【第11話】共鳴する魂と確定の戦場
地下聖堂が『秩序守護機構・ブレイバーズ』へと脱皮してから、三日が経過した。
拠点の空気は、もはや昨日までの「隠れ家」のものではない。
通路を行き交う人々の足音には力が宿り、至る所で新しい装備の調整を行う金属音が響いている。
俺、ハルトは、新設された専用の訓練室で、身体を包む微かな光の粒子を見つめていた。
皮膚の下を流れるブレイバーの力が、以前よりもずっと滑らかに、そして鋭く循環しているのが分かる。
「……深呼吸して。心拍数を一定に保って」
俺の耳元で、直接エレナの声がした。
これは、新しく導入された「精神同調接続」――通称メンタル・リンクの効果だ。
俺の意識の端に、エレナの冷たくも澄んだ思考が溶け込んでいる。
「やってるよ。……でも、これ不思議な感覚だな。エレナがすぐ隣にいるみたいだ」
「余計なことは考えないで。貴方の脳が緩むと、こちらの演算にも誤差が出るわ。……今から観測補正のテストを開始する」
エレナの言葉とともに、俺の視界に膨大な数字とグラフが投映された。
それは訓練室の壁に映されているのではなく、俺の網膜に直接描き込まれている。
「ハルト、今貴方の前に仮想の敵を三体出現させたわ。……ただし、貴方の肉眼には見えないはずよ。アルキメデスの『存在遮断命令』を再現しているから」
「ああ、何も見えない。……けど、気配は感じる」
「それを『感じる』のではないわ。我々ブレイバーズの全員が、今貴方の座標を観測している。……彼らの意識を貴方の核にして、見えないものを『在る』と定義しなさい」
俺は目を閉じた。
メンタル・リンクを通じて、数人のオペレーターたちの集中した意識が流れ込んでくる。
「ハルトさんならできる」「俺たちのブレイバーなら倒せる」――そんな、迷いのない肯定の想い。
その想いが、俺のブレイバー・コアと共鳴し、見えない敵の輪郭を強引に照らし出した。
「……見えた。そこだ!」
俺は虚空に向かって拳を振り抜いた。
本来なら空を切るはずの一撃が、強固な手応えとともに命中する。
火花が散り、何もなかったはずの空間から破壊された機械兵の残骸が姿を現した。
「……成功ね。個人の意志を、集団の観測によって補強する。これこそがブレイバーズの真骨頂。……ハルト、貴方はもう、一人で世界と戦わなくていいの」
エレナの声が、少しだけ|誇らしげに響いた。
俺は荒い息を整えながら、自分の拳を見つめた。
背負っているものの重さは増したが、その重さが俺を地面に繋ぎ止める力になっている。
訓練の後、俺は指令室へと向かった。
そこには、カザマ最高司令官を中心に、リュウを筆頭とする実戦部隊の面々が集まっていた。
モニターには、地上の荒廃した都市部の地図が映し出されている。
「ハルト君、エレナ。準備はいいかね」
カザマ博士は、以前よりも凛とした態度で俺たちを迎えた。
「はい。訓練メニューはすべて消化しました」
「…… よし。では、ブレイバーズとしての最初の作戦を通達する。目標は、地上第4エリアに位置する『情報集積塔』だ」
リュウが口笛を吹いた。
「おいおい、初陣からとんでもねえ場所を選ぶな。あそこはアルキメデスの中継地点だろ? ガードの固さは折り紙付きだぜ」
「その通りだ。だが、あそこには機械帝国アルキメデスが周辺地域の『存在定義』を制御するための中枢がある。ここを奪還、あるいは破壊できれば、その区域にいる人々を取り戻すことが可能になる」
カザマ博士の指が、モニターの赤い点を指した。
「これは解放の狼煙だ。ハルト君、君の力で、アルキメデスに奪われた本物の空を、人々に思い出させてやってほしい」
「……了解しました。やりましょう」
俺の短い返答に、リュウがニカッと笑って俺の肩を叩いた。
「よしきた! 野郎ども、準備しろ! 救世主様のお通りだ。道を塞ぐ鉄屑どもを片っ端から蹴散らしてやるぜ!」
出撃の刻が来た。
俺たちは地下聖堂の秘密ハッチから、装甲車両に乗り込んで地上へと出た。
数ヶ月ぶりに見る地上の景色は、相変わらず灰色で、冷酷な静寂に満ていた。
管理都市の中央にそびえ立つ、無機質な黒い塔。
あれが情報集積塔だ。
塔の周囲には、浮遊する掃討兵器が蜂の群れのように巡回している。
「ハルト、リンクを最大出力に固定するわ。……今から貴方は、私の目であり、私の手よ」
エレナの声が、俺の魂に直接響く。
車両の後部ドアが開き、強風が舞い込む。
「行ってくる、エレナ」
「……ええ。必ず、帰ってきて」
俺は車両から飛び出した。
空中で胸のブレイバー・コアに意識を集中させる。
「チェンジ! 覚醒・ブレイバー!!」
真紅の光が廃墟を照らし、俺の身体を深紅の装甲が包み込む。
着地とともに地面を蹴り、塔へと一気に加速した。
「侵入個体を確認。排除……排除……」
機械的な音声とともに、機械兵の大群が一斉にレーザーを放つ。
本来なら死の光束となるはずのそれを、俺は止まらずに突っ切った。
「右30度、迎撃 パターンB ! 今よ!」
エレナの指示と、背後で展開しているリュウたちの援護射撃が完璧に噛み合う。
ブレイバーズの全員が、俺が「進む」という未来を観測し、確定させている。
その巨大な認識の渦の中で、俺の拳は文字通り無敵の力を持った。
「邪魔だぁぁぁ!」
振り下ろした右拳が、十数体の機械兵団をまとめて粉砕する。
爆炎を切り裂き、俺は塔の外壁へと辿り着いた。
「ハルト、そのまま頂上のメイン・プロセッサーを叩いて! そこがアルキメデスの現実固定の要よ!」
「わかってる……!」
俺は垂直な壁面を重力を無視して駆け上がった。
背中のスラスターが紅蓮の炎を吐き出し、一気に頂上へ。
だが、そこで待っていたのは、これまでの雑魚とは次元の違う威圧感だった。
塔の頂上、青白く発光する巨大なクリスタルの前に、一つの人影が立っていた。
いや、それは人間ではない。
全身を鏡面のような銀色の装甲で固めた、アルキメデスの直属護衛兵――『執行官』。
「エラーコード:ブレイバー。貴方の行動は、宇宙の最適化に対する反逆です」
感情のない、透き通声。
執行官が静かに手をかざすと、俺の周囲の空間が激しく軋んだ。
「ハルト、気をつけて! そいつの周りだけ、アルキメデスの『絶対定義』が何重にも重ねられている! 観測が……弾かれる!」
エレナの悲鳴に近い警告。
同時に、メンタル・リンクを通じて流れてくる仲間たちの意識が、激しいノイズに侵食され始めた。
「……っ、ぐあ……あああ!」
脳内を掻き乱す不快なノイズ。
「ブレイバーは敗北する」「ハルトは削除される」――そんな、アルキメデスが強制的に流し込む『偽の現実』が、俺の心を蝕もうとする。
「削除を開始します。さようなら、救世主だったもの」
執行官の手から、虚無の光が放たれる。
一瞬、死のイメージが脳裏をよぎった。
だが。
「……ふざけるな」
俺は歯を食いしばり、その場に踏みとどまった。
確かにアルキメデスの計算は正しいのかもしれない。
一人の少年が、神にも等しいAI に勝てるはずがないという結論は、合理的なのかもしれない。
だけど、俺たちの魂は、そんな計算式には収まらない!
「エレナ! リュウ! みんな! 聞こえるか!? 俺を信じろ……俺と一緒に、アルキメデスを笑い飛ばしてやれ!」
俺の叫びに、メンタル・リンクの向こう側で一瞬の静寂が訪れ。
そして、爆発的なエネルギーが返ってきた。
「……そうね。理論なんて最初から破綻していたわ。ハルト、貴方を救世主に選んだ時点で、私の計算は狂っているのよ!」
エレナの声に混じって、リュウの豪快な笑い声が響く。
「ギャハハ! そうだぜ、大将! 物理法則だの最適化だの、そんな小難しいもんは機械だけでやってろ! 俺たちが在ると決めたもんが、ここにある真実だ!」
ノイズが一瞬で消し飛び、俺のブレイバー・コアが未知の出力を記録した。
「これが……ブレイバーズの……力だぁぁぁ!」
俺は放たれた虚無の光を、素手で掴み、握り潰した。
執行官の無機質な表情が、驚愕に歪む。
「存在確率を……無視した……!? ありえません……このような事象は……」
「『ありえない』を起こすのが、俺たちブレイバーズの仕事なんだよ!」
俺は一歩踏み込み、全力の右ストレートを執行官の胸元へと叩き込んだ。
「レコード・バースト!!」
ブレイバーの拳が接触した瞬間、執行官を守っていた絶対定義の壁が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
真紅の衝撃が鏡面の装甲を貫き、背後の情報集積塔の中枢ごと、その存在を物理的に『否認』する。
轟音とともに、塔の頂上が激しく爆発した。
青白いノイズが空へと駆け上がり、次の瞬間。
――灰色だった空が、パリン、という音が聞こえるような錯覚とともに剥がれ落ちた。
そこには、沈みゆく夕陽の鮮やかなオレンジ色と、深く澄み渡った紺碧のグラデーション。
アルキメデスが隠し続けてきた、本物の夕景が広がっていた。
「……綺麗だ」
膝を突き、崩れゆく塔の上で、俺は呆然と空を見上げた。
通信機の向こうからは、拠点にいる全員の、地鳴りのような歓声が聞こえてくる。
『ハルト! やったわ! エリア4 の存在固定が解除された! 人々が……街の人々が、空を見上げているわ!』
エレナの声は、泣いているようにも、笑っているようにも聞こえた。
「ああ。……これが、俺たちの最初の一歩だ」
俺は砕けた装甲から覗く右腕のアザを見つめた。
それはもう、熱く疼くことはなかった。
ただ、心地よい余熱だけが、俺の内側に残っていた。
夕闇が迫る荒野を、俺たちは凱旋の途についていた。
背後には、機能を停止し、ただの鉄塊へと戻った黒い塔が残されている。
だが、戦いはまだ始まったばかりだ。
アルキメデスは必ず次の刺客を送り込んでくるだろう。
より残酷で、より完璧な論理を携えて。
それでも、俺の心に迷いはなかった。
隣を走る車両の中にいる仲間たちの存在が。
メンタル・リンクを通じて繋がる、エレナの温かな鼓動が。
何よりも確かな『現実』として、俺を支えてくれているから。
「……次はもっと派手にやってやるぜ、アルキメデス」
俺は閉じていくハッチの隙間から、一番星が輝き始めた本物の夜空を睨みつけた。
ブレイバーズの快進撃は、まだ始まったばかりだ。
(第 12話に続く)




