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少年と少女






 もうおわりですうつですしにます。


 食事も喉を通らぬ憂鬱で陰鬱で鬱々な、鬱と何度いえば良いのかわからぬ日々。

 嗚呼嗚呼、もういっそ一思いに殺してください。あ、でもメイドの姿をしたあの御方は勘弁です。一思いといわず百や千くらい嬉々として余計なものをはさまれそうな気配がするので。

 埒もあかない戯言を呟きながら、眠れずとも目を閉じて瞼に浮かぶ、愛しいあの人の姿。それ自体は言うことないです。拒絶される所でさえなければ。

 吐き捨てるように、しかし確たる憤怒と、見たことがないくらいの冷たさを込めて、大切なあの人からはかれたるは明白な拒絶。

 世界が壊れる音とはあんな感じなのでしょうか。そんな効果音があの時からこれまで、時折頭の中で反響しているという始末。

 ああ、ああ……あの人に嫌われてしまった。嫌われてしまったのです。

 嫌われて、あいたくないって、きらわれ……あ、だめです。これ以上かんがえちゃだめです、わたし。

 受け入れられない事です。嫌でいやで、無理なのです。受け入れたら認めたらそうだとしたら、私はわたしは――

 いやですむりですこわい、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい、ごめんなさいゆるしてくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――


「……謝るな」


 え?


「貴様は、悪くない」





 頬から伝わる柔らかい感触、後頭部から伝わるぷにぷにした感覚。香水とは違う、甘い匂いが鼻腔をつく。

 そしてなにより、私が忘れるはずもないあの人の声に揺さぶられ、瞼が開けられます。


「起きたか」


 僅かに霞んだ視界の先に、現実感を損なわせるいつもの美貌。目に鼻から輪郭、全てが理想を思わせる配置をしたご尊顔が、緩やかな曲を描き……え?


「まったく、寝言まで陰々鬱々と。聞かされる身にもなれ」

「……あ、え、う」


 小さな彼女の手が前髪が軽くかき混ぜられるくらいの距離。というか後頭部から伝わる天国的な感触と顔の近さとこの角度はばばばばばば。

 口を半開きにして全身を痙攣させる私の醜態を見下ろしどう思ったのか。

 くすくすと、いつもとは少し――いえ、かなり違う感じに少女らしく笑う。

 かわいい、いや彼女が常時天上的にかわいいのはもはや世界(アズラルト)の常識というものですが、それさえ斜め上に突破するような、すごいかわいい――え、は、えぇ? と意味も理由もわからず謎な動悸も含めまともにうろたえる私。違和感。

 それが鎮まるまで、どれぐらいでしょうか。というかこの体勢、比較すれば最高級のふかふか枕が生ゴミに劣る何かにしか思えない極上を頭の下にとか。ほのかにいい香りもしますし。

 ほんと何なんでしょう。天国か極楽ですかこれ? 私は寝ていないと思ったら実は死んでいたとかなのですか?


「こら、現実逃避は止めろ。ここは現実ではないが、わた、俺様が居るんだから。しゃきっとしろ」

「……わた?」

「綿など無い」


 ええ。辺りをちらと見回すと、藍色のワンピース姿が脳のどこかしこがおかしくなりそうなくらい可愛い彼女を除けば、なにやら曖昧な色の空間が広がっているだけです。

 あからさまにおかしな光景に不思議となんの不安も感じないのは、どこか夢っぽいからでしょうか。それとも彼女がいるからでしょうか。

 まあそれはさておき。


「いや、いま月城が"わた"って……」

「しっかりしろ、それは幻聴だ。倒れたからとそこまでいくな」


 無かった事にしたいらしいです。すてきな真顔が有無を許可していません。

 何なんでしょうか。わた、って。ワタ、綿、我他?

