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捨てるな危険。  作者: 央慈朗
2:世界は秘密が溢れている
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11

俺は玉ばあの家から飛び出し、村の外へと全速力で走っていた。


途中サンダルが引っかかり、俺はそれを脇の畑に向けて投げつける。


後方から俺を呼ぶ声がしたかと思うと、瞬時に疾風を纏った九十九神が俺の正面に姿を現した。


冷静にそこに佇むそいつを、俺はぎらついた瞳で睨みつけた。


「……退けよ」 


「落ち着いて下サイ」


「落ち着いてられるか!イスズは姉貴の名前だ!」


「それはわかっていマス。カノジョは今どちらに?」


九十九神は諭すように慎重に問いかける。

俺は息を上げながら答えた。


「……隣の県のショッピングセンター……」


顔の汗を腕で拭いながら俺は自分の言葉にはっとする。


電車を乗り継いでおよそ一時間ほどの場所にあるそのショッピングセンターに、姉貴は何かとパトラを連れて出掛けていた。パトラの好きな和菓子屋があるとかで。

そして今日も当然ながら二人は一緒。



「くそっ……!」


再び走り出そうとする俺の腕を、九十九神の冷たい手が引き止めた。

振り払おうと激しく抵抗するも、やはりその手は離れない。 


「んだよ、邪魔すんじゃねえよ!パトラにまで危険が及んだりしたらっ……」


「二人の正確な居場所はわかるのデスカ?」


「……いや」


電話なら先程からすでに何度もかけている。

しかし聞こえてくるのは事務的な口調の女の音声のみだ。


「感情に煽られてがむしゃらになるのはあまりにも賢くナイ方法デス」  


「じゃあ賢い方法があるのか?!」 

 

「カノジョのオーラを察知すれば見つかりマス」


「オーラって……なんか神様っぽいな。そんなことできんのか??」


俺が感心したように言うと、九十九神はワンピースの脇に片手を突っ込み、例の携帯を取り出した。


「このアプリを使えばオーラを感じ取るコトができマス」  

「って結局文明頼みかよ!」


「行きマショウ」   


九十九神は俺の腕を右手に、そして俺の脱ぎ捨てたサンダルを左手に掴むと、ブーツの踵を強く地面に叩きつけ、宙へと舞い上がった。

住宅や田畑がみるみる小さくなっていく。

 


