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捨てるな危険。  作者: 央慈朗
2:世界は秘密が溢れている
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16

あのプラスチックの刀には覚えがある。


だいぶ昔、飽きていつの間にか捨てていた。









片手にビニール袋を提げて俺は家に向かっていた。


不意に腹の虫がなる。もう昼か。

そういえば朝飯も食ってなかったな。

頭がぼうっとする。




実家のすぐ手前まで来たとき、正面からピンク色の服を着た子供が駈けてくるのが見えた。

パトラだ。

朝っぱらから玉ばあのとこに行ってたんだっけ。


俺に気付くと、パトラは長い髪を振り乱しなから笑顔で近付いてきた。


「いっちゃんー!!」



数メートル先で大きく手を振るパトラの背後に、ふと黒い影がちらつく。

パトラと同じぐらいの背丈の人型の影。

明らかにパトラの影ではない。



……まさか、邪鬼か?


訝しむ俺の前で、突然そいつの右手が巨大化し、鋭く伸びた金色の爪をパトラの頭の上に振りかざした。


「……パトラッッ!!!」




俺が呼び掛けたその瞬間、その影は一筋の白い光に射抜かれ、パンと弾け飛んだ。

一瞬のうちに跡形もなく消えてしまった。



「いっちゃん!」


唖然とする俺の目の前に、パトラが何事もなかったように立っていた。

邪鬼らしきものがいた道の上には、オリーブ色の鳥の羽が矢の如く突き刺さっている。


「どうしたの?いっちゃん」


不思議そうに俺を見つめる小さな顔に俺は笑顔を返した。


「何でもない。…それより、玉ばあには今日もいっぱい遊んで貰ったのか?」


「うん!たまばあにむかしばなししてもらったの。たのしかったよ!」


「そっか、よかったな」


「うん、いっちゃん、おうちはいろ!」


そう言ってパトラは先に玄関に向かっていった。

ドタバタと家の中に入っていく。


俺は三和土に散らかる小さなサンダルを拾い上げ、


「おいパトラ、ちゃんと靴は揃えろよー…」


「お帰りなサイ」


突然、背中に伝わった冷たい声に俺は振り返った。


玄関の外に九十九神が音もなく佇んでいる。 

淀みない瞳が催促するように真っ直ぐ俺を見つめる。


「……悪かったな遅くなって」


俺はビニール袋を前に突き出した。

白い手が受け取るのを確かめると、俺は神妙な面持ちで尋ねた。


「…お前なんだろ。俺にあの袴の男をけしかけたのは……」


答える素振りを見せない九十九神に俺は話を続ける。


「…あれさ、俺がガキの時によくチャンバラごっこで使った刀の玩具。覚えてたよ……いや、思い出したんだ。まさか、また出会うとはな…まったく、お前も何のつもりか知らねえけどよ。わざわざこんな真似…」


「彼のコトは思い出したのデスネ」


九十九神がようやく小さな声で答えた。


「……アナタに喝を入れる為デスヨ」


「……喝?」


普段のトーンに戻った声が淡々と語りかける。


「アナタが漫然と日々過ごしている間、日本各地で九十九神タチが邪鬼と戦っていマス。自分のコトですっかり余裕をなくしているのデショウガ、これはアナタの起こした戦争ナノデス。アナタが戦わねばならない戦デス」


「……………」


俺は下を向いた。

あの男とのやり合いの時だろうか、サンダルの爪先が少し削れていた。

膝には泥がついたままだ。


「デスガ、とりあえずのチャンスを得るコトはできたようデスネ」


「…チャンス?」


顔を上げると、目の前には水色の水鉄砲が差し出されていた。

掌に乗せたその銃を見つめながら九十九神は言う。


「もしアナタが鵜丸の前から逃げ出していたら、アナタを見限るつもりでいたノデス。いつまでも弱音を吐き己を無力と思い込み現実から目をそらすアナタに付き合っているのはあまりに不毛デスカラ。神は悠久の時を過ごすとはいえ、自分の時間を無意味に奪われるのは嫌いデス」


「……もっと頑張れよってことか?」


「叱咤激励のつもりはありマセン。チャンスを投げ捨てるのナラバこれは受け取らなくて結構デス。やる気があるならレンタルしマス」


ゴクリと喉に唾が流れ込む。

俺は微かに震えを帯びる手で水鉄砲を掴んだ。


「………その覚悟は捨てないヨウニ」


「……………」


「ちなみに、筑波那由多、小金井イスズ、パトラには護衛をつけてありマス。ワタシの仲間の誰かしらが必ずついているのでひとまずご安心ヲ」


「何で急に…お前言ってたじゃねえか。姉貴やパトラを守る義務はねえだろ?そうだ、それに那由多は人質じゃ……っ」


段々と大きくなっていく俺の声を、九十九神は静かに制した。


「筑波那由多は大事な人質デス。邪鬼などに喰われてしまったら興醒めデスヨ。それと、後の二人に関してはオサからの慈悲によるモノデス」


「長…?」


「ワタシタチ九十九神の中心的存在デス。如何せん、あの御方は人間に甘いところがありマシテ。しかし長の命に背く行為はワタシの意に反しマスノデ…。命拾いしマシタネ」


九十九神がそう話す間、掲げたままの掌はまた光に包まれていた。

光がさっと開いた瞬間、真っ赤な勾玉が姿を現した。


「コレも預けておきマス」


そう言って、俺の開いた手の中にそれを滑り落とした。

ベタな表現だが血のように赤い。


「……これは?御守りか何かか?」


「とても機能的な御守りデスヨ。それを使えば九十九神をその場に呼び出すコトができマス。一度に呼べるのは二人までデス。友達リストに登録してある九十九神がランダムで現れマス。誰が来るのかお楽しみというコトデスネ」


友達リストって…SNSじゃあるまいし。

携帯といいアプリといい、神の世界とやらもアナログのままではないようだ。


しげしげと勾玉を眺めた後、俺はひとまずそれをポケットにしまい込んだ。

わざとらしく咳払いをして言った。


「…………まあ、とにかく、礼は言っておく。ありがとな、………テュケ」


ほんの少し九十九神の表情がピクリと動いた。


「えっと……違ったか?確かこの前、あの黒いワンピースの二人組にそう言われてたような…」


俺が口ごもると、奴の顔は無表情に戻っていた。

その刹那、どことなく切なげな一面が見えたような気がした。


「…とにかく、名前がわかんねえと色々不便だしな……」


「…そうデスネ、九十九神はワタシだけではありマセンカラ、そう呼んでもらえると助かりマス。……トコロデ」


テュケは片手に持ったビニール袋をガサッと鳴らす。



「アイスが六本もあるのデスガすべてワタシが食べていいのデスカ?」


「…んなわけねえだろ。一人一本だ」



ようやく俺はサンダルを脱ぎ家の中に上がった。

蒸し暑い。



たぶんというか確実にアイスはドロドロに溶けているだろうと懸念している。

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