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捨てるな危険。  作者: 央慈朗
1:世界はゴミでできている
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4

「ねー、いっちゃん。きいてきいて!」


「……あ、ああ」


「それでねー、これがねー、おうぎやのチューブのしょうがのフタ!」


「…う、うん」


「これねー、これはねー、パトラがいちばんすきなの!」



このやり取りが実に一時間半続いている。


ダイニングテーブルに並べられた赤、黄色、緑のチューブ状の調味料のキャップ。

パトラのそれらのコレクションは残念ながら俺の興味を引かなかった。


しかしながら子供と言うのは良い意味で純粋、悪い意味で自分勝手なものだ。

俺がいくら辟易としてみせたところでパトラ劇場はそう易々と閉幕しない。


「それでね、コレはきょうもらったの!」


ここに来てようやく真打ち登場か。

にこにこと幼く笑うパトラが紅葉のように小さな手を広げ、緑色のキャップを俺に見せてきた。


やはり、他のものとの違いがさっぱりわからない。


「誰に貰ったんだ?」


「たまばあ!」


笑顔で即答するパトラから、俺は台所に立つ姉貴に視線を移す。


「姉貴、そろそろ玉ばあちゃんにパトラを預けるの、やめたほうがいいんじゃねえか?今日みたいに姉貴が休みの日だって行ってて…ずっとあの家に入り浸りじゃねえかよ」


「何でよ」


淡々と夕飯の下準備をする姉貴に、俺はやや強い口調で続ける。


「だってもう相当な年だろ。いくら玉ばあだって、活発な幼児の相手をするのはいい加減しんどいだろうよ。それにもし何かあったらお互いに嫌じゃねえか」


「そんなこと言われてもねえ。他に預けられるあてはないし。唯一隣町にある保育所は満員だし。何だかんだ玉ばあちゃんのところが一番安心なのよ」


小麦粉にまみれた手を水で流しながら姉貴が言った。

そしてタオルで水気を拭き取りつつ、思い出したように呟いた。


「あ、そう言えば玉ばあちゃん、あんたに会いたがってたわ」


「え?」


「あんたにお告げがあるんだってさー。行ってあげなよ」


「…またそれかよ。もう飯食って寝ちまってんじゃねえのか」


「あんたね、まだ17時よ。いくら何でも起きてるでしょ。せっかく帰ってきたんだから顔見せたら?ていうか行ってきなさいよ、じゃないとあたしが怒られる。17時半頃に行かせますーって言っちゃったんだから」


なに?

勝手なことを。

あの家に行くとなかなか帰れないから嫌なんだよ。



「たまばあ、待ってるよ」


気付くと、正面のパトラがキャップを握り締めたまま大きな瞳で俺を見上げていた。

姉貴がさらに畳み掛ける。


「大体あんただって玉ばあちゃんのこと大好きだったじゃない。昔はしょっちゅう遊びに行ってたでしょー」


別に俺が好んで遊びに行ってた訳じゃない。

昔から玉ばあを愛してやまないのは那由多だ。

俺はその巻き添えなのだ。




この村に玉ばあを知らない者はまずいない。


恐るべきはその生態。


俺がパトラぐらいの年齢の時からもうそれなりに高齢だったと思う。


しかし、村の子供達が成長していく一方、玉ばあにはそれ以上老いというものが見られなかった。

むしろ月日が経つほどに若々しさを帯びていったような気がする。

俺のひいばあちゃんの幼少時にはすでに成人していた、なんて噂を聞いたこともあり、一体どれほど生まれて久しいのか想像するのも何だか怖い。


ご意見番、有力者、村長を影で操る者…等々、色々言われてはいるのだが、その口癖である《お告げ》は当たったためしがない。

那由多の願い事と同じようなものだ。


ちなみに若い頃は結構な美人だったのだろう、黒目がちの円らな瞳に筋の通った鼻、ふっくらした唇は今でも健在だ。





田圃の間を走る農道を抜けた先の、山の麓に玉ばあの家はある。

囲炉裏のある土間に正座をさせられた俺は、正面のどす黒い瞳にじっくり見つめられている。

体に穴が空きそうだ。足も痺れてきている。


ぎしぎしと家鳴りが響く中、玉ばあはかっと目を見開いて徐に口を開いた。 


「イセキよ、気を付けなっせ。しっぺ返しが近いうちにやってくるぞ」


「しっぺ返しぃ?」


何のこっちゃ。


俺が顔をしかめていると、玉ばあはマイペースに湯飲みの茶を啜り、一息置いてからこう言った。


「これまでお前が切り捨て、見捨てたものたちの復讐劇が今始まる」


「いやいやいや、映画の予告みたいにカッコよく言われても」


「心当たりがないとは言わせんぞ」


ふ、と俺の口から息が漏れる。


「何言い出すかと思えば。何だよ復讐劇って。あれか?今まで俺が付き合った女が一致団結して俺に一泡吹かせようと企んでるとか?別にな、俺はそいつらを捨てた覚えなんかねえよ。ただ見切りをつけただけでー…」


「何も人に限らんがな」


不意に玉ばあの目が鋭く光った。

それに射抜かれたように一瞬俺の体は硬直した。


湯飲みを両手に握り、玉ばあは静かな口調で語る。


「感情を抱くのは人だけではない。すべての“もの”に心はある。今のお前には良くない、実に良くない、はっきり言って最悪な空気が渦巻いておる。捨てられたものたちの因縁がお前に牙を向けている」


俺は頭をかきながら溜め息混じりに答えた。


「それで、どうしろって?逃げろってか」


「逃げられはしないぞ」


玉ばあは湯飲みを傍らに置くと、囲炉裏の灰を見つめながら何かを黙考しはじめた。


しばしそうした後、再び俺を見据えて重々しく言葉を紡いだ。


「逃げられんことには立ち向かうしかないぞ。くれぐれも気を付けなされよ。特に、”ヒトノカタ“には注意しなっせ」


「……ヒトノカタ?」  


「儂がこれ以上お前に教えてやれることはないぞ」


そう言って玉ばあは老体を持ち上げて後ろの襖に手を掛け、奥の続き間へと去っていった。




結局、それきり戻ってこなかった玉ばあに文句のひとつも言えず、俺は虚しく帰路についた。


夏の夕暮れ時と言えども、人通りも街灯も少ない田舎の畦道はちょっと不気味だ。

青々と茂る田圃の中から蛙の鳴き声が辺りに響き、それがまた薄気味悪い雰囲気を煽り立てる。


しかし、まったく解せない。

これまでとるに足りない小さな“お告げ”ばかり繰り返してきた玉ばあが、何だか嫌にシリアスだった。


いつもと違う老婆の小言。

これは何かのフラグと捉えていいのか?



………馬鹿馬鹿しい。



しっぺ返し?因縁?復讐?


ふざけんな。人を外道みたいに言いやがって。


大体お告げだの予言だの、そんなもんで自分の先々を翻弄されてたまるかっつの。

文字通り単なる老婆心だろ。




行く手を塞ぐように長く伸びる自分の影に、俺は大きく舌打ちをした。



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