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兎凹





「あの変態の仕業か」


 名称不明の地形修復者にして、意味もなく薄汚れた格好をした最高の錬金術師。

 それが、肉体を失った衛宮 優理の新たな器を――兎擬き――製造し、定着させたと。私は言った。

 まあ前者の手法は兎も角、後者を実行出来る者はそういない。

 明確な敵方に一人思い浮かぶが、理由がないし。

 燐音くんは多くを語らず、簡略にそう説明した。


「地形修復者……そうか。そいつが、私を、こんな姿に……っ」


 寡黙な小娘に捕獲された小動物擬きが憎悪に満ちた言を吐く。

 しかし微妙に怯えた感じの小娘の胸の中、ぎゅっと締められ苦痛の呻きに早変わり。そんな兄にえらく微妙な視線を向ける弟。

 地味にプライドが高い兄から見れば、その体たらくは結構な苦痛だろう。くうう、と噛み締めるうめき声が漏らす。


「魂の定着に、器の拒絶反応緩和。異能力者の特性だけとは考えにくい、となれば媒介……賢者の石か、それに類するモノ。という所か」


 いや、細かい事はわかんないから、後で頭のいい友達にでも確認してもらえばいいじゃない。たぶん合ってるだろうけど。

 推測を語る燐音くんにそう告げれば、言われずともわかっていると可愛げの無い反応。


「ところで、兎である必要はあったのか?」

「無いだろね、そんなもん」

「無いの?!」


 彼女ならばホムンクルスだろうが巨人だろうが獣人だろうが創れるだろうし、魂や精神の定着も造作無いだろう。

 凡百の錬金術師からすれば不可能で無理で思慮の外だろうと、馬鹿笑いしながら片手間にやってのけるのが生きた伝説の成せる業。

 ただまあ、件の器を錬成してくれと頼んだ結果が御覧の変態的な有り様なだけで。


「殺す殺す殺す。必ず見つけ出して元の私の躯を創らせた後にぶち殺してやる!」


 意味もなく兎らしきものにされてしまった異能力者が不可能な事を吠える。あうあうと、その様に涙目で狼狽える視線をさまよわせる小娘の胸の中で。

 それを見咎めたらしい燐音くん、薄い溜め息を一つこぼし、小動物に視線を向けた。


「少し落ち着け小動物」

「小動物言うなああああーっ!!」


 敏感だなあ。事実なのに怒るなんて。

 ぷるぷる震えながら怒鳴り散らす小動物は、同じ異能力者である弟が涙目になる程度の威圧を滲ませている。

 その衛宮弟の膝に収まるおやだまだっこちゃんは静かな大人の対応。


「だから落ち着け、アリューシャが涙目だ。俺様の友人を泣かす気か」

「ぐ……む、うぐ」


 流石に泣く子は勘弁なのか。それとも刺すような燐音くんの視線に負けてか。押し黙る小動物兄貴。

 そういう所は兄弟そっくりだね。何の英才教育だか。

 似非小動物が静まると同時に、濃い宵色の目が私に向けられる。


「で。何故貴様が優理を助けた」


 面倒と危険をおして、何故そこまでするか。

 人格分析からは微妙に逸れていたのか、少なくとも生徒や被験者の情に絆されて、とかは目つきからして考えてないっぽいけど。失礼な目つきだなあ。


「そりゃあ、目の前で困ってる人を助けるのは、当然でしょ?」

