繋がれ人と自由人
窓は無く、一つしかない扉を閉じれば出来上がる密室の光源は単調な発光を続ける小さなランプだけ。
家財も最低限以下、息が詰まるくらい殺風景で手狭な、冷たい石造りな正方形の部屋。
月城家の地下に位置し、何か不始末を仕出かした時、簡易の罰を与える為の一室。
鍵は外にしか無く、扉も厳重。牢獄のそれに近い仕様で、本物みたいな檻こそ無いものの、風も色も無く閉塞感ばかりが強い。
閉所と暗所大好きなあずきと、特殊な嗜好の変態くらいしか喜ばない部屋だな。と改めて思う。
そんな部屋の隅、数少ない家具である、埃かぶった寝台の上。
膝を抱えて、子供じみた顔を暗く俯かせた、小柄なメイド見習いが一人。
独断先行をやらかした簡易の処罰として、ここに叩き込まれた同僚、泉水 舞である。
「……なぁにやってんだか、あんたは」
嘆息混じりの発言に、しかし面は上がらず反応も薄い。
罰を受けているから、それ以前にメイド長から叱られたから、とかでなく、それより前。一人で帰還した時からふさぎ込んだ様子だった、らしい。
こいつは、詳しい事情は後回しという事で放り込まれたわけだが、その詳しい事情――単独で先行し、逃走者を追跡したその概要は、未だ不明。
だからこそ、聴取役というシワが私に回されたわけだけど。
「おーい、聞いてんのか。舞ったら」
「…………しー、ちゃん……?」
やっと反応はしたけど……すごいとろい。
数日、寝食訓練共にして、仕事の世話もしてわかった。いやする以前からなんとなくわかってた、基本脳天気なお子様というこいつ。
一日前の何も考えてなさそうな目が、何をすればこんな沈殿した泥をかき混ぜた水たまり並みにどんより濁るのか。
その事情を聴取せねばならない身分として、つられて内心がどんよりと沈みかけた。
しかしメイド長に叩き込まれた精神操作技術を駆使し、仕人の面を被って外見だけ平常を貫き、話を促す。
「アンタは、またなんか変だよ。何があったの」
「……なんかね、色々、わかんなくなっちゃって」
またかい。とは流石に口に出来なかった。心情的にも道理的にも。
何より悪いのはこのお子様でなく、取り巻く環境と巡り合わせ。
「あのね……先生がね、最初、死んでるっておもったの」
「……追っていった先でか」
追跡対象が殺されてたのか。それで、この有り様ってこと?
「だって、だって……首がね、首が、ないんだよ」
ぐしゃりと歪んだ舞の顔は、へこんでいた先のそれと比べれば悲しみが目立つ。
ただ泣きそうな顔。理不尽に虐げられて、痛い痛いと泣く子供の顔。
「殺されても死なないと思ってたよ、そういう人だったから。でも、首が無い。なかったんだ。生きてない……死んでるはずなんだ、なのに」
聞くかぎり、酷い情景を思い出してるのか。口にしながら考えを進めている感じ。
……精神操作されている痕跡は無い、と燐音様のお墨は付いてるが……まあ、先生と呼んで慕っていた相手の首が転がってる所を見ればこうなるか、と判断。
「頭が……離れてて、血がいっぱい。そうだ、血……あれ、なんだろ。なんか……」
ショック症状じみて歪んでいた顔が、困惑に変わっていく。
しかし困惑止まりで、危惧すべき錯乱の予兆は無い事に僅かばかり驚き、怪訝に思いながらも、その様子を見守る。
「――あの時……投げて、飛ばして、逃げて……変だ。なんか変。おかしい」
「……舞?」
「シーちゃん……先生、たぶん死んでない」
寝台に座ったまま見上げてくる舞の視線は、前後の状況からして当たり前だが、平常のそれとは異なっていた。
名状し難い迫力に圧され、意味もなく下がりたくなる気勢を抑える。
多分とは何か、ともすれば現実逃避にも受け取れる発言の真意を問う。
「血の臭いが違う」
「臭い?」
「直ぐには解んなかった、というか今の今まで、気付いてたけど気付いてなかった……あれは、先生じゃなかったんだ」
何を言ってるのか、こいつは。
一瞬、気でも狂ったのかと内心蒼白したけど、私に向けられている眼差しには、平常に近い理性が見てとれる。
繋がった、少なくとも自分の中で一本線が通ったような、そんな目つき。
「先生の姿をしていた、少なくともそっくりだったけど、傷が無かった」
「傷?」
「逃げ出した原因だよ、シーちゃん。何か、得体の知れないナニカがあの時、先生に深い傷を負わしてた」
該当の情報が思い当たる。
現場に居合わせた外部協力者、アリューシャ=ラトニーが、固有の能力で手傷を与えたという。
「所々に落ちてた血の跡を辿って、あたしはあそこまで行ったんだ、けど」
「……死体には、それらしい傷がなかった?」
……そりゃあ、臭いね。きな臭い。
そっくりな死体……偽物? でも、冷静じゃなかったとはいえ、結構勘の鋭いコイツが気付かない、そこまで精巧な……まさか、人造生命体?
