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捨てるな危険。  作者: 央慈朗
3:世界は嘘と虚構にまみれている
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18

「玉ばあ!パトラ!!」



囲炉裏のある土間に二人の姿はない。

家中はしんと静まり返っている。


怪奇ともいえる静けさに、警戒心が強まっていく。




閉ざされた奥の部屋の襖に手をかけ、俺は黒猫に尋ねる。


「なあ、本当にパトラ達はここに監禁されてんのか?」



返事の代わりに、ドサッッと足元に何かが倒れる音がした。



見ると黒猫が囲炉裏の縁に頭を乗せて横たわっていた。


「お、おい、どうしたんだよ急に……」


反応はないが腹の辺りが微かに動いている。どうやら息はあるようだ。

そいつの体に触れようと床に屈んだ俺の頭上に、いきなりふっと影が差した。



「……探しているのは我々かな?」


耳の奥にダイレクトに響くように男の声が聞こえた。

ボイスチェンジャーでも使っているような底気味悪い声色。

瞬時に俺の肌が粟立っていく。

部屋はじっとりと湿気を帯びているのにも関わらず、凍り付いたように体が固まっている。


これまで感じたことのない、表しようのない戦慄。

眼球の奥からピリピリと痺れるような感覚が伝わってくる。


一体、何がそこにいる………?



顔を上げることができない俺に向かって、男は話し続ける。


「突然妙な男達が現れて、二宮玉櫛と小金井パトラを捕らえたとその猫に誘導されて来たのだろう?」


誘導…?


「ご苦労様」


縫いつけられたように閉ざされた唇をこじ開け、俺は何とか声を発した。


「………もしかして、俺を……誘き出す為の罠……だったと…?」


「罠とは心外であるな。ただ純粋に、主と対面してみたいと思ったまでだ」


「……………何者だ?」


「主が畏れている存在、と言えばわかるかな」



少しずつ少しずつ金縛りが解けていくように、俺の首が上に動いていく。

そして、囲炉裏のすぐ側に異様な存在感を持って佇む男と、その脇に添う子どもの姿を視界に捉えた。



「はじめまして、小金井イセキ殿」


銀色の髪の若い男が端正な顔を綻ばせた。

すらりとした体に纏った喪服のような黒い着物が不気味さを増長させている。  

金木犀の花の香りがどこからともなく漂う。


しかし、俺の目はすぐに隣の少女に向けられた。

パトラだ。

何故か男と同じく、黒い着物を着ている。



「パトラ……?無事だったのか?」


問いかける俺をパトラは睨むように見つめた。

どこか様子がおかしい。

あからさまに俺を警戒している。


「な、何だよ。どうしたんだ、パトラ」


「この子は主の知る小金井羽虎ではない」


俺は男に視線を移す。


「いや、そもそも小金井羽虎ではない」


「何言ってやがる?訳わかんねえことを…そうだ、玉ばあはどこにいる?」


「彼女がいれば主とゆっくり話をできそうにない。だから少しだけ外して貰った。…何、そんな顔をしなくてもいい。何も手出しはしていない」


歯を食いしばりねめつける俺を宥めるように、男が悠然と答えた。


「改めて挨拶を。我は迦楼羅カルラ。主がこの世に溢れさせた邪鬼共を統一し、操る者」


「……てめえが首謀者か。何の為にこんなことを……っ、くそ、待ってろパトラ、今助けてや…」


全身を抑圧する恐怖心に必死に抵抗しながら、俺は何とかその場に立ち上がった。


だが次の瞬間、俺の鳩尾に鈍い衝撃が走った。



「ぐぅっ………!?」


呻き声を上げ、俺は床に跪いた。

男は指一本動かしていない。

しかし拳で力一杯殴られた感覚が確かにある。


男は俺を見下ろしながら諭すように言った。


「勘違いしているようだが、首謀者は主だ。我は主の身勝手な振る舞いによって生み出された、言わば被害者。諸悪の根源は主に他ならない」


「……お前も、俺が過去に捨てたものだって言うのかよ…?」


男は頷いた。

横にしがみつくパトラの頭にそっと手を置く。


「我々は元は純朴な心を持って生まれた道具や玩具だった。しかしながら、主の所為で悲しみを知り苦痛を味わい苦渋を舐め……気付けば怪物となっていた。我々を突き動かすのはもはや憎悪しかないのだよ。……わかるかな、平和な環境で安穏と暮らす主に、この気持ちが」


語る男の瞳が徐々に赤黒く濁っていく。


「主が憎い。主が憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。憎くて憎くて憎くて憎くて憎くてたまらない」


呪文のように呟きながら、男は俺に近付いてきた。

目の前にしゃがみ込むと、大きな手でガシッと俺の首を掴んだ。


「………っ」


………苦しい。

俺は必死になりながら男の腕に爪を立てた。

しかし男はビクともせず、むしろ俺を掴む左手にますます力が籠もっていく。 


淀んだ眼差しを向け、男が言った。


「主を許せない」


「……………くっ、うっ、あぁぁぁぁ………」


意識が朦朧とする中、俺は横目で囲炉裏のほうを見つめた。

先端に白い布を巻き付けた細長い木の棒が刺さっている。

俺は震える左手でそれを掴み取り、男の目玉に向かって突き出した。


「………うううぁぁぁあ!!」


「!」


男の切れ長の瞳が大きく見開く。

咄嗟に顔をずらし、棒の先端が頬を掠めた。

その瞬間、男の手がパッと緩み俺はそのまま背後の襖に倒れ込んだ。


「ゲホッ、ゲホッ…………!!」


激しく咳込みながら男を見ると、奴は忌々しそうに傍らに転がる木の棒を睨み付けていた。


後ろにいたパトラに肩を叩かれると、男は我に返ったようにはっとして、ゆっくりと立ち上がった。 


「……つい品のない行為を。挨拶程度に留めるつもりだったんだがね。今日のところはこれで引き上げさせて貰う」


「……待て、パトラを……っ」


「また近いうちに」



よろめきながら立ち上がろうとする俺の前で、男はパトラと共に消えてしまった。


ほんの一瞬だった。


パトラに向けて伸ばした手が虚しく空を掴む。



嘘だろ………?




立ち上がりかけていた俺の膝が再びガクンと床に打ち付けられた。

戦慄も恐怖心も消え、穴の開いた風船のようにただひたすら体から力が抜けていく。

 



「パトラぁ…………ッ」



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