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捨てるな危険。  作者: 央慈朗
1:世界はゴミでできている
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5

帰省して数日。

俺は昼まで惰眠を貪り、午後は自室でゲームや漫画に興じたり微妙な友好関係の中学の同級生を何となく訪ねてみたり、夕方にはパトラの遊びに付き合い、夕飯後にはまたゲーム…そして朝方に床に就くという、まるで実りのない時間を過ごしていた。


学生という肩書きがなければまさにニート生活そのものである。

館山が高笑いする姿が目に浮かぶ。


まあ、サマーバケーションはまだ始まったばかり。

初っ端からはっちゃけ過ぎても後々ツケが来るだけだ。





そうして気が付くと、今日は四捨祭当日。


村中の電柱に真っ赤な提灯が下げられ、境内からの太鼓の音が辺りに響き、祭りのムードを盛り上げている。


例の場所で那由多を待っていた俺は、神社へ向かっていく幾人もの村人を見送っていた。

その中に、二十代後半ぐらいの落ち着いた男女や、はたまたぎこちなさ全開の中学生カップルの姿があり、それを見て思わず鼻から息が漏れた。


まあせいぜい楽しんでくれよ。




「イセキ」


突然後ろから聞こえた耳慣れた声に俺ははっと振り返った。


「だから何でお前そっちからー……」


那由多の姿を見て、俺は言葉の続きを失ってしまった。


藤色の背景に咲き乱れる紅い牡丹の花に、腿のあたりから裾にかけて舞う艶やかな蝶。

大人びた柄の着物に、腰の淡い黄色の帯が少女の可愛らしさやあどけなさを醸し出している。

そして花飾りを付けた、初めて見る那由多のまとめ髪。


浴衣に合わせた紫色の巾着を体の前に下げ、どこか気恥ずかしそうに佇む那由多がぽつりと言った。


「社にお願い事をしに行ってたんだ」


「え、あ、ああ、…またかよ」


「それよりどうだ?…変か?」


那由多は一歩俺に近付いて両腕を広げて見せた。

ラメの入った白いグラデーションが天の川のように

煌めいている。

肌の白い那由多によく似合っていて、綺麗だ。


「あ、…いや、いいんじゃねえか。お前浴衣なんて持ってたんだな…初めてだ」


訥々と答える俺に、那由多は少し頬を赤らめ、いつものように優しい笑みを浮かべた。


「母のものなんだ。こういうのは柄に合わんし恥ずかしい気がして避けていたんだが…せっかくイセキが帰ってきてくれたからな。頑張って着てみた」


そしてそのままくるりと体の向きを変え、次の石段へと進んでいく。

すっかり日が落ちて群青に染まる景色の中に、那由多の小さな体が溶け込んだ。


「あ、おい!待てよ……」



俺は何となくもどかしい気持ちを持て余したまま、

その自由気儘な蝶を追いかけていった。










オレンジ色のぼんやりとした光に包まれて、神社の境内は幻想的な雰囲気を作り出している。


最後の鳥居を潜り、社へと一直線に続く石畳の両脇には隙間もないほどに露店がみっちりと立ち並ぶ。

加えて、この人の多さ。

焼きそばを買うには一体どこに並べばいいのか迷ってしまうのも、見慣れた夏の風物詩である。


先程まで隣にいたはずの那由多がいつの間にか消え、そして気付けば綿飴とたこ焼き、ソース煎餅を両手に携えて俺の目の前に立っている。

まったく、ちゃっかりしているというか抜け目ないというか、こういう時の容量の良さは昔から変わらない。


「行くぞ、イセキ」


そしてその戦利品を持って、俺達は”秘密基地“へと移動するのだ。


社の右側面を通り抜け、裏側に回ると、その正面の茂みに隠れるように長方形の岩がある。

大人三人は悠に座れる広さで、人目につきにくいその場所は、ガキだった俺達の恰好の遊び場だった。


まさか、この年になってここへ来るとは思わなかったな。

ところどころ苔むした岩肌のゴツゴツした手触りが懐かしい。


去年はー…どうだったっけ。

