一日
この作品を読むに当たり
・この作品は、「東方project」を元とした二次創作小説です。
・年齢制限をつけるほどの表現はしませんが、同性愛とも取れる表現が出てきます。
これらが苦手と言う方は、この小説を読むことはお控え下さい。気分を害される恐れがあります。
また、
・原作と設定が異なる
・作者のキャラクターの捉え方が、自分(読者様)の捉え方と違う
これらを容認される方のみ、本文をお読み下さい。
今作は三部構成からなる作品で、これは第一部になります。少々長くなり、完結まで時間がかかるかもしれませんが、気長にお付き合い下さい。
また、長くなる上に執筆しながらの投稿となるので、モチベーションの向上の為にも、感想など頂けたらと思います。短くとも、作者はとても喜びますので。
前置きが長くなりました。
それでは、拙い文章、物語ではございますが、お楽しみ頂ければ幸いに存じます。
どこまでも平和である。頬を撫でるささやかな風にしても、柔らかな陽光を届けてくれる太陽にしても。過ぎゆく時間はどこまでも暢気で、ついつい欠伸が出てしまう。
目の前には、つい最近になって見かけるようになった蝶が舞っているだけで、それ以外に動くものは一つとしてない。新緑に染まる森、陽光を波に合わせて返す湖。目に映る全てがそよぐ風に合わせて揺らめいて、それらはとても、心地が良い。
昼寝でもしてしまおうかと、眠気に霞む目を擦りながら考える。客人が来るとも聞いていないし、何か異変やらが起こるとも思えない。いつものごとく魔理沙は来るのだろうが、私では彼女に対抗することも難しく、易々と突破されることは最早日常だ。それならば寝ている方がお互いに傷つくこともなく平和ではないか。……別に、魔理沙は過ぎた悪さをする訳ではないし、悪さをするにしても被害に遭っているのは精々図書館位である。彼女は妹様とも仲が良いと聞くし、お嬢様も黙認しているのだろう。
逆に考えれば、私が魔理沙とこの門前でぶつかる方が被害は大きいものだ。大概、開戦早々に恋符やら魔砲やらを放ってくるのだから、堪ったものではない。魔理沙の攻撃は私だけでは済まずに門や壁までも被害が及ぶ。その度に咲夜さんに怒られて、一人泣く泣く修復するのだから、こちらとしては大損だ。正直、勘弁して欲しい。
……また一つ、大きな欠伸が零れた。今日も朝からこの変わらない景色を見続けている。その間に洩れた欠伸は、十の位を優に越えて、百の位に達しているに違いない。段々と眠気も強くなっているように感じるし、このままだと本当に眠ってしまうことだろう。しかし寝たいのも山々だが、職の放棄もまた、許されるものではない。今が踏ん張り時である。
“よいしょ”と掛け声を呟きながら、門の脇にこしらえた簡素な椅子から重い腰を上げた。凝り固まった身体を解すように、腕を天に突き上げて背骨を伸ばす。そのついでに深呼吸をすれば、暖かく長閑な空気が肺へと詰まって、粘り気を帯びた眠気は身体から追い払われた。その眠気を嫌ってか、蝶は空高く舞い上がり、どうやら湖の方へと向かっているようだった。
何度か屈伸をして、頬を軽く手で叩く。今は勤務中なのだ。居眠りなんてしたら、咲夜さんに何と言われることやらわからない。それに何度も昼寝などしていれば、いつかは間違いなく、咲夜さんの機嫌を損ねてしまうことだろう。
彼女――十六夜咲夜とは、紅魔館で共に生活をする間柄である。共に生活すると言っても、単に住み込みで働く仕事仲間であるだけの話だが。しかし過ごす時間が長いだけに、家族と等しいような間柄で、共にする時間もけして短くはない。一度機嫌を損ねてしまえば、どうしても後々までやり辛くなってしまう。それを避ける為に真面目に勤務をする、というのもいささかおかしい話ではあるが、私にとっての実害といえば本が盗まれるよりも門が壊れるよりも、咲夜さんに怒られる事の方がよっぽどの実害なのだ。現行ではどうしようも出来ない対魔理沙は何か策を練るとしても、居眠りは何とか避けなければならない。
