第5話 はいかい
長い髪と長い脚が自慢、ちょっと太め.
だ・け・どぉ、
笑顔いっぱいに、元気。
走るのが好き。
お姉ちゃんと二人で生きていくのも大変。
だけど、
必ずいいことがあるよ。
信じているもん。
律子さんはそう話していたという。
多分、
そのとおり過ごしていた。
街の坂道を駆け上がっていた。
事故がすべてを奪っていった。
わかる、
看護師の私から見ても
彼女の世界が変わっていくのが。
その律子さんがいなくなった。
今日が初めてじゃない。
緊急入院した救急救命病棟でも、
律子さんは勝手に出て行こうとしていた。
ふらふらと歩いては、
意味のない会話を続けて
痛みを訴えて、暴れるのだ。
4日目。脳外科病棟に移された。
生命維持の必要性が低いのが理由だ。
削り取られた左即頭部の回復と、
くも膜下にまで達した傷を癒して、
元の娘に戻す治療が始まった。
脳外科のナースセンターに移管されてきたとき
まさか、この子が歩き回るとは思わなかった。
顔色の悪さ、点滴の外せない状態。
でも、ちょっとした時間に立って歩く。
左鎖骨と頸椎、左即頭部の外傷。
そしてクモ膜下血腫、脳幹部海馬損傷……。
鎖骨骨折、肋骨骨折より問題が大きい。
脳の傷害が大きい。
記憶障害と意識統合障害。
いまじぶんがどこで何をしているか分からない。
自分が何をしたのか、
どんな状況なのか分からない。
どこに行ったのかしら?
急ぎ足で探す。
パジャマ姿で病院内なら分かる。
病院の外に出たなら、わからない。
どこに行ったのかしら?
入院して8日目。
病院の中にいない。
少女がトボトボ歩いている。
パジャマ姿で歩いている。
夏の平日、午後3時。
どこにでもある風景じゃない。
いつでも見ている風景じゃない。
誰も気付かず、彼女は歩けるわけないのに。
刈り上げた髪型、側頭葉の外傷部位を守るネット、
鎖骨骨折部を守る固定バンドと三角巾
そんな子供が歩いていて分からないわけがない。
午後3時32分。
病院の受付から連絡が入ってきた。
事務所からも連絡が入る。
歩いている。
帰ってきたという。
一階の受付前に走って行った。
迎えに行った。
彼女がフラフラ歩いている。
どうしたの?
友達が待っているから行ってきた。
あの踏切の向こう。
大切な友達がいるの。
お家に行ったけど、誰も居なかった。
実際に行ったかどうかじゃないのよ。
律ちゃん、死んじゃうよ。
頭の傷は、頚椎炎症、まだまだひどいの。
医局からナースセンタに連絡がきた。
医局長の連絡がきた。
想像通り、怒りの言葉だ。
もう、ロックしましょうか。
ベットから動かないように
ベルトでしばることもできます。
それはできない。
脳外科の医師から
動くことで記憶障害が治るのだから。
リハビリも始まる。
すべては
律子ちゃんの回復にゆだねられた。