 気にはなりますが、聞ける道理はありません。彼女が語りたくない事柄を私が聞き出すなど、小さなお魚さんが滝壺を泳いで登りきるほどの無理難題です。

 しかしそれにしても、何とはなしに夢っぽいなあとは思うのですが……夢に彼女が出てくるとか、まあなんの不思議もありませんけど、少しという程度じゃ効かないくらい趣が違いますね。

 もう何日会ってないかという彼女がどこからしくない風に儚く微笑みかけ、ひざまく、げふぅっ……無理です。意識したら何か込み上げてきました。私如きには刺激が強すぎます。

 例え今世の際だとしても、こんな幸せを感じていいのでしょうか。

……ああ、そうですね。これは……なんて都合がいい。なんて……


「夢に似てはいるだろうが、夢ではないぞ」


 夢の彼女は髪の毛を柔らかな手つきで撫でてくれながら否定します。

 どういう事でしょうか。辺りの景色といないはずの彼女の存在からして、夢である事に違いはないのでしょうに。

 でも、例え優しい欺瞞に満ちた夢の中だとて、私が彼女の言を信じないわけがありません。

 前提が夢だとしても、彼女の言です。ならば信じてみようと腹のあたりに力を入れ……あら、なんかやけに感覚が確かですね。つねっても……あれ、なんか痛いですよ?


「ここは貴様の内面だからな」

「内面?」

「貴様の精神に干渉した結果出来上がった、貴様の内なる世界だよ」


 気づけば、お互いに向き合う形に。

 常識も何もない、夢だと片付ければあっさりと解決するでしょう、過程飛ばし。

 ふわりふわり、何もない、曖昧な色彩に満ちた空間で、唯一確たる色を持つ艶やかな黒の端が、粟立つように踊ります。

 ワンピースではなく、いつの間にか、いつか見た黒いフリルが可愛いきれいなドレス。彼女の為だけにあるようにマッチした小さな姿は、パーティー会場でさえ誰もが忘我のうちに振り返るでしょう。問答無用に脳天直撃な愛らしさが眼前に。


「ある程度は、貴様の無意識に引きずられるようだな」


 職人さんの技術が垣間見える見事なドレスの端をつまみ、呆れたような苦笑を浮かべると、一言。


「こういうのが好きなのか?」

「えぅ、は、えっとぉ……」


 正直、たまりません。ラフな格好やたまに見る女の子らしい服まで、というか彼女に似合わない衣装などないのではないかという云々。特にめったに見ない、そういう格好はあれです。こう、的確な言葉が見つかりませんけども、幸福ってこういうんだなー、と。

 どうせ言わずとも彼女のこと。悟られている事でしょうが、それでも口に出すのは私の小心さが許しません。


「ふん。まあいいが、それで。何を倒れているのか貴様は」

「倒れる?」

「因子欠乏の上に不摂生。まあ考えてもみれば当たり前といえるか」


 なにを言ってるのかわかりません。


「俺様にも落ち度があったとはいえ、情けない……のはいつもの事か。貴様は日頃から裏も表も欺瞞も挟む余地なく正直に情けなかった」


 なにか酷いことを言われた気もしますが、わけのわからないノリのまま流しましょう。

 それよりも、彼女のレアなドレス姿を焼き付けておくほうがくらべものにならないくらい重大事です。

 ああ月城かわいいです素敵です。

 そうやって身に余りすぎていろいろなものが麻痺する幸福を堪能していると、少しだけ照れた風な顔がわずかに視線をそらし。


「……そういう目で見るな」


 あ、ふわふわなドレスから、真っ白なワンピースに麦藁帽子に。

 着替え……なわけないですし。一瞬で入れかわったみたいな。これはこれでとてつもなく似合ってるからいいのですが……なにか見覚えがあるような。

 妙な既視感に首をかしげていると、どうしてか月城まで困惑した風に自らのワンピース姿を見下ろしたり、さわったりなんかしています。


「これは……くっ、おかしな因子を俺様のっ……あの女ァ……!」

「つ、月城?」


 困惑から率直な怒りに顔を歪ませていきます月城。きれいなものが歪むと大変おそろしく、しかしなぜか移動とかできないのでどうにもできず、怒気を滲ませる彼女にガタガタ震えるしかない現状。