……と、頭では考えながらも、眠らずに済んだことはあまりない。何だかんだで最後には、いつの間にやら寝ているものだ。少し前には寝ている隙に、魔理沙に入られ本を奪われそれを追ってきた咲夜さんに見つかりで、大変な目には合ったのだが。……それでも、眠たいものは眠たい。凍てつく程寒かった時期ならともかく、この穏やかな暖かさで集中力を保てという方が、土台無理な話である。何せ、今日も平和なのだ。
…………ただ、どうやら今日は寝ずとも済みそうだった。日常茶飯事の出来事だが、それでも“私の仕事”の時間である。その成功率は限りなく低いのだが。
森の向こうから現れて段々と大きくなる黒い影。それは明らかにこの紅魔館目掛けて飛行するものであり、考えずとも魔理沙だと予測がつく。あのまま減速することもなく門の上から進入し、箒に乗ったままノックすることもなく館に押し入るのだ。もしも私がそれを阻止しようものなら、遙か上空から躊躇いもなくマスタースパークが放たれる訳で、あまりに太く徐々に広がるあのレーザーは、最早防ぎようもない。例え避けられたとしても門は壊滅、扉には風穴、おまけに私の速さでは魔理沙に適うはずもなく、追いつく間もなく簡単に進入されてしまう。そして待ちかまえるは説教と門やらの修復作業。あぁ、嫌だ。
後少しで魔理沙の射程範囲に入ってしまう。仕掛けるなら今しかない。……だが、こちらが動けばどう転んでも地獄、動かなければ職場放棄。どちらにせよ頭が痛い。やはりここは寝た振りでもしてやり過ごすのが一番の手だったか。そう思えども後の祭りで、どうやら魔理沙も私を視界に捕らえたようだった。距離は離れているが、目が合っているのがわかる。行くか、引くか。未だ答えは出ない。
ただ迷う内にも時間は過ぎる訳で、何もせぬままに魔理沙を迎え入れる形になってしまった。近距離戦では私にも分があるが、そもそも戦う気のない魔理沙を空高く飛ぶ箒から叩き落とすことは至難の技だ。落とせなければ何もしていないことと同義になる訳で、結局は怒られてしまう。
……だが、今日は魔理沙の行動が少しばかり変だった。いつもなら門の前には降りないはずなのに、減速をしたかと思えば高度を下げて、地面へと降り立った。それも私の目と鼻の先、手を伸ばせば触れられる距離に、である。
「相変わらず暇そうだな、美鈴」
「ご挨拶ね」
腕組みをしたまま一応凄んではみたが、魔理沙はへらへらとした態度を崩さない。その辺りはいつもと変わりない様子である。
「今日は攻撃してこないが、どうかしたのか」
「攻撃したいのは山々だけど、あんたのマスタースパークが厄介なのよ。主に後処理が」
「前半だけは褒め言葉として受け取っておくぜ」
“後処理は門番の仕事だしな”と付け加えながら、魔理沙はにたりと笑う。まさかの確信犯ということに呆れながら、私は隠すこともなく溜息をついた。誰が修理するかを知りながら門を破壊していたなんて、本当に質の悪い鼠である。どうにか駆除出来ないものだろうか。
「お前が修理してると簡単にお邪魔出来るからな」
「そんな理由で壊さないでよ……」
「ああ見えても、マスタースパークを打つのは体力使うんだぜ。楽しいけど」
「…………。で、今日はどうしたの。入らないの」
「いや、私の勘が入っては駄目だって言ってるからな。今日は門までだぜ」