「白々しいな。気色悪いを通り越して吐き気を覚える」

「先生、あたしちょっと鳥肌たった……」


 まあ冗句だけど、そんな頭から否定しなくても。

 そして心底から気持ち悪そうに二の腕さする舞くん。後でちょっと話がある。


「気紛れか、それとも何か仕込みでもあるのか。まさか取り入る為などとは言わんだろう」

「そのまさか、と言ったら?」

「鈴葉、前に貴様が創った、プリンだったかミネストローネだったか解らん代物を――」

「いやいやいや。ごめん、ごめんなさい。すいません。謝るからそれは勘弁」


 流石にね、明らかに妙な科学反応起こしてる物体を口にしたくない。


「遠慮するな。料理というには冒涜(ぼうとく)だが、謎の栄養だけは十分にあるんだぞ」


 ここぞとばかりに毒殺しようとしている。目がマジだ。

 というか栄養って、まあ発育不良かつ体の弱い君が口にするにはそれくらいの理由(いいわけ)が必要なのか知らんけどね。君、悪食家じゃん。

 酷いですよう、と的外れで自覚皆無な悲観を吐く衛宮弟。正気があってもいまいち自覚してないらしい。


「ま。話が進まんからそれは兎も角として」

「自分から振っといて」

「まさか、小動物の返還だけに来た訳でもあるまい」


 貴様は情報提供に来ると言って来たのだ。招いてもいないのに。

 言葉よりも雄弁な宵色がそう語る。

 ついでに、小動物の所で小動物擬きからうがあああと反応があったけどそれはスルー。

 情報提供。確かに、ああ確かにそういう名文だったね。

 適当に頷き、懐からそれを取り出す。


「先生、それは?」


 手のひらから少しはみ出る程度に大きさの、少し力を入れればあっさり折れてしまいそうな薄いプレート。

 それを横で見た舞くんが首を傾げるが、まあ君は関係ない。


「……記憶媒体か」


 燐音くんは知っていたか。まあ話が速くていいけど。


第二世界法則拡大(ツヴィラ・ネクスト)……データベースで参照するといい」

「……先生?」


 言いながら席を立った私を見上げ、どうしたのと首を傾げる舞くん。

 頬を緩め上辺だけで笑み、見返す。素直な視線が揺らぎ、不信から不安へと重きが傾いた。


「私は、ここらでお暇させてもらうよ」

「待て」

「どこに行くつもりだ」


 燐音くんと、ついでに小動物から制止の声。

 まだ聞き出す事がある――元々出来の宜しくない小動物の方は兎も角、燐音くんもそうだと言うなら。


「少し、腑抜けたかな。燐音くん」

「何?」

「いや、ちがうかな。君は、元から――」


 宵色に剣呑なものが混ざり、私の台詞を遮るように短く胆を発する。

 名が呼ばれた。薄桃色の小娘の名前。アリューシャ。

 それは同時に――異能力者の兄弟が並ぶこの場において尚、最悪の名前。

 知覚の外、感知の外。得体の知れないナニカが、理解不能な軌跡と椅子とテーブルと天井をデタラメな順序で抉る。

 音も無く、気配も無くば存在も無く、過程も無い。ただ結果として貪られたような破壊の跡だけ遺る。そういう意味不明な攻撃。

 しかし、そこに私はいない。

 誰かが悲鳴をあげる中、兎を抱いた小娘が金色の眼を限界まで見開き――通路に続く扉の前で手を振る私を認め――理解不能な顎を剥く。

