23.見知らぬわが子
「まあ、お待ちなさい、一人で遠くまで行ったら迷子に……」
彼女――ネリア·ロフロスは、ウワァフ·フフウの森の近くの広い野原を、笑い声をあげながら走ってゆく自分の小さな息子、ティモシーに言った。
フフウの森は、その奥深くに、今でも“魔物”などが棲んでいて、そういったものたちが、時々森の外にも出てくる事がある、などと言われているところだった。
ネリアはその話をまるまる信じているわけではなかったが、しかし、そんな何やら物騒なところで小さな子供が迷子にでもなったら……
「ティミー(ティモシーの愛称)、お待ちなさい!エスタ、あの子を……」
ネリアは、使用人のエスタに息子を呼び戻させようとした。と、その時、
彼女の周りで、ひゅうっ、と音をたててつむじ風が小さく渦巻き、彼女を取り包んだ。
「……?!!」
彼女はそれに何事かと思ったが、わけがわからないまま、気が遠くなってゆき――
ネリアは、オアの村の名家、ヒッコリー家から、スガドの街の、やはり名家のロフロス家へと嫁いできて十年、跡取りでもある男の子にも恵まれ、留守がちな夫に代わっての、ロフロスの屋敷の女主人ぶりもすっかり板について、充実した毎日を送っていたのだが……
彼女のその、“今日も変わりのない平穏な日”であったはずの日常が、ある日、少しばかりの変化をきたした。その“変化”というのは……ほかでもない、彼女の大事なひとり息子、ティモシー·ロフロスに関しての事であった。
それは一週間ほど前の、朝食の時の事だった。その日、まず気付いた事はといえば、ティミーが、使用人兼ティミーの子守り役でもあるエスタ·レンに遊び着用に新しく作ってもらったとかいう、安っぽい木綿の白いシャツと、緑の上着とズボンの上下を着ている事だったが、それから……
「ティミー?」
エスタに給仕してもらいながら、その、彼女があまり気に入らないシャツと、緑の服で席について一緒に食事をしている息子をふと見て、彼女は少しばかり驚いた。
なんとティミーが……チシャを食べている??
この子はチシャが嫌いで、今までいくら食べるように言っても、食べた事がなかったのに……?
「まあ、ティミー」
信じられない、といった表情で、彼女は我が息子を見つめた。
「お前、チシャを食べるようになったの?」
「うん」
それにティミーはにっこりとしてうなずいた。
「ぼく、チシャは大好きだよ。野菜はみんな大好き」
「…………」
彼の言葉に、ネリアはいっそう彼を見つめた。野菜はみんな大好き……?そんな……??
この子は元々神経質なところがあって、それを夫や義母や義父たちが甘やかすものだから、食べ物の好き嫌いがいっそう多くなってしまって……ドレッシングがたっぷりかかった千切りキャベツや蕪の漬物以外の野菜はほとんど食べてくれなくて、困っていたというのに……?
チシャもセロリもパセリもニンジンも……まあたいがいの子供は、あまり野菜を好んで食べないようだが……それにしても、『野菜はみんな大好き』だなんて?あれほど嫌っていたのに、今日になっていきなり?そんな……??
「ぼっちゃんは、昨日もチシャを召し上がっておいででしたよ。お気付きになりませんでしたか?」
広いテーブルの向かい側で、本当においしそうにむしゃむしゃと、なおもチシャを食べているわが子を、ほうけたようにながめている彼女にエスタは言った。
「まあ、そうだったかしら?」
それにネリアはエスタを振り返った。
「ええ。お出しした一皿分を、みんなきれいにお召し上がりになりましたよ」
「まあ……」
「よろしかったじゃございませんか」
まだ不思議そうな表情を浮かべたままのネリアに、エスタはすまして言った。
「野菜を召し上がって下さるに、こしたことはないんですから。小さなお子さんというものは、好きだったものや嫌いだったものが、急に変わったりする事があるのかもしれません」
エスタは義父の代からの使用人で、十歳ほどネリアより歳が上であったが、未婚で子供もなく、子守役もティミーがはじめてであったため、子供の事となると経験的な事はネリアとそうもかわりないのだが、彼女は何やら少しばかり知ったかぶった様子で言った
「………」
しかしそのエスタの言葉に気を取られるでもなく、急に野菜が大好きになったという我が息子を、なんだか説明がつかない、といった様子で、ネリアは見つめ続けた。そして彼女が見ているなかで、ティミーはとうとう皿の上のチシャを、きれいにみんな食べてしまった。
それから。
ネリアの大事な一人息子は、野菜を食べるようになっただけではなく、なんと外で遊ぶようになった。それも毎日毎日泥だらけになって、とっくに日が暮れて暗くなるまで、帰ってこないのだった。
街のはずれの空き地で、近所の子供たちと、“戦争ごっこ”や“英雄ごっこ”などといったものをやっているのだとか。
うちのティミーが!
