三日
目に付くのは、一面に広がる黄と赤である。山々を染めるその色は世界を埋め尽くさんとばかりに己を主張し、鈍く反射する湖面や青く澄み渡る空は、それをさりげなく際だたせているようでもあった。
けれども、紅葉の鮮やかさも一時限りであって、色もすっかり抜けてその役目を終えた葉は、その身を褐色へと変えながら、徐々に枯れ葉となり行く。それは山から吹き降りる乾いた風に乗って我が紅魔館にも舞い積もり、さながら庭一面にカーキ色の絨毯を敷いているようだ。
それはつまり、庭の管理も任されている私の仕事が増えることに他ならない訳で、最近では専ら庭や門前の掃除が私の主な仕事となっていた。加えて紅魔館はやたらと土地が広い。建物も大きいが、前庭やら裏庭やら全てとなると、とても一日で掃ききれる面積ではない。この時期の庭掃除は私一人では手に負えないのが現状ではあるが、陳情しても聞き入れられるとは到底考えられず、ただ黙々と竹箒を振るう日々である。
とはいえ、庭掃除が嫌いだとは思ったことがない。花畑の管理――草抜きやら花殻摘みもそれに似た部分があるし、掃除をやり進めるにつれて綺麗になりゆく庭を見るのは、とても心地が良いものだ。
ただ弊害として、掃除に没頭するあまり来客に気付かぬのは少々問題かとも思うが、この幻想郷では門という物は大した役目も果たさず、皆が皆勝手気侭に門を開けて入ってくるのだから、今では私も諦めて、門より内へと入ってきた人にだけ対応するようにしている。
……それにしても、ここ数日でまた一段と冷え込んだ為か、落ち葉の量がうんと増えた。掃けども掃けども新たな枯れ葉が風に乗って来ては舞い落ちるし、何か私に恨みでもあるのか、その風は集めた葉を舞い上げてはそこかしこにばらまいていく。それは正しく風の気分次第であり、延々と捗ったり振出に戻ったりの繰り返しであった。
だが、今日は随分と日和が良い。風はあるものの、今日は私の手伝いをしてくれている。落ち葉の山を崩すこともなければ、新たな葉を持ち込むことも掃いた場所に吹き返すこともない。僅かな旋風は落ち葉を集め、私は終始それを拾う作業に務めた。そのおかげで落ち葉は全て片付けられて、久方振りに庭の地面やら芝生を拝むことが出来た。やはり、掃除とは心地の良いものだ。
額に滲んだ汗を腕で拭いつつ、眼前にそそり立つ山を見上げる。
……ここ最近は終始、落ち葉集めに精を出していた。そしていざ集め終わってみれば、落ち葉は予測通りの大山を成していた。正しく見上げるまでの、落ち葉の山である。館の裏にある、風があまり吹かない場所に溜めてみたまでは良かったものの。流石にこれは由々しき事態である。何れその内裏庭は落ち葉で埋まり、歩くことすら困難になるだろう。そうとは解っていながらも、非常に億劫で今日の今日まで溜め込んだ結果が目の前の惨状だが、ここまでくれば流石に見て見ぬ振りも通らない。近日に待ちかねるは、良くて説教悪くて折檻に違いない。
はてさて、一体どうしたものやら。捨てるならば敷地外に投げれば良いだけの話、不可能ではない。さりとて、枯れ葉が風で敷地に戻れば二の舞であるし、何より敷地外まで運ぶには少しばかり量が過ぎる。全て運び切るには何日を要するのだろうか。それ以前に、運ぶ間に新たな枯れ葉が庭に積もってしまう。それもまた、避けねばならない。
いっそのこと燃やしてしまおうか。それならば数刻の間に事が済むし、労力やら諸々のことを気にする必要はない。ただ、安全が確保出来ないというだけで。
それが一番の大問題であった。量が量だけにこの場で燃やせば小火騒ぎになることは間違いないし、風向き等が重なれば館に燃え移らないとも限らない。だが移動して燃やすならば敷地外に捨てることと同義である訳で、それら以外となると、腐らせて量を減らす他手はない。しかしながら落ち葉は増える一方これ以上の置き場はない訳で、更に許された時間もないとなれば、腐らせることもまた、難しい。
……やはり、燃やす他ないのだろうか。じっとしていれば肌寒い今日は、焚き火には打って付けである。時刻は正午を過ぎた昼下がり。今から燃やし始めれば、冷え込み厳しい夕方には暖かな熾火に当れるかしら。それはとても風流で、さぞ心地良いとは思うが、如何せん危険は大きい。門番が館を焼いたとあっては、冗談にもならないだろう。
「……で、霊夢さんはそこで何をしているんですか?」
「私? 私はただ、有機物の酸化を促しているだけよ」
「私には、マッチを擦っているようにしか見えないのですが」