もしそうなら、それを用意したのは……
「殺された、って。やった奴を見た?」
「うん、片腕だけど凄い強いシスター。キレイな黒い剣で、衝撃波とか放ってた」
隻腕のシスター……黒くて綺麗な剣で衝撃波……
該当情報が全部、ぴたり一致するのが一名。
かつての月城家の懐刀。コードネーム"シスター"。
隻腕でありながら、メイド長や樹さんでも正面からは分が悪いと断じた、剣の化け物。
「……よく逃げられたな、あんた」
「うん、我ながらそう思う。もう一回突っ込んでたら、死んでたね」
少しばかり蒼白した顔が、ランプの薄い光源に照らされ、笑んだ。
少しは、というか大分気を持ち直したのか、最初見た平常外の危ういものはもう殆ど消えている。
しかし……もう一回突っ込んだら死んでたって、まさか……いや、こいつの性格考えたら、一回くらい突っ込んでてもおかしくは……や、私にも勝てないへっぽこが? しかも丸腰って聞いたけど……
いやいやいや、考えれば考えるほど、無謀なんてレベルじゃないんだけど。こいつの馬鹿げた逃げ足考慮に入れても……あ、頭痛くなってきた。
「シーちゃん、大丈夫? なんか顔色が――いたいいひいいひゃい!」
話をしただけですっかり調子をとり戻す脳天気なお子様めが……! 無茶と勝手ばかりしやがって……!
湧き上がる怒りの衝動にうっかり流され、モチみたいな張りのあるほっぺの引っ張れる限界に挑戦した私を、いったい誰が責められるだろうか。
偉大なる錬金術師達が年月を重ね錬成し、創り上げた、雲を貫き天を衝く巨塔がある。
その下に広がる、大陸中央の大きな国の、郊外に面する一角。
遥かな昔に、深い森林を開拓された跡が垣間見える小川に、多様な色の樹が並び、石造りの建築物を彩る季節の花。
そしてその一部を押し潰す、元は建築物であった瓦礫の山。 包丁で切断された野菜のような断面が見て取れる柱であった跡の上、羽を休めていた渡り鳥が翼を広げ、複雑な地形の隙間に吹いた風に乗った。
最も新しい異能力者にして停戦の英雄、マグナ=メリアルスが与えられた屋敷の、内一つである。
「ただいまー!」
「おっ、おおお帰りなさいませ、マグナ様」
「さくらさくらっ! 聞いて聞いてっ、おれ鋼の傭兵と会ったんだぜ!」
「左様で……あの、鋼の傭兵とは?」
「あー、さくらは知らないんだな。いいか、鋼の傭兵って人はだな」
テーブルの上のうたた寝から、ぼんやりながらも目を覚ます。
うすぼやけから瞬く間に平常化していく視界の先には、豪快に振られる犬の尻尾を幻視する程にはしゃぐ馬鹿と、馬鹿でも知ってる名に首を傾げる世間知らずな侍のガキの姿があった。
客人の分際で、居間で微睡んでいたのが悪いのか、久方ぶりに目にした馬鹿は、戯れ混じりの恨みを込めて睨むこっちの様子に気付いた様子も無く、鋼の傭兵に関して誇張気味の――と信じたい――伝え聞きを、うざったく口にしている。
鋼の傭兵、ウル=アスガド。
神器を得る以前から竜殺しなんて称号を持っていた、異能力者でも錬金術師でもない、人外。
そんなのといつ会ったと言うのか。戦場での遭遇なら、たとえ異能力者であっても敗北を視野に入れなきゃならん相手の筈だが。
疑問を差し挟むだけの気力も無く、角も丸いテーブルに顎を乗せたまま、欠伸を一つ。
与他話に近い竜殺しから始まり、眉唾臭い千人斬りの逸話に入った所で、集団"を"リンチや大量虐殺で"英雄"な自分と重ねたか、輝かせていた目を伏せ消沈。 天然で打たれ強い、と見せかけて意外にナイーブ。シンプルに強さがガキらしく好きなガキ。異能力者になる前も後も、そこらの基盤は変わった様子もない。
「まっ、マグナ様? あの、いかがなされましたか? もしや拙者が何か粗相でも」
主君と定めているらしいガキの体たらくに、相槌打ってた顔を困惑に歪め慌て始める脳筋侍。
そのままどこまで茶番が続くのか興味は在ったが、ガキ共の喚き声は大変に喧しく面倒で、何より安眠妨害であった。
余り回らん眠気頭と寝ぼけ眼から鬱陶しさも手伝って、それを取り除くべために、無難な仲裁の口を吐く。