 角度や速さや距離に規模、一切が不明なれどしかし、そのタイミングは。


「――鈍い」


 認識不可能な攻撃だろうと、引き金を引くのは人。ならばタイミングを測るのは、不可能な事じゃない。

 物質透過まで使用して逃……む。あ、これちょっと。

 脇腹抉られてら。骨もちょっと、あー痛い痛い。うわー、まじ痛いなあ。これ内臓はみ出るってえ。

 屋敷の外から地を蹴りちょっと血を吹きながら、はみ出かけた内臓押さえ、持ち前の逃げ足でとりあえず帝国の外まで――退避。










 いびつに丸い、まるでスプーンで抉ったような破壊跡。

 数秒前まではまだ使えた数少ない家財と、年季の入った天井に、そんな傷跡が刻まれています。

 どのようなサイズで、どれだけに鋭利であればかような有り様になるのか、皆目見当もつきません。

 ですが実際、天井は抉られ通路の壁は一部崩され、小動物(比喩でなく)なお兄さんが絶叫してのたうつような事態。

 泉水さんが先生と叫びながら、俊足で姿を消していった道――謎の現象で空いた壁穴から、細かい破片か埃が散りました。


「いや。少しばかり早計だったか……済まない」

「済まないじゃ済まないぞ畜生ーっ!?」


 珍しく罰が悪そうな月城。人格(?)が変わったように吼えるお兄さんと目を合わせません。

 何かまた、何でしょう。気にしているような気がします。月城。

 私を椅子とはさんでいた小さな身はどこか重そうに、心なし肩をおとして、うさぎさんなお兄さんの小言を……たぶん聞き流してます。


「……第二世界法則拡大(ツヴィラ・ネクスト)、か」

「何それ」


 崩れかけたテーブルの上。提供すると差し出された謎なプレートを手にした月城が呟く、さっきの人も残した謎の単語。

 口にした本人さえ何かよくわかってないのか、何とも云えない仏頂面で肩をすくめます。


「さて。何かしらの鍵である事は確かなんだろうがな」


 返された夜色の瞳は、いつもの不敵なものに見えました。

 少なくとも、上辺だけは。

 そして口元に緩やかな曲線を描いた月城は、女の子――アリューシャさんというらしい――に声をかけます。


「……なに?」


 幼い子供そのままな呂律で首をかしげ、薄い桃色の長い髪と目深にかぶった帽子をほんの僅かに傾けます、アリューシャさん。

 月城とはまた違う、小動物みたいな問答無用の可愛いらしさと雰囲気が魅力的です。

 理解不能な破壊現象を意図的にやってのけた人物とは、とても思えません。

 まあ見た目と能力と性格が一致してないのは月城もですけど。

 月城の手招きに従い寄ってきたアリューシャさんと、壁の破壊跡でうなだれてる所をまた抱えられた兎さんなお兄さん。


「アリューシャ。確認するが、貴様もその兎に妙な気はしないのだな?」

「ん……」


 妙な?

 月城の謎な台詞の意味が伝わっているのか、八の字眉を微動だにさせず首肯するアリューシャさん。

 でも彼女に抱えられたお兄さんは私同様わからないらしく、真っ赤でつぶらなお目々を月城に向けます。


「何だ、どういう事だ?」

「秘めたる脅威に対するアリューシャの感性はなかなかに鋭い。参考くらいにはなる」


 脅威? 参考?


