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これはいいものです

 手にした木細工に彫刻用の刃を入れていく。

 頭の中のイメージに従って彫っていくのだが、力加減が難しい。刃が通り難くても力任せでも行けるのだが、それだと細かい造形が巧く彫れないく崩れてしまう。

 結局は木の性質を良く理解して彫れる方にならければならない。


「う~ん」


 彫り進んだ木彫りの置物を見るが、局面が思うように出せていない。まだまだだな、精進あるのみとはいえもっと上達したいものだ。


「アルシェちゃん居るかしら」


玄関からスフィアさんの声がした、ご飯の時間じゃなかったと思うけどどうしたのか。


「なんですスフィアさん」


服に着いた木屑を掃ってから、顔を出して確認する。


「ああ、奥に居たのね。また木彫りをしていたの?」


「ええ、今日はこれですよ」


スフィアさんの問いに、作業途中の作品を見せる。今回はかなり会心の出来だ。


「ええと、熊かしら?」


「いえ、猫です」


「そうなの?愛嬌があるわね」


そうでしょう、そうでしょう。

モチーフは魚を咥えた猫である、この鋭い顔と丸い体型が愛くるしい。

スフィアさんもこの可愛らしさが解るようだ。


「それで、何の用事かな?ご飯の時間じゃないよね」


「ええ、そうだったわ。今日はこれを設置する場所を相談しようと思って」


スフィアさんはそう言って一枚の魔方陣の書かれた紙を渡してくれた。

ざっと見てみたが、複雑な図形と文字が書かれていた。

内容は当然解らない、魔方陣なので何かか用途があるのだろうが。


「これは、何の為のもの?」


「これはね、冷蔵設備を作る為の魔方陣よ」


「冷蔵設備?物を冷やす設備?」


道具を冷やしてどうするのか、用途が解らない。冷えるというなら暑い時期には便利そうだが。


「これを使った部屋で食材を保存すると腐りにくくなるのよ」


「そんな便利なものが!?初めて知りました」


「王都に居た時に魔法使いと一緒に開発したのだけど、今ならここでも使えそうだったから」


「スフィアさんが開発したんだ、凄いねそれは」


「まあ維持するのに魔石が居るので、魔石の手に入る環境でないと使えなかったのだけど。今はダンジョンから入手できるようになったから設置しようと思いまして」


今なら確かにダンジョンからの供給が有るから問題はないのだろう。


「でも魔石を使うとなると維持費がかなり掛からない?」


「同じものを道具屋と宿屋への設置と保守整備、それとポーションの定期納入で安くと融通してもらう予定ですよ。魔石自体も消費を抑えるように色々改良してますから大丈夫です」


「そうすると、冷蔵設備の手配ですか。どんな仕様がいいんです」


「大きさは3部屋分ぐらいで、材質は石造りで出来れば地下がよいですね。それだけで基本室温を低く保つことができるので効率が良いです」


石材で地下か、材料は取り寄せになるかな。親方に相談してそのあたりは進めるか、見積もりを貰うにしても結構かかりそう。


「石材だとかなり費用がかさみそうだね」


「一部薬品の保管庫も兼ねますから費用はこちらで持ちますわ、アルシェちゃんには増築の手配をお願いしたいのです。後は敷地内に作りますから許可もですね」


「了解したよ、親方に相談してまず見積もり貰ってくる。納期はどうする?」


「現状で急がないので、そのあたりも確認して頂けると助かりますわ」


基礎の方は手伝いも入れれば短縮できるから、そのあたりも詰めた方がいいか。

まずは図面を引いてもらって、スフィアさんにも確認してから詳細を詰める感じかな。


「取り敢えず明日あたり打ち合わせに行くよ」


「お願いしますね」


 スフィアさんの作る物は基本便利で革新的なものばかりだ、道具なども便利なものをいくつか作って貰って使っている。発想とそれを実現する技量が高いのだろうが、感嘆ものだ。

 便利だと進めるからには冷蔵設備も相当の物なのだろう。こう、わくわくする感じだな。


「じゃあ、私はコレを仕上げるとするよ」


「わかりました、また夕食まで工房に籠りますわ」


「はい」


「幼女よ、熊の置物か」


「湧くな!!」


反射的に手にしていた彫刻を警備員に投げてしまった。

拙いと思ったが、警備員が危なげなく受け取る。


「これは...懐かしいな。故郷の土産物に似た物があったのを思い出した。幼女よ、これを譲っては貰えないか?」


「警備員なら自分で作ればいいだろ、器用なんだから」


「貰い物だからいいのだ、これはいいものだしな」


「ほう、それの良さが解るのか。なら譲ってもいい、対価は今度払ってもらうとしよう」


「いいだろう、幼女の作ったこの置物には価値があるからな。うむ素晴らしい」


警備員はそのまま、うむうむ言いながらしきりに猫の彫刻を眺めている。

警備員とはいえ、自分の作品を褒められるのは気分がいい。

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