「……あー、気にすんな。意外な所でへこみ易いガキが、勝手にツボに嵌っただけだ」
「……客人。しかし」
「え、あっ、ラディルさん? ラディルさんだっ!」
八の字状に下がっていた困り眉した侍が何かを言おうとしたが、陰鬱とは真逆のベクトルに向いた声がそれを遮る。
というか今気付いたのか。最初から居たってのに。相変わらず抜けた野郎だ。
「うわぁ、久しぶり。どうしたの、もしかして遊びにきてくれたのか?」
「ちぃと寄りかかったというか、強行軍の休憩に使わせてもらってるというか……」
打って変わって喜色満面な天然発言に辟易しつつ、一応の客人として、家主サマに適当な返事を返した。
それに本人は兎も角、手下としてお気に召さなかったか。無駄に生真面目な侍が、逆八の字に眉を吊る。
のほほんとご機嫌そうに、長いテーブルに着席した上で緩めた頬に手の杖をつき、そーなんだあと意味も無く笑う馬鹿と並べると、苦笑がわく程度には滑稽に思えた。
「しかしラディルさん、一人なのか? てか疲れてない? なんか眠そうだ」
「ガキの片割れは別行動中。もう片方は、俺を帝国から中央らまで拉致した後、どっかに出掛けた」
「拉致って……ああ、なるほど」
帝国から中央国まで、国境またいでどれだけの距離があると思っているのか。馬車で旅したとして、何十日掛かると思ってるのか。本当に異能力者と言うのは、色んな意味で非常識だ。
帝国の月城邸に居た所、抵抗する間も無く物理法則に喧嘩売ってる速さで輸送され、意識が飛んでる間に不法入国させられた挙げ句、気付けば街中に放置されていたのだ。
「ちょうど銃火器携帯してる所だったからな。即座に通報されて治安維持の公僕に追い回されて……ほとぼりが冷めるまで避難させてもらってるとこだ」
色んな意味で大陸屈指の変態国家な癖に、治安維持に関して他国の追随を許さない程度に高い。
まあ、街中で銃なんぞぶら下げてたら、どこの街だろうがしょっぴかれるんだがな。
「ああ。追われてたからそんな眠そうなんだ」
「いや、追跡自体まくのにこんな神経使わねーよ。それ以前に、忌々しい女装趣味の変態に巻き込まれて書類の山が……っくぁあ」
かみ殺し損ねた欠伸をこぼし、地味痛みが残る目を細めた。ああまだ目がしばしばする。
事務仕事なんて随分久し振りだってのに、手加減もなくここぞとばかりに後ろ暗い所ばかり大量に押しつけやがって……
「眠いなら寝室でも使えばいいのに」
「その寝室が潰れてなきゃ素直にそうしとるっつーに」
再びこぼれかけた欠伸を殺す。
正面に座るマグナは、預けられていた隠れ家の一つの有り様に気付いてなかったのか――まあ帰ってきたばっかなら仕方ないが――笑顔のまま固まり、隣の侍は冷や汗流して顔を背けた。
「……さくら」
「はっ、はひははは、はいぃ?」
名を呼ぶ声はその表情同様に固い。
呼ばれた侍は、拝むように両手の指を薄い胸の前で擦らせ視線をさ迷わせる。
あからさまな下手人の反応は、あからさまに過ぎて寧ろ逆があるんじゃないかと思うくらいだ。
「また、喧嘩してたの?」
「いやあのえーと、そのですね……」
「誰と誰?」
「あぅう……その、朔と、わ、私。です」
水が満たんに溜まったバケツがひっくり返されたような盛大な嘆息がこぼされ、名前一文字違いなんだから仲良くすればいいのに、とまるで理屈が通らない愚痴を口にするマグナ。
涙目で土下座しようとして、それ禁止とマグナに止められ、申し訳なさそうにごめんなさいごめんなさい言いながらも身を縮める侍というよりただのガキ。
大体、少し無理すれば二桁半ば程の人間が住まえそうな屋敷(庭付き)の三分の一は瓦礫にされたらしいが……おい、よくある事だけどってお前。
……まあ、うちの馬鹿ガキみたく、建築物粉砕的な悪戯して開き直るとか誤魔化そうとするとかより遥かにマシ、と言うか比べる事さえおこがましいか。
良識外れは、力を持ったガキの運命かも知らんが……いったい誰が尻を拭くのかね。あの銀チビか?