ネリアには信じられなかった。ティミーは本当に神経質な子で、うちの庭でさえ遊ばなかったのに(ましてや、泥だらけになるだなんて、とんでもない!)。
一日中、部屋でおとなしく、静かに遊んでいる子だったのに。
街の子供たちと、“戦争ごっこ”なんてろくでもない遊びなんぞして……あの子の教育上、いいわけがない。ああ、どうしょう、どうしてこんな事になってしまったのだろう?
「ネリア様」
しかしそのネリアに、エスタはすまして言った。
「よろしいじゃございませんか。外でお元気に遊ばれるのも。お屋敷の中ばかりでは、やはりぼっちゃんのご健康にもよろしくありませんとも。それにぼっちゃんもゆくゆくはこのお屋敷をお継ぎになられるのですから、お小さい時からご近所とよくお知り合いになられる事も、大切な事ですし」
「……」
だがまたしてもネリアの耳には、エスタの言葉など届きはしなかった。
毎日毎日、遊びほうけた汚い格好で帰ってきては、飢えた野生動物のようにガツガツと何でも食べる……ネリアには、我が息子の姿がそのようにしか思えなかった。
他の者からすれば、それは、ごく普通の、よく遊びまわり、よく食べる元気な子供の姿でしかなかったのだが。
いくら子供だからって、こんなにも急に食べ物の好みや、遊び方ががらりと変わってしまうものなのだろうか?
ネリアは思った。そしてそう考えているうちに、彼女の頭の中に、ふとある言葉が思い浮かんだ。
“とりかえっ子”
妖精が、可愛らしいと思った人間の子供をさらっていって、そのかわりに自分の、妖精の子供を人間の親の元へおいてゆくとかいう……それはただのおとぎ話の中の出来事でしかないと思われているような事ではあったが、それでも、今でも時々、その様な事が実際に起こる事もあるとかないとか……
そうよ、そうだわ、とネリアは思った。
ティミーがこんなふうになるほんの少し前、一週間とちょっ前……
あの、ウワァフ·フフウの森の近くの、オアの村の両親のところへとティミーを連れて行った帰り、フフウの森のそばの野原でつむじ風に巻かれたら、どういったわけか、ほんの少しの間気を失ってしまった事があったけど、あの時……あの時に……
すぐに気がついて、その時にはティミーもエスタもそばにいたけど、でも、あの時に――
“とりかえっ子”
そうよ、そうだわ。ああ、どうしよう。夫の留守の間にこんな事になってしまうだなんて。いや、本当にあの子が妖精のとりかえ子に遭ったかどうかはわからないが、しかしあの子の変わりようを思えば、やはりそうだとしか……
だが、自分の息子がとりかえ子なのかもしれない、などと、たいした理由もなしに他の者に言う事もできず、しかし、そう思いはじめると、彼女は息子の日常のふるまいが、何もかも気に障る様になってしまった。
「ティミー!」
ネリアは、その日も皿のものをむさぼるようにたいらげてゆく息子に言った。
「何度言ったらわかるの?そんなみっともない食べ方をしてはいけません!お行儀の悪い事ですよ!」
彼女は食事のたびに息子にそう言うようになってしまい、その言葉は、今やヒステリックがかったものになっていた。
「ごめんなさい、お母さん」
なぜだかさっぱりわからないが、このごろずっと怒ってばかりいる母親に、彼はすっかりおびえた様子で、上目違いに彼女を見つめて言った。
「だって、お腹がとってもすいてるんだもの……」
「お皿のものは急に無くなったりしやしません。もっとゆっくりと落ちついてお食べなさい。下品な食べ方をするんじゃありません。とても恥ずかしい事ですよ」
「ごめんなさい……」
ティミーはますますしゅんとして母親を見つめ、目に涙を浮かべた。
「奥様」
それをみかねて、エスタが言った。
「ぼっちゃんが何でもたんと召し上がってくださるのは、とてもいいことじゃありませんか。お行儀ももちろん大切な事ですが、あまりお叱りになられては、ぼっちゃんがお可哀相ですよ」
「お前は黙っておいで!」
その彼女に、ネリアはより強い口調で言った。