「急激な酸化現象って、光と熱が発生する激しい反応のことなのよ」
「……つまり?」
「つまり、このことを燃焼と呼ぶわ」
私の背丈より高く積まれた落ち葉に、橙と朱を混ぜたような柔らかなマッチの火が落とされた。辺りには微かに、マッチの燃える臭いがつんと漂う。
奇しくも、近来降雨は無かった。時期的にも空気は乾燥して、火を熾すには持ってこいだ。その上微弱に吹く風が熾きた火を巻き上げ押し広げて、火柱の高さは優に二階を越えた。火元から幾許かの距離があるにも関わらず、無数の熱線が肌を突き刺す。これは小火どころではない。立派な大火である。
「焚き火なら自分の神社でやって下さいよ!」
「落ち葉集めるの面倒くさいじゃない」
「いや、こんなことしたら火事になりますから!」
「まぁ火事になってもうちじゃないし。問題ないわ」
「うちには大有りです!」
……これは霊夢が勝手に火を付けたんだから、火事になっても私の責任ではない。責任ではないと願いたい。さすれば、館が燃えても霊夢の責任、火事にならなければ落ち葉が無くなって万々歳、である。落ち度があるとすれば部外者である霊夢が許可なく紅魔館の敷地内にいることであるが、私では彼女を止めることは不可なので、気にしないことにしておく。
「そんなに心配することはないわ。適当に結界を張ってるから」
「適当って……」
「それに、美鈴も食べたいでしょう」
霊夢は脇に置いてあった大きな紙袋を開いて、にやりとしながら私に中身を見せる。袋の中は、あまりに多くの紅色が犇めきあっていた。大きすぎず小さすぎず、直に焼くには丁度良い大きさの甘藷である。
「そんなに大量の芋を、どこから」
「里に用があったんだけど、今年は豊作らしくて、少し分けて貰ったの」
「巻き上げた……訳じゃないですよね」
刹那、巫女の眼が妖しく光を発したように見えた。人間である以上当然、目が光るなどあり得ない。しかし巫女から流れ出る気は最早妖怪のそれを越えていて、錯覚を引き起こすにも十分であった。私はそれに圧されてか口からは思わず謝辞が漏れて、霊夢は深々と溜息を吐く。
「あんたねぇ、いくら私が貧乏だからって、強奪しようなんて思わないわよ」
「そ、そうですよね……」
「それに、強奪が得意なのはあんたの真後ろにいるじゃない」「強奪なんて人聞きの悪い。私はただ借りているだけだぜ」
あぁ、侵入者が更にもう一人。追い出すべきだが、相手が魔理沙では分が悪い。距離的に接近戦には持ち込めるだろうが、近距離のマスタースパークだけは断じて避けたい。
「美鈴、そんなに構えることはないぜ。今日は館に入る気はないからな」
「……焼き芋狙いですか」
「その通りだぜ」
「やっぱり強奪犯じゃない」
「人聞きが悪いな。私はただ火の中に落ちている芋を拾いに来ただけだぜ」
霊夢はやれやれといった様子で首を横に振ると、身の丈程もある木の棒で火の元をつついている。あれだけ燃え盛っていたにも関わらず、落ち葉が主では燃え尽きるのも早く、既に熾火といった具合だ。それを見逃すこともなく、甘藷は赤黒く鈍い光を放つ火の中に放り込まれていった。
「で、咲夜も焼き芋の強奪に来たのかしら」
「あら、私はただ、役に立たない門番の尻拭いをしに来ただけですわ」
「まぁ確かに、全くもって役に立っていないな」
いつの間にやら集まった三人は、好き勝手に私への文句をまき散らしている。特に、門番の意味についての話題で盛り上がっているようだ。紅魔館の門番は庭の掃除をするのも仕事であるのに、“役に立たない”はいささか酷い気もするが……。霊夢と魔理沙に進入を許し、さらには焼き芋まで勝手に作られているという現実は間違いがない訳で。反論出来ないとは、何ともやるせない。
「それにしても、咲夜あなた……」
「何かしら」
「……でも、咲夜らしいと言えば咲夜らしい、か。まぁ、何かあったら神社に来なさいな。お茶くらいなら出すわよ」
「有事の際には、考えてみますわ」
結局、咲夜さんも不法侵入については触れなかった。というよりもあの二人に対抗出来ないのは咲夜さんも同じようで、終いには皆で焼き芋を頬張る始末である。だったら何故あそこまでの文句を言われたのかが少々不服だが、焼き芋を貰うことが出来たので、ひとまず良しとする。
香ばしく焼き上がった甘藷は甘くほこほことした食感で、冷えた身体を暖めてくれた。それに霊夢も魔理沙も芋がなくなればさっさと帰ってしまい、結局説教も何もなくただ日だけが暮れていく。
「焚き火の後始末宜しく」という声が聞こえた時にはもう、裏庭には私一人が立っているだけだった。