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もったほうか


 どうしたものでしょーか。

 まんまるとは言えないお月様が顔を出し、寒風吹き付ける月城邸屋上にて。そばにいたタマちゃんが、陰気な空気に気付いたのか、どうしたのと言いたげに首を傾げるのを撫でてあげながら、嘆息を一つ。

 村祭りの騒動から早三日。

 鈴葉ちゃんが月城邸から追い出されて、もう三日です。

 喧嘩、だとは思います。

 お二人の仲と性格を考えれば燐音さまの方からから矢印が出るのでしょうけど、そもそも三日と尾を引くような仲違いをするお二人ではない、と思ってたのですが。何があったのでしょう。

 例のメグリちゃんと会ったらしい舞ちゃんに、色々と大変だったらしいあずきちゃんの二人も心配だけど、会話してみた限りそれ程堪えてはいないみたいだから、それはいい。

 それよりお二人が気になる。だって、あからさまに変なんだもの。

 原因をそれとなくうかがっても、燐音さまは頑なに口を閉ざし。ならば鈴葉ちゃんに聞けばと思えば、口出しするなと燐音さまから面会を禁じられます。

 せめて鈴葉ちゃん側から近寄ってきてくれたらフォローもできるのですが、その鈴葉ちゃんも喧嘩のショックでしょうか。三日前から自宅に閉じこもってる始末。

 それじゃなくても、お祭りから噴出した問題の始末に奔走してるのに……ああ心配だなぁ。

 只でさえ食が細く、寝不足の気がある燐音さま。ここ最近はどうしようもない問題ばかりに取り掛かられていて、不安と心配がつきません。

 せめてもの朗報は、樹さんの報告に伴い、少しばかり体調を戻しつつあるあの子の存在くらいかな。

 それでも払拭されない陰鬱で吐いた溜め息は、夜の静寂に溶けて消えました。

 心配してくれた風にきゅるきゅると鳴きながら頬をこすりつけてくるタマちゃん。

 ありがとねと呟き、サイズが違う頭に乗っかって上から抱きしめ首筋鱗に頬を埋めながら、さて明日はどうしますかと瞼を閉じて思考を続ける。

 可愛い可愛い、お二人のために。














 ベーオウォルフのメグリ。白濁の焔(ディープ・ホワイト)、雪深 冬夜。そしてかつての月城家当主、月城 聖。

 旧月城勢力、というには統率も均整も無いように思える。どれをしても忌々しい三方の出現。

 更に、それとは違う単独――そう本人も言っていたらしい――で、男とも女ともつかない、春香(ハルカ)と名乗る者。燐音様とあのいけ好かない外部協力者と馴れ馴れしく対話を持ち掛け、真偽の怪しい情報を提供してきたとか。

 白濁はマグナ=メリアルスを求めて。ベーオウォルフは泉水 舞が発見して。そして月城 聖は、衛宮 鈴葉と接触。

 それらを補助するような合成獣(キメラ)と魔物の襲撃は、恐らく彼の腐れ錬金術師の仕業だろう。

 衛宮 鈴葉に瓜二つという青年の出現は……色々な憶測こそ出来るものの、情報不足。

 どれもそれなりの事態を誘発させうるが――そのどれもを霞ませるような事態が発生した。

 マグナ=メリアルス、そして葉山 あずきと諸々が遭遇したという衛宮もどき含めた未確認物体(アンノウン)

 まだ若い英雄が言った。常識も異能も通用しない化け物。

 二人といないレベルの錬金術師が言う、深く深い底から這いより滲む、混沌の泥の端の端の端の端。

 船底に空いた穴から浸水するような、緩やかな破綻の兆し。

 己の基盤がどうのこうのと言う場合では無くなってきた。と燐音様はおっしゃられる。

 未確認物体(アンノウン)を一見しただけで昏倒したというあずきは、燐音様の診断で軽度の精神汚染と判明した。

 犠牲者は更に二人いた。これは調査の結果わかった事。二名の存在は、記録には残っていたのだから。

 ただ犠牲になったことに、燐音様以外の誰も気付かなかったのだ。

 死体が残っていなかったというのもあるが、その程度でなく。

 存在、在ったという記憶そのものが、ほぼ全ての知り合いや同僚の頭の中から消えて無くなっていた。同じ戦場に居た者も、その場に居て指揮を執っていた上役のあずきも、その事実に気付いてすらいない。

 流石に寒気がした。

 幸いにも、僅かな後遺症が残ったとは言え生存者の例があり、また神器ならば駆除できるという対応法がある。

 しかし極めて少数にのみ有効な対応。一見しただけ、遭遇しただけで精神が汚染されようなインチキ臭い害毒。

 神器でしか駆除する術が無い災厄……

 異能力者どもではあるまいし。












 対象対応の手が回らない不可解が連続している中、またも厄介事は飛び込んでくる。

 眉間をこね、難しい顔を収めようと苦心している様子の燐音様。

 その御尊顔を上目でちらちらと不敬に覗く、厄介事を持ち込んだ主、泉水 舞。

 燐音様に征されていなければ、この執務室に一つの変死体が出来上がっていたことは間違いないだろう。


「……つまり、貴様は、俺様になんの断りも無く、そのような賭けを持ち掛けた、と」


 区切り区切り、圧力を込めて燐音様が仰られる。眼光は鋭く、ピリピリと傍にいるだけでも神経が磨り減る圧力を感じる。

 それに対して萎縮した、ならばまだ可愛い気もあるが、口元を一文字に結び、真っ直ぐ燐音様を見返す姿からは、殺意しか浮かばない。燐音様の御前でなければ、と内心で舌をうつ。