「うわ、うわ、うわっー!!!ち、ちょ、おい、も、もっとしっかり掴んでくれ!!!」 


「万一落下しても責任は負いかねマス」


「な、何だよそれっ!!あ、あーっ!!!」 



腕一本を命綱に、俺の体は揺らめきながら村の上空を通過していった。









「この辺りに土地勘はありマスカ?」



九十九神の問いかけに、俺は青ざめた顔を横に振る。


閑静な住宅街の一角、砂場とブランコ、それと衝立をつけた簡易トイレが置かれただけの小さな公園。

周囲はぐるっと茂みや木々に囲まれ、昼下がりというのに妙にひっそりしている。



「な、何でこんなとこに来たんだ?てか、誰もいねえし……」


入り口に立ち尽くしたまま、俺は震える声で九十九神に聞き返した。

青息吐息。

飛行中、俺は汗やら涙やら涎やら、色んな液体を撒き散らし、半狂乱になっていた。

足元に広がる鳥瞰図が地獄絵図のように見えた。

まだ足が宙に浮いてる感覚がする。 

ガクガクしてやがる。


そんな俺に何の気遣いもなく、九十九神は飄々と質問に答えた。


「ここはショッピングセンターから二キロほど離れた住宅地の公園デス。ここでオーラを感知しマシタ」


「姉貴がここに?」


九十九神は携帯の画面を見つめる。


「小金井羽虎のオーラデス」


その時、俺達の右手側にあるトイレのドアがガチャリと開いた。


注視する中、ゆったりとした動作で水色のワンピースを着た少女が出てきた。



「……いっちゃん」


「パトラ??」


俺はすぐさま側に駆け寄り、しゃがみこんだ。


特に怪我はないようだ。

ただ何となく様子が可笑しい。

いつも子供らしく爛々と輝く丸い瞳に覇気がなく、健康的にピンクに染まる頬には色味がない。

ぼうっとして俺を、いや俺の右後ろに立つ九十九神を眺めている。


俺はパトラの小さな肩に手を置きやんわりと尋ねた。


「なあパトラ、どうしてここにいるんだ?姉っ…お母さんは?」


パトラは虚ろげな目を俺に向ける。微かに唇が動いているが、声は発しない。


俺はその手にしっかり握られた紙パックのりんごジュースに目をやった。

あのショッピングセンターの名前が入ったテープがバーコード部分に貼られている。

二人があそこに行ったことは間違いない。

しかし、こんな小さな子がひとりで二キロも離れたこの公園に移動するとは思えない。


この近くに姉貴がいる…もしくはいたはずだ。



何も答えないパトラを前に、俺は鼓動が再び高鳴っていくのを感じた。


「……小金井羽虎」


九十九神が俺の隣にすっと腰を下ろし、静かに語りかけた。


「アナタはヒトリでここへ来たのデスカ?」


「……………った」


「え?何だよパトラ」


儚げな声がパトラの口から漏れた。俺はパトラの口元に耳を近付ける。


「……………んだ」


「聞こえな-……」



ふと、黒っぽい物体が脇目に触れた。

顔を上げてみると、俺達を取り囲むようにして不気味な生物が円陣を組んでいた。

それぞれが牙を向き、爪を立て、濁った金色の目でこちらをじっくりと窺っている。


「……じゃ、邪鬼…?」


「ざっと十五匹デスネ」


九十九神が立ち上がりながら周囲を見回す。

右手には白い光が集まっている。


「……ちっ、パトラ!」


俺はパトラの両脇に腕を突っ込みそのまま抱き上げた。

邪鬼はじわじわと間合いを詰めてきている。

しかし、この状況で先日のように戦うのは無理だ。

分が悪い。


俺は九十九神に叫ぶ。 


「パトラを守るのが最優先だ!こいつらの相手はお前に任せる!」


「本来ならば戦の先陣を切るのはアナタで、ワタシは飽くまで補佐なのデスガ……仕方ないデスネ」


そう呟く奴の手には棒状の光が握られていた。

そして前回同様、光が弾けたと同時にその武器は姿を現した。



形からして今度こそ剣ではないかと密かに淡い期待を抱いていた俺の目に映ったのは、傘だった。

それも番傘ときた。

今時漫才や落語でもなかなかお目にかかれないような代物だ。



「…………本気か?」


「本気デス。アナタがお望みのなんとかブレードやなんとかの剣はまだ入荷の目処がたっていマセン」


「………」


「問題ありマセン。これも立派な武器デスカラ」


不安げな俺に横顔を向けると、九十九神は傘を天に突き刺すように真っ直ぐ上げ、バサッと勢いよく開いた。


そのまま勢いに乗り、傘を回転させる。

俺は呆れ気味に言った。


「おいおい、芸でも始めんのか?!」


「黙って身を守っていなサイ」


やがて傘の先端に白い光が灯り、だんだんと大きく膨らんでいく。

そしてバレーボールより一回りほど大きくなったところで、突然キュイーンと甲高い音を立ててそれは爆発した。

 

「うわっ!?」


飛び散った光がそれぞれ邪鬼に向かって降り注ぐ。

俺は咄嗟にパトラの頭を抑え、身を屈めた。

あまりの眩しさに目を瞑ってしまった。



邪鬼の呻き声が止み、静まり返ったところで俺はそっと目を開けた。


傘を握って立っている九十九神の背中が見える。

何事もなかったかのように、邪鬼は跡形もなく消え失せていた。

如何せん信じがたいのだが、ここはお見事と言うべきか。


俺はふーっと息を吐き、すっかり汗ばんだ両腕を解いてパトラを降ろした。

 

