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捨てるな危険。  作者: 央慈朗
3:世界は嘘と虚構にまみれている
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翌日、目が覚めるとテュケの姿はなかった。




すでに奴の定位置となっている座布団には、小瑠璃とまたまた初見の何者かが座っていた。



起き上がった俺と目が合うなり小瑠璃は爽やかに笑う。

テュケには絶対に見られない対応。新鮮。

青地の水玉のキャミソールと紺のショートパンツが艶やかな体型によくハマっている。

これで鳥人間でなければ満更でもない…かな。



「おう、麦茶頂いとるぞ」


「……ああ。…お隣の方は?」


右隣の淡い緑のツナギ服を着た少年に俺は目をやる。

何故か体育座りである。

目鼻立ちのはっきりした美少年という奴だが、どうにも覇気がない。というかやる気がない。

しかしながら、まるで犬がハタハタと尾を振るように、その少年の腰元でプラグ付き電気コードが左右に動いているのを見る限り只者ではないと即座にわかる。


アンニュイな少年に代わり小瑠璃が言う。


「九十九神のウェスタじゃ」


「あ、ああ…どうも」


ウェスタというらしい少年は無言のまま腰に下げたバッグから携帯を取り出すと、画面に集中し始めた。

ゲームでもやっているのか、軽く会釈した俺に見向きもしない。

まるで可愛げのない奴だ。


「済まんな、人間で言うと多感な年頃なんじゃ」


小瑠璃が少年の肩をポンと叩き苦笑いを浮かべた。


ああそう、と適当に相槌を入れ、俺は話題を変えた。


「ところであいつは?」


「テュケなら“神の地”に戻っておる。オサと話があるとかでな。それで代わりにウェスタをここに呼んだんじゃ」


「ふーん…」


まあ何の話か知らんが、俺の預かり知るところではない。そのうち帰ってくるだろう。


……さて、今日は何をするかな。


姉貴は仕事でパトラは例に漏れず玉ばあの家。

正直、何もない故郷で過ごす時間は贅沢である一方退屈でもある。

しかし、村のメインイベントが終わっても留まる理由が俺にはまだ残されている。

元々、それが終わるまでは向こうのアパートに戻らないつもりでいたのだ。 

それまでの暇潰しが目下の課題だ。


…まあ、実際のところそんなに呑気にはしていられないかもしれないが。 



腕を組みつつそんなことを考えていると、どこからか携帯の着メロが鳴り出した。

今大人気の女性アイドルユニットの代表曲だ。


小瑠璃が麦茶のグラスを床に置くと、ショートパンツのポケットから携帯を取り出し耳に当てた。

二言三言、何やら言葉を交わすと電話を切りすっと立ち上がった。


「他の地域の九十九神から応援要請が入った。済まんが席を外す。ウェスタ、後は宜しく頼むぞ」


言い終わるや否や小瑠璃はふっと姿を消してしまった。



途端に気まずい空気が漂い始める。 

最も、冷めた顔つきで黙々と携帯をいじるこいつは何とも感じちゃいないのだろう。

そうだ、何もここは俺んちなんだし妙な気を回すこともない。

とりあえず下に降りて飲み物でも…


俺がベッドから降りてドアノブに手をかけた時、不意に視線が突き刺さった。 

後ろを向くと、少年が携帯片手に俺を引き留めるかのようにじっとこちらを見上げている。

若さどころか生気すら感じられない乾いた瞳。

死んだ魚のような目とはまさにこれか。


「………何か?」


俺が尋ねると少年は少し間を置いて答えた。


「………あんたは何も知らないんだ」


甘い顔立ちに似合わない、籠もった声。かろうじて聞き取れるほど。

要領を得ず、俺は聞き返した。


「何のことだ?」


「………何を知らないのかも知らない」


何となく小馬鹿にするような言い方に俺はむっとした。

だが少年はそれだけ言うとまた画面に目を向けてしまった。 


「………」


俺はそのままドアノブを回し、バタンとドアを強く閉めた。  





「ったく、……何なんだよあのガキは」


独り言を漏らしながら廊下を通り、ダイニングのドアを開けたところで俺は我が目を疑った。



テーブルの上にあった菓子の袋が散乱し、辺りにカスがぼろぼろと落ちている。まるで動物が食い散らかしたようだ。

そういえばバナナやオレンジなんかも置いてあったはずだがひとつもない。


「な、何だ…?」


俺がだらだら寝ている間に野良犬か狸でも入り込んできたのか?



ふと、台所の奥からカサカサと袋を漁るような音がする。

慎重にカウンターに回り覗き込むと、こちらに背を向けた黒い毛並みの動物が何かを貪っていた。


俺は咄嗟にスウェットのポケットに手を伸ばす。

まさか家の中で遭遇するとは思わなかったが、テュケから受け取った武器を忍ばせておいて正解だったか。

果たして室内で神仕様水鉄砲コイツをぶっ放すのは如何なものかと躊躇いもあるが、俺は黒い生物に向けてそれを構えた。


引き金に指をかけたその時、そいつは突然振り返り俺に向かって勢いよく飛びかかってきた。



「うわっっっ!!?」


俺の顔にしがみつくように鋭い爪を立てる。


「…………っ、このやろ……っ!」


片腕で必死に顔をガードしながら水鉄砲を思い切りそいつの体に叩きつけると、


「にゃっ!!」


そいつはそう叫んで冷蔵庫の前に吹っ飛んだ。


「……にゃ?」


そこにいたのは邪鬼ではなく、真っ黒な毛をした猫だった。


「……猫?」


俺はゆっくりそいつに近付きしゃがみ込む。

黄色い右目に青い左目、きれいなオッドアイ。

間違いない、こいつは玉ばあの猫。名前は失念したが。



「わりい、まさかお前とは……てか、何でうちに?玉ばあはどうしたんだ?」


俺はそっと猫の頭に手を乗せ撫でつけた。

そいつはパカッと口を開け牙を見せたかと思うと、


「腹が減りすぎてついつい食べ物にがっついちまった。オレとしたことが品のねえ…兄さんよ、悪かったな」


「しゃ、しゃ、しゃ、しゃー、喋った!!」


俺はしゃがんだまま後退りした。

しかも渋い声。目を瞑って聞けば苦み走ったダンディーなおっさんが話しているみたいだ。


猫はクールな口調を崩さずに言った。


「お前に話があって来たんだ」


「お、俺に…?」


「玉櫛を助けて欲しい」


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