「それに関してはあやまるよ、ごめんなさい。後先考えてなかった」

(メグリ)を救うことしか頭になかった、か」


 従者としては失格を通り越して論外だろう。というか許可されてるとはいえ主に対して馴れ馴れし過ぎる。こいつは、どこまで私に自制心を要求するのか。


「お互いの身柄を賭けて……そんなものを、本気で提案したという」


 最初に負けを認めた方が、勝者に隷属する。

 この提案を呑んで負けていた場合――この小娘は、本当にその場で裏切るつもりだった。

 たどたどしい説明を端的に纏めれば、そういう事。


「貴様も大概だな。なりふり構ってない。破滅する者の発想だ」


 ただただひたすらに呆れ果てたような響きだけを持った燐音様の言。

 しかし驚くほどに、それ程悪感情を抱いてないような気がするのは、気のせいだと思いたい。

 対する泉水 舞は、どのような弁明をするのかと無関心という関心を向けてみれば。


「負けなきゃいい」


 殺してやろうかこの下郎。


「あたしは、負けを認めた方が負け。そう言ったよ」


 相手を考えてわきまえろ、殺されかけた雑兵が。

 少しばかり脚が速い程度の貴様が、あのベーオウォルフ相手に何が出来るというのだ。

 身勝手かつ無謀な発言に、燐音様は何を汲み取られたのか。深々と溜め息を挟み。


「……微妙な提案であるとは思ったが、最初から意図していたか」


 意図?


「その弁だと、負けを認めさえしなければ、負けにはならない」


……ああ、そういう事ですか。

 つまり、打ちのめされ制圧され首を締められ、端から見れば誰がどう判定しても敗北だろうと。更にどれだけの罵倒に責め苦に拷問を受けようと、負けさえ認めなければ賭けの敗北にはならない、と。

 命知らずな屁理屈だな。


「でも勝てなかったし。そもそも賭けを認められもしなかったから。あたし的には負けだよ」


……まさか勝つ気だったのか、この小娘。


「その前提が却下で殺されかけた、と。まあ、反応を確かめるのは悪くないが」


 ブラフじゃないのが極めて厄介な問題ですがね。


「それで。次に遭遇した時も同様の賭けを持ち掛けるつもりだ、と?」

「うん」


……前々から、というより最初から馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、そうまで突き抜けているとは。