「こういった事は、子供の頃から躾けておかないといけない事なのよ!」
そう言いながら、ネリアはフォークを持った手でテーブルをドン、と叩き、その拍子にテーブルの上のものが、ガチャリと音をたてて跳ね上がった。
と、それにとうとうティミーは泣き声をあげ、食堂から飛び出して行ってしまった。
「ぼっちゃん!」
その彼を、あわててエスタが追った。
「……」
部屋に一人取り残されたネリアは、硬い表情のまま、しばらく身じろぎもしなかった。
そうよ、そうだわ、とネリアは思った。
あんな子が私の可愛いティミーであるわけが……
頭の中でよからぬ思いが入り乱れ、彼女は今や目まいを起こしそうになっていた。
とりかえ子の見分け方や、とりかえ子にされた自分の子供を取り返す方法などは、街のまじない師にでも聞けば分かるのかもしれない。
しかし、そういった事を街の人間に聞いたりすれば、噂がたちまち……
と、彼女が一人で思い悩んでいたある日、
「奥様」
エスタがスガドの街に買い物へ出掛ける時に言った。
「今日はスガドの街の広場に市が立つ日なんですが……何かお入り用なものはございませんか?今日は見せ物小屋も出るそうですから、奥様とぼっちゃんもおいでになってはいかがですか?」
「あら、そう……」
その言葉に、ネリアは何気なく返事をした。
そして、見せ物小屋も立つような市でなら、とりかえ子について何か聞ける様な占い師や、そういった事について書いてある本などを見つける事ができるかもしれない、と彼女はふと思った。
街の者ではない、占い師やまじない師にこの子を見せれば、おかしな噂もたたず、この子がとりかえ子かどうか、わかるかもしれない……
「そうね、私も行こうかしら」
それでネリアはティミーも連れてエスタと市へ出掛けることにした。
しかしその日の市は、いつもの市とは何かちがっていた。
具体的に何が、となると何とも答えられないのだが……そう、何か、いつもの市とは、何か雰囲気がちがうとでもいうか……
そして何にしても最初に思ったのは、その人の多さだった。スガドの街は、このあたりではそこそこに大きな街ではあったが……それにしても、その日の人の数といったら、これほどの人間がいったいどこから、とでも思えるほど混み入り様で、今日の市では何か特別な事でもするため、こんなに混んでいるのだろうか、とネリアは思った。
「まあ、すごい人だこと」
ネリアはその人混みを見回しながら言った。
「そうですか」
だがティミーが迷子にならぬ様、しっかりと彼の小さな手を握ったまま、エスタはなんでもなさそうに言った。
「いつもこんなものですが。このあたりの者は、皆、市が立つのをとても楽しみにしていますから」
そしてティミーの手をひいて、ともすれば、ネリアが一人取り残されてしまいそうな慣れた早い足取りで、すいすいと先に立って歩いて行った。
「……」
そうだったかしら?いいえ、こんな……エスタの言葉に、ネリアは思った。
そして彼女はエスタたちとはぐれないよう、しかし占い小屋や本屋を見落とさないよう、市の店の並びを見ながら歩いていると、どこかから、クスクスという小さな笑い声が聞こえてきた。
「?」
それにネリアはふとあたりを見回した。
見れば……人混みの中で、見知らぬ女が、彼女の方を見つめて笑っていた。
ネリアがロフロスの屋敷の者だと知っている者ならば、いつも相手の方から、うやうやしく挨拶をしてくるものだ。しかしその、薄汚れたエプロン姿の女は彼女に挨拶をするでもなく、ただ彼女を方を見て笑っていた。
ネリアは、その女が笑っているのは自分の事ではなく、何か他の事なのだろうかとも思い、もう一度あたりを見回した。と――
クスクス、とまたちがったところで、別の笑い声がした。
見れば、また別の見知らぬ男が、ネリアの方を見て笑っていた。そしてその草色の上着姿の男は、彼女と目が合うと、さっと人混みの中に姿を消してしまった。
「……?」
いったい……??