ああそうだ、その時の彼女が人混み嫌いで機嫌損ねてすぐに帰ったんだ。

一昨年の祭りに一緒に来た彼女は門限が厳しいとかでやっぱりすぐに帰って…その前も何だかあまりぱっとしない記憶がある。


俺は左側で早速たこ焼きに楊枝を突き刺す那由多をちらっと見て、小さく笑いをこぼした。


「どうした?」  


「…いや、やっぱりお前には適わねえなと思って」


「何だ急に。下剋上でも企てていたのか?」  


那由多はにこりと笑顔を見せ、大粒のたこ焼きにかじりついた。

小さな茹で蛸がひょっこりと姿を現す。 


「やはりこれが一番旨いな」


そう言って那由多はたこ焼きのトレーを俺の前に差し出した。

俺は楊枝でひとつ自分の口元に運びながら聞き返す。 


「この屋台のたこ焼きがか?それより隣町のスーパーに入ってるたこ焼き屋のほうが旨いと…」 


「イセキとここで食べることだよ」


唇の前にたこ焼きを止めたまま俺は那由多の横顔を見つめた。


「子供の頃の思い出は、幾つになっても楽しく甘ったるく感じるものだな」  


「そりゃまあ、ガキの頃ってのは辛いこととか苦しいことなんてないに等しいからな。つうか、お前まだガキだろ、未成年だし…あ、俺もか」


「十九というともう大人になった気でいるんだろう」  


自分の膝元に視線を向けたまま、那由多はクスリと笑った。二つ目のたこ焼きを咀嚼しながら言う。


「イセキはいつか結婚をするだろう?」


「あ?」  


那由多の唐突な話がまた始まった。


「するかしないかと言えばするだろう。そう仮定しての話だ」


訝しげな俺を無視して奴は続ける。お陰で、その薄紅色の唇に緑の海苔が張り付いているのを教えてやることもできない。 


「結婚して、やがて子供が生まれて、日常生活は必然的に仕事と家庭中心となる。そうなればどうしても友人…特に離れた故郷の仲間とはあまり連絡をとらなくなるだろう。とらないとは言え、心のどこかでは気にしてはいる。もしかしたら、地元に残った仲間は自分の知らないところで集まったりしているかもしれない。…そう思うと、何となく取り残されたような切ない気持ちにならないか?」 


「ならないな」  


俺が即答すると那由多は大きく頷いた。


「だろうな。昔の友人は忘れるのがイセキの主義だからな」  


「じゃあ、何で聞いたんだよ」  


やや口調を強めた勢いで手元の楊枝がポキッと折れてしまった。同時にたこ焼きがトレーの中にダイブする。 

那由多は顔を上げ、俺を見つめて言った。


「少しでもそういう気持ちになってほしいと那由多は思っているからだ」


「……それはお前のことも含めてか?」


俺の問いかけに那由多は答えず、たこ焼きで口を塞いでしまった。


正面の茂みに目をやりつつ、俺は短くなった楊枝でたこ焼きをもう一度突き刺し口へ放り込んだ。




しばらく黙々とひとつのトレーをつついた。

社の向こうから人のざわめきが聞こえてくる以外はとても静かだった。

やがて鰹節のかすだけが残ったトレーをビニール袋に入れると、那由多は浴衣が崩れないようにゆっくり立ち上がった。


「ちょっと手洗いに行ってくる。那由多が戻るまで綿飴とソース煎餅に手を付けるなよ」  


「はいはい。足元暗いから気を付けろよ」  


俺がそう言い終わらないうちに那由多は茂みの中に入っていった。

社の周りの砂利を草履で蹴る音が遠ざかっていく。


ふと、携帯の振動が麻のパンツのポケットに伝わる。

画面を見ると館山からメールが届いていた。 


「…《寂しい夏休みをお過ごしのことと思います(笑)地元から戻ったら相手してやるからお前の予定教えろよ》…………」 


さて、暇なこいつに那由多とのツーショット写真でも送りつけてやろうかな。

せっかく、《馬子にも衣装モード》だしな。   



指先でそんなことを企みながら、俺は那由多が戻ってくるのを待った。




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