「大丈夫か?」


やはりパトラは答えない。朦朧としたまま遠くを見つめている。


「なあパトラ、一体どうし…」




「パトラ!!!」


耳慣れたそのよく通る声と共に、足音が近付いてきた。  

公園の入り口から駆け込んでくる姉貴の姿。


  

「………ママ??」



それを見た途端、水を与えた花のようにパトラの顔に生気が戻り、泣きじゃくりながら姉貴に駆け寄っていった


「ああ、良かった良かった…。ごめんねパトラ」


姉貴は地面に両膝を付き、パトラを抱き締めながらその頭を何度も優しく撫でた。

瞳にはじんわりと涙を浮かべている。



しばらくその様子を眺めて、俺は姉貴にそっと声を掛けた。


「姉貴、何があったんだ?」


姉貴は涙を残した目で俺を見上げる。


「どうしてパトラが一人でこんなとこにいるんだよ?」


「あたしの不注意よ…あのショッピングセンターで高校の同級生に会って、ここの住宅街の中に住んでる子なんだけどね、…せっかくだから少し家に寄らせてもらおうって、車で連れてきて貰ったの。

だけど、駐車場からちょっと離れた家に向かってる途中でいつの間にかパトラがいなくなってて…あたしが同級生との話に夢中になってたから……」


訥々と話しながら姉貴は手で涙を拭った。

平生、気丈な姉貴がとても弱々しく見える。


「…ったく、しっかりしてくれよ。パトラを守れるのは姉貴だけなんだぞ。俺は普段いないんだからよ」


「ごめん……あんたはどうしてここに?」


「あ、ああ、ちょっとな…。俺も知り合いがこの辺りに住んでて、ふらっと遊びに来てみたらパトラを見つけて。たまたま、ほんとにたまたまだ」


俺のとってつけの言い訳に姉貴は変な顔をしなかった。

まあ、(姉貴からしてみれば)俺がこの場にいたことでパトラの安全が確保できたのだから、そんな理由などなんだっていいだろう。


とりあえず一安心していると、急に赤い目をしたパトラが俺に尋ねてきた。 


「おねえちゃんは?」


「え?」


俺は後ろを振り返る。

いつの間にやら九十九神が忽然と姿を消していた。

無論、番傘も落ちていない。


あいつ、姉貴の登場で色々面倒臭い事態になることを見込んで逃げたのか。

まあ俺としてもそのほうが好都合だ。 


「と、とにかく無事だったことだし、行くか。姉貴、友達の家に行くんだろ?」


「そうね」


姉貴が立ち上がり、パトラの手を引いて公園の外に歩き出した時、俺の携帯がポケットの中で震動した。


非通知だ。


俺は怪訝な表情で電話に出た。


「…はい」 


「一段落デスネ」


この音声案内のような口調は紛れもなく九十九神だ。


「な、なんだよお前かよ?!てか何で俺の番号知ってんだ?」


「盗み見マシタ」


さらりと言い放った後、九十九神は続けて述べる。


「そんなコトより、ネットでいい感じの喫茶店を見つけたので今そこにいるんデス。住所を教えるので来て下サイ」  


「何を呑気な…」


「ゆっくりとお茶をしたいと思ったノデ。アナタも冷静な状況に戻ればワタシに聞きたいことがまた出てくるはずデスヨ」


「…………わかった。場所を教えろ」

 


九十九神は店の住所と名前を俺に告げた。




「ではお待ちしていマス」


ああそれと、と奴が言う。 




「アナタはワタシに借りを作りマシタ。この代償は必ず払って貰いマス」


 


感情のない声が途切れ、代わりにツーツーと無機質な音が俺の耳に木霊した。





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