 というか根本的にどんな状況なのでしょうこれ。

 今更な疑問が脳裏をよぎる中、憤懣やるせないといった月城が麦藁帽子をどこかに投げ捨て、深々と溜め息を吐き、首を振りふり。


「まったく……接続した俺様までおかしくなる。長居は避けるべきか、いい加減目的を果たすとしよう」

「目的?」


 独り言みたく月城が呟くと、物言う鳥さんが如き体たらくを繰り返すばかりな私に、純黒の視点が合わされました。

 重力を感じさせない不思議な靡きかたをする艶やかな月城の髪が、その主を思わせる奔放な顔で謎空間を泳ぐ。

 一種神秘的な光景で、少しばかりはあるだろう月城耐性が上塗られて、頭の中が痺れたように鈍りました。


「さっさと目を覚ませこのへたれが」

「目を……え、あ」


 台詞の乱雑さからかけ離れた清涼な声に、鈍っていた頭が揺さぶられるような錯覚。

 目を覚ます。当たり前の生理現象。眠っているならばいずれ起きなければなりません。

 そして夢、夢ではないと彼女が言っても現ではなくて、夢と同じで覚めるべきもの。

 でも、でもそれは……


「何を悩むか」

「わたしは……目が覚めたら、あなたと、月城と」


 会えなくなる。今ここで向き合って、私と話してくれる彼女が、いなくなる。

 これは夢でも現でもない。曖昧なもの、あやふやな境界線。それが取り払われたら、待っているのは辛い現実ではないでしょうか?

 お兄さんもいなくなって、お父さんはその影響で忙しくて、お母さんは相変わらず遠い。その上、月城までなんて……そんなのは耐えられません。

 夢、都合のいい夢でだって、月城と逢えるなら。いつもみたいに、そう――


「愚か者が」


 月城が断じます。月城が言うならばそうなのでしょう、けど月城が言わなかったとしてもそうだとは思います。

 だって嫌なんです。あなたに嫌われたままが無理で、あなたにあんな顔をさせた自分が嫌で、自分でどうしようもできない現実が怖くて。

 怖くてこわくてしょうがないのです。

 不思議と、ついさっきまで見向きもしなかった嫌なものが、視界が滲むものと一緒にこみ上げてきて、かたかたと震える肩を抱きます。


「……本心から、」


 不意に。にじんでいた視界の先がブレます。僅かな衝撃が震えていた頭を揺らしました。


「俺様が吐いた言葉だと?」


 不思議な声、月城の声。透き通るでも鳴り響くでもない、何故だか、月城なのになんの力も感じない声。

 意図せず下がっていた視線を忘我の内に戻すと、


「馬鹿野郎が」


 にらんでいます。月城が、場の絶対者が、怒りに眉を寄せ、白磁の肌を強ばらせ、威圧の――まるで無い目で、私を。

 感じるものがありました。ここで最初、月城の顔を見た時。

 それと同じで、言葉を交わすたびにそれが強まって、そう。ついさっきまで震えていた肩がおさまるくらいに気になる。妙な感覚、確信。

 だからでしょうか。


「ごめんなさい」


 特に動揺もなく、言うべきだと、意味が理解できないのに確信があったのは。錯覚かもしれない確信を、自然と口にできたのは。


「貴様は悪くない。ただ、」

「ちがいます。ちがうんです、月城」


 一度だけまばたきをした月城は、変化の無い無表情で言うのに、私は首を振るう。

 ひどい間違いかもしれない。けれど、でも。


「ごめんなさい、月城。そんな顔をさせて、ごめんなさい」

「なにを……」


 目を見開く月城。そこまで不思議だったのでしょう。

 ほかならない私自身が自分の言を信じられませんし。

 でも、それ以上の妙な感覚、確信に近い何かをもって、僅かに瞳を揺らす月城をまっすぐに見つめます。

 ごめんなさい。本心から、心から。ごめん。だから。


「泣かないでください、月城」


 泣いてなどいない、節穴か。いつもの月城ならば平坦にそう言うでしょう。実際、目から涙は流してません。

 でも、月城は何も言わず。大きく目を見開き、欺瞞も虚栄も付け忘れたように、私を見上げています。

 だからきっと、そうなの、でしょう。

 向き合っていたその表情が、訴えるのを中途半端に押し込めたような眼差しが、そんな風に見えたから。


 だから、わたしは――









体調不良はもう治っているのですが、どうにも筆が遅い。いつも以上に進まない。どうも、筆者です。更新は大分滞っております。申し訳ないですが、執筆ペースの乱れによって不定期更新になるやもしれません。ひらにご容赦を。

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