ネリアは首をかしげた。
と、そのネリアの前を、ガラガラと音をたてて、荷馬車が通って行った。
見るや、その荷台を牽く馬は……なんと、巨大なトカゲであった!
「!」
ネリアは目を見張った。
が、もう一度見直すや、それはトカゲなどではなく、ただの、普通の馬車馬だった。
「……?!」
彼女はなかば呆然として、トカゲが牽いていた様に見えた荷馬車を見送った。
と、その耳に、あはは、とまたちがう笑い声が聞こえた。
彼女は再び声の方を振り返った。
そこでも、人混みにまぎれた中で、誰かがおかしそうに笑っていた。
あはは、くすくす、ケラケラケラ
うふふ……
ほら、見なよ、あの顔……
あの顔。
びっくりしてら……
彼女を見つめている者のうちの一人が、見たこともない様な大きな真っ赤なキノコを、生のままで、うまそうに口いっぱいにほおばった。が、もう一度見れば、それはただの菓子パンであった。
あははは……
今や彼女の周りの者はみな、彼女を何やら物珍しそうにながめて、気味の悪い笑みを浮かべていた。そしてそれらはみんな彼女の知らぬ者たちだった。
「エ、エスタ……」
自分を笑う者たちの事を、失礼な、と思うより、得体の知れない恐怖の方が先にたって、ネリアは使用人の名を呼んだ。が――
さっきまで彼女の前を歩いていたエスタとティミーの姿は、どこにも見当たらなかった。
「エスタ?ティミー??」
いつの間にやら、ネリアは人混みの中に一人で取り残されていた。
そうと知るや、ネリアは急に恐ろしく不安になり、人混みの流れに吞み込まれそうな気分になった。
「エスタ……!ティミー!」
彼女はきょろきょろとあたりを見回し、自分を見つめて笑う人混みをかきわけた。と、その行く手にいた者たちのうちの一人をふと見ると……
その人物の口はどういったわけか、耳まで裂けたような大きな口をしていて、その大口をゆがめて、にいいっとネリアに笑った。
「……!」
ネリアはそれに息を吞んだ。そしてその彼女に、
「こんにちは、ロフロスの奥さん」
大口で笑う者の隣の人物が言った。
見れば、それは気味の悪い緑がかった肌で、目が赤く、耳の先がぴんととがった、見たこともない怪人だった。
「ひ……!]
