第九話「おや? こいつはどこかで見た奴!」
光る点は次第に大きくなって近づいて来る。
飛空船!
気嚢と呼ばれる紡錘型の巨大な風船に操縦席と貨物部分をぶら下げて空を飛ぶ機械だ。
通常は各地の都市や村を巡回して商売をしている。
しかし、こんな辺鄙な場所はルート外のはずだ。
飛空船はかなり高いところを飛んでいるようだ。
「助けてー! 助けてくださいー!」
サイリが大声を出して手を振る。
しかし、声が届くはずがない。
飛空船は遥か彼方の上空を通過してゆく。
「怪我人がいるんです! 助けてくださーい!」
それでもサイリは諦めずに必死で叫んでいる。
クソッ、魔導力があればなんとかできるのだが。
サイリは飛空船が去って行く方向へまだ手を振り続けている。
ん?
飛空船の向きが変わったように見える。
それに高度が下がってきているようだ。
見ているうちに飛空船は大きくループを描いて再びこちらに向かってきている。
高度も明らかに下がっている。
間もなく飛空船は俺達の上空で停止した。
そこから徐々に高度を下げてくる。
ここに着陸するつもりか?
それにしてもでかい!
気嚢の大きさは外洋航路の超大型船ほどもある。
その下にぶら下がったゴンドラも中サイズの貨物船くらいだ。
飛空船は俺たちのいる場所からすぐのところに着陸した。
内側がタラップになっている操縦席のドアが開く。
その後ろから人が出てきて、地面に飛び降りた。
ショートパンツにタンクトップと革の上着。
ゴーグルをかけているので顔は分からない。
女か? かなり若そうだ。
「よう、こんな所で何してるんだ?」
女が気さくに話しかけてくる。
「この人、ひどい怪我をしています。 助けてください」
サイリが必死の表情で訴える。
「なんだぁ? どれどれ」
女が無遠慮に俺をジロジロと眺めまわす。
「やられたのは右の肋骨と左腕だ。
魔導力が戻ればすぐに治る」
俺がそう言うと女は俺の顔をじっと見て意外そうに言う。
「お前、魔導士か・・・あれ? どこかで・・・」
女の声が驚きに変わった。
「お前・・・ひょっとしてクロンか?」
誰だこいつは?
俺の顔と名前を知ってる女・・・しかも態度がでかい」
「オレだよ、オレ!」
女はそう言ってゴーグルを外した。
日焼けした精悍な顔。
しかし、会った記憶は無い。
「オレだってば! シュリだよ。
ガキの頃よく遊んだじゃねえか」
シュリ?
ガキの頃・・・
「ん? シュリ・・・シュリ・コマチ・・・」
遠い記憶が蘇ってきた。
親父とよく行った隣国の町・・・錬金術師の一族が住む町。
そこにシュリという女の子がいた。
やたらに元気でやんちゃ。
いつも男の子に混じって一緒に走り回っていた。
「思い出したかよ。
インチキ魔導士のクロン・アークレイ!」
思い出した!
「あのシュリか! 大きくなったな・・・」
「お前が旅に出てからもう十年だぜ。
いい女になったから見間違えただろう」
シュリはそう言って陽気な笑顔を浮かべた。
まあ、確かに・・・
女らしい体形になったと言えなくはないが・・・
「で、怪我したってか? なんかボロボロだな。
よほど悪いことをしてボコられたのか?」
「違います!
クロン様は私を守って戦ってくれたのです」
サイリが口を挟む。
シュリはサイリに視線を移し上から下までジロジロと眺める。
「このコはなんだ? どっかでかどわかしてきたのか?」
「いや、話せば長くなるが・・・」
そこまで言ってまた右脇腹の痛みに顔をしかめる。
「お話しは後で、シュリさんクロン様をお助け下さい」
サイリの真剣な口調に押されたのか、シュリが真顔になった。
「よし、ちょっと待ってろ」
そう言って飛空船に戻ったシュリは小さな鞄を持って出てきた。
鞄の中から小さい瓶を何本か取り出す。
「これ飲めよ。 魔導力が回復するから」
シュリが差し出した瓶にはなにやら怪し気な液体が入っている。
「ほんとか?」
「シュリ様特製の『エリクシル・マックスパワー』だ」
名前からして怪しい。
「幼馴染のオレを疑うのか?」
「いや、そういう訳じゃないが・・・」
どうせ今の体調は最悪だ。。
まあ、死ぬこともないだろう。
一気に一本分を飲み干した。
! ひでえ味だ!
だが、飲んだとたんに体中が熱くなってきた。
「効き目はすぐに出てくるぜ」
シュリの言う通りだ。
信じられないほど急速に魔導力が回復してゆく。
早速右脇腹と左腕に意識を集中すると痛みが急速に遠のいていった。
「どうだよ。 恐れ入ったか」
シュリが勝ち誇ったように言う。
「あー、恐れ入った! シュリ様スゴイ!」
こいつは昔からおだてに弱い。
「なんの、なんの、じゃあ一本二万ボルな」
「金とるのか!?」
「あったりまえだろうが! これは商売モンだぜ」
「高いぞ! それに、今は金が無い」
「はあ? お前、賞金稼ぎで結構儲けてるって噂じゃないか」
「アンジラ城塞都市の酒場で、荷物と一緒に置き忘れてきた」
「なんだと? じゃあ、取り返しに行こうぜ」
シュリは当然あそこで起きたことは知らない。
「いや・・・あそこはちょっと・・・都合が悪い」
シュリは俺とサイリを見比べて言った。
「やっぱりお前、このコを攫ってきたんじゃねえのか?
だいたい、このコ・・・
ヤラレちまったばっかりって恰好じゃねえかよ」
ガキの頃から品が無いやつだった。
大人になった今じゃますますタチが悪い。
「ち、違います! 私は・・・その・・・
まだ何もされていません!」
横で聞いていたサイリが顔を真っ赤にして否定する。
まだ?
「とりあえずツケにしといてくれ。
それとツケついでにこいつの着るものを一式用意してくれ。
見ての通り、こいつが着てるのは俺のマントだけだからな」
そう言うとサイリはさらに赤くなって恥ずかしそうにうつむいた。
「ふーん・・・ま、いっか。
ちょうど似合いそうな服を仕入れたばっかりだし」
シュリはそう言って再びサイリをジロジロと見る。
「だいぶ肌荒れしてるし・・・かなり栄養不足だな・・・
よーし、じゃあ思いっきり可愛くしてやる。
ついて来な」
シュリはそう言ってサイリを飛空船の方へ引っ張ってゆく。
「おーい、もう一つ追加だ。
俺達は昨日から何も喰ってない。
なんか食えるもの出してくれ」
「しょーがねえなあ。 まあ、どうせオレらも昼飯時だし。
おーい! ゴドル、メシの用意をしてくれ」
シュリが飛空船の方に呼びかけると、中から少年が出てきた。
緑の髪! 海游民か?
「あいよ。 で、メシは四人分でいいのか?」
ゴドルと呼ばれたその少年にシュリが命令口調で言う。
「いや、五・・・六人分だ。
このヘボ魔導士は大喰らいだからな」
シュリはそう言ってサイリを連れてゴンドラに入って行った。
「いいか! 言っとくが、絶対に覗くなよ!」
シュリの言葉にゴドルが反応する。
「大丈夫だ! 俺がこいつ見張ってるから」
「ゴドル、お前もだぞ!」
シュリはそう言い捨ててゴンドラの中へ消えた。
--以下、第十話に続く--