その言葉と共に、魔理沙が子供のような笑顔で紅魔館を見上げた為、ふと気になって私も振り返った。紅魔館という名前に相応しい紅い外壁に、数少ない窓がちらほらと見える。幻想郷でもかなりの大きさを誇る館ではあるが、これといっていつもと違う部分はない。いつもの紅魔館である。
「何も変わらないじゃないの」
「いやいや、流れ出すオーラが違うんだぜ。大方咲夜が本気で罠でも掛けたんじゃないか」
魔理沙はもう一度紅魔館を見上げてから、箒にまたがってふわりと宙に浮かぶ。「じゃあな」なんて言葉が聞こえる頃には既に、その後ろ姿は小さくなりつつあった。
「逃げられたわね」
「なっ……。咲夜さんいつからそこに」
「魔理沙が手をひらひらしていた辺りかしら」
振り向けば、メイド服にエプロン姿の咲夜さんが虚空を眺めていた。腰に手を当てて溜息をつく姿からは、正しく残念といった様子である。
「まぁ、殺気を読まれたなら仕方ないわね。次は上手くやらないと」
「何か罠でも掛けたんですか?」
「えぇ。館全ての廊下の空間をいじってぐちゃぐちゃにして、動けば動く程ナイフが飛ぶようにしたの。だからあなたも今は入らないようにしなさいね。命の保証はないわよ」
“ははは”と、勝手に口から乾いた笑いが洩れた。咲夜さんの投げるナイフは時に一発ですら避けることが出来ないのに、それが連続で来るなんて、冗談じゃない。
「一刻過ぎれば解けるように調整してあるから、あと半刻位は館には入れないわね。あーあ、魔理沙の来る時間だけはぴったりだったのに」
「まあ魔理沙も流石、と言ったところでしょうか」
「そんな暢気に構えないでよね。最近パチュリー様が特に御冠なんだから。妹様は喜ばれるんだけどねぇ」
咲夜さんはメイドの長を務める。だからこそ紅魔館の些細な出来事ですら知っている。全ての情報は彼女を通して動くと考えて間違いはない。館の誰が何を思っているのかすら把握しているはずなのだ。もっともその情報が他に洩れることは滅多に無いが、莫大な情報を彼女が握っていることだけは疑いようもない事実だろう。無論、私の情報も含めて。
「ところで、咲夜さん仕事は良いんですか? 私は門番なんでここにいれば良いですけど……」
「あぁ、そのことだけどね、実は私も館に入れないのよ」
「……はい?」
「罠を掛ける時に片っ端から掛けたものだから、どこに何があるのか自分でもよくわからなくなっちゃって。解除しながら入っても良いけど、そうするよりは時間解除を待つ方が早いから」
咲夜さんはふぅと一息つくと、肩の高さまで手を上げて、やれやれといったように首を振った。
「呆けでも始まったのかしら」
「呆けなんて……。咲夜さんはまだまだ若いじゃないですか」
「見た目だけは、ねぇ」
「そんなに心配しなくとも、お若いですよ」
「……妖怪に言われても、お世辞にしか聞こえないんだけれども」
少しばかり慌てながら、本当ですよと強調した。にこやかな笑顔の下から、黒いようなオーラが流れているのがわかる。今思えば、紅魔館からもこれに似たオーラが流れているような気もする。……ああ、魔理沙はこれを察知して、引き返したのだろう。
「あ、何も出来ないんだったら、お茶でもいかがですか? まさか門番の控え室までも罠がある訳ではないでしょうし」
「……そうね。このまま立っておくよりは、その方が良さそうね」
「この間、里の人から美味しいお茶を頂いたんですよ」
「あら、私の淹れる紅茶に適うのかしら」
「はは、勘弁して下さい」
他愛もない雑談に、二人でくすくすと笑い合った。
……そういえば、咲夜さんとこうやって話すことなんて、かなり珍しいことのように思う。話すことそのものは多いのだが、日頃はメイド長と門番という壁があるようでならないのに。
どこまでも柔らかな陽が降り注ぐ中、湖へ向かったはずの蝶がいつの間にやら、ゆっくりと目の前を舞っていた。