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捨てるな危険。  作者: 央慈朗
1:世界はゴミでできている
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3

家の前の道を右方向にひたすら真っ直ぐ、田畑を突き抜けて小川にかかる小さな橋を渡ってとにかく真っ直ぐ、村の端にある一際大きな村長宅を通り過ぎて、尚も真っ直ぐ進む。


そうしてようやく突き当たったところに、その神社へ続く最初の石段がある。

たぶん、百段ぐらい。


その神社で毎夏行われる“四捨祭シシャサイ”はこの村きっての一大イベントだ。

その祭りの為にこの《石上神社》はあると言ってもいい。


普段は人気ヒトケのない静かな境内に屋台が軒を連ね、こんな過疎地にこれほど人が住んでいたのかと疑うほど多くの人々でごった返す。

何の娯楽もない小さな村の唯一の楽しみだ。


祭りの本来の目的は人間に宿る四つの悪い念だか感情だかを払い、身を清めるということらしい。

二百年以上続く由緒正しき伝統的な祭りなのだと、ばあちゃんが言っていた。






真上に昇る太陽が俺の体をじりじりと焼き付ける。

まるで鉄板の上に寝かされた豚バラブロックになった気分だ。


全身に汗を纏い、雫を垂らしながら俺はようやくひとつめの鳥居のある広場にたどり着いた。


「あーっっ、マジきっつい………っ」


鳥居を背に、石段に座り込む。

後ろにはさらに石段が続く。


社に行くにはあと二つ鳥居を潜らなければならない。つまり、三段の山になっているのだ。

上に行くほど石段の数は少なくなるが、大抵はひとつめの鳥居に着くまでに挫折感を覚える。


平生、人が寄りつかないのはそういった理由があるからだ。


それでも、頂上から見渡す景色には誰もがその疲労を忘れてしまう。


山々に囲まれた円形の土地に、小さな群れを成して点在する民家、若草色や黄金色に染まる田畑、澄んだ水が流れる小川…それらが見事に調和するこの環境を、美しいと思わない村人はいない。


そして、この土地を二つに分けるように中心に

真っ直ぐ伸びるコンクリートの道…

俺が今通ってきたその道は、村の入り口と神社を一直線に結ぶ主要道路だ。

ばあちゃん曰わく、神様と人が共生する大切な道らしい。


信仰心のない俺でも、この村全体を見守るように高台に聳えるこの神社に来ると、何となく神聖な気持ちになるような気がするのだ。



しかしまあ、こんなに汗臭い男がやって来てはさすがの神様も鼻が曲がっちまうんじゃなかろうか。

タオルとペットボトルぐらい持ってくるべきだったな。



ようやく息が整ったところで、俺は携帯のメール画面を開く。



《久しぶりに会いたいな。色々話したいことがあるし。例の場所で待ってて~》



色々話したいことって何なんだ?