「それで。今回の原因は何。何で喧嘩なんてしたの」
「はい。えっと、そのぅ……」
少しばかり口ごもった様子だが、有無を言わさず無言で、正しく反論の余地を許さない視線に、罪悪感と性格も加勢してか、屈するに十秒と数えるに足らなかった。
語られた原因としても、頭に記憶するにも足らん、喧嘩両成敗という処置を下すに情状酌量の余地は存在しない類いのものである。
さしあたり、連中の仲間内で兄貴分を自称しているマグナによる説教が暫定として執行された。
……ああ、しかし喧しくて眠れん。藪蛇だったか。ガキの教育に邪魔挟むのも憚られるし。
畜生。後で拳で文句言ってやる。
「――わかった? 取り返しがつかない事があったら遅いんだからね。もう、あとで朔にも説教しないと……それで、とりあえず台所は大丈夫なのか?」
「も゛う゛じわげありま゛ぜん゛ん゛ん゛っ!」
茶の一つも出てない現状で察しろと言うのはキツかったらしいが、顔中をいろんな水物でぐちゃぐちゃにしたガキから読むのは出来たらしい。
片手で頭抱えながら、引きつった顔で嘆息を一つ。
とりあえずとばかりに取り出されたハンカチでぐちゃぐちゃに汚いガキの顔を、やけにこなれた手つきで拭いてやるのは、シスターなる人物から幼少時に叩きこまれたという教育の名残か。
「なかないの。今回壊したんなら反省して、また直せばいいんだから。ほら、凛々しい顔が台無しだよ」
「キザくせえ」
うっかり零してしまった簡潔な感想に、二対の間抜けな視線が向けられた。
寝不足で寝られんからと、気が立ち易かったせいかね。
自己判断を下しながらも、反省はしない。むしろ少しばかりすっきりだ。
「……客人とは言え、無礼ではないか?」
率直な発言か変わらない態度にか、それとも慰められてる所を邪魔されたからか。機嫌を損ね、まんま拗ねた涙目で睨まれる。
別に大した事は感じないが、形だけ悪い悪いと謝罪しておく。
片方は苦笑、もう片方は膨れっ面に変わるガキが二人。
「あはは。あ、そういやラディルさんはご飯食べた?」
「察しろ」
キッチンはおろか、貯蔵庫までダメだったんだ。水の一滴たりと飲んでねーよ。
それ以前に装備だけ整えて、後は月城家食堂で食ってから、って所で拉致られたからな。元々空腹だよ。そしてそれ以上に眠い。
「そっか。おれも腹へったし、さくらもだろ? どうしよっか」
「寝かせろ」
それ以前に頭を浮かせる余力さえ無いのが分からんのか、この脳たりんめ。
「いや、食べてから寝なよ。おれがなんか弁当でも買ってくるからさ」
「おぅ、んじゃ任せるわ」
我ながら緩慢な動作で足元に置いたバックパックを探り、財布から森の絵と雑多な数字が刻まれた紙幣を取り出す。
代金だと投げて渡し、やる事はとりあえずやったとテーブルの上の腕枕に頭を落とす。
閉じた視界の向こう、苦笑された気配が感に触ったが、それ以上に眠い。仮眠だ、少しでも寝かせろ。
「あの。わざわざマグナ様が行かれずとも、私が」
「いや、さくらじゃラディルさんの好みわかんないだろ。気分転換にもなるし……あ、一緒に行こうか」
「は、はい。マグナ様がそう仰られるならば、お供いたします」
西方風の外套と東方にしても古びた袴の衣が摺れ、遠ざかっていく気配を感じながら、微睡みに身を任せていく。
意識が途切れていくのに何分何秒かかったとかいう自覚は、何時もの如く無かった。
そして鴉が喚きはじめ、治安維持官らしき発砲音と、甲高い害鳥の断末魔が遠くに聞こえる時分。
赤みのさしかけた日に照らされた居間が、眠気と疲れがそれなりに取り除かれた目の端に映る。
テーブルの上に広げられた遅い昼食。錬金術師が量産した薄い容器の中身は、冷めた日の丸の米に、焼けた魚の切り身に添えられた野菜少々という、市販弁当。
中央だけに根を張った、そこそこ値のはるお持ち帰りチェーン店の、世界的に見れば相当レアな市販品である。
