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短編たち

横断歩道を待つ人達

作者: K.Fドイル

この暑い夏をイメージして読んで頂ければ幸いです。

黒 白 黒 白 黒 白…


 交互に道路に横たわるそのラインは綺麗だ。アスファルトの創り出す黒とそれを分ける白いライン。それが横断歩道を形作る。信号が赤になった。止まれだ。

 私はルールに従順だ。自分で言うのもなだが、道徳的だ。ルールを重んじる。人は、私をルールに縛られているマニュアル人間だと言う。

 しかし、人がルールをつくるのではない。ルールが人をつくるのだ。




 私は休日に街を歩いていた。散歩だ。

太陽の光はアスファルトを温め、人を温めアスファルトから発せられる熱は、私たち人間の体温をさらに上昇させる。ようはあつ~いワケだ。蝉の声が一層それを促す。青空の太陽が二つに見えて来たが気のせいだろう。



 …話を戻そう。散歩の最中、私は、ある横断歩道を通りかかろうとしたその刹那、その横断歩道の信号の青「進め」は点滅を始め、「止まれ」の赤へなろうとしていた。

点滅を開始すると、愚か者は走り始めたり、歩みを早める。距離の短い横断歩道であれば尚更だ。生憎その横断歩道も黒、白の部分が8本あり、決して長いわけではなかった。

 何人かはそのまま走り去っていき、私はその短い横断歩道の前で足を止めた。私の足が少し早足になってたって?!そ、そんなことない。脈拍はフラットだ。


私はルールに従順だ。忘れないでもらいたい!



 この短い横断歩道の信号を待つのは、私と腰の曲がった老婆、そしてヘッドフォンをした青年だ。反対側には、主婦と子供、そしてスーツを着た男が信号を待っている。



 老婆の腰は90度近くにへし曲がっていて杖をついており、見ていて心配になる。年齢は…あえて70歳は越えている。そう言っておこう。

 バー…いや老婆の、額からは凄まじい汗が出ていた。私も負けず劣らず汗をかいていたが、それ以上だ。杖から汗がしたたり落ちていた。この暑さだ。仕方がない。



 私の左手にいるヘッドフォンの青年は、遠くを怠そうに見つめ、ヘッドフォンから流れてくるミュージックにリズムを取っているようだ。

パタン・パタン…

 シャカシャカ…

音漏れがヒドい。彼は正直何を考えているのかわからない。

ただ彼の耳が心配である。

おや?


私は彼のヘッドフォンの線をよく目で辿っていく。ラインは途中で途切れ、ぶら下がり、ヘッドフォンはアクセサリーと化している。先にあるべきミュージックプレイヤーは……見あたらない。

 い、一体、彼は何を聴いているのだろうか?


「…う、宇宙と交信している…」

私はそこで考えるのをやめた。




そろそろ一分は経つのではないか?…安心してくれ。

 わ・た・しは、ルールに従順だ。交通ルールは必ず守る。





道路には原付一台も通らない。青信号だと言うのに何をやっているのだ。私は少し意見してみる。 道路を挟んだ反対側の人間に目を向け てみると、小さい子供が落ち着きの無さそうに、そわそわしている。 あの年頃の男の子は落ち着きがない。4歳ぐらいだろうか?母親に手を繋がれている。男の子は早く前に進みたいのか足踏みをしている。パタンパタン…サンダルが地面に当たる音がする。


「静かにしなさい!」


男の子の母親が彼に注意をする。この暑さと自らの出す汗のせいもあるのだろう。母親はイライラしているようだ。男の子は母親を見上げると、ふてくされた顔をする。

 ふてくされた男の子は、手を振り回し左右に振り回し、右手で自分の股間を掻き始めた。そこがカユいのは分かるが…人前で掻くのはよくない。私は思わず彼の将来を考え注意を促そうとした。足が思わず足が前へ出そうになる。い、いけない!