俺が村を出て数ヶ月の間に、あいつの環境がどれほど大きく変わったって言うんだ。


大抵女がこう切り出す時って、あれだよな。


……………。




ああ、何でこんなに気にしてんだか。

妙に勘ぐるな、俺。


別にあいつが誰とー……………





「おう、待たせたな!」


「どゅわっっ」


背後からの襲来に俺の背中がビクッと揺れた。


携帯を危うく階段の下に落としそうになり、冷や汗が出た。


ドキドキしながら後ろを向くと、穏やかに微笑むあいつが立っていた。

胸元にかかる栗色の長いストレートの髪が白いセーラー服によく映える。


俺の隣にストンと腰を下ろすと、まじまじとこちらを見つめながら薄いピンク色の唇を開いた。


「相変わらずだな。元気そうで何よりだ」


「こっちの台詞だ。下から上がってくるもんだと思ってたのによ、どこに隠れてやがったんだ?」


距離がすごく近い。それも昔から、ガキの頃から変わらない。

ガキの頃の感覚のまま、こいつは成長しているのだろう。

お陰で俺の中の筑波ツクバ 那由多ナユタはずっとガキのイメージのままだ。


笑顔を浮かべたまま、長い睫毛を咲かせた瞳で那由多は俺を捉え続ける。


「隠れてない。ここでお願い事してたんだ」


「願い事?」


那由多は誇らしげに鳥居を指さす。


俺は奴からやや視線をずらした。

まだ鼓動の高鳴りは治まらない。


「ここの神様なら那由多のお願いを叶えてくれるだろうと思ってな」


「そういやお前、昔ことあるごとに願い事してたよな。アイスの当たりが出ますようにとか、席替えで窓際になりますようにとか…それって結局叶ってたか?」


那由多は首を横に振った。

そりゃそうだ、境内まで登る気力がないからって最初の石段の手前で拝んでたら叶いそうな些細な願いも叶わないだろう。


「願い事を終えたらイセキの下品な息遣いと迸る汗臭さを感じたから茂みに潜んでいたんだ。一泡吹かせてみようと思ってな」


「二言余計だっつの。てかそれ思いっきり隠れてんじゃねえかよ。めっちゃ企ててんじゃねえか」


しかし、俺の反論を気に留めず那由多は穏和な口調で続ける。


「とにかく、那由多ももう高校三年になった。そろそろ身の振り方を真面目に考えないといかんと思い、お願いに参った次第なんだ」


「それ、他力本願っつうんだぞ。…ちなみに何を願ったんだ?」  


途端に奴が真顔になる。


「那由多はな、モテないんだ」 


「はい?」


やはり真顔で那由多は繰り返した。


「那由多はモテないんだ。だからモテたいんだ」


「………………」


「まあイセキも知っての通り、村内の小中学校が合同、高校も自転車で三十分の隣町だ。この一帯の過疎地域では出会いなんか広がらない。しかも、高校の生徒の2/3は女子、貴重な男子は野草のように魅力ゼロいう追い討ちのかけよう。どうだ、なかなかどうして絶望的だろう」


「…………」


菩薩みたいな穏やかな顔をしてそう言い放った那由多に、俺は思い切り困惑した表情を浮かべた。


こいつのめちゃくちゃな思考と破綻した理論展開にはもう疾うに免疫がついているはずなのに。


俺は目の前の女にしっかりと視線を定めて諭すように言った。


「…いいか那由。そもそもお前は根本から間違っている。身の振り方っつうのはな、自分の将来を考えることを指すんだ。これから自分がどうあるべきか、どういった方向性を目指すのかー…それをなんだ、お前は単に浮ついた恋愛ごっこがしたいだけじゃねえか。あれだろ、とりあえず恋をしてみたいお年頃。ってやつだろオイ」


「那由多は将来像を描いている」


何の迷いも淀みもなく毅然として那由多は言う。

膝の上で揃えていた両手を胸の前で大きく広げた。


「将来を思い描いての恋愛だよ。那由多は本気でそれを求めている。何より、イセキに揶揄されるのは心外というもの。イセキのこれまでの傍若無人な恋愛遍歴を批判したこともなければするつもりもない。だからイセキも那由多の恋愛事に批判はできないはずだ」


そして右手の人差し指を真っ直ぐ伸ばし、俺の口元へ突き立てた。

俺はすぐに那由多から顔を背けた。


「傍若無人って…批判してんじゃねえか。つーか、別に俺はからかってるつもりじゃねえし……ただ」


「ただ?」


「………何でもねえよ!」


口元を抑えて俯く俺にまだ那由多の柔らかい視線が届いている。


横目でちらっと見ると、やはり那由多は微笑んでいた。



しばらく沈黙が続く。

これから昼下がりに向けて、ますますこの熱気は盛んになる。

水分が失われた体が徐々に重く、気だるく感じられてきた。

暑さを意識すればするほどじっとり汗が湧き出てくる。あ、石段に汗が垂れた。喉渇いた。ああまずい。


それにしても何でこいつはこんなに涼しい顔してるんだ。体内に冷却装置でも搭載してるのか。

(見た目だけは)可憐な少女に汗は似合わないってか。

神様は不平等過ぎる。



そんなことを考えていると、那由多がゆっくり立ち上がりやんわりと沈黙を打ち破った。


「今日は父が休みでな、張り切って昼食を作って待っている。イセキも久々に我が家に来るか?ちなみにサムゲタンだ」


「いや、…遠慮しとく」


小さく答えた俺に那由多は優しく微笑みかけ、そのまま石段を下りていく。


細く頼りない背中を向けたまま奴は淡々と言う。


「大学生の夏休みは長いんだろう。ゆっくりしていくといい。都会はあれこれ疲れが溜まるだろうからな」


そして顔をこちらに向け、足を止めた。


「それでは、楽しみにしてるぞ。四捨祭」



すぐにまた歩き出した。

一歩一歩、ローファーが石段を踏みしめる音が響く。

那由多の小さな体がますます小さくなっていく。


俺はその姿が目に入らないように顔を上げ、遠くの景色を見た。

村を囲む山の先に微かに町並みが見える。那由多の通う高校があの辺りに有る。


ローファーの音は聞こえなくなった。





「このくそ暑い時期にサムゲタンかよ…冬だったら行ってやらねえこともねえけどよ……」


なんだ、何なんだよ。 


訳わかんねえ。


ガキの頃、お決まりの待ち合わせ場所だったこの場所にわざわざ呼び出して話したかったことって、何だったんだよ。


将来を思い描いての恋愛って、つまりはそういうことだろ。


俺に言うことなのかよ。





最後のそれって、一緒に祭りに行こうってことか?



何だよ、結局俺でいいのかよ。









ああ、それにしてもマジで喉渇いた。



家に帰って炊き込みご飯と葛餅食ったら、余計に渇きが増しそうだ。



でもサムゲタンよりはマシなはずだ。

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