「えっ、西に行くの、ラディルさん?」
「ああ」
そも弁当などという、全くとはいかんでも余り馴染みがないそれを割り箸でつつきながら、律儀にテーブルと飯を同じくしている主従コンビに頷きを返した。
「何しに? まだラディルさんも異端認定解けてない筈だけど」
「異端認定が解けるわけねーだろが、お互いに……まあ、野暮用だよ」
以前やらかした暴走に近い若気のいたりの結果を思い出し表情を崩しかける。
西方最大級の暗部組織である、異端審問部から付け狙われる烙印。覚悟はしていたが、ここ数年の苦労を思い出すとやりきれるもんじゃない。
口の端が歪むのを自覚しながら、誤魔化し紛れに焼き魚の切れ端を口に運んだ。
「ふぅん……アリューシャと別行動なのと、何か関係あるの?」
「鋭いな……とでも誉めると思ったか」
天然な馬鹿の癖にたまには鋭いが、それはそれ。これは普通に外れだ。
そう告げると、少しばかり悔しそうに唸るマグナ。学が無いとまではいわんが、落差のある奴。
「そんな深い意味はねぇよ。ただの墓参りなんだから」
「ふぅん、墓ま……ええェーっ?! ラディルさんが墓参りぃ!?」
「……以外と信心深いのだな」
片方は噴飯しながら驚愕し、片方は心底から意外そうにする。
どういう反応だガキ共。
気分を害しながら、魚身に紛れていた小骨を噛み砕く。
「んだよ。俺が墓に顔出したら縁起でも悪いのかよ」
「いや、そうじゃないけど……危険な西方くんだりまでとか」
「マグナ様から聞いていた人物像から、些かズレて思えるというか」
「そうかい」
小食な俺よりも量のある食の手を止め、各々爪楊枝が必要そうな感想を語る育ち盛り二人。
……まあ、時期を計ってもそう行ける所じゃないからな。月城のチビからも嫌な顔されたし。
密入国はどちらにせよする事になるし、異端審問部にも発見され易い。危ない橋渡って墓参りとか、確かに俺のキャラじゃないかもしれんがよ。
まあ墓参りは別にしても、引っ掻き回して捜査攪乱も悪い手じゃないし、という打算もあるが。
最近、最高戦力の一角が事故死したとか、若い執行官から背神者が出たとかで、審問部の内情は酷いらしいからな。
「ああ、おれも少し聞いたよ、審問部の内部がごたついてるって話。黒坂さんもちょっと関わったって」
黒坂、って樹がかよ。転移事故で跳ばされてたと聞いたが、よりによって審問部の上層が死ぬようなごたごたに関わるとか、何やってんだあいつ。
「いや、本当に偶然ちょっとだけって。詳しくは濁されたけど」
……ううむ、本来の予定じゃあ、も少し出立遅らして、ちぃと話でもと思ってたんだが、これは思ってた以上に話をすべきだった。まあそれも規格外な馬鹿のせいで俺と入れ違いになったせいでおじゃんなんだがよ。
月城邸に残してきたアリューシャに期待……はするだけ無駄だな。
月城家との即席パイプの方は予定通り、西に潜るにあたって暫くは期待できん。
ままならんもんだよ、全く。
「しかし、墓……墓参り、か……」
「……マグナ様? 如何なされましたか?」
世の不条理に少し嘆いてると、何やら食事の手を止め、何事かをぶつぶつ呟くマグナの姿。
馬鹿面を僅かに俯かせ、前髪が目元から隠しているため、口元くらいしか見えん。それでも伝わる妙な気配は何ぞ。
似た感想を持ったか、箸の手をを止めたさくらが、脇から観ても過剰なまでに心配そうに見つめる。
それにマグナが我に返った風に面を上げ、年相応よりあどけない目元を、数度瞬き。
「いっ、え? あ、いやいや、なんでもないよ、何でもないからね?」
引きつった頬に、流れる冷や汗。そして泳ぐ目線、不自然なテンポの噛み口。
これまたあからさまに何かあったな反応だが、特に無理して割る必要性も手段も欠けていたため、それが何かは厳密には解らなかった。