ネリアは声にならない悲鳴をあげた。
そしてそのまま、くたくたと広場の石畳に倒れ込んでしまった。
それからどれくらい経ったものか。
気がつけば、彼女は自分の部屋の、ベッドに寝かされていた。
ネリアはふと目を覚ました。
「…………」
彼女はまだ意識がはっきりとしないなかで、あたりを見回した。
と、その彼女に耳に、くぐもった、ぼそぼそとした話し声が、部屋の外から聞こえてきた。
「……っぱり、市にあの人を連れていったのはよくなかったねえ」
「……?」
ぼんやりとしたなかで、ネリアはその声を聞いた。声は、エスタの様だった。
「みんな、わりとうまくやってくれてたんだけどねえ。この頃はずいぶん気がたかぶっていたから、それで本当の姿がわかっちゃったみたいだねえ」
「でも、僕、市には行きたかったんだもん」
これはティミーの声の様だった。
「そうさ、それはわかってるとも。あれは月に一度の楽しみだもの。お前が悪いわけじゃないよ。……みんながもっと間近にあの人を見たい、なんて言わなかったら、あの人を連れて行ったりはしなかったんだけどねえ。やっぱりあの人は連れてゆくべきじゃなかったってことさ。もう少し何かの理由をつけて、あの人だけ家に置いていけばよかったんだねえ。
でも、もういいさ。これくらいにしておこうよ。でないともっと……」
「……??」
一体、何の話をしているのだろうか?“あの人”なんて言い方をしたりして?エスタもティミーも……
「もう帰してやろうね。人間の母親というものは、とっても愛情深くて面倒見がいいって聞いたからちょっと試してみたけど、気付かれちまったんじゃあねえ。最初はよかったんだけどねえ。残念だねえ」
「またやってみようよ。絵本を読んでくれるのは、とっても上手だったもん。人間のいろんなお話も聞けるし。ね、母さん」
「そうだねえ……でもやっかいな事になると困るねえ。人間というものは、魔法は使えないけど、あれで……」
「…………」
帰す?
人間の母親??
母さん……?
ティミーが、エスタの事を??
ネリアは部屋の外の声に聞き耳をたて、ふらつく頭でベッドの上に起き上がり、部屋の外の様子をうかがおうとベッドから降りた。が、何やらまだ朦朧として目まいがするなかで、彼女はくらり、とよろけ
ドスン、と音をたてて彼女は転んでしまった。
「!」
その物音に部屋の外の話し声が途切れ、彼女の部屋へと、パタパタと足音が近づいてきて――
「奥様!」
「お母さん!」
自分を呼ぶ声に、ネリアは再び目を覚ました。
「……?」
彼女はまたも朦朧とした意識であたりを見回した。
彼女のすぐそばにはエスタとティミーがいて、彼女の身体をゆすりながら、二人して必死に彼女に呼びかけていた。
「ああ、やっとお気づきになった!」
目を開け、まばたきして自分たちを見上げたネリアに、エスタは今にも泣きだしそうな顔をして言った。
「奥様!まあまあ、よかったこと!一時はいったいどうなることやらと……」
「お母さん!」
すでに泣き顔になって、ティミーが彼女に抱きついた。
「…………」
見れば、彼女たちは、野原の真ん中にいた。ネリアは草の上に寝転がっていた。
「私……?」
ここはいったいどこなのだろうか、と思いながら、ネリアは再びあたりを見回した。と、その彼女に、
「奥様」
エスタは言った。
「急につむじ風が吹いてきて、奥様を取り包んだと思ったら、奥様の姿が見えなくなって……それからぼっちゃんと必死でお探ししてたら、ここに倒れていらっしゃったんですよ。いったい何がどうなったのですか?」
「つむじ風……?」
「ええ、ええ」
エスタは何度もうなずいた。
「こんなところでつむじ風に巻かれていなくなるなんて、私はてっきり、フフウの森の魔物にさらわれておしまいになったかと思って、気が気じゃありませんでしたとも」
「……」
フフウの森の魔物……
ネリアは思った。そしていままで見ていた夢(?)の様な事も。
とりかえっ子……
とりかえっ子。
しかし、取り換えられたのは――
「ティミー」
ネリアはまだすすり泣いている息子を見つめて言った。
もちろんティミーは、あの、安っぽいシャツと緑の服の上下ではなく、いつもの、彼女が街の仕立屋で作ってやった絹のシャツと上仕立ての服を着ていた。
「今日は……チシャは食べたの?野菜はいっぱい食べた?」
「ううん」
それにティミーは不思議そうに言った。
「ぼく、野菜は嫌いなんだもん。お母さんだって、キャベツと蕪と果物をちゃんと食べるのなら、無理に食べなくたっていいって、言ってたじゃない」
「……ええ」
息子の言葉に、ネリアはほっと息をつき、にっこりと笑った。
「ええ、そうよ……」