私はルールに従順だ。交通ルールは守る。母の愛に任せよう、私はそのとき思った。

 しかし、そういうときに限って母親は違うところ見ている。その時、母親の視線は私の左、彼女のちょうど斜め右に注がれていた。

 うん?…へ、ヘッドフォン!まだ宇宙との交信を続けているのか!?母親は宇宙との交信に気づいたようだ。息子どころではないな、私は同情した。


再び右手に目を移すと、老婆の腰の角度が心なしか先ほどよりも曲がっているように見えた。私は密かに、あと少しだ!とエールを送った。 彼女に同情はするが私にはどうすることもできない。老婆は額から汗を滝のように流しながら、ただ信号一点を見つめているようだった。その皺と姿は歳月を感じさせた。



 視線を再び正面に戻し、今度は左にいるサラリーマン風の男に視線を移す。ネクタイは紺色で鞄を右手に持ち、彼は時間を気にしている。 彼は姿勢が良いようだ。ため息をつくと男は、自分の正面をみると驚愕していた。

 そうか!や、やはり気が付いたか!ヘッドフォンの宇宙との交信は続いていた。し、しかも、先ほどよりもテンポが上がっている!誰か彼と宇宙との交信を断ち切ってやってくれ!

そう思いながら再びサラリーマンに視線を戻す。 驚きながらもハンカチで汗をふく。動揺は隠せないようだ。

私は彼の下のズボンを凝視した。

 し、社会の窓が全開だ! しかもワイシャツが少しはみ出している。私は彼が自らその過ちに気ずつよう視線を送る。……………


 それに気が付いたのか彼は私に親指を立てて合図を返してきた。その顔は照れくさそうだ。

何がグッドなのかはよく分からないが、私は胸を撫で下ろした。

しかし、堂々と彼はチャックを治すのだろうか?疑問に思うと彼は、右手の自分の鞄を社会の窓付近に持ってきた。その動作はさりげなさを装っているのか、スローだ。

鞄をブラインドにし、彼の左手がモゾモゾ動いている。 母親が彼の左手の動きを見逃すはずはなかった。訝しげなめで、彼を見る。男の子は相変わらず股間を掻いていた。



 すべての処理が終わるとサラリーマンは再び私に、親指を立てる合図をそっとよこした。その顔は独特の緊張感から開放された、達成感が見える。白いワイシャツがまだはみ出ている事は黙っていようと思う。






しかし、まだ信号はかわらないのか?車は2、3台しか通らない。蝉の声がうるさい。足がまた一歩踏み出しそうになる。いやいや、私はルールに従順だ。交通ルールは守ろう。




 この沈黙を破ったのはサラリーマンだった。

 彼は中々信号がかわらないことに気が付くと、赤信号にも関わらずこちら側に向かって来た。はみ出したワイシャツには気づかずに…。私に親指の合図をそっと出すと、彼は私の横を通り過ぎていった。そうすると、バーさん、いや老婆もゆっくりと赤信号の中、横断歩道を横切り始めた。


 それをみた母親も 「ユウくん、目をつぶって!」

そう言うと男の子の目を塞ぎ、抱き抱え走り去って行った。親、自らが交通ルールを破るところを子にみせない。正しいのか、不正を正当化しているだけなのか私にはわからない。



 私も集団心理にあやかろうと考えたが待とうと思う。私はルールに従順だ。交通ルールは守ろう。



うん?青か!随分長い気がする。私は歩を前に進めた。横断歩道を渡りきった時、正面から一組のカップルが手を繋いで、楽しそうに話しながら歩いてきた。2人ともいい顔をしているな!と思う。





 振り返ると、ヘッドフォンはさっき居た場所から消えていた。青空の一部、その中で何かが強く光った気がしたが、それ以上は考えまい。


…彼は音楽プレイヤーは手に入れたのだろうか?

この地球はよい星だったのだろうか?

やっぱりそれ以上は考えまい…




 私は蝉の声がうるさいと思いながらも、もう1度夏の真昼の空を見上げた。


熱中症に気をつけなければな!


私はルールに従順だ。今日は休みを満喫したいと思う。

熱中症には気をつけたいです。

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