「あの変態が練成したのであれば、半端な代物ではないだろう」


 しかも、仲介者が仲介者だしな。と後半は吐き捨てるように言う月城。


「念の為、検査しておく必要はあるだろうな。人の精神で兎の器なのだ。どのような弊害があるかわからん」

「検査……か。まあ、そうだね。公には流石に出来ないけど」


 少し調子を取り戻したのか、お兄さんらしい口調です。

 行方不明な国守子弟が兎にされましたとか公表するくらいなら、行方不明の方がマシという事でしょうかね。

 いやそれはマズいだろうと月城は嘲りましたが。


「兎の詳細は省き、外部への露出を控える必要はある。が、生存と帰還を隠すべきではない。内外関わらん抑止としても」

「む、う……しかし」


 基本的に、国家間では戦略兵器扱いな異能力者。

 その秘匿が意味するのは、結構な騒動が発生する気がふつふつと。


「第一、"秤"を刺激すべきではない。下手に秘匿して嗅がれれば、最悪始末されるぞ」


 畳み掛けるようでいて物騒な説得に、只でさえ詰まっていた言葉をせき止めたお兄さん。

 でも今更ですが、兎の声帯でどうやって喋ってるんでしょうか。謎です。


「それと、推測だがな」


 明らかな前置きと息を一つ置き、月城はお兄さんを見据えます。

 月城が放つそれは、しゃんとした空気。肌がむずむずするそれは真面目なもの。


「兎の声帯で喋れるのも、体質に添わない動きが出来るのも、恐らくは異能の影響で魔物化しているからだろう」

「……ま、まままっ、魔物ォっ?!」


 吠えるお兄さんと声もなく驚く私に、月城は淡々と説明を続けます。

 元々、魔物という定義は、本来あるべき生態と常識から外れた魔性をもっているという点で判定される。人に害悪かどうかは二の次だそうで。

 そもそも魔物の発祥理由の詳しくは未だ不明だけど、一番に有力な解釈が、環境の――世界と言い換えても良い――歪みに敏感な動植物がその歪みに感応、或いは汚染されて、その在りようを同じく歪められ、適応していったのが魔物。という。

 で、本題。その歪みというのは、異能と関わりがあるものであると月城は語ります。

 つい最近でも、間抜けで迂闊でへたれな異能力者をうっかり丸呑みしてしまった赤竜(レッドドラゴン)が人語を解するようになった、という事例があるとか。

……何でしょう。微妙に聞き覚えがあるような無いような。


「異能というのは歪みから成り立つ不安定な力であるが故に、安定とは程遠い」


 魔物化した兎の器に異能力者の精神。

 拒絶反応が無い方が異常なそれらを、異常で以て繋げるのは、賢者の石かそれに類する媒介。

 恐らくは、絶妙な均衡の上で成り立っている構図だろう。と冷えた眼差しで語っていた月城は、最低限必要な説明は済んだとばかりに息を吐き、語調を変えます。


「あくまで暫定の判断で、後付けの調査で変わるやも知れんが、極力異能は使うな。不便でも、それを補おうなどとは思うな」


 元来在った身体とのギャップを埋める要因として、異能が変な形に発動してしまう可能性は大いに有り得る。

 そしてその異能こそが、現在の不適切な器を歪める要因と成るやも知れない。

 歪みという超常にある程度の耐性ができている本来の肉体とは違うのだから。

 真っ直ぐな視線でそう告げる月城に、いつの間にか視線を下げて沈黙していたお兄さんがぽつりと返します。


「…………そ、っか……うん。わかった」


 沈痛な声。現実味がいまいちだった、人のそれとは違う体の弊害。

 それを実感したような、受け入れたくない事を何とか受け入れようとしている。強く在ろうとしている、お兄さんの声です。


「忠告は以上だ……秤への報告は俺様からしておこう。後で信頼ある錬金術師と、諸々の弁償金を贈る」

「……うん。ごめん、ありがとう。月城ちゃん」


 沈んだままの声に、月城は視線を背け、踵を返します。

 ふわりと、さらさらでいて少しだけ癖がある黒髪が流れました。


「そろそろ帰る」


 そっとしてくれるつもりなのでしょう。

 唯我独尊な口振りでも、なんやかんやで人の事を気にする月城は、やっぱり優しい人だから。


「アリューシャ、行くぞ」

「……うん……りんね、あの人、は?」

「舞ならば放っておけ……何度目かの独断先行だ。そのたびに何度も酸っぱく言って聞かせた上での行動だ。覚悟が出来てないなどとは言わせん」


 扉の無くなった破壊跡の向こうに荒々しく歩を進める月城と、それに足音をたてず無音で付いてくアリューシャさん。

 しかしふと微妙な間隔で顔半分だけ振り向き、自分より少しだけ高いというだけの、小柄なアリューシャさんを見上げます月城。


「……アリューシャ、優理は置いてけ」


……あ。

 死んだように気配が薄くなっていたお兄さん(兎)を抱えていたアリューシャさん。

 お気に入りの玩具を取り上げられられるお子様そのままな顔でお兄さんが手放されるにあたり、月城とのやりとりがありましたがそこは割愛。

 お子様のお気に入りポジションを得てしまったお兄さん。

 月城から手渡された私の腕の中で、何度呼んでも撫でても死んでるかのように静かでした。

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