 才があるとは言え、デメリットの見積もりが甘かった。早い内に粛清する必要が……


「ふうぅ……まあ聞いた限りでは、見込みが無い訳ではないように思える」

「……え?」

「前提として、貴様が少しでも諦めるなり殺されるなりで、あっさり潰える程度の芽でしか無いがな」


 にやりと、口の片端を吊り上げ笑みを見せる燐音様。

 まるで励ましにも似たそれは、粛清を考慮に入れいつ実行するかと企む私をいさめるようにも見えた。

 ふいと向けられた目線からも、そう訴えてこられて。これは確定だろうと悟る。

 まだ……価値が勝るとお考えか。


「しかし――ん、入れ」


 何かを口にしかけた燐音様を遮るように、荒々しいノックの音が室内の静寂を乱す。

 主人の命に、失礼しますと上擦った声で入室してきた一人のメイド。

 覚えはある顔だが、それほどに馴染みがある顔ではない。その程度の伝令役が、燐音様に何事かと問われると、どことなく強張った表情で告げる。


「衛宮 鈴葉様が倒れました」


……また問題か。しかも……

 舌打ちを堪えるのに多大な心労を必要とした私の感想はその程度だが、


「……え?」


 我が主の反応は、違った。
















 月城 燐音でなく、リンネという女の子。あたしはリッちゃんと呼んでいた彼女を語る上で外せない特徴は多い。

 可愛いとか綺麗とか、小さいとか賢いとか健気だとか。

 欠点なら、さみしがりだとか強がりだとか、貧弱が過ぎるという所なんかも外せないだろう。そんなところも総じて大好きな、可愛い女の子だった。

 そんな中でも真っ先に浮かぶ特徴はと言えば、優しいってところ。

 基本的にリッちゃんは自分の為に泣かない。痛くても辛くてもひもじくても、自分の為に泣いた事は見た事がない。

 強い、そうだとは思うけれど、見かけからは想像もできないくらい負けん気が強くて、涙を堪えるのがすごく上手い、って印象だった。

 そんなリッちゃんだから、涙をこぼして泣く時と言えば、大抵決まってる。


 そんな時とそっくりな顔をしたリッちゃんが、重厚な椅子を揺らして立ち上がる。


「……え?」


 衛宮の鈴葉くんが倒れたと聞いた、とっさの素の顔。

 それはほんの一瞬の事。目に入ったのは奇跡みたいなタイミングの良さ。

 おっきな目は開かれて、小さな口はわずかに開き。いつもより顔色が悪い気がする肌は血の気が引いたみたく、その上で身を強ばらせて。

 その瞳は、さっきまでの迫力や圧力を忘れさせる程に弱く、揺れていた。

 それも一瞬で、今は報告に着た人からどういう事かと、表情を消して色々聞いてるけど。

 何だろうね。なんかこう、むくむくと力が湧いてくる感じ。弱みを見て元気付くなんてほんとどうかと思うけど、うん。

 リッちゃんから何かを耳打ちされたメイド長が報告に着た人を連れて足早に退室していき、去り際に強烈な悪寒を感じて振り向くけど、小さな音たて閉まる扉があるだけ。

 何となく、薄ら寒いものを覚えながらも、いつか見たそれと瓜二つな表情で視線を下向き固定させていたリッちゃんと視点を合わせ、にんまりと笑んだ。


「……なんだ」

「リッちゃんの大好きな子なんだね。鈴葉くんて」

「下僕に好きも嫌いも無い」


 いつもより機嫌が悪いとしか思えない、低い声。

 でも、なんだろ。さっき以上の重圧を感じたりはするけど、なんかへーきだ。ぶーたれたちっちゃい子からはたかれるくらいにしか思えない。


「大好きな子なら、自分で看てあげたいよね。ね。熱出した冥を一晩中看病したこともあるリッちゃん」

「……覚えのない昔のことを。今は状況も立場も違う」

「覚えが無くったって、リッちゃんはリッちゃんだね。何だかんだで心配性」

「…………急に鬱陶しくなりやがって」


 なにか、可愛いくない事を舌打ち混じりに毒づかれた。

 でも睨まれたって鬱陶しがられたって怯んだりはしないよ。だってあたし、お姉ちゃんだもん。


「あたしなら、ほら。すぐだよ。リッちゃん軽いし。衛宮のお屋敷も行ったこともあるし。泉水 舞ちゃんの特急便はすごい速いよー」

「……はあ……貴様な、何故そうも露骨にあのへたれの所に俺様を連れていきたいのだ」


 いやだって。同僚の子たちも噂してたよ? 毎日のように入り浸ってた衛宮さまが、村祭りの日から一度も見かけないって。何か喧嘩でもしたのかなって。

 メッちゃんの馬鹿野郎にぼこられてあたしが療養してた間、ずっとって事だよね。

 あんな仲良さそうだったのに。喧嘩別れ、とまでは流石にならないかもしれないけど。溝を埋める機会があるなら、踏み込むべきだと思うんだ。


「俺様と鈴葉の問題だ。貴様が口出しすべき所ではない」


 そうだね。喧嘩というなら、仲直りは当人同士でやるべきだよね。

 そう告げると、リッちゃんから消えていた表情の切れ端が、引きつって痙攣した。


「あのな……まあ確かに今、俺様がこの場を離れても差し当たった問題は無いが、全く無いというわけでも」

「ならばごー、です!」


 ばたーんと大きな音をたて、扉を押し出したかっこのまま、第三者がなだれ込んでくる。


「話は聞きましたよ燐音さま、舞ちゃん!」


 と、存在しないはずなのにあるような気がしてならない胸を張り、いい笑顔で力強く宣言したのは、月城家随一と証される可愛いもの好き。


「司さん……と」

「……おい、いい加減手を放しやがれこの女男」


 その司さんに引っ張られてきたらしい、見知った顔の外部協力者のお兄さんが口をへの字に曲げて眉間にシワ寄せ、機嫌悪そうに佇んでいた。

 しかし司さんは動じない。というか見向きもしないで、過剰なまでに輝くような笑顔。

 疲れたように片目を片手で覆うリッちゃんがなにかを呟きかけ、閉じた。何かを悟ったかのように。


「煩わしい雑務は私たちに任せて、燐音さまは鈴葉ちゃんの所に!」

「おい女男。まさかその"たち"ってのに俺まで含まれてんじゃねぇだろな」


 さあさあさあと異様なテンションで自分の主張だけを続ける司さんは聞いてない。

 リッちゃんと似たようなポーズで頭を抱え頬をひきつらせたお兄さんは、その後ろに居たちっちゃい女の子から見上げられ、慰めるように肩をつつかれてる。

 何なんだろうね、と司さんに視線を向けてみても、リッちゃんにあれやこれやまくし立てるのに夢中。

 まあ、これならなんとかなるかな、と気楽な心地で視線が合った桃色髪のちっさい女の子に手を振った。



 そして結局は順当に、説得というべきかは微妙なやり取りを終え、結果としてリッちゃんは、朝方の街並みを駆ける私の背に居た。

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