲の邪な目線より余程こたえます。
そうこうしてる内に、曲と演奏者さんが代わります。なにか厳かな感じの旋律。
冷笑を普通の猫かぶり笑みに戻した月城が小さな人差し指たてて、曲の詳細をすらすらと教えてくれます。
余り興味は無いので生返事ですが、気付いてない筈もない月城は気にした様子もなくマイペースに、しかしどこか事務的に説明しています。発祥の地は隣国だとか、あの演奏者はどこの誰、とか。
しかしどこで仕入れる情報なのでしょう。音楽とか。
「ああ、そういえば鈴葉よ」
「なんです、月城?」
「父には話したのか? 母には少し難しいにせよ、耳に届いてない筈もないだろう」
ああ、お兄さんの事ですか。
無事に帰還した事を、その実体と不都合な事を伏せて公表される事になったお兄さん。
当然ながら心配していたお母さんは会いたがっているらしいのですが……元々の事情と今の事情が込み入って、まだ対面とまでは到りません。
あ、でもお父さんとは対面済みですよ。ちょっとした騒ぎが発生しましたけど。
「最初は兄がごねて変に隠そうとしたが、あのなりだからと一見で喰らわれかけ、慌てた貴様が正体を告げる。そして腹を抱え指差して笑い転げる父、即座にぶち切れる兄。発生する親子喧嘩、しかし体格の差で瞬殺――というところか」
憶測という名の真実ですね。さすが月城ご名答です。
「流石に兎の体でクロスカウンターは無理だった、とはお兄さんの負け惜しみ」
あれはきれいな自爆でした。
突っ込む兎なお兄さん、突き出されたお父さんの拳、はじける血しぶきと内臓、兎さん型の小さい穴が空いた壁。
貫通する毎、その穴が小さくなっていくのがいつもよりちょっぴり上なホラーでした。
微苦笑のままの月城はグラスを手近な小テーブルに置き、香辛料で味付けられた野菜盛りを手元に。
「いや。それよりかなり前の段階で超常だろう……しかし話は変わるが、パーティーというのは……この場で貧富を語る野暮ではないが、肉類が多くていかんな」
「月城、お肉嫌いだもんね」
野菜メインに盛られた炒めものの中に混ざっていたらしい、程よい肉片。
それを私の小皿に移してくる月城の表情は、少し不快そう。
でも大きめなサイズのスプーンをちっちゃな手で持ち、細かく小分けにしてくる仕草とか、その度に揺れる新鮮なポニーとか、たまらないほどに愛らしいです。
「……何だ。文句でもあるのか」
「いえいえ。あろうはずがありません」
「……ふん、良いではないか。より美味い、より食べたいと言ってくれる奴の口に入った方が、料理だって……おい、その目を止めろ」
不服そうに愛らしい口元をへの字に曲げ、言い訳がましくも曖昧に語る月城でした。
「――どわ」
悲鳴が途中で止まる。
ひっくり返され、畳にしては固めじゃないかなと常々思っていた畳の上に転がった。
月城家に来て何度繰り返したか解らない受け身は、もう条件反射の領域でこなせる。ダメージはほぼない。
「……チェック」
でも足をふんじばられた上で組み伏せられた状態じゃ、どうしようもないんだよねこれが。
受け身と同じく、何度繰り返したか解らない、練度が違う相手からとりあえずボコられるという訓練。
頑丈さと体力には意外と自信があった。実際に先輩方にも結構驚かれた。
でも勝てない。お互いに向き合って、素手での実戦形式。
練度と経験が違うのはわかってるけど……
「……だいじょうぶ?」
「大丈夫!」
抑揚の少ない声に、負けん気というハリボテで出来た声を返す。
勝敗はついて拘束が解かれ、仕切り直しに向き合った。
相手は、表情が読めない静かな顔で小首を傾げながら、肩くらいにまとめられた短髪を揺らし、小柄というよりスレンダーな体躯が、いい加減見慣れた構えをとる。
色白で眼鏡がよく似合う、同年代なのに物静かそうで、可愛いというより前に綺麗という表現がつきそうな顔の先輩。あずきちゃん。
その手には何も無…………いや、えと。
う、うねうねー?
ああ、さっきのはアレに脚捕られたんだ?
「……なに、それ」
「にょろにょー」
直視し難い情景を前に自失したあたしに、謎な単語が返された。
平常は眠た気な目を僅かに緩めただけのあずきちゃんは、片手を無手で浅く握り、空いた右手から謎な物体を生やし、にょろにょーと生理的に受け付けない動きを見せている。
「……シーちゃんさん。人の腕って、あんなんだっけ?」
「安心しなさい、あずきだけだから」
訓練所の隅で何か書いてるシーちゃんはえらくおざなりに答えた。
何だろう。なんか達観した声だ。より具体的に言えば、人生に疲れた老人のような。
「それは否」
しっかりとした声で答えたのは、あたしではなく、話題の中心にいるあずきちゃん。
四角いフレーム眼鏡を指でつつきながら眠た気な半眼を見開き、いつにない真面目な顔で続ける。
「私に宿ったものが果たして私だけで済むだろうか。私という苗に植えられた種が芽吹き、やがて種子を育んで他の苗に飛ばないという保証はどこにも――」
「とんでもなく不吉な事を心なし嬉し気にほざくなあああああああ!!」
無口なあずきちゃんの、未だかつてない早口かつ長文――あたしには意味不明――な解説が遮られる。
シーちゃんが、手元にあった木製ペンを何故かへし折り、怒りに満ちた咆哮をあげたのだ。
「なぜ。シェリーはにょろにょーが欲しくないの?」
「んなもん乙女の柔肌から生やして喜ぶようなのがアンタ以外にそうそういてたまるか!」
「しっ、シーちゃんちょっと言い過ぎ!」
「マイナーである事は否定しないが、料理長は欲しがってた。美味しそうだね、って」
「「食?!」」
そんな、蛇と蚯蚓とヘドロと色々混ぜたような物体をって、ゲテモノにも程がある。
あたしとて元孤児。一通りの草や虫なら食べれるけど、あれを口にする勇気は無い。
見た目は兎も角、なんかこう、じっと見てると……生理的に受け付けないというか……
「ただ、メイド長から試食禁止を言い渡されていたから。実物を前にして指かじりながら、すごく残念そうにしてた」
「……料理人って、あんなんを食べたいと思えるくらいの感性が必要なんだ。やっぱりすごい職だね」
「……いやいやいや、あの人が規格外過ぎるだけだと思うぞ」
やっぱりあたしの腕前は家庭料理止まり。
以前、バイト先の料理長から言われた通り、金までは取れそうにないな。
「舞。あなたはどう。にょろにょー、かっこいいと思わない?」
「いや、それは無いから」
「……」
いや、そんな生理的嫌悪感の塊をかっこいいとか、そんな感性を持ち合わせてはないから。
……え、何。何で無表情でにょろにょーをあたしの前で、ぐるぐる……ぐる……ぐぅ……うま――
「――しっかりしろこの馬鹿ぁ!」
「わぅ!?」
頭に受けた衝撃で、何かあやふやになってた意識が浮上する。
同時に困惑もした。何か口にある。何か噛み切れないけど妙な弾力がある。
……いや、え。なに。何であたし、にょろにょーを口に……
「――っッ! うげえ、ぺっぺっ、辛くて苦くてまずいぃ!?」
「不味い……それは予想外」
「言いたい事はそれだけかこの馬鹿あずきィ!」
うー……なんか舌と喉の奥がいがいがする……
「アンタあの料理長に試食禁止例が出るようなゲテモノを下っ端の口に突っ込むとか、何考えてんだ!」
うーうー、何か奥に入った様子は無いのに……舌から伝わっただけで喉まできたのか、何という刺激物。
「……ごめん……つい、ノリで」
ううぅ……口直し口直し……
「――ああもうこいついやだああああああああああ!!」
ふぉ、何事?!
あんまり体験した事の無い刺激に唸りながら水を捜して退室しようとした所、唐突な絶叫に足を止める。
視線を向ければ、頭を抱えて唸るシーちゃんの姿が。
それにびっくりしてると、何故かにょろにょー引っ込めて寄ってきたあずきちゃんからすまなさそうに頭を下げて謝られた。
いや、何?
ああ口の中に突っ込んだから……え、違う? あたしが自分で口にしたの? 何で?
「――精神誘導? いやわかんないけど……ところで、何でシーちゃんは頭抱えてうなってるの?」
何か、責任者権限とかであたしを呼んで連れだした時から、妙な印象受けたけど。
「……さあ。私の能力調査に同行してから……なにか、大体ああ」
「大体ああ、って。大丈夫なのそれ……あ。あの日?」
「……なるほど」
「ちっ、が・う・わ!!」
なんか情緒不安定っぽいからそうなんだろう。成人女性特有のアレ。
二人で納得したところ、当人から凄まじい勢いで否定された。
「……落ち着いて。どうどう」
「誰のせいだと思ってんだっつーか触手出すな!? なだめてるつもりが余計腹立つ!」
「シーちゃん、ヒスはいくないよ。ほら、あずちゃんだって悪気があったわけじゃないんだから」
「無いから余計質悪いんだよ! あんたにわかるか、四六時中触手女と向き合う羽目になった私の気持ちが!?」
「触手ではない。にょろにゅー」
「普段の三点リーダーを棄ててまで拘んな!」
「あれ? にょろにょーじゃなかった?」
「……ボケに気づいたのは良い……でも、ツッコミが不足。いまいち」
「どうでもいい事で人を無視すんなこの半天然ボケどもォおおお!!」
唸り奮える拳が一つずつ。
あたしとあずきちゃんの頭頂部に振り下ろされた。