【第13話】鉄の柩と再起の標
アポカリプスが空の果てに散ったあの日から、エリア 5の空は青を取り戻した。
だが、その代償はあまりに大きかった。
機械帝国アルキメデスの支配下にあった都市において、彼らの秩序を乱す反逆行為は、即座に修正対象となる。
俺たちが聖堂で一息つく間もなく、機械帝国はエリア 5の機能を完全に凍結させた。
聖堂を包囲したのは、無数の偵察兵器と、以前とは比較にならない重厚な装甲を備えた制圧部隊だった。
彼らは都市のインフラを乗り取り、居住区の酸素供給を遮断し、電気系統をショートさせた。
暗闇が都市を支配し、聖堂の中にも冷たい静寂が降り積もっていく。
俺はアポカリプス戦での負荷によって、右腕の感覚を失っていた。
コアとリンクしていた神経が焼け切れ、鉛のように重い。
聖堂の地下深く、かつてエネルギーの安定装置として使われていたカプセルの中に俺は横たえられていた。
身体を冷やすための冷却液が、傷ついた肌に沁みる。
「ハルト、まだ動かないで。組織の損傷率が許容範囲を超えてるわ」
エレナの震える声が、モニター越しに聞こえる。
彼女は聖堂の全電力を解析装置に回し、アルキメデスの新しい論理回路を特定しようと必死になっていた。
だが、その努力を嘲笑うかのように、外部からの通信が聖堂のスピーカーをジャックした。
『対象エリア 5の構成員へ。これより論理修正プロセスを実行する。降伏せよ。さもなくば、区域内の全生命体を物理的なゴミとして処理する』
機械帝国の冷徹な宣告。
リュウが通信機を叩き割り、怒鳴り声を上げるのが聞こえる。
「ふざけるな!ゴミだと?俺たちがここで必死に生きてきたことが、そんな言葉で片付けられると思ってんのか!」
リュウたちの怒号が響く。
だが、現実は残酷だった。
聖堂の外では、重武装した機械兵たちが防衛線を突破しつつある。
リュウはボロボロになった電磁散弾銃を構え、聖堂の入口を守り続けていた。
自分の身体も限界に近いことを知っているはずだ。
それでも、一度も弱音を吐かなかった。
「お前らが先に倒れるなんて、聞いてねえぞ!」
リュウの叫びと、金属が激しくぶつかり合う音が聞こえる。
聖堂のドアが爆破され、次々と機械兵がなだれ込んでくる。
エレナが悲鳴を上げ、リュウが最前線で機械兵を殴り飛ばす。
だが、あまりに数が多すぎる。
リュウの左脚が機械兵のブレードで切り裂かれ、その場に崩れ落ちた。
「リュウ!」
エレナの叫び声が響く。
聖堂の防御壁が次々と破壊され、俺たちが隠れていた聖域が、今まさに暴徒と化した機械兵に蹂躙されようとしていた。
俺はカプセルの中で歯を食い縛る。
身体が動かない。
コアが反応しない。
「くそっ、動け……!動けよ、俺の体!」
俺の視界の隅で、機械兵が地面に倒れたリュウを見下ろし、その処刑のための砲身を突き付けている。
リュウは血に濡れた顔で、笑った。
「まあ、ここが俺の……歴史の教科書の、終わりってわけか」
リュウは死を覚悟したんだ。
いや、俺たちがここで潰されることを、あいつは受け入れようとしている。
そんなの、認められるわけがない。
あいつらが俺に命を預けてくれたのは、俺がどんな状況でも最後に立ち上がると信じていたからだ。
カプセルの中で、俺は拳を握り締めた。
右腕の麻痺が、痛みに変わる。
神経が焼け切れるような感覚。
けれど、その痛みこそが、俺が「生きている」という証だ。
アルキメデスにはない、この胸の奥にある熱だけが、論理を超えた答えを導き出す。
「まだだ……。俺は、負けねえ!」
俺は渾身の力でカプセルを蹴り破った。
強化ガラスが砕け散り、聖堂の冷たい空気が俺の肺に流れ込む。
冷却液が蒸発し、周囲が真っ白な蒸気に包まれる。
機械兵たちが俺の出現に反応し、一斉に砲口をこちらへ向けた。
「ハルト!」
リュウが驚愕の声を上げる。
俺はふらつく足で立ち上がり、かつてないほどの熱をコアに送り込んだ。
右腕の感覚が戻ってくる。
機械的な反応ではなく、俺自身の怒りと意志が、コアのエネルギーと混ざり合う。
「勝手に死に急ぐんじゃねぇよ!俺たちが戦っているのは誰かに支配されるためじゃない。今日という日を、自分たちの手で生き抜くためだろ!」
俺は叫びながら、その場から弾丸のように飛び出した。
スラスターが火を噴き、床を蹴り抜く。
機械兵の一団に突っ込み、その中心で俺は胸のコアへ左手を添えて叫んだ。
「チェンジ!覚醒・ブレイバー!!」
真紅の光が、聖堂の闇を焼き払う。
それは爆発よりも激しく、雷光よりも鋭い輝きだった。
俺の身体を包み込むメタルスーツのパーツが、高速で再構築されていく。
砕け散ったカプセルの破片が、俺の周囲で弾丸となって跳ね返る。
視界が真っ赤に染まる。
かつて感じたことのないほど、コアの鼓動が激しい。
俺は降臨した。
希望という名の、鋼鉄の英雄として。
目前でリュウを狙っていた機械兵に、俺はそのまま突っ込んだ。
アッパーカットの一撃。
計算された防衛戦術を、物理的な質量と意志の熱量だけで叩き潰す。
機械兵は空高く吹き飛ばされ、そのまま天井を突き破って外へと消えた。
残った機械兵たちが、戦慄するように後退する。
アルキメデスの演算が、俺の行動を予測しきれず、フリーズしているのが分かる。
「終わりだ。俺たちの、この場所での戦いは、ここからが本当の幕開けだぞ」
俺の声は、聖堂中に響き渡った。
リュウが地面に座り込みながら、痛みに顔を歪めつつも、最高に悪い笑みを浮かべている。
「……遅すぎるぜ、大将。だが、その背中、最高に熱いな」
エレナが泣き笑いの表情で端末を叩く。
聖堂の全システムが、俺の登場に合わせて再起動を始めた。
防御壁が再び展開され、外からなだれ込んでいた機械兵団が遮断される。
だが、これで終わりじゃない。
空には、まだアルキメデスの影が潜んでいる。
けれど、俺たちはもう知っている。
どんな絶望的な論理も、俺たちが繋いできた「絆」という名の熱量には勝てないということを。
俺は鋼鉄の拳を握り、聖堂の入口を見据えた。
まだ外では、機械兵たちが俺の姿を探して蠢いているだろう。
この街から、世界から、アルキメデスの支配を焼き払うために。
俺たちの反撃は、ここから加速する。
どんなに冷たい壁が立ちはだかろうとも、この熱で溶かしてやる。
俺は歩き出した。
仲間たちが待つ、次の戦場へ。
俺は決して立ち止まらない。
俺たちの未来を、俺たちの手で切り拓くために。
アルキメデスよ、見ているか。
これが、計算不能な人間という名の、希望の力だ。
俺は聖堂を背に、再び夜の街へと飛び出した。
たとえ明日、すべてを失うことになっても、今日、この瞬間、俺が立ち上がったという事実は、誰にも消させはしない。
(第 14話 へ続く)




