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石畳の上に俺はドスンと腰を下ろした。
水鉄砲が俺のベタついた手からガランと落ちる。
この場に大の字に寝ころびたいほど俺の体は疲労困憊していた。
全身の毛穴から滝のように流れ出る汗に肌が包み込まれ、凄く不快だ。
息切れも治まらない。
そんな俺の顔を覗き込むように、九十九神が隣にちょこんと立っている。
しばらく無言で俺の様子を眺めた後、静かに言った。
「体力のなさは目に余りマスガ、初めてにしては上出来だと思いマスヨ」
「……そうかよ。それにしたってまさか武器が水鉄……いや、銃とは思わなかったけどな」
「射的が得意なアナタなら上手くやれると思いマシタ」
射的………?
ああそういえば確かに、射的は好きだし得意だった。
よくこの四捨祭の射的で撃ち落としまくって、テキ屋泣かせなんて言われたっけ。
もう高校生になった時には卒業したけど。
でも何で、こいつそんなこと知ってんだ?
不思議がる俺をよそに、九十九神はまた社のほうへ近付いていった。
灯籠の光を両側から浴びながら、小さな背中で語り始めた。
「……幸いなコトに、先程の邪鬼たちは低級で力が弱い為、この神社の神に触れるコトはできなかったようデス。神は冒涜されずに済みマシタ」
でも、と九十九神は呟き、
「決して油断はしないで下サイ。溢れ出したゴミ…邪鬼たちは着実に確実にこの世の神々とアナタに近付いてきていマス。アナタは常に危険と隣り合わせにアル……この世界はゴミでできている、そう思って下サイ」
そう言って、社に向かって深々と頭を垂れた。
数秒ほどして顔を上げると、九十九神は俺のほうに振り向いた。
奴が指をパチッと鳴らしたその一瞬で、祭の活気づいた風景が蘇った。
威勢の良い屋台の親父の呼び声、ひしめき合う人々、綿飴の甘い匂いに焼きそばのソースの匂い。
どことなく懐古的で情緒ある小さな村の祭の光景。
気付くと俺は入り口の鳥居の下に立ち尽くしていた。
もう一度、携帯を覗き時間を確かめる。
「……二十時二十分」
いつの間にやら体の汗が引き、衣服が乾いている。
今の今まで俺がこの場所で得体の知れない化け物とバトルを繰り広げていたなんて、誰が信じようか。
自分でも信じられない。狐に摘まれた気分だ。
「何でこんなところにいるんだ?」
少し低めの落ち着いた声に、俺はサッと顔をあげる。
「那由……」
「済まないな、思った以上に手洗いが混んでいて」
藤色の浴衣を来た那由多が変わらぬ笑顔を見せる。
「…………」
「どうしたんだ、イセキ」
胸元まで長く伸びていたはずのその髪は、肩上で綺麗に切り揃えられていた。
俺はその髪に手を伸ばそうとして、やめた。
ガキの頃からずっとロングヘアだった那由多の見慣れない姿に、俺はぎこちない笑みを浮かべる。
「……いや、何でもねえよ。それよりもうすぐ古物弔いが始まる時間だろ。早く場所を確保したほうがいいんじゃねえか?」
「もちろんそのつもりだ。最前列で見てやるぞ」
無邪気に微笑みながら那由多は一足先に人混みの中へ入っていく。
走る度に軽やかに揺れていた長い髪はもう見えない。
俺は胸の前に拳を作り、唇を噛み締めた。
そして後ろの石段に腰掛ける九十九神に呟く。
「………こういうことなのか」
「そういうコトデス」
俺が知っている那由多は戻ってこない。
俺がカタをつけるまで。
「…俺の所為、か」
「そうデス」
素っ気なく応じた九十九神に俺はそれ以上何も言わず、ゆっくりと人混みに向かって歩き始めた。
不意に、抑揚のない声が後ろから聞こえてくる。
「“古物弔い”は捨てられたモノたちの念をひとつの人形に込めて供養する大切な儀式デス。そのついでに、人間の持つ四つの邪悪な心を一緒に焼き払って貰うのデス。…しっかり最後まで見届けなサイ」
俺は返事をしなかった。
まもなくして、古物弔いの始まりを告げる風鈴の音が辺りに響いた。