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 辺りはまだ、暁闇に沈んでいる。下野国足利郡の端にある山――郷愁山の中腹にある郷愁寺で、村人達が僧侶と談笑していた。川に水を汲みに来たついでに寄ったらしい。

「鷹子はいないんか? この前、届けてくれた薬湯の礼に、おらんとこの畑で採れた野菜、持ってきたんだが」

「鷹子なら散歩に行っているぞ」

 太眉の僧侶が答えた。

「ふうん。こんな朝早くから元気なこった」

「全くだな」

 村人と僧侶は声を上げて笑う。

「ああ、鶯幸様にはこれを――」

 境内を掃いていた鶯幸に村人達が近寄る。

「塗り薬のお礼です。ただの果物で申し訳ないが」

「ありがとうございます。山神様もさぞよろこんで下さるでしょう」

「いやいやいや。それは鶯幸様が食べてくれっ。山神様の祠にはちゃんと献上してきたから。食べきれなかったら、鷹子にも」

「…………わかりました。ありがたく、いただきます」

 村人達は郷愁山の幸を採取し、寺にやって来て山神へ祈りを捧げるようになった。閉鎖的な村は、少しずつ変化していっている。

 帰って行く村人達を見送りながら、鶯幸はぽつりと呟く。

「私は村の人々と向き合うことを、怖がっていたのかもしれません。一度ぶつかってしまえば、こんなにもわかりあえるというのに。何年間も損をしてしまいました」

「はい。……それにしても、鷹子のやつ……まだ帰ってこないですな」

「あの子はまた、〈秘密の場所〉とやらに?」

「間違いありません。……まったく。後をつけて〈秘密の場所〉を突き止めてやろうかと何度思ったことか」

「ふふっ。あそこは椿殿との思い出深い場所だと言っていましたからね。詮索してはいけませんよ」

 鶯幸は優しい眼差しをした。僧侶は憮然とした顔で腕を組む。

「あんな……何も言わずに去った男を何年も待ち続けている鷹子には、怒りを通り越して哀れみを覚えます。椿の馬鹿めが……せめて鷹子に、迎えに来る、と言ってやっても良かったでしょうに!」

「…………椿殿が何も言わず去ったのは――鷹子を迎えに来られる確証が持てなかったからだと思います」

 誠実な人ですから、と鶯幸は何も映らない灰色の瞳を開き、空を仰ぐ。僧侶はふんと鼻を鳴らした。

 どこからやって来たのか、紅椿の花びらが鶯幸の肩に舞い降りる。彼はそれを掌に乗せた。それは、まだ冷たさの残る風に乗って天へ舞い上がった。

 でも、と鶯幸は小さく呟く。

「……不思議です。あれから五年も経つというのに、私はいまだ思ってしまうのですよ。彼はきっと鷹子を迎えに来る、と」



    ※



 雪解けの水が迸る川を抜け、鷹子は紅椿の連理木が根を張る場所に来ていた。

 あれから五年。鷹子は二十になった。彼女は野の花を墓石に供えて手を合わせる。石には嘉納則宗と刻まれていた。誰も弔おうとしなかった彼を、鷹子がここに埋葬したのだ。

 鷹子は椿の樹木に目を転じる。いまだ赤黒く残る『あの人』の痕。

 空高く、鷹が風を切っていた。鷹子はその行方を目で追う。鷹はこちら目がけて急降下してきた。

 ざっと強い風が吹く。紅い椿の花びらが鷹子の視界を覆う。向こう側に人影が見えた。吹雪が、止む。

 空から舞い降りた鷹が、人影の突き出した左腕に止まり、満足げに鳴いた。

 ……山の稜線を縁取る太陽の光を受け、人影の顔が露わとなる。乱雑に切った黒髪はそのままに、切れ長の怜悧な瞳が鷹子だけを映す。

「………………鷹子」

 彼は手を伸ばした。鷹子は笑顔を咲かせて大地を蹴る。彼はしっかりと鷹子を受け止める。

 その拍子に鷹は澄明の空へ昇り、宙を旋回した。

 紅椿の連理木の下、二人は見つめ合って互いをきつく抱きしめた。



              《了》




この話は、

『めっちゃ純粋な主人公が書きたい!』

をテーマに据えて書いた話でした。


そのためか、鷹子と椿のキャラは最初から一貫して変わらなかったのですが……。

鶯幸の性格が変わる変わる。


僧侶の一人として鷹子に関わっていくお兄さん的存在(そんなに出番なし)→嘉納家の跡取り息子であり、鷹子の育て親である和尚を殺した(酷い)→で、最終推敲版。


という変貌を成し遂げました。

則宗にいたっては、最終版に至るまで一度も顔を覗かせたことはなく。


というか今まで作った中で、一位二位を争うくらい物語の流れも二転三転したかもしれません。


でも、そのぶんだけ自分の中で結構気に入ってる作品でもあります。

少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。

後書きまで読んで下さり、ありがとうございます。



  藍村泰


 2